第5話:初めての魔法
ピロン♪
22歳以降聞いていなかった機械音が頭の中で鳴った。私の成長を告げる神の通知だ。
このタイミングで……?いったい何を……。
続いて響く神の声が私の疑問に回答してくれる。
「全身強化Lv1を習得しました」
えっ……?
確かに私は先ほど願った。痛みで動かせないこの体が動くように、と。だが、32歳まで一度も魔法を使えたことがないこの私が、魔法適性ゼロのこの私が、こんなタイミングで初めて魔法を覚えるというような奇跡があってよいのだろうか。なぜ……。
いや、そんなことを考えている場合ではない。一刻も早く村を救わねば。私が魔王を倒せなかったばかりにこの村は襲われている。ならば私は命を投げうってでもこの村を、ナータのことを守らねばなるまい。魔王に負けてしまうような貧弱な私にできることは少ないだろうが、それでもできることをやろう。まずは戦場にいかねば。
私は、牧場の向こう側で燃え盛っている村を見て決意を固め、目を閉じた。魔法を行使するためには体内の魔力を感じてそれを使わなければならない。だが私には一切魔力がなかった。そのため、これまで魔法スキルを習得することもかなわずにいたのだ。しかし今、私は魔法スキルを手に入れた。そして、魔法スキルさえあれば魔力のない私でも魔法を行使することは可能であった。
ルクスワードが魔法スキルを使用するために使おうとしている技は、通常は、魔法使いたちが戦場で魔力切れを起こした際に使用する非常手段であった。
その技とは、枯渇した魔力の代わりに体力を燃焼させて魔法を行使する技である。魔力と体力は別のものなので、当然魔力よりも体力の方が燃費が悪いし、生命活動の源である体力を直接燃焼させるためにとてつもなく疲れる。何より魔力総量を成長させることに人生を費やす魔法使いの体力などたかが知れているので、魔法使いが体力を燃焼させて使用する魔法は大したものにはならなかった。場合によっては死に至ることもある技なので、魔法使いたちは命にかかわる場合以外この技を用いることがなかった。
ところが、今回この技を用いたのは人類最強の剣士ルクスワードである。彼は魔力がない分、自身の身体能力を人外の域まで鍛えていた。そんな彼が体力を全力で燃やし始めたのである。何が起こるか、それは彼自身にも予想だにしない事態であった。
自身の内側で何かが燃えるような感覚を感じる。これが魔力だろうか……?いや、私は魔力がないはずだ。とすると、これが体力か……。
この感覚が分かるようになったなら、使えるかもしれない。魔法を。
「……全身強化」
呪文を口にしてみた。特に変化を感じない。やはりだめだったか……。
わずかに芽生えた希望を諦めておとなしく走り出す。特に走る速さも感覚も変わらない。すぐに最高速に到達し、あっという間に広大な牧場を越え、魔物に襲撃されて燃え上がっている村をしっかりと視認した。
え?走ってる?
そう、走っている。いつも通り。魔王と戦うまでの自分のように。怪我も疲労も一切ないかのように。
ははっ……。使えたんだ、魔法が……。言われてみれば若干汗をかいている。おそらく体力を燃やしているのだろう。だが、絶不調の体でも人々を守れる!
「おぉぉぉぉぉぉ!」
雄たけびを上げて村へと走った。
村ではナータが必死の抵抗を続けていた。
「みんな、早く逃げてくれ!俺がここで食い止めている間に!」
ナータの魔力は尽きる寸前。対する相手はフレイムボール。直径10mほどの巨大な火の玉の魔物である。村には今回12体ものフレイムボールが襲撃してきていた。一流冒険者1人ではフレイムボールを倒せないとされるほどの魔物である。そんな魔物12体を同時に相手して足止めしているナータの戦闘力はすさまじいものであった。
だが、さすがに多勢に無勢。ナータの最後の魔力を使った強化魔法はもうじき切れようとしていた。
「くそっ……!みんなを守るんだ、俺が、みんなを……!」
ナータの願いもむなしく彼の最後の魔法は効果が切れた。それを見計らったかのようにフレイムボールたちは一斉に襲いかかってきた。一流冒険者をも消し炭にする豪炎がナータを襲う。
その時だった。
「水平切りっ!」
ナータとフレイムボールたちとