#14 奮いたまえ王道の白銀を
挿し絵はもう少し(銅鑼月比)待ってください(T_T)
ということで、挿し絵は完成次第追加いたします。申し訳ございません。
2018-12/10 挿絵追加しました。
……戦いとは、剣先だけではない?
剣先だけでは…………そうか!
「むっ!?」
ラフェムの強烈な水平切りを、わざと踏ん張らず、身を委ねるように受ける。
そのエネルギーで吹き飛ばされるようにして、数歩後ろへと下がった。
滑る靴底、砂ぼこりが足元を舞う。
……これでようやく、猛撃から逃れられたぞ。
突然の行動の変化に、ラフェムは少しばかり怯んだようだ。
この隙に、ずっと両手で盾として構えていた剣を持ち直す。
そして、胸に手を添えるように剣を構えた。
今度は俺がラフェムの懐へと突進し、彼の胸目掛け、勢いを腕に乗せ、大地と平行に軌跡を描くように斬り払う。
余りの速さに空気は裂かれ、ブォンと低く唸った。
……しかし、当たった感触はない。
手加減はするが手抜きはしない、その言葉の通り、易々と当たってはくれないようだ。
彼は身を蛙のように屈めて、剣を避けていたのだった。
彼の脳天に描かれた剣の通った跡……光の扇が消えると、大きく空へと跳びはねる。
華麗な後方宙返りで、俺の腕の届く距離から抜け出した。
着地地点は十メートルほど先。
縦の最高点は俺の身長の二倍、いや三倍ほどか。
あの体勢から、これほどまでに平然と高く跳べるとは。
改めてこの世界の人体の凄さを思い知り、少しだけ震えがきた。
……この痙攣が恐怖からなのか、感動からなのか、はたまた闘争からなのかは、俺自身にもわからない。
着地の衝撃から立ち直り、ゆらりと立ち上がったラフェム。
瞳を業火のような紅に輝かせ、口角を不敵に上げていた。
柔らかな赤い髪は、浦風に撫でられ灯籠の火の如く穏やかになびき、姿勢はアイロンをかけられたように伸ばされている。
今までのそこはかとない暗さとのギャップで眩んでしまうほど、今の彼は生き生きしていた。
「そうだ、そうだその調子だ。はは、才能あるかもなあ? ショーセ。ああ……久しぶりの戦い、楽しめそうで心が躍るよ」
才能ある? ほんと? 褒められた、嬉しいぜ。
密かにガッツポーズしつつ、自分の変化を顧みた。
……ラフェムが示唆してくれるまで、剣のみが俺の視界に映っていた。
攻守には武器だけを使うしかないと、潜在的に決めつけていたからだと思う。
だが、それは大きな間違いだった!
この広がる空間も、そして武器を操る自分自身も、戦いに必要な見るべき要素だった!
後ろに下がることで体制を整えたり攻撃をかわしたり、場合によっては左右に回り込んで相手の隙を作り出したり出来るだろう。
ラフェムが見せたように、自分の姿勢を変えることでも、避けたり出来る。
出来ることは、きっともっと沢山あるだろう。
わからないものは、勝負の中で体感し経験して会得していこう。
視野が広がったことで、自分の出来ることも水に垂らされたインクのように、一瞬で大きく広がった感覚がした。
「さあ、来なよ」
ラフェムは剣を宿した方の腕をこちらに真っ直ぐ向け、俺の事をじっと待っていた。
その姿は、悠々閑々。
戦い慣れた猛者の凄味が垣間見えた。
優しく流れてくる、潮と緑の爽快な匂いを大きく吸って、そしてゆっくりと吐いた。
それを数回繰り返し、心身の無駄な緊張を収め、そして神経全てを勝負へ集中させる。
夏の日差しと激しい動き、彼の重圧に恐怖と不安の混じった緊張。
様々な汗の滲んだ両手で、グリップをしっかり握り直し、乾いた黄土の大地を足の裏で力強く蹴り出した。
