表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/90

#21 魅せつけよ叡智と技能

挿絵(By みてみん)



 蜥蜴はラフェムの籠めがけて、鋭利な爪と、臼のような牙を見せ付けながら向かっていく。


 だが、標的にされた彼は、難なく身を翻し、その突撃を躱した。


 トカゲは勢い余って、後方で大地に叩きつけられ転がった後、平然と四本足で立ち上がり、重い石を引いたような、乾いたガラガラ音を発しながら、こちらを恨めしそうに睨みつけてきた。




 一面カーキグリーンの、カナヘビの腹のような皮膚に、樹木のような角を二本生やし、オレンジの大きな虹彩を持つトカゲ。


 瓦のような鱗だとか、模様だとかそういった厳つい装飾の無い、シンプルな体。

 その背中には蝶のような面積の大きく薄い何かの器官であろう皮膚が、ハンバーグの上に乗せられとろけたチーズの如く垂れている。


 そして尻尾は異常な程に長く、体長と同じかもう半分程あった。


 大きさはダックスフンドと柴犬の中間ほどで、かなりでかい。見た感じ草食っぽいな、トカゲなのに。


 取り分け目立つ、その大きな双角は、まるで頭部から枝が生えているかのようだ。

 胴まで伸びるその角は光沢の無い煤竹色で、コナラや松のように、鱗のような樹皮を持ち、先端は肉など穿てる程に鋭い。根本には棘のように短い分岐があり、これまた鋭く、すでに何度も使用した事の窺える、割れ目や嫌なシミが付いていた。



 「あれが、ラスリィ辺で大量発生して問題になってるらしいレプトフィールですか?」


 「ええ、そうよ。野菜狙いかしら? しかしここまで侵略してきてるとは、まずいわね……」



 レプトフィール……。どうやら深刻な害獣っぽいけど、詳細は後で聞こう。



 だって、今度は、俺の籠めがけて飛んできたんだから!



 なんて脚力なのだろう? ほんの少しのタメから、奴の何倍もの高さと距離を誇るジャンプ、しかもその着弾地点は籠を正確に捉えている。


 咄嗟に横に避けると、その緑の体は再び地面の上を転がっていった。


 「ギガガガ……」


 肌には、ほんの僅かな擦過傷さえも付いていない。


 ゆらりと立ち上がると、トカゲは先程よりも強く、大きな錆びついた扉の軋んだような怒号をあげた。


 俺たちが、悪意を持ってトカゲを地面に叩きつけたと、酷い事をしたと言いたげに。


 能無しに三度目の飛び掛かりを行う事はなく、頭を下げ尾を上げ、唸り声を発すという、いかにもな威嚇を見せた。


 まぶたによって狭められ三角になった橙色の目周辺に深いシワをつくり、避けた俺とラフェムに、甚だしい敵意と視線を向けている。


 臆することなく、それどころか呆れた様に、やれやれとラフェムが腕を組んだ。



 「これは戦うしかないみたいだな、ショーセ? 急だが、君の魔法と剣の力、見せつけてやろう!」


 そう、本来今日は露わになった俺の魔法と身につけた剣技を、実践の中で試しているはずだったのだ。


 ……想定外だが、今ここで俺の実力がどのぐらいか、腕試しさせてもらおう!




 籠と背部に挟まれていた鞘から、白銀の刃を抜き、戦闘体制に構えた。ラフェムも詠唱を唱え、左腕に炎のレイピアを巻き付けると、俺の横に付いた。


 「仮にもトカゲだ、あいつの肉は旨いはずだ、今夜は御馳走だな!」


 彼は喜々と、ニヒルな笑みを浮かべる。

 本能的に、相手が自分を食しようとしている事は察するのだろうか。怪しい笑みを見たトカゲの前足と眉が、ピクリと一回だけ痺れるように震えた。



 「グォォォオオン!」

 あいつの声帯は鉄なのか? そんな疑問さえ湧いてくる無機物の重音を響かせながら、バタバタと騒がしい足取りで、こちらへ向かって来た。



 トカゲは体を回転させ、鞭のように尻尾を振るう。

 ラフェムは左へ、俺は右へとステップを踏んで避け、しなる尾はそのまま硬い床へとぶつかり、ピシャリと甲高い音を鳴らした。


 獣道を境にした、二つの草むらの中のそれぞれ一人ずつを交互に睨むと、迷いなく俺を選んで突進する。



 髪が緑で野菜みたいだからか? それとも弱そうだからか?

 そんなこと馬鹿げたことを考える隙はない。鋭い爪で足元を狙ってきた。交互に足を上げ、傍から見れば熱い砂浜で躍る人のように必死に避ける。



 空振りした攻撃は、雑草を真っ二つに切り裂いた。

 宙に舞った切れ端は、風に吹かれて何処かへと運ばれて行く。


 剣と同等の切れ味に、もし足を裂かれてしまったらと思うと、俺の気持ち次第では平気だとわかっていても、崖の淵に立たされて、生気が爪先から漏れ出すような悪寒がした。



 「怖気づくな! 消極的に考えてちゃあ何もかも勝てないぞ!」


 迫るラフェムの叱咤。俺と敵の間に飛び込んできた彼は、トカゲの脇腹を抉るように斬り上げた。

 トカゲは傷の付くべき場所から、血ではなく、白色の光の破片を放ち、数メートル先へ山形で吹き飛んだ。



 「……怪我は無いか?」

 「俺は大丈夫、ありがとう」


 迫真の声質から一転して、心配の滲む優しい言葉。


 その温かさに包まれて、幾許か恐怖の氷が溶けた。




 ラフェムには、魔法に制約が課されていた。

 草原に炎が燃え移り大火事になってしまう可能性があるから、草むらを這うトカゲ相手には、レイピアしか使えないのだ。


 しかも、それでさえ繊細な注意を払う必要がある。現に腕を曲げ、先端を葉に触れさせぬ様にしている。



 ……怖がってなんかいられない。


 腹を括り、トカゲの落ちた先に顔を向けると、そこには異様な光景が広がっていた。



 背の、大きく扁平な皮膚を、虫の羽根のようにピンと伸ばして、鋼鉄の声ではない、ポンプで水を吸い上げるような謎の音を発している。


 「あれは!! 二人共、逃げて!」


 巻き込まれないよう数歩離れた場所で、こちらを見守っていたカスィーの叫びと同時に、トカゲのその皮膚は、一閃、暖色に発光した。



 「ギガガァーーーッ!」



 突如現れた、橙の輝く球。トカゲの背に浮かんだかと思えば、小さな爆発音を放って撃ち出される。

 その様は大砲だ。


 豪速球に裂かれた空気が悲鳴をあげている。


 どうにか横に転がって回避しようと思ったが、籠の中身に気を取られた一瞬で、叶わぬ距離まで詰められた。


 「うぐ……ぐっ」


 咄嗟に構えた剣で攻撃を防いだ。光の玉は俺に衝撃を与えたのち二つにちぎれ、両端を流れのように通過すると、コートを捲り上げる程の風圧を起こした。


 凄まじい力に、手が痺れる。

 あんなのが直撃していたら、かなり不味かっただろう。


 しかし、今の攻撃は何だ?

 光を集めて凝縮でもしたのか?

 魔法か?


 全く検討がつかない。

 クソッ、あんな技隠し持ってたなんて。



 トカゲはあんなに強烈な攻撃を撃っておいて、微塵も疲れる様子も見せず、四肢が土の中へとめり込むほどの力で踏み締めると、今度はマシンガンのように何発も何発も、数え切れないほど小さな銃弾を発砲してきた。


 おいおい、デメリットは無いのか!?


 つーか、数撃ちゃ当たる作戦かよ! 半分程は見当違いの方向に飛んでいくが、残りは俺の何処かに向かってくる。



 これだけ量が多いと、完璧には防ぎ切れないだろう。

 だがもう道はないのだ。歯を食い縛り、剣を前に突き出して、出来るだけその攻撃から身を守ろうとする。


 当然、剣の幅と俺の体の大きさはかなり差がある。俺の脇腹や肩、構えの体勢で開いた足を、容赦なく弾丸が掠めていった。


 銃創は付かなくとも、痛みは受ける。

 


 このまま延々に一方的に撃たれていてはまずい。


 勝ち筋をどうにか手に掴まなければ。


 あのトカゲの事を良く知っている筈だろうカスィーから、何か手掛かりを引き出すべく、俺は光の連撃の嵐の中、声を張り上げ問いかけた。


 「あいつの弱点は何!? 何か関する情報を知らないか!?」


 「ごめんなさい、弱点とか駆除の方法、私さっぱりわからないの! 知っているのは、あの種類は背中の皮で、植物の様に、太陽の輝きを力に栄養を作れるとか、あと他の蜥蜴より寒さに強いとか、皮膚は魔法を弾くとか……」



 戦う力もなく、手助けになれることもなく、まごついていた彼女はすぐに返答する。

 ……しかし、そこに攻略のヒントは無い。引き出すべく、俺はもう一つ聞いた。



 「光合成……か。あの攻撃は光か?」


 「コウ……ゴウ? い、いいえ、あの球は光で作り出してはいるけど、光そのものじゃないのよ、だって鏡で跳ね返らないもの。多分、超魔法みたいなものよ。」


 「情報ありがとう。一応、作戦は練られそう……かな」



 ……光合成できる蜥蜴……光で作り出しているエネルギー。

 光合成は学校で習った、光エネルギーを利用してバラバラの分子をくっつけ栄養を作り出す事だ。

 栄養をバラして生命活動に必要なエネルギーを獲得する、呼吸の逆。

 呼吸がエネルギーを作るための栄養を作り出すのが、光合成……。



 …………もしかしたら、そういうことか?



 「なんか良い事思いついたか?」


 剣を踊らせ、弾の軌道を逸して身を守っていたラフェムは、どうも俺の表情の変化から察したようで、面白い事でも聞くかのように話しかけてきた。


 ……›彼に、俺の今考えた作戦をしっかりと伝え、協力してもらわないと。



 「あのトカゲにインクを被せて、光を使えなくしようかと」



 「いい案だけど、あんな感じにバンバン撃たれてちゃあ、インクを被せられる距離まで近付けないぞ」


 彼は苦笑いを浮かべる。そりゃそうだ、彼だって今の話を聞いていれば、トカゲから光を遮断すればいい事ぐらいわかるもの。



 「もう一つ、撃てなくさせる方法がある。こっちはまだ予測に過ぎないけれど…………」



 …………。

 臆測だが、あのトカゲは、光合成と呼吸を同時に行い、多量のエネルギーを得ていると見た。


 つまり、あの珠の正体は、そもそもは身体を動かすのに使うエネルギーだ。


 光合成と呼吸の、必要な物と排出される物は釣り合っている。

 つまり、外部から光さえ与えられれば、半永久的にそのエネルギーの生産を繰り返すことが出来るのだ。


 なんのリスクも無く、あれ程の威力を連射出来るのはこの為だろう。



 式は理念型に過ぎず、実際は様々な要因で微量な差があるだろうが、それは気に掛けることもない些細な誤差程度だ。



 さあ、このラッシュを止めるにはどうしたらいいか?


 一つは光を遮断すること。


 そして、もう一つは……。



 「トカゲの、あの永久機関に割ける栄養やエネルギーとかを他の事に使わせるんだ。ラフェムのアシストがあれば、インクをぶっかける距離までは無理でも、あいつを不安にさせる距離までは近付けるだろう」

