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#12 冥い悪夢に囚われて


 えーと、まずは……野菜炒めから食べよう。


 フォークで一突き。人参のような橙色や、大根みたいな白色の、拍子木切りされた根菜のようなものが無造作に串刺しになった。


 刺しておいてなんだけど、野菜はあまり好きじゃないんだ。


 変な味だったら嫌だなあ、そんな恐れを抱きながら口へと運んだ。


 噛むとサクリと音がする、ほどよい固さ。芯までしっかりと茹でられている。味は白いものもオレンジのものも同じで、ほんのりとした甘味がある。


 ……これは、もしかしなくても人参そのものではなかろうか。


 知らない異世界に、馴染みのある物があるとは。ちょっと感動。



 次は魚だ。見た目はアジの開きで、頭は処理されたのか付いてない。


 ……フォークでどう食べればいいんだろう?


 迷っていると、クアは平然と魚をフォークで刺し、丸々持ち上げるとそのままかじりついた。ラフェムも同じように食べている。


 な……なるほど、そう食べるのか。


 真似して食いついてみた。

 身は硬くほぐれにくく、骨もあるので、喉に突っかからないようにしっかりと咀嚼してから飲み込んだ。

歯で身が潰れる度、油が滲み出て魚の旨味が舌に染みる。


 肉厚な葉のサラダも旨いな。



 あっという間に器は空になった。


 ほぼ同時に、前の席の二人も食べ終わり、再び手を合わせてご馳走さまと述べた。




 各自で自分の食器をシンクへと運び終わり、さあ二人で洗うぞと意気込んでいると、クアは俺とラフェムの肩をポンと叩いた。



 「フフン、皿洗いは水魔法使いのワタシに、ドーンと任せなさい! すぐに終わるから、二人は先に戻ってなさいよ」


 彼女は得意気に腕捲りをしながら、そう言った。

 彼女は手を額に当て、前髪を払うようなポーズを決めると、突如無から渦潮が発生し、食器やせっけんを巻き込んだ。やる気満々だ。


 彼女は宿の経営者だ。洗濯はもちろん、皿洗いなどお茶の子さいさいだろう。

 俺たち二人は、その自信に満ちた言葉に甘えることにし、一足先に部屋へと戻らせてもらった。



 マットレスに大胆に座った俺に、ラフェムは洗濯した俺のコートとズボン、インナーを投げた。

 綺麗になったそれらから、ほのかに香る清潔なせっけんの匂いが心地よい。



 そうだ、街の人は大抵皆このコートを着ているけど、一体何の意味があるんだろう。

 膝の上で、ちょうどそのコートを畳んでいたラフェムに、疑問を問うた。


 「なあ、この白い上着って何なんだ?」


 「ああ、これ? これは魔法白外套マジックホワイトローブっていう、まあ礼服みたいなものだ。そして魔法の力を強めたり、魔法や攻撃から身を守ったりする機能の付いた戦闘服でもある。七日着ていても平気なほど汚れにくいし破れにくいから、普段着としても使われる。服に困ったときはこれで良い、万能中の万能だ」


 「へえ……そうなんだぁ……」


 ラフェムは、自身のホワイトローブに施された、赤色のラインを撫でながら、説明を続ける。


 「僕が魔法使った時、発光したの見たかな? この模様の部分は魔法を反響する宝石が染料にされていて、これのお陰で魔法の力を高められるんだ。そしてこの模様、大抵の人は自身が持つ魔法の紋章の模様を入れる。僕は炎の赤紋章が描かれているし、クアがさっきまで着てた外套に、青の水紋章描いてただろう?」


 「じゃあ、緑って、このマークって、どの魔法……?」


 自分の魔法が知れるんじゃないかってちょっと期待して聞いた。そんな俺の心などラフェムにはお見通しだったようだ。申し訳なさそうに視線を下げ、苦笑いを浮かべた。


 「…………どの魔法でも無いんだよね。近いのは風魔法の水色系統なんだけど……。ま、まあ落ち込むな! たまに自分の魔法の色ではなく自由に黒やら茶色やら好きにつける人もいるんだ、……きっと前の君は、お洒落さんだったんだろう、な?」


