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#2 ようこそ夢のような異世界へ

~前回のあらすじ~

少年はトラックによってスプラッターになってしまった。

ということで神の傍に呼ばれたが、蘇生できないこと、そして無残な死に様にショックを受ける。

その最中、異世界転生という単語が現れて……

 「そうじゃ、異世界。お主の希望に近い世界へと転生させてやろうと思っとったのじゃが……やはり地球、住み慣れた日本を手放しは出来ないじゃろうなぁ。うーん、どうするかのう……」





 ああ、異世界。




 誠に失礼だが、その魅力溢れる単語が現れてから、神様の話に全く集中できなくなってしまった。




 異世界……それも俺が望む世界? 凄くいいじゃないか。




 異世界転生もののライトノベルはいつだったがわからないが、ある時期結構読んだことがある。


 たしか……少し前の超流行ジャンルだったかな。


 未発達な村とか、中世ヨーロッパみたいな街で、発達した科学の世界に生まれた俺みたいな凡人が超大活躍するアレ。




 悪さをするモンスターを討伐したり、可愛い女の子に囲まれたり、最強の勇者を目指したり……。




 えへへ。




 小説と同じように異世界に行って、気楽に暮らす妄想だけでうきうきして、居てもたってもいられなくなった。


 同時に、あれほど帰りたいと思っていた世界へのもやのような拘りは、線香の煙のように掻き消えてしまった。




 あんな辛い世界なんて、異世界と比べたらどうでもいいゴミクズに過ぎない。




 幸せに生き生きと暮らせる可能性のある新たな道と、間断なき辛苦に悩み続けるいつもの道。この二つを見せられて、さあ選べと言われて後者を選ぶのは、相当のマゾヒストしかいないだろう。




 「うーん、地球に返す方法のぅ……」


 そんな移り変わってしまった心境など露知らず、神様はどうしようかと腕を組み、うんうん唸っていた。




 異世界という最高の存在がいるというのに、地球に戻る別の方法や第三の選択肢など出されてしまったら目も当てられない。




 俺は慌てて、ぶんぶんと大きく手を振り回し、神様の注意をこちらへ向けて叫んだ。


 「はい! はい! はーい! 俺、異世界に行きます! 是非行かせてください!」




 びくりと、驚いた神様は背を異様に伸ばす。




 「ぬうっ?! じ、じゃがお主、現世に未練とか執心とかあったじゃろ、さっきの様子から……」




 ずっとふて腐れた態度だった俺が、突然明るく振る舞うもんだから、神は酷く困惑して、たじろいでしまっている。


 それでも俺は、湧き出る希望に押されるがまま、躊躇もせず口を動かし続けていた。




 「異世界転生という選択肢と比べたら、現実への未練なんか取るに足りませんよ。どうか、どうかこの俺に新たな人生をください。お願いします!」




 手を組んで、祈りを捧げるかのような体勢で必死に懇願する。




 神様は、あまりの気の変わりように混乱したのか、ポカンと腑抜けた表情でこちらを見ていたが、暫くして飲み込めたようで、ふっと初めて会ったときと同じ穏やかな笑顔に戻った。




 「そうか……わかった。十二分にお主の想いは伝わったよ。早速転生の儀式に入るかの。付いてきなさい」




 神様は背を向け、やおらに歩き出した。




 やった! 心の中でガッツポーズをひそかに決めながら、ずっと保っていた正座をようやく崩し、立ち上がる。




 こんなに長く座っていれば、普通は足が痺れて動けないはずだが、よろけることもなく歩ける。


 物質的な身体を持たない魂だからだろうか?


 でも、そしたら先程の痛みは説明できないな。じゃあ、神の加護のおかげ?


 それとも単なる偶然?