 「そうしてやつは、間合いを取ろうと動き出す。俺達はそれを追い回し、珠の生成に使うリソースを削ったら、一気に間を詰めインクをぶっかける!」



 「ふーん……うん、まあやれるだけやってみるよ。ああ、もし着火したら、ちゃんと消火してくれよな。ま、カスィーさんもいるし平気だと思うけど」


 ラフェムは腑に落ちない表情で、空いている右手で握り拳を作り、心臓の高さまでゆっくりと持ち上げた。


 目を瞑り、祈るように唱える。

 じんわりと、手首を軸に、赤の魔法陣が空に浮かびあがる。


 「行け!」


 空を切り、前に突き出された右手。魔法陣はスクイラー戦と同じく、炎の追尾弾へと姿を変え、敵のエネルギー弾を迎え撃った。


 次々と巻き起こる轟音と爆発と煙の中をくぐり抜け、猪突猛進に砲台へと向かう。


 レプトフィールはこれは堪らないと、力んでいた足の筋肉を緩ませ、背を向けて逃げ出した。



 流石は爬虫類だ、滅茶苦茶速い。



 じわじわと間隔が開いてしまう。そしてある程度の距離が出来ると、トカゲは踵を返し、数個の玉を撃ち出してきた。



 だが、それは俺という的にぶつかる前に、影から現れる炎に打ち消される。


 ラフェムは、動き回るものを狙うのは苦手らしかったが、一直線に向かってくるものは得意らしい。

 百発百中で、光の球を潰していく。こんな正確なら草むら炎上なんて、到底ならないのではないだろうか。



 俺は足を止める事無く、本とペンを携えて、ひたすらトカゲを追い駆けた。



 二度、三度、四度。


 トカゲは振り向いて何発かを撃ち、魔法に防がれては走り出す。


 五度、六度。


 延々と追い掛け回されたトカゲは、飽きたのか折れたのか、それとも予測的中で永久機関に必要な物が足りなったのか……同じように振り返ると、皮膚を広げてエネルギーを貯めるのではなく、鋭い爪で迎え討とうと、前足を天に掲げた。



 チャンス!


 俺は踏み込み、宙へと舞い上がった。



 自分の真上を通り過ぎる敵。

 この状況、トカゲには理解できなかっただろう。

 奴は呆気に取られ、顔を掲げた。


 『黒インク』


 その文字を記した刹那、黒い球体が無から出現し、すぐに水風船のように炸裂した。



 「ゴロロガロ……」


 降り注いだ黒滝は、トカゲの全てを漆黒に染めた。


 上を見てしまったからか、目に入ってしまったようで、擦りながら狼狽える。



 夏日は、たちまち水分を奪い去ってゆく。

 トカゲは前足で目を擦りつつ後ろ足で背の皮に塗られたインクを落とそうとするが、もう遅い。

 既に固まりきってしまったそれは、もう川に飛び込まない限りは取れないだろう。

 よし、これで奴は厄介な遠距離攻撃を使えなくなるぞ。



 「本当に成功するとは、参ったな」


 驚愕の色を浮かべながら、ラフェムがこちらへと走って来た。


 さて、本は役目を全うした。武器を剣に持ち替える。


 閉じてしまえば、インクは跡形もなく消えてしまう。折角上手く行ったんだ、この推理を水泡に帰すわけにはいかない。

 開けたまま、鞄の中に無造作に突っ込んだ。……変な跡、付いたらやだけど、しょうがない。



 体からインクを引き剥がそうと、その場でぐるぐる暴れ回る真っ黒の爬虫類を横目に、赤い髪の少年は俺の肩に手を乗せた。


 「へへっ、俺って凄いだろ?」


 「ああ! だが気を抜くなよ、まだ厄介な玉飛ばしを封じただけだからな。さて。全力で勝ちにいこう!」



 俺達は、得意げな笑みで互いを見合ってから、背中を合わせ、剣を構えた。


 回転していたトカゲも、闘争の気配を察し、塗料から意識を離してこちらに向き合う。


 漆黒に浮遊する二つの琥珀は、この状況でも弱気に曇ることはなく、ただ敵を見据え、気高く輝いていた。




 さらさらと流れる小川のように、風は夏の香りを乗せて緩やかに丘を下り続けている。


 陽射しは、四つの命と緑の下へ平等に降り注ぎ、太陽の邪魔をしないように浮く雲は、気紛れに千切れ、繋がり、姿を変えながら、地平線へ向かってのんびり流される。



 両者、互いの出方を探り、じっと見合っていた。



 「行くぞ」

 その合図で、阿吽の呼吸で一歩を踏み出した。

 その勢いのままに、土を、草を蹴り、一気にレプトフィールの目前へと走り抜けた。

投稿し忘れていました、申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