 「…………そっか……」


 やはり、そんな上手い話はないか。


 そもそも、対応する色だったなら、その魔法使いとして何かしら言われたり、扱われているはずだしな。


 でも、緑って何の意味もない色なのか……ちょっとショックだ。


 ちょっぴりいじけて、手慰みにコートを触っていると、手が引っ掛かった。そういえば、両胸に内ポケットがあったな。



 ……あっ、そうだ。


 ポケットの存在を思い出したことで、ついでに良いことを閃いた。


 図鑑の隣に置いてあったバックを引っ張り出し、中から一枚だけ銅貨を手に取って、左胸ポケットに移した。


 ……初めて貰った報酬の三銅、一枚は思い出や御守りとして大切に持っておこうと思ってたんだ。



 ラフェムが不思議そうに何をしてるんだと聞いてきたから、この事を説明すると、嬉しそうに微笑んで、良いじゃないか。と言ってくれた。



 カバンの口を閉めると同時に、部屋の取っ手が勢い良く下がり、クアが飛び込んできた。


 「終わった終わった、すっかり終わったわ!」


 「ああクア、ありがとう」


 ラフェムの感謝に、クアはとても大喜びで頬を真っ赤にして頭を横に揺れるように振った。


 彼女はしばらく悶えてから、ふと俺の方を向く。


 「そうだ、ショーセ。さっきあんたにあげようと思って、ビリジワン街の地図持ってきてたの思い出したのよ、はい」


 そう言い、彼女はモノクロの地図と、同じく無色のパンフレットを、持参の鞄から取り出して、俺にくれた。


 早速折り畳まれた地図を開いてみる。

 大通りを直径にした円い街が、紙いっぱいに描かれていた。


 へえ、この街ってこんな姿をしていたんだ。


 パンフレットの方は、八百屋、魚屋、服屋など……どこにどんな店があるのか、こと細やかに記してある。


 この二つがあれば、この街で暮らすのに不自由は無いだろう。クアの心入れに、深く感銘した。




 「ところでね、ロネったら……」


 三人がようやく部屋に集ったので、自然と雑談が始まった。


 話題は、最近あった面白かった些細なこと。



 たまに脱線して話がどんどん広がっていく。そしてクアのする話の半分ほどはラフェムの素敵なところで、ラフェムのする話の三分の一はトカゲの話だった。



 俺は、話すための日常という蓄積が浅すぎたため、それをほとんど受け身で聞いているだけだった。


 けれど、俺はこういう誰かの毎日を聞くっていうのは、悪意さえなければ他の娯楽と全く一緒で楽しめる。だから、話せなくとも苦ではなかった。


 「そうそうショーセ。僕、すごく好きなことわざがあるんだよね。〝オルエンド サエスフラール〟別名、全魔法。人間は、全部の魔法が使うことは出来ない。転じて、無いものを欲張ってはいけないとか絶対にあり得ないこと、そういう意味があるんだけどさぁ……やっぱり夢があるよな! 全部の力が使えたら格好良いよな!? 分かってるのにたまに唱えちゃうよなぁ」


 「あ! ワタシもそのことわざ好き! それとワタシの好きなのは……水心あらば魚心! 水が答えてあげれば、魚も答えてくれる。当たり前だけど素敵な言葉よね。ショーセは好きなことわざあるのかしら? もしかしたら、覚えてないかしら……?」


