#15 腹ごしらえと鉢合わせ
前回と同じく挿し絵無しです……挿し絵挿入出来ましたら、またお知らせします。
12/16 挿絵追加しました
足元が、柔らかに沈む草原から、硬いレンガへと変わる。
ビリジワンへと戻ってきたのだ。
我が家を目指して、多種多様な店がずらりと建ち並ぶ大通りを、ただひたすらに真っ直ぐ歩き続ける。
大通りには、初めてギルドに訪れたあの日と同じように、恐らく隣町から来たと思われる地図片手に歩く人や、獣の皮で作られた袋に沢山野菜や何かを詰め込んで、その重さで千鳥足になっている人、十人十色の海で大洪水を起こしていた。
あっ。
殆んどの人がの着ているコートみたいな……マジックホワイトローブには、胴からその下に大きく広がっている裾にかけて、俺には緑の、ラフェムには赤の模様が描かれている。
道行く人にも、同じラフェムの赤から、青、紫、各々様々な色の模様が施されているのだが……
ラフェムと同じ赤……昨日知ったとおり、炎魔法を象徴する赤には、どれも皆同じ場所に、同じデザインが入っていた。
丁度腰の辺りの側面に描かれた、炎を模したアイコン。
昨日彼が言っていた、着用者自身が持つ魔法の紋章、炎魔法の印だ。
他の人の模様はと言うと…………。
青には同じ場所に雫のデザインが、水色には竜巻。黄色は稲妻。オレンジは……光だろうか。紫は……なんだこれ、蝿取草?
ともかく、色それぞれに共通した模様が入っている。
全部で六種類。ギルドで初めて依頼を受けた日に、教えて貰った魔法の数と同じだ。
茶色、ピンク、藍色……まだらにいる珍しい色の服にも、絶対にこの六種のいずれかが描かれていた。
……俺のローブに示されているのは〝?〟
……所謂クエスチョンマーク。
この模様……いや、六種類のどれでもない模様を持っているのは俺だけだった。
………………。
何故俺だけこうなんだ?
漠然とした不安に、人知れず胸を押し潰されそうになっている中、ラフェムが突如、磁石を近付けた鉄のように、ある小さな店に向かって引寄せられた。
この店舗の形は……たこ焼き屋とか、女が行くような、キラキラしたアイス屋とかクレープ屋が思い浮かぶ。
ピンと張られた雨避けのテントの下。
壁が大きく四角に空いていて、そこから覗く店内は、厨房とレジカウンターのみという必要最低限の空間しかない。
何て言えばいいんだろう……テイクアウト専門店?
……そういえば、こういう形式の店にはあんまり縁がなかったな。
ゆっくりと、ラフェムの後をなぞるように俺もその店に近付いて、壁へと寄りかかった。
彼はもう注文し終わっているようだ。丁度見慣れないコインを店員へ渡している。
反対方向に首を回してみた。
すぐ横にあった立て看板には、緑色をしたタコスのような謎の絵と〝プェパロス〟という謎の単語が書かれている。
しかし、厨房の隅にはケバブのような肉塊が直立している。
俺の不思議な翻訳は、目玉焼きやパンのように前の世界でも存在するものならその名前で表される。
しかしプルーアのように、地球に存在しない物の場合は、この世界の発音がそのまま認識されてしまうのだ。
この事から推測するに、このプェパロスはタコスでもケバブでも無い。この世界だけの料理だ。
「はいよ、プェパロス二個! 落とさないように気を付けろよ」
そんなことを考えていたら、注文した品が完成らしい。
紙の包装でここから姿は見えないものの、かなりの大きさだ。ラフェムの手に収まりきっていない。
彼は落とさないようそろりそろりと慎重に歩いてくると、片方を渡してきた。
そして、ありがとうの代わりか店員に軽く手を振ると、何事も無かったかのように歩き出した。
…………ふーん、これがプェパロスか。
紙を開いて、未知の食べ物を確認。
二つ折りされた、少々厚めの緑色をした皮の間に、宿の朝食等で見かけた葉に、先程のケバブもどきを切り落としたと思われる肉厚の赤みを帯びたステーキ、そして謎のカラメル色のソースとまっ黄色のチーズが挟まれている。
これは……例えるならばタコスとハンバーガーのハイブリットか? いや、単にハンバーガーのバンズをトルティーヤにしただけ?