風を遡る様に、一直線に駆け抜ける。
彼への距離が残り三分の一ほどになった時。走り幅跳びのように、軽く空へと跳び上がる。
軽くといっても、飛距離は五メートルを超え、高さは身長の二倍ぐらいだが。
真上の大陽へと剣を掲げ、重力、体重、勢い、全ての力を込めて降り下ろした。
白銀はラフェムではなく、レイピアと衝突し、爆音と火花を散らした。
彼は右手で、左肘の丁度関節辺りを掴むようにして支え、しっかりと炎の剣を真っ直ぐ固定している。
これが彼流の盾の構えか。
全力を止められた反動で、俺の掌はビリビリと痺れている。
光散る刃越しに見える、真剣だが余裕を感じる焔の眼。大地に根差したかのように一ミリたりとも動かない体幹。
滲み出る玄人の雰囲気。馬鹿正直な正面突破は叶わないことを自覚せねばならなかった。
ラフェムがやったのと同じように力を抜き、押し返される力で一旦着地。次は迫りながら剣を振り回してみた。
彼はフェンシングのように、俺の前進にあわせて下がりながら、剣の先同士を擦れ合わせ、斬撃の軌道を逸らす。
シャンシャンと刃物を研ぐような音が何度も何度も鳴り響く。
……軽く峰を当てられただけで、こんなにもずらされるなんて、どうにも信じられない。
なんとか押し通せないだろうか? 腕から指先まで力を入れ、歯を食い縛って一撃一撃を強くしてみる。
空気の裂かれる音と、ぶつかり合いの音が、力に比例して大きくなるが、されどラフェムの様子は変わらない。
「おいおい、あまり大振りにすると、隙が産まれるぞ」
そう彼が言うと、突如後ろへとステップを踏んで間を開けた。
俺はレイピアに受けられる予定だった強烈な空振りに引っ張られ、大きく前のめりに姿勢を崩す。
やばい……。
そう思ったときにはもう遅い。
カジキのように飛び込んできた炎の突きが、思い切り俺の腹部へと直撃した!
「うがうっ! ……い、痛ぇ……」
痛い、マジで刺された! なんか刺された瞬間、そこから緑色の火の粉みたいなのが出てきた気がしたけれど……それよりも、マジで痛い。
刺された鋭痛というよりも、硬式ボールを当てられたような、鉄拳で殴られたような鈍痛だ。……この鈍痛は、なんだか慣れている気がする。いや、でもやっぱり痛いものは痛いのだ。
ふらふらよろめき、患部を押さえる。
……そうだ……仮にもあれは剣で、俺はそれで刺されたんだ。
服に穴は空いてないだろうか、腹から血は出てないだろうか。
心配になってさすってみたが、どうも何ともないようだ。
慌てる俺がそんなに不思議だったのか、ラフェムは苦笑いしながらレイピアを下げた。
「ふふっ、大袈裟だなぁ、大丈夫だよ。そんな本気で殺すだとか思ってないんだから、破けたり裂傷になったりはしないさ。そんな簡単に傷付いていちゃあ、命が何個あっても足りないだろ」
ラフェムの言い草……この世界では、手加減というか、気の持ちようでダメージが変わるのか……?
……そういえば、先日読んだ魔法についての記述には、魔法使いの精神状態によって火力は左右されやすい、そう書いてあったな。
そして今、ラフェムは言う通り俺に殺意を抱いていない、だから、突かれても平気だったという訳か。
いや、待てよ。
俺のこの剣は魔法製じゃないぞ。
魔法じゃないこれでラフェムを切りつけたら、今更だけど危なくないか?
……でも、あれは刃物で斬られたら死ぬなんて、考えてもいない顔だ。
命が何個あっても足りないと言うのも引っ掛かる。
……もしかして防御面でもメンタルでの補正がかかるのだろうか……?