 そんなしょうもないことを考えながら、神の足元を見ながら付いて行く。


 少しして、半径十メートル程はある、巨大な黒の台座の前についた。


 神の影に、こんな巨大な台座があったとは。全く気付かなかった。




 その大きさに見惚れていると、神様はこの台座は〝転生の器〟と呼ばれるもので、これを使って神殿に呼んだ魂を輪廻させたり転生させるのだと教えてくれた。




 一つ、大きな咳払いをして、喉の調子を整えると、改まって真摯な声で神は言う。




 「それでは。さっそく転生の儀式を始めるぞ。まずは台座の中心に、赤い目印があるからその上に座ってくれるか。」




 言われた通り目印に向かうべく、台に足を乗せる。硬く艷やかで、見惚れる程に正確な平面の上に、本当にこの汚い素足を付けていいのか戸惑いながらも、ゆっくりと中心の方へと進んだ。


 全く凹凸や傷のない、美麗な平坦に足の裏が触れ、そして離れる度に、ぺたんぺたりと小さな音が鳴る。




 台座には、一つの広大な白い魔方陣が刻印されていて、その陣の真ん中、同時に台座の中央と思われる場所には、近寄るのも躊躇うほどに美しく緋色に輝く、真ん丸の珠玉が埋め込まれていた。




 目印とはこれのことだろう。


 ……本当に座っていいのかな。出来るだけ汚れや傷が付かないよう、慎重に慎重に、宝石の上へ腰をおろし、膝を抱えた。




 さて、これからどうやった手順で転生するのだろうか。




 好奇心と心配で、止まったはずの鼓動の高ぶりを感じながら、じっと神様の方に目を凝らす。





 十メートルというのは、思った以上に距離があった。神様の表情が見えない。が、身振りからして何か考えているように見える。




 ……何してるんだ?


 疑問に思っていると、神は突然あっ、と声をあげ、恥ずかしそうに縮こまって、ゆらゆら揺れ出した。




 「そうじゃった、思い出した。転生の儀式には転生する者の名前が必要なんじゃ。すっかり聞くのを忘れとったぞ。」




 何故そんな大事なことを忘れているのだ。





 俺の名前。


 俺の名前は、あれ……何だっけ。




 俺も大事なこと忘れてしまっていたようだ、お互い様だった。





 うーん、名前……俺は……俺は誰だ……。




 そうだ、確か……俺は。




 「……清瀬頼太(しょうせらいた)。」




 これだ。




 「俺の名前は、清瀬 頼太です。」


 自分への確認も兼ねて、大きくはっきりと声に出した。




 「ふむ、ショウセ ライタ、か。いい名前じゃの、教えてくれてありがとうな。では! 気を取り直し、転生の儀式を始めるぞ。どのような世界に行きたいか、心の中でしっかりと願っていてくれるかのう。」




 神様は、そう伝えるとすぐに天高く手を掲げ、小難しい言葉の羅列を述べ始める。




 それに呼応するように、淡い光の粒が天を突いた指に徐々に集まって、指を軸にぐるぐると渦を巻きながらまとわりついていく。


 うっとりする神秘さと、科学で説明できない不可思議さに、俺の厨ニ心が刺激されて密かにわなないた。





 神様の手元に、立派な光の小銀河が完成すると、途端に俺の足元に広がる魔方陣が共鳴するように瑠璃色に輝いて、台座の縁からはその光が稲妻のように天へと溢れだした。




 凄まじい煌めきに眩み、とっさに目を閉じる。




 だが強烈な光は、平然とまぶたをすり抜け、俺の網膜を焼き続けた。





 眩しさに狼狽えていると、雨に濡れた自転車の急ブレーキに似た、甲高い耳鳴りが聞こえ始めた。




 最初は気のせいだと思ってしまう程度のものだったが、徐々に高音は存在を無視できないほどまでに大きくなる。




 濃くなる音に反比例して、俺の意識はまるで眠い時のように、どんどん薄まっていっていた。


 気を抜いたら、足を滑らせ一瞬で深い眠りの谷へ転がり落ちてしまいそうだ。




 そんな中、かすかに神様が何かこちらに言っている声が聴こえた気がした。


 願う未来を思い浮かべよ……そんなことを言っている……よう……な。


 




 ……そうだった、ちゃんと俺の行きたい理想郷のことを……願わなければ。




 俺の……望む世界は……。









 だ…………も……葉……………………ら…………平……………………。人間が……………………










 「う、ん……?」




 肌寒い。


 その感覚を契機に、俺の意識は闇から浮上する。


 どうやら、いつの間にか寝てしまっていたようだ。




 ……異世界転生、無事に出来たのだろうか。


 ぼんやり考えながら体を起こし、重いまぶたを持ち上げた。



 挿絵(By みてみん)



