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#10 固執の雷火

 挿絵(By みてみん)



 見本も兼ねて、ラフェムが本を借りる手続きをしてくれた。


 「すみません、これお願いします」

 「あら、わかりましたわ」


 一階の受付で、借りたいと伝え、本を渡せば手続きをしてくれる。彼はそういいながら、四冊の本を受付嬢に渡した。


 彼女は暫く何かをした後、レシートと本を返してくる。


 ラフェムはそれを受け取ると、鞄を持っている俺の方へパスした。そうして、後ろを振り返り、ずんずん先へ行ってしまった。


 ……さっきので、もう手続きは終わりのようだ……。



 「ちょっと待って、置いてかないで!?」


 少し駆け足で彼の背を追いつつ、さっきのレシートを見る。


 ……凄いな、魔法の烙印だ。


 書かれている字は、貸出者と担当者名、あと今日の時刻に返却日時と、借りた書籍名、そしてここの街の名前。


 それが、まるで印刷物かのような美しさと精密さで、紙に焼き刻まれていた。


 これは本の合間に挟んでおこう。そうすれば鞄の中でもぐしゃぐしゃにならないよな。



 ラフェムは俺が追いつくまで黙って待ってから、角を右に曲がり食堂へと入る。



 「おっ、ラフェムじゃん、昨日ぶり! 飯か? 遅いなあ。もう昼はとっくのとうに過ぎたぜ? ま、オレも今来たんだけど。隣来いよ」


 食堂に入ってすぐ。ちょうど真ん中の丸席にこちらと向き合う形で座っている、高校生程の年頃の男が軽々しくこっちに話しかけてきた。



 ……なんだろう、胸に僅かな不快感が疼いた。この歳の人間は少々苦手かも。



 黄色のラインが入ったコート、弾けるような短い金髪で、腰に剣を装備した、まさに豪傑とか快闊という言葉が似合う彼は、たしか昨日ギルドですれ違った……。



 「おうネルト。その通り、腹ごしらえに来たんだ。座るぜ」


 そうだ、ネルトだ。


 この馴れ馴れしい感じ、ラフェムの友人だろう。


 彼のいるテーブルを三人で囲むように席へついた。位置関係は、俺から見るとネルトが右、ラフェムが左側だ。


 時計がないから正確にはわからないが、彼の言う通り、昼はもうとっくに過ぎているようだ。俺たち三人以外、誰一人客がいない。



 恐らく数時間前はそうとうの繁盛だったのだろう。それを示す厨房裏から鳴り響く皿のぶつかり合う音や流水の音に耳を澄ませたり、数々の料理の臭いが混じりに混じった残り香を嗅いでいると、奥側のカウンターの、さらに向こうの厨房から、メモ用紙だけ持った桃色の麗しいウェイトレスが姿を現した。


 「ご注文はお決まりでしょうか?」


 「おお、えっとな……」

 ネルトはウェイトレスに、トカゲ肉ランチとやらを三つ頼んだ。


 「かしこまりました」


 注文を聞いた彼女は、まっさらな紙に向かって、ドラゴンのように焔の息吹を軽く吹き掛ける。

 口から吐かれた炎が過ぎていった紙には、頼んだメニューの文字が浮き上がっていた。こちらも魔法の烙印か、かっこいいな。



 「よーし……どれどれ……」

 彼女が厨房へと消えるのを見届けた後、ネルトは机に乗り上げるように体を折って、興味深そうに俺の顔を覗き込んだ。


 えっ……なに?


 山吹色のガラスのような、穢れもなく澄んだ目で、じろじろと余すとこなく観察してくる。


 そんなに俺の身なりが面白いか?


 少し気味が悪くなったので腰を引き、本当に気休めにしかならないが距離を開けた。


 そんなことも気付かずに、彼は馴れ馴れしく話し掛けてくる。


 「あんたは昨日もラフェムの後ろに居た人だよな? 見かけない顔だな。名前はなんて?」


 「え? あ、あぁ、お、俺はショーセ、ショーセ ライタって言います」


 「へえ、オレはネルト・イナガリっていうんだ。宜しくな!」


 彼は満足したのか姿勢を戻し、爽やかな笑顔で今度は手を差し出してきた。


 恐る恐るこちらも手を出すと、崖から滑落した人の手でも掴んだのかと言わんばかりの力で握り締め、豪快に振ってくる。



 う、うえー!