……うん、きっとそうだろう。そうでなければ、攻撃を当ててみろなんて言わないな。死んじゃうもん。
「どうした、また考え事か? ショーセ」
「あ、いやあ、ごめんごめん。中断しちゃって、慣れてないもんで必要以上に心配しすぎたわ。何でもないよ、再開しよう」
「おう、あんまり勝負の最中は立ち止まって長考すべきじゃないぞ」
ラフェムに勘付かれてはならないので、何事も無かったかのように振る舞いながら、試合に戻るべく姿勢を正した。
足を軽く開いて、剣を両手でしっかりと握る。
……まだ少し、刺された痛みがじんじんと響いてる。
ラフェムは下げていたレイピアの剣先を俺に向けた。
互いにそのまま見合う。
彼の構えが軽快なフェンシングなら、俺は牢乎の剣道だろうか。
燃え盛るレイピアは、纏った炎が絶えず布のようになびいているが、その芯は一切震えていない。彼のメンタルフィジカル、両方の強さが伝わってくる。
いつもの猫背と眠そうな瞳は僅かな面影も無く、戦闘に没入するその姿は、勇敢な騎士そのもの。
まるで武神が憑依したというか、武神そのものというか。
彼は不敵に笑いながらも、俺の出方をうかがって、じっと置物のように待ち続けている。
浦風は相変わらず穏やかに流れている。
もしどちらかが突撃すれば、この空気はたちまち歪むだろう。
足元は初夏の日差しで水分を根こそぎ奪われた土。
一歩でも踏み出せば、その刹那無機質な音が鳴り砂ぼこりが巻き上がるだろう。
まるで彫刻のような彼がその形を解いたときには、数える暇も無く俺は攻撃を受けているだろう。
取り巻く環境、彼の動き、全てに気を張り巡らせて、向こうが掛けてくるのを待つ。
待ち続ける。
待ってるんだけど……。
……来ない。
うーん、俺が先制しようかな?
しびれが切れて若干緊張が弛んだその時だった。
乾いた大地を蹴った軽い音が、思考を遮断する。
「わっ!」
油断した一瞬を的確に突かれて、思わず声が出ちゃった。
獣のような瞬発と俊足だ。
もう俺に向かって武器を振るっている。慌てて迎え撃った。
ガキン!
……少しでも戸惑っていたら、当たっていただろう。
刃の付け根……鍔ギリギリの部分同士が、垂直にぶつかりあい、針の炎は目と鼻の先で止まっていた。
文字通り間一髪だった。
防がれたのを確認したラフェムは、すぐに下がり、鋭利な剣先を俺の方へ向けて行動を牽制しながら、攻撃が届く丁度良い距離になるようじっくりと調整し始めた。
……さて、どうするか。
未だにラフェムに斬撃を当てる方法が思い付かない。
だって隙と言える隙がないし、ごり押ししようにも、彼の方が強いから敵わないんだもの。
思考中に、ラフェムが腕を引っ込めたのが見えた。
……これは突きの予備動作だ。
咄嗟に左へと避けるが、彼はすぐにまた引っ込め、今度は俺の左半身を狙った突きを繰り出してくる。
慌てて身を翻し、剣を片手持ちに変えながら元の場所へと戻るように、二撃目を避けた。
突き攻撃はまだ続く。
俺はそのラッシュを、地球時代では考えられなかった、プロスポーツ選手も驚きの軽い身のこなしで、ひたすらかわし続ける。
……あっ。
突きを出す瞬間に避けながら突撃したら攻撃当てられるんじゃなかろうか?
ふと浮かんだ、ナイスアイデア。早速試すことにしよう。
右手でグリップを力強く握り、次の彼の腕が伸びようとした瞬間に避けながら、叩き込………………めない!