 ことわざ。


 ふと、地球の人間だった頃の事を思い出した。


 思い出した過ぎし日の記憶を一心に追うように、俺は言葉を紡ぐ。



 「俺は……俺は、俺が好きなことわざは〝ペンは剣よりも強し〟だ」



 ……俺は小説を書いていた。

 他にはショートショートとか。

 とにかく、物語を書くのが好きだった。だからこのことわざも好きだった。


 クアたちは不思議そうにお互いを見合った。


 水心があるならこっちもあるかと思ったけど……。

 よく考えてみたら、こんなに平和で王や戦争なんか無さそうな世界で、力による支配も文による思想の啓蒙も生まれないだろう。


 だから、対応した言葉が存在しないのも当たり前か。やらかした。


 「その、ペンは剣より強いって、一体どういう意味かしら? 筆を剣で叩いたら、壊れちゃうわよ」


 「えっと、ごめん。あー、うん、これ俺のオリジナルことわざだったかな……この意味は……」


 俺の作った言葉という体で、説明をした。


 聞き終わった二人は、感心したようで興味深い眼差しを向け、腕を組みながら上下に頷いてくれた。


 俺の産んだ言葉ではないのを自作発言するっていうのは、ちょっと後ろ髪を引かれたけど、俺の好きな言葉を素敵だと受け入れてもらえて、少し良い気持ちになった。


 その後も、話は移ろいながら弾み続けた。



 ああ、もう体感では十一時ぐらいだろうか。


 全員あくびをしたり、うとうとしたりと、睡魔に襲われているのが目に見えてきた。


 無理して起きてるのも辛いし、沢山話したから、もう寝よう。


 ラフェムの提案に、既に夢との狭間を行き来していた俺たちは賛同した。


 クアはラフェムのベットで、ラフェムは新たに持ってきたマットレスを俺の隣に敷いて、眠りの体勢を取る。


 「灯り、消すぞ」


 「いいわよ」

 「オッケー」


 照明の火がポッと消え、部屋は一瞬で真っ暗な闇に変わる。


 カーテンの隙間から覗く無数の星影が、オーロラのようなスポットライトを作った。


 「二人ともそれじゃあ、おやすみ」


 「はぁい、おやすみなさぁい……」


 「おやすみなさい」



 嵐のように吹き荒れていた風はもう弱まっていた。

 家の後ろに広がる草原を駆け抜けては、さらさらと心地よい音を奏でている。



 かすかに響く名も知らない虫の声も安らぎを与えてくれる。



 この世界にくだらない怒号や喧騒はない。通りすぎる車やバイクの音もない。



 雑音と呼ばれる煩わしいものは、一切ない。



 なんて素晴らしいことなのだろう。



 穏やかな自然の音色に身を委ね、おもむろにまぶたを閉じた。



────────────────


 挿絵(By みてみん)


 …………。



 ……………………。



 「ライタ、ライタ……」




 ……誰だ?



 ……ここは?



 ……ここは知っているぞ。

 この空間は、前に一度、実際に来たことがある。俺がトラックに轢かれた後漂っていた、自分の姿さえも見えないあの空間だ。


 だが、あの時とは違って、しっかり重力と地面が存在していた。自分の姿も非常にぼんやりしているが見える。

 ……怖いけど、まだマシか。


 ……しかし、俺は……たしかラフェムのところで寝ていたはず……じゃあ、ここは夢の中ってことか?



 「ライタ……ライタ……」


 暗黒に響く俺を呼ぶ声。辺りを見回してみたが、声の主が見えない。


 ……マジで誰だこの声、ウザいな。


 一歩一歩、牛のようにゆっくりと慎重に、俺の名を呼ぶ声の聞こえる方へ、へっぴり腰で進んでみた。



 「ライタ…………頼む、こっちに戻ってこい」


 この声質には聞き覚えがあった。


 だが、誰だったか、どんな奴だったか、何一つ思い出せない。

 引っ掛かる記憶がむず痒く、無性に不快になった。


 「ライタ、ライタ」


 「気安く人の名前を連呼するなよ……うるせえぞ!!」


 「ライタ……」


 「聞こえてねえのかよ」


 声の主は必死に俺の名前を叫んでいる。

 そして俺が放つ声は届かない。

 一方的に不快な音声を送られる現状に腹が立った。



 はあ、何故こんなつまらない夢を見なければならないのだろうか。



 昨日と一昨日の睡眠時には、そもそも夢を見なかった。


 気付いたら朝だったのだ、まるで気絶していたかのように。


 「ライタ」




 ……名前を叫ばれ続けて、一つだけ、この声を発する人間について、仮説を立てられた。


 夢というのは脳の記憶の整理だとかなんとか。


 俺の前世の記憶には、ろくな人間関係が無かった。


 理由も内容も忘れたけど、いじめられてたし、誰とも仲良くなかったんだ。


 ただ小説だけが、昔の人間の書いた文や、苦難を乗り越える格好いいヒーローの話だけが、俺の友達だった。




 だから、俺の記憶にあるこの人間は、俺の敵に間違いない。




 …………このむかつく奴の面を、一発ぶん殴ってやろうかな。

 どうせ夢、相手は傷付かない。

 楽しくない夢なんだ、少しくらい好きにさせてくれ。


 闇に溶ける拳を硬く握り、相手の場所に確実に歩みを進めていった。



 進む、進む、声を発する正体の方へ……。


 近づいているのかは全く知覚できない。


 ……幾度歩もうとも全然変化がない、背景は真っ暗だし、俺以外の物体はないし。



 歩くのやめようかな。なんて思ったとき。



 突然、俺の目の前に赤い炎が現れた!