 こういう明るすぎる人間、付いていけずに引き摺られて疲れるから苦手なんだよなぁ……。年もダメ、性格もダメ、ダメダメじゃん、仲良くなれないな。


 握手の気が済んだのか、彼は突然手を放し、吹き飛ばされかけた俺を気にかけることもなく流れるように自己紹介をし始めた。



 ラフェムが昔々組んでいた四人組パーティーの一人で、雷魔法使い。剣に電撃を宿して攻撃するのを得意とする。

 昔は他の街に住んでいた、ラフェムより三つ上の、キャンディー好きのクールでダンディーな二枚目だと。


 ……クールでダンディー? 二枚目……? いや、別に否定はしないけど、しないけどさ……。



 「お冷どうぞ」


 「おっ、ありがとう!」


 丁度彼の自己紹介が終わってすぐ、先程とは別のウェイトレスが水を持ってくる。


 それを受け取ったネルトは、さも灼熱の砂漠を彷徨っていた旅人のように、グラスのふちを口に当てると体を海老反りにした。嚥下の低音が聞こえる、喉で水の塊が浮き出る脈動が蠢く。みるみるうちに水面は下がっていき、あっという間に水深はゼロとなった。


 空になったコップを音を立てて置き、一息ついて、話を再開する。


 「なあショーセ、あんたはどこの町から来たんだ? アトゥール? それともラピスラスリィか? それともよその大陸?」


 「あ、え、何、大陸……? え、その、俺……わからないんです、えっと、そう俺多分旅人だったはずなんですけど、あー記憶喪失で……」



 俺の不自然な回答に、彼はそれまでの朗らかだった表情を一気に曇らせ、睨むような目付きでこちらの瞳を見据える。



 「……魔法は?」



 「どれも使えないんです」



 そう答えると、彼は「駄目だな」と冷笑した。



 そして、腰の剣に手を掛けた!



 「おい! ネルト! 何を……」


 「ライ サンドラグロム!」



 炎と雷の怒号が被る。



 その声と同時に、俺の喉元には電気を帯びて唸る剣先が突きつけられていた。


 不意に向けられた殺意と、簡単に首を跳ばせそうな磨きあげられた鋭利な刃。

 一瞬で血の気が引いて、腰を抜かして椅子ごとぶっ倒れた。ネルトはすぐに立ち上がり、覇気をむき出しにしゆっくりとにじり寄る。



 「エンジャロ サラウィズフレイミア!!」



 赤い何かが、俺の目前を通り過ぎ、迫り来る雷を宿した剣を弾き飛ばした。


 横を見る。怒鳴り声で初耳の詠唱を唱えたラフェムの左腕は、炎に包まれ紅のレイピアとなっていた。

 その剣の輪郭は、僅かだが一つに定まることはなくそぞろに蠢いている。まるで、彼の内の静かなる怒りを体現していた。


 彼はレイピアでは無い方の手を差し伸べ、身がすくんで固まっていた俺を起こしてくれた。そして、庇うように前へ出る。


 「一体何のつもりだ? ネルト」


 「ハハ、何のつもりだと? こっちの台詞だラフェム!」


 剣を失ったネルトは、今度は拳に雷を宿し、硬く握り締めた。


 「何故こんな怪しい奴を後ろに従えて街を彷徨いているんだ! 魔法が使えないなんて怪しすぎる、旅人も記憶喪失も、お前や街を騙すための演技かも知れない、悪意を持っているかも知れないんだぞ! 三年前をまた繰り返すのか!? とっとと芽を摘むべきだ!! お前、まさか姉貴のことを忘れたのか!?」



 「なっ!? ネルト……ふざけるなよ……! この三年の合間、姉さんのことを思わなかった日は一日足りともない!! 軽々しく根拠のない妄想の引き合いに出すんじゃあないぞ! 騙す? 悪意? 君にショウセと姉さんの何が解るんだ!」