彼は突如突くのをやめて、大きく後ろと逃げたのだ。
俺が企んでいたことを察したらしい。
うーん……。
自分がどういう行動をするかを、実行する前に相手にバレないようにしなければいけないみたいだ。
今のように露骨にラフェムの突きの瞬間を狙っていたら、バレて失敗に終わってしまう。
それに、これから暫くは今のような隙を産み出さないよう、警戒されてしまうだろう。
あーーもう、どうしようかな。このまま立ち止まって模索してても、彼のペースに飲み込まれるだけで何の発展にも繋がらないだろう。
……先程も言われた通り、立ち止まって長考は駄目だ。
果敢に、無鉄砲に、飛び掛かることにした。
策は無いから、めちゃくちゃに剣を振り回して、ラフェムの自由を封じながらなんとか思考の時間を稼ぐ。
この乱雑で意味もない攻撃さえも、彼は真剣に一撃一撃丁寧に受け止めている。
力の差も技能の差も、天と地……いや、銀河とマントルぐらいある。
先程も考えたように、正面突破は無理。
しかし狙いをあからまさまにしすぎたから、今後隙のある行動を俺の気力と体力がある内に見せてくれるかも危うい。
そうこう考えてる内に、ラフェムは俺の我武者乱舞から、するりと抜け出してしまったのだった。
「今度は僕の番だ! 行くぞ!」
彼はそう高らかに宣言すると、体をひねるように、限界までレイピアを天へ掲げた。
……咄嗟だった、このアイデアが思い付いたのは。
剣戟を交わせ、受け止める。
白銀と火の針が触れたその刹那。
刃を翻し、彼のレイピアを自分の剣と絡ませるように下側にして、そのまま思い切り、大地へ向かって両手で振り下ろした。
受け流しの応用だ。
ただでさえ強すぎる彼のパワーに、俺の全力も加わり、鋭利な炎は一瞬にして大地へと叩き付けられる。
そして、火に体を引っ張られたラフェムは、がら空きの真正面をこちらに向けた。
今だ!
この露呈された隙を絶対に逃すまいと、すかさず、無心で斜め上へ斬り上げた。
バリィィン!
やった! 勝ったぞ!
やっと初めて、野球でバットにボールを当てたときのような、攻撃を喰らわせたという手のひらの感触を経験した。
……それと共に、明らかに人間を切った音ではない、薄い氷が割れたような静電気が弾けたような、既存の記憶からはどうにも例えにくい若干神々しさを感じる音を聞いた。
斬撃を喰らった彼から飛び散ったのは、血や布切れではなく、彼の炎に似た赤色の煌めき。
神秘的なその煌めきは、煤のように風に揺られたあと、すぐに宙に溶けて消えていった。
……い……今の何……!?
異様な光景に思わず目と耳を疑い戸惑っていると、ラフェムが少しく悔しさを交えた、清々しい表情で話し始めた。
「なかなかやるじゃないか。参った、君の勝ちだよ」
……異様なのは俺の方だった。斬られたら傷付くという、この世界にはない異質な常識で戸惑う俺の方だ。
ラフェムは謎の音と光に何の疑問も持たず、戦いの終わりを示すかのように、左手で燃え盛っていた紅の剣を消滅させて、普段の眠たそうな眼と猫背に戻っている。
そう、彼にとっては切られたら光が飛び散るというのは極普通の事なのだ。
物凄く不思議で、今すぐにでもさっきのは何かと聞きたいのだが、この世界で、言葉を話して意思疎通することと同等なぐらい当たり前の事を聞いたら、流石にこの世界の者ではないとバレてしまうかもしれない。
わめく好奇心をぐっと押さえ、今は勝利の優越に浸ることにした。
「ラフェム、いやはや本当に強いな。ほんとは手加減してくれてないんじゃないかって、勝ち筋なんてないんじゃないかって思っちゃったよ」
強いという言葉に、彼は目を輝かせる。
「そうか? へへへっ、僕強いだろ? だけど、あれは全然本気じゃないからね! でも君も強い! これからもっと、確実に強くなるよ! いつか全身全霊でぶつかり合おうな! よし、じゃあ今日はもう帰ってゆっくり休もうか」
彼は上機嫌にそう言って、付着した砂埃をはたいて落としながら、ビリジワン街の方へと歩き出した。
俺もすぐに振り返り、勝利を讃え送り出すように背中に吹き付ける追い風を受けながら、彼の横につく。
空高く登った銀の太陽に照らされた、翠の大海原と、そこに浮かぶ赤レンガの街。
そこへ向かう俺の足には、もはや自分に対する憂鬱や不安なんて暗い靄は、絡んでなどいなかった。




