第9話:冒険者登録
翌朝起きた時、硬貨が入っていた袋がなくなっているのに気付いた。盗まれたのだろうか。いくら寝ていたとはいえ、部屋に侵入した賊に気づかなかったわけがないのだが……。私は首をひねりながら一応荷物を探してみるが、やはりなかった。私の様子を見ていたナータが尋ねてくる。
「どうしたの?なんか無くしたの?」
「いや、硬貨の入った袋をなくしてしまってね……。すまない、さらに貧乏になってしまったな」
「まじかよ……。誰かが入ってきた気配なんか感じなかったけどなぁ……」
ナータも私も気配を感知できていない、はたして賊なのか、それとも落としただけ……?やはり釈然としなかったがまあ仕方ない。早くお金を稼げるようにならねば。
「すまないな。今日は早く冒険者になって簡単な依頼で生活費を稼ごう」
「でも冒険者になろうにも、登録するのにお金はいらないの?」
ナータは鋭いところを突いてきた。だが心配無用、備えあれば憂いなしだ。
「その点は大丈夫だ。念には念を入れて服の内側に金貨を一枚入れてある」
「おぉ、さすが!」
少し自慢げに言いながら服の内側のポケットを探る。
「ほら、ここに……あれ?」
なかった。あるはずの金貨がなかった。
「もしかしてそっちもないの……?」
「ああ、ない……。これは昔からの癖だから入れ忘れることはないはずなんだが……」
ナータは沈痛な表情を浮かべていた。
「じゃあ……、冒険者には登録できないのかな」
「いや、大丈夫だ。何とかするさ」
とは言ってみたものの、解決策は思いつかない。
とりあえず私はナータを連れて部屋を出た。相変わらず廊下は暗く、じめじめとしている。いくつかの部屋の前を通って階段を降り、宿から出ようとした。
「待ちな」
カウンターの奥の暗がりから老婆の声がした。やがてヌッと姿を現した。
「あんたら、お金はあるかい?」
まるで私たちのお金が無くなることを知っていたかのような口ぶりであった。
「いや、なくなった。知ってるのか?」
「やはりかい……。ほれ、あんたらのお金だよ」
老婆は銀貨を2枚渡してきた。
「宿泊費が高いのはそういうことだったのか」
「そうさね。さあ、早くお行きよ。早くしないとあんたらも呪われるからね……」
老婆は意味がありそうなことを言いながらまた暗がりに消えた。
「怖いね……」
「ああ、だが感謝せねばな。よし、行くぞ」
ひとまず冒険者登録するだけのお金は得た。私たちは冒険者ギルドを目指して歩き出した。
まだ朝が早く商店もあまり開いていないため、大通りを歩く人影はまばらであった。冒険者ギルドに向かってみると、一人のギルド職員が扉を開けて看板を出し、営業準備をしていた。
身長はルクスよりも高い190㎝ほどで、全身に筋肉がついているためとても大きく見えるクマのような男だった。
「すまない、冒険者登録したいのだが可能だろうか?」
背後から声をかけるとクマのような男は振り返って低い声で返事をした。その顔は濃いひげに覆われていたため、まさしくクマといった風体であった。
「まだ営業しちゃいねえが、まあいいだろう。入りな」
男について屋内に入る。いわゆる冒険者ギルドといった内装で、たくさん並んだ大机と椅子があった。酒場のカウンターらしきものもあるので飲むことが可能なのだろう。
入り口からまっすぐ進んだ先には依頼受注用カウンターや依頼達成報告用カウンターなどが並び、左手の壁にはたくさんの依頼の紙が貼りつけられていた。
男はずんずんと歩いてカウンターの内側に入った。
「この紙に名前と出身地を書きな」
ナータは字を読むことはできたが書くことができなかったので、私が二人分を書き上げた。
その紙を受け取った男はカウンターの内側の扉から職員用の部屋に入っていった。待つこと5分。2枚の黒色のカードを持った男が帰ってきた。
「これが冒険者証だ。なくすなよ。発行料は一人銀貨一枚だ」
老婆から受け取った銀貨二枚を男に渡してカードを受け取る。カードには私たちの名前と出身地、そして大きな文字でGと書いてあった。
「初心者はGランクスタートだ。中級魔物と一人で渡り合えるようになったらC、倒せるようになったらAくらいだと思っておけ。まあ目安だがな」
「親切にありがとう。ところで、早速依頼を受けたいのだが、私たちのランクで受けられて一番稼げるのはどれだ?」
男は少し悩んでいたが、すたすたと歩いて壁に向かったと思うと、一枚の紙を持って帰ってきた。
「これだな。全ランク受注可能だ。領主の依頼だから報酬はAランク依頼ほど高いし、死の危険もほとんどないはずだ。だが、今までAランク冒険者を含め数々の冒険者が挑んだ依頼だが、誰一人としてクリアできた者はいなかった。皆が記憶を失って帰ってきたよ」
「どんな依頼なんだ…?」
手に持った紙を見るとそこには、
「呪われたスラム街を救え」
と書かれていた。老婆の言っていたこととかかわりがあるのだろうか。困った人がいるのなら受けなければなるまい。ナータの方を見ると、ナータも私の思いをくみ取ってくれたのか、うなずいて依頼を受けることを認めた。
「ではこの依頼を受けさせてくれ」
男は少し驚いた顔をしたがすぐに無表情に戻り、淡々と受注手続きをした。
「じゃあこれをもって依頼主のところへ行ってくれ。領主様の館は立派だから場所は分かるな?」
「ああ、大丈夫だ」
「うむ、では健闘を祈る」
私たちの次なる目的地は領主邸に決まった。
「あ、言い忘れたが、俺の名前はグリム。このギルドの長をやっている。何かあったら俺に伝えてくれ」
なんと、この支部のギルドマスターだった。