 二人の激昂に共鳴するように、拳や床に落ちた剣の雷も、腕のレイピアの炎も、荒れ狂う海のように形を、激しい重低音の轟をあげている。


 キラキラと鱗粉のような火の粉が彼らの近くを舞い、輝き、そして消える。

 焦げの香りがかすかに漂い、周囲の温度は彼らを中心にじわじわと上がっていくように感じた。


 ……俺、そんな……。悪意だなんて持ってないのに……。


 猛者が火花を散らす重苦しい空間で、俺は訳のわからない殺意に怯えながら、赤き背に隠れてただじっと見ていることしか出来なかった。



 まさに一触即発なこの状況。

 互い胸に張り裂けんばかりの混沌を抱え、相手の出方を窺っている。


 飛び散る火花、大地震わすほど唸る魔法、すさまじいほどの鬼気が衝突する針のような空気。



 この状況を打破すべく動いたのは……ラフェムでも、ネルトでも、俺でもなかった。



 「お二人方、あの、一体、ど、ど、どうされましたか……?」


 厨房から意を決して飛び出てきた、最初に注文を聞きに来たあのピンクのウェイトレスだった。


 今にも泣き出しそうなか弱い声によって、張り詰めた戦場に立っていた二人は、すぐさまギルドの食堂へと引き戻された。


 厨房からは、水を持ってきた子や、コックと思われる若者から中年までこちらを覗いている。皆、喧騒に怯えた顔をして。



 二人はすぐに戦闘体勢を解き、気まずそうに彼女らの方を向いた。


 「あの……喧嘩はやめてください……勇者ともあろうあなた方が……」


 「フ、フン!」


 戒められたネルトは、ポケットから一銅取り出して、テーブルへと思い切り叩きつけた。


 そして床に転がったままだった剣を拾って鞘へと納めると、俺とラフェムの前へと迫り、嫌悪と蔑視に歪んだ表情で、吐き捨てるように言った。


 「失望した、お前とは絶交だ。絶対にオレはそいつのことを信用しないし認めねえ。もしこの街や世界に危害を与えるような真似をしたら、この不審者もろとも殺すからな、この馬鹿が」


 「馬鹿はそっちだ。勝手にするがいい。おいショーセ、あんな奴気にするな、座れ」


 ラフェムは元の席に椅子の前脚が浮く勢いで座ると、口をへの字に曲げ、腕も足も組んでそっぽを向いた。彼も言い返すことはなく、怒りが詰まった大きな足音で早々と立ち去っていった。


 ……。

 ……どうしよう。


 完全に俺の存在のせいで、二人の仲を裂いてしまった。



 前世では、存在だけで忌避されてきた、あのときは、誰にも蔑まれることなく暮らしたいと願っていた。駄目なのだろうか、居るということを否定されない願いは。


 ネルトの言葉。確かに騙しているという点は、ハッキリと違うと言い切ることは出来ない。が、俺は陥れるために嘘をついているわけではない。むしろ、この世界に寄り添いたいがために、記憶喪失の旅人という設定を貫き通しているのだ。


 三日前にこの世界に来た俺が、ネルトが怒り狂う訳など知るわけが無い。

 一体全体、この街や彼らに、どのような災いがあったのだろうか。



 そういえば、ラフェムが昨日の風呂あがり、懺悔のように昔の話をしてくれたことを思い出した。


 『姉さんは世界を狂わせ破滅を造り出そうとする化け物に立ち向かい、僕を庇って殺された』


 世界を狂わせ破滅を造り出そうとする化け物、庇って殺された……



 三年前…………。

 危害、悪意、騙す……?

 姉さん、姉貴。



 もしかしたら、姉を殺した化け物に関係する事件、二人の軋轢を招いた理由、この二つは同じ出来事なのか?


 ならネルトは……俺がその化け物になる可能性を案じたのか?



 疑われたということは……化け物って、魔法が使えない人間の変異体……なのか?


 ……駄目だ。

 ……あまり上質でない頭で難しいことを考えると、脳が爆発しそうだ。



 と、そうこう考えてるうちに、料理が出来たようだ。ウェイトレス二人が、おどおどしながら三人分の盆を持ってやってきた。



 「えっと……トカゲ肉ランチ三つ……ですけど、どうしましょう」


 「二人で半分ずつ食う、そこに置いてくれ」


 平皿に山程乗せられた厚切りハムのようなロースト肉と、こんがり焼かれた油滴る鶏のモモに似た手持ち肉だ。それと豆。


 「いただきます」


 「い、いただき……ま、す」



 ラフェムが早く喰えみたいなしかめっ面でこっちを見てくるので、一口齧る。



 見た目は旨そうなんだけど、旨そうなんだけど……。



 味がわからない。


 料理が不味いからという訳ではない。先程の仲違いさえなければ、旨い旨いと豚のように貪っただろう。


 突然刃物を突きつけられたり、争論を目の当たりにしたのが参ってしまったのだ。喉を通らないとか胃を掴まれているようだとか、そういうのはないのだが、食べているという実感がない。

 香りもわからないし、味も理解できない。ただ朽ちかけのタイヤを食ってる気分になる。


 「トカゲ肉はやはり最高だな」


 黙々と食べていた彼がふと呟いた。だが、彼の眉は不服そうにつり上がり、間にしわを寄せたままだった。

 周囲では未だに火花が出ては消えてを繰り返し、煙の香りを作り出している。



 「あいつの言葉なんか忘れていい、変化を拒む頑固なやつなんだ、まったく、想像で人を悪者に仕立てやがって」



 水を一口飲むと、また黙って肉をかじりだす。朝に比べると粗暴な食べ方で、心底腹を立たせているのが嫌でも解る。



 形容しがたい気不味い雰囲気の中、俺はひたすら皿の嵩を減らすことに勤しんだ。

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