ふと、隣にいるラフェムの顔を覗き見た。
家で食べるのかと思っていたけど……既にかぶりついている。それも、心底幸せそうな笑みを浮かべて。
歩き食い、この世界では普通のことみたいだ。俺も食べることにしよう。
………………。
……で、どうやって食べればいいのかな。
一応紙袋に入ってるんだけど、触った感じ撥油加工とかしてないし、中でこぼしちゃったら、油が透けて汚れそう。
とりあえずプェパロスの中身がずれないよう、紙の上から挟むように指で押さえ付けながら、大きく口を開け、慎重にど真ん中に噛み付いてみた。
……ああ、これ普通に旨いな!
ファーストフードとかジャンクフード特有の濃すぎて胃もたれする油って感じじゃなく、それでいて物足りないわけじゃない……まあ、普通の飯って感じだ。
皮はピザ生地のように、もちもちとした適度な弾力がある。
目に優しい緑色は、恐らく野菜の粉末を混ぜてるのだろう、ほのかに優しい甘味がする。これ単品で売ってないかな。
意識を手の物に集中しすぎて、人にぶつかるってことのないように、気を配りながら食い歩いた。
しかし慣れてないせいか、中々に食べ辛い。
ハンバーガーとは言ったが、大きさは日本で見慣れた某チェーン店よりも一周り、いや二周りほど大きいのかな?
さっきラフェムの手に収まらなかった通り、でかすぎるのだ。
どうやって食べていけばいいのか、一向に掴めない。
この困惑に、ふと、皆と一緒にハンバーガーを食べたあの時の、風化した感情が甦ってきた。
あれは、五歳ぐらいの時の事だろうか。
大きなチーズバーガーの、チーズが美味しくてつい口の中で舐めてたんだよな。そしてチーズと肉の層から出土したピクルスも同じように舐めて、で、変な味がして嫌な気持ちになった。
相対的な大きさが同じぐらいだったんだろう。あの感覚、あのあどけなく拙い感情、とても懐かしい。
……それで……あれは、誰と食べてたんだっけ?
チーズバーガー以外の、具体的な映像が全く脳に描けない……けど、なんだか懐に秋風でも吹いたような、冷たい寂しさが湧いた。
どうして俺はあんなことに────
しばらく複雑な懐旧に浸りながら、ぎくしゃく食べ歩いていると、ラフェムが突如足を止めた。
家に着いたのかな? そう思って顔を上げる。
そこにそびえるは、俺たちの住む煉瓦の家ではなく、色鮮やかな野菜や果物の積まれた篭が並んだ、スーパーマーケットだった。
「いやあ、夕飯の食材がもう尽きてたの思い出したんだ。まだショーセは食べてるみたいだし、ここで待っててくれるかな?」
彼は、もう空になった包装紙を折り畳みながら、こちらへと振り返る。
そして俺の顔を見ると、突然にやけた。
「おいおい、ソースが口周りに付いて、髭みたいになってるぞ!」
「……えっ、マジ?」
慌てて口元に触れてみる。
ソースのぬめりの触覚。これだけで凄いことになってることを察した。
「……いやあ……プェパロス食べた事無くて慣れてないんだ……」
いやぁ……これじゃあ幼児みたいだよ! 凄い恥ずかしい。
にやけ続けていた彼は、俺の無様な顔に堪えきれず、とうとう笑い出した。
「ふはは、あははは! 鏡があったら見せてあげたいぐらいだよ!」
腹を抱えながらも、ポケットから焦げ茶色のハンカチを取りだし、これで拭けと渡してくれた。
……ありがたく使わせていただく。
……ハンカチ物凄くベトベトになった。
返せない……。ラフェムも苦笑いして、受取拒否した。俺が家まで持つことになった……。
しかし、彼があまりにも愉快に笑うものだから、俺もちょっと釣られて笑ってしまった。
まあ、悪い気はしないかな。
「僕も小さい頃、同じ様にプェパロスで口の周り汚したなぁ、ははは! じゃあ、必要なもの買ってくるからここで待っててくれよ」
ラフェムはにやけ顔を止められないまま、店の中へと進んで……
いや。急に足を止めた。
ラフェム自身でさえもこれは予定外の行動だったようで、彼の上半身はガクンと前のめりに揺れる。
ほのぼのと笑っていた顔は、一気に真剣な表情へと凍り付いていった。