 ……これはラフェムのではない。

 よく見たら、炎ですらない。

 俺に嫌悪の感情を引き起こす、気味の悪い真っ赤な揺らめき。



 「ライタ……」



 赤はにじり寄るように、こちらへ向かって動き出した。


 距離が縮まるにつれ、比例して俺の不快感が増してくる。心拍がおかしい、吐きそうだ。

 思い出してはいけない記憶が掘られそうな気がする。


 こいつは、アイツは……。


 「ライタ」


 「よせ、やめろ……俺のそばに来るんじゃない!」



 こいつの事を、俺は誰よりも知っている。



 俺はこいつの事を死ぬほど嫌っていた。



 理由はまだわからないけど、本当に大嫌いだった。



 恐怖に潰れた喉で精一杯拒絶するが、揺らめきは止まることなく、等速で寄ってくる。


 逃げようと後ろへ振り向こうとするが、体は命令を聞いてくれない。


 すくんだ足はガクガク震え、そのままバランスを崩して尻餅を付いてしまった。


 どうしよう、動けない、逃げられない。



 赤色は、これをチャンスだと言わんばかりに、そして嘲笑うように、俺を飲み込もうとアメーバのように大きく広がった!




 「失せろおおおおおおおおおおおおッ!!! 俺に関わるんじゃねえええええええええッ!!!」




 「落ち着け! ショーセ、止まれ!」



 「あああああっ……ううッ、…………え?」



 いつの間にか、俺の目に映る世界が日の出の薄明かりに照された部屋に変わっていた。


 心配そうに眉を下げたラフェムが、俺の体を押さえている。俺は上半身を起こして、何も無い前方を殴りつけようと、腕を浮かせていた。


 悪夢にうなされ、暴れていたようだ。


 「ご、ごめん……」


 急いで姿勢を戻し、あがった息と心を落ち着かせようと、乱雑な深呼吸をする。


 ラフェムが、なだめるように数回背中を優しく叩いてくれた。


 「うなされてると思ったら、急に叫んで、暴れだして……うわ!? 君、泣いてるじゃないか。一体どうしたんだ?」


 彼に言われて、自分も今泣いているのに気が付き、急いで頬を伝う熱い露を袖で拭った。


 「怖い夢を……悪夢を見て……」


 「どんな?」


 「たしか…………どんな……?」


 あれ……おかしいな。

 ……つい数十秒前まで見ていた光景を、自分が立たされていた悽絶の境地を、一欠片とも思い出せなくなっていた。



 まるで前世の記憶のように、気持ち悪かったことがあったという存在だけしか、かすかに感じることが出来ない。


 困っていることが伝わったのか、ラフェムは優しく背をさする。


 「…………思い出せないほど怖いものは、思い出さないほうがいい。あのな、ここには何も恐れるものはない、だから安心していいんだぞ……。君が誰も傷付けないなら、また誰も君を傷付けたりはしない。……まだ朝にしては早すぎる、鐘が鳴るまで二度寝しよう。おやすみ」


 そう言うと、彼は布団の中へと潜っていった。


 ……そうだよな、わざわざ考えて込んで怯えるのはただの馬鹿だ。


 無理にさっきの情景を浮かべようとするのはやめ、怖い夢を見たこと自体も忘れることにした。



 しかし、やはり恐怖心にざわついたままでなかなか眠りに入ることが出来ない。



 ……あと鐘とは何だろう? 鐘の音なんか、一度も聞いたことがないぞ。



 寝返りを頻繁にうってみるけど、目はもう冴えてしまったから寝れない。



 そうこうしているうちに、部屋の明度はじわじわと上がる。


 そして、とうとうラフェムの言っていた鐘がなってしまった。


 寺の鐘のような、辺りに重く、しかし未来を感じさせる荘重やこだまが辺りに響き渡る。

 眠っていた二人は、この鐘に呼ばれたように目を覚まし、起き上がった。



 「えぇー……もう朝なのぉ? まだ眠いよぉ」



 クアは、寝癖であちこちに曲がった長い髪の毛先をいじりながら、小さくあくびをする。



 「二人ともおはよう。ちょっと僕、寝具を親の部屋に戻してくるから」



 ラフェムは寝起きだというのに平然と立ち上がると、大きく背伸びをしてから、使っていたマットレスを立たせ、押して引きずりながら部屋の外へと運んでいった。



 今日も、新しい一日が始まる。



 いや待て。

 ……もしかして、あの鐘、今までも鳴ってた?


 つまり俺、二日ともこの朝の鐘に気付かずに寝過ごして……。


 ……まあ、いいか。


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