 「おお、すげえ……」


 外界を見るとすぐに、脳裏に電流が走る。思わず驚嘆を漏らしてしまった。




 俺を歓迎するかのような、黄昏時の、赤、黄、紫、青と、色がそれぞれ綺麗に表れたグラデーションの空が、まず目に飛び込んだから。


 その七色の下には、優しい細波に揺れる弘遠の海が、鏡のように映して、逆さの空を作り出している。


 足元に広がるのは、初々しい草原。すぐそこの崖の縁まで生い茂っている。




 ああ、なんて美しい世界なのだろう。




 爽やかな風が一吹き、磯の香りを運びながら俺の頬へと口付けすると、そのまま後方へ走り去っていった。




 筆舌尽くしがたい美麗で壮大な姿に圧巻、俺は言葉を口に紡ぐこともできず、息を飲んでただひたすらに感動を享受する。




 こんな美しい自然のありのままの姿。明らかに俺が生きていた世界ではない。まさにここは異世界だ。


 視界に全てを納められないほど広く、どんな宝石よりも鮮明で色彩豊かな世界を見るのは生まれて、いや実質今生まれたばかりだけど、とにかく初めてだった。




 先までの眠気などとうに消えた、収まりきらぬ喜びに、腕を高くあげその場でぴょんぴょん子供のように跳ねらずにはいられない。




 嬉しかった。


 前世で、俺の望んでいた世界の一つはこの通りだ。色の存在する世界。夢が現実となったこと、喜ばずにはいられない。




 導いてくれた神様に心底深く感謝し、これからの生活の妄想を沢山膨らませて、ますます胸を踊らせる。






 しばらく躍り続け、ふとなに幼稚な事をしているのだろうと客観的に省みてしまって、急に冷めたと同時に、むず痒くなってきた。




 「あー……、馬鹿らしい。」




 誤魔化しの咳払いを一つし、誰も見ていないとはわかっているが冷静に振る舞っていると、体にどことなく感じる違和感に気付き、目線を空から自分へと移した。




 違和感の正体はすぐにわかった。




 恰好が変わっている。


 「動きにくいと思えばどうも服が違うな。こんな服、見覚えがない。白色を基調にしたコートの様な……これはこの世界の衣服か?」




 厚みがあって少々硬めのなめらかな生地、手首、足首より少し先まである長い袖と裾、夕陽の色をそのまま反映する程の純白に、腰や裾に意味ありげな緑色のライン模様が染色されている。




 ファッションに疎いのでよくわからないが、わりかし良い素材で作られているようで、きちんと手入れすればかなり長く着られそうだ。




 左肩には、何かが入っているようで少々重みのあるショルダーバッグが掛かっている。中身は金かな?




 履き物は、見た目は革靴のようだが、それとは違って柔軟性があり、スニーカーを履いているのとあまり変わらない履き心地。かなり良い身なりだ。





 ふと、また空へ視線を戻した。


 太陽が、ずんずんと海へと沈んでいる。




 これは不味い。夜になるのも時間の問題だろう。




 せっかくこんな良い世界に転生させて貰ったのに、夜の寒さに凍えて死んでしまったり、得体の知れない野獣か何かに無抵抗のまま食い殺されてしまったら元も子も無い。




 身の回りの詳しいことは、また後で確認することにしよう。





 「よし、日が完全に沈む前に安全な場所を探さないとな。」




 真紅の光を放ちながら海へと堕ちる太陽に背を向け、待ち受ける新たな世界へと目を向けた。




 俺が降り立ったのは丘の頂のようで、ここから見えるものは全て俯瞰だ。




 見渡すかぎり、芝萌える緑の穏やかな起伏が続いていて、その先に街が見える。




 とりあえずそこに行けば、身や寒さをしのげる宿なりなんなりあるだろう。




 不安と期待を胸に懐き、風にそよがれ波立つ草原を、俺はそのまま浮いて飛んでいってしまうような軽い足取りで生誕の地を去った。

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