付近に、ピリピリとした緊張が走る。
ネルトだ。
背丈が高いショートカットの黄髪の雷魔法使い、ネルト イナガリ。
偶然にも、買い物し終わって店から出てきた彼とばったり遭遇してしまったのだ。不運極まりない。
昨日の昼、大騒動を起こし絶交までに至った最悪の関係である二人が、かち合ってしまった場合に起こり得るのは……良くないことに決まってる。
ラフェムの髪は微かに揺らぎ始め、無から火の粉が現れては、キラキラ輝いて消えていく。
ネルトは、今にでも左腰に添えられた剣を引き抜こうと指を空で震わせ、ローブに描かれた山吹色のラインに己の電撃をほとばしらせていた。
互いに、憎悪と正義が入り交じった鋭い眼差しで、相手を睨む。
……全ての元凶である俺が下手に刺激すれば、ここは戦場と化してしまうだろう。
俺は出来るだけ存在感を消し、気不味い雰囲気をなんとかやり過ごそうと試みた。
今にも爆発しそうな敵意がすぐ近くで渦巻いていることが、なんだか失った記憶を刺激しているらしく、冷や汗と恐怖と吐きそうな不快感が沸き上がってくる。
早くどちらか譲るなり無視するなりして、この空間を終わりにしてくれよ。
「うぐっ!」
……え? うわ! げええっ!?
ネルトが突然こもった唸り声を漏らし、左手に提げていた買い物袋から手を離し、すかさず痛そうに右腕を押さえた!
煉瓦の大地へと叩きつけられた麻のような袋から、数個野菜らしき物が外へと転がって、ラフェムのつまさきにぶつかった。
嘘だろ、ラフェムなんかした!? 不味くないか!? マジで戦争になっちまう!!
……いや……彼が手を出した訳ではないらしい。
すぐに戦闘体勢を解き、慌ててしゃがんで、飛び出たいくつかの野菜を拾い上げて袋へと戻しながら、心配そうに腕を見つめていた。
途中で彼の事を憎んでいたことを思い出したのか、俯き狼狽える。明らかに手を出した者が取れる態度ではなかった。
敵対しているのに優しくされたネルトも、咄嗟に動いてしまったラフェムも、かなり気不味そうだ。
すっかり漏れだす魔法の気配も無くなり、大人しくなってしまった。
少々の間の後、ネルトは髪をかき揚げ、大きな溜め息をついた。
「……くそったれ、お前の家族は優しすぎるんだよ……。……絶対にオレはあの緑の奴なんか信じないぞ。またあの悲劇が起きたらどうしてくれるんだ……。サラのいないこの世界、誰が……」
苦しそうに押し潰された小さな声で吐き捨てると、ラフェムから袋を奪い取り、こちらの方に曲がってきた。
俺をいない者かのようにすり抜けた、その時。ほんの一秒もないが、目があってしまった。
決断しきれず迷っているような煮えきらない、靄のかかった黄色の虹彩。
何かに怯え、閉じ籠るように落ちた深い影。
……俺の瞳は、相手にどう見られているのだろう、どう見えたのだろう。
ネルトはすぐに目を逸し、歯を食いしばると、歩みを止めることなく、腕を押さえたまま人の波に飲まれていった。
いつの間にか集まっていた、二人の少年の喧嘩を危惧して立ち止まっていた人の群れが分散した後、彼はその場で立ち尽くしたまま、俺に言った。
「……あんな奴の言うことなんか気にしなくて良いからな。…………ごめんな、ネルトに悪気は無いんだよ……。どうか、恨まないでくれ……」
いつもより酷い猫背で、申し訳なさそうに、伏し目がちに。
そして、逃げるように店の中へと消えていった。
一人ぽつんと残された俺は、黙々と考える。
昨日のギルドでの仮定から、魔法の使えない人間の変異体が、かのラフェムの姉を殺した化け物で、俺はそれだとネルトから疑われているようだ。
だが、姉を殺され化け物については誰よりも怨み、話題にも敏感であろうラフェムは、俺を受け入れてくれた。
もし俺が化け物になれるとしたら、ラフェムは俺をこんなにも友達として扱ってはくれないはずだ。殺すべき対象として襲われ、とっくに転生したての体を手放す羽目になっているはずなのだ。
だから、俺は化け物なんかじゃないよな?
平気で殺人を働くような人間じゃ、いや人でない何かじゃ、無いんだよな?
わからない。
一体、誰が正しいのだろう。
俺は化け物になれてしまうのだろうか。
怖い。あれほどの殺意と、俺が悪になってしまうかもしれない可能性。見えない彼らの深い溝、全てが怖い。
……そして、どうして彼は突然痛みに怯んだのだろうか、何か持病だろうか? それとも深い俺の知り得ない働きがあったのだろうか。
沢山の疑問と不安で、俺の脳は埋め尽くされた。
ラフェムが戻ってくるまでの間、ずっとずっと考えていた。
肩を叩かれ、ようやく買い物が終わった彼が隣まで来ていたことを認知したぐらいに、没頭して考えていた。
でも、そんなに頭を回転させても、答えはひとつも求められなかった。
胸を詰まらせる負の鉛にどんよりしたまま、疲れもあり重い足取りでまた歩き始める。
ラフェムの歩みも、やるせなさを感じるものだった。先程までの、清々しい勝負の余韻は、ほのぼのとした雰囲気は、どこに行ったのやら。とくに会話を交わすこともなく、家へ帰った。
すぐにかいた汗を熱いシャワーで流し、パジャマ姿で夕飯の準備をして、席へとつく。
……不安はどんどん他の不安と融合して割れぬ風船のように膨らんでいく。全く生きた心地がしない。
今、一番怖いのは、俺が化け物の疑いをかけられていることだ。
俺は、絶対に化け物にはなりたくない。
ラフェムという唯一無二の恩人を、この優しい世界を、自らの手で滅ぼすかもしれない可能性が塵の程の大きさでもあることが恐ろしい。
「ラフェム……」
彼は声を発しないまま、テーブルを俯瞰する顔をあげて俺を見据えた。
「俺って……化け物になっちゃう可能性……ってのは、あるのか?」
勝手に声が震える。
俺は弱い。
弱いからすぐ泣く。
弱いのも泣くのもダサい。
だから誤魔化さなければいけないのに、俺の口は意思に反して弱音を吐露し始めてしまう。
「俺、嫌だ……化け物なんかになりたくない……。なんで、なんでこんな優しくて生き生きした世界を滅ぼさなきゃいけないんだ? 魔法を使いたくなくて魔法を持ってない訳じゃないのに、猜疑されるのも、化け物になる可能性も、何もかも怖いんだよ…………」
……ハハ……。
今日の俺、滅茶苦茶ダサいな。
ラフェムは予想通り呆れて、額に手をやり小さな溜め息をついた。
「馬鹿言うな、ショーセが化け物なんかになるわけないだろ。あいつの言葉なんか気にするなって昨日も言っただろ。あんなの、悪人は肉を食べてるから肉食は悪人みたいな暴論だよ。彼も君も心配性だな!」
言い切ると、いただきますと囁き、好物のトカゲ肉のサイコロステーキをフォークで串刺しにして、塊をまるごと頬張った。
そして、彼が再び声を出すことは無かった。
かなり適当にあしらわれたが、それでもハッキリ否定してくれて、大分楽になった。
ありがとう……心の中で感謝しながら、俺もフォークを手に取った。
流れる涙はキリがないのでそのままにして、黙々と目の前の料理を食べ、なんとか完食。
その後は、おやすみという言葉を交わすまで寡黙を貫いていた。
……。
もうネルトには会いたくないな…………。
そんな事を思いながら、明かりの消えた部屋の中、冷風が揺らす窓の音を聴きながら、そっと瞼を閉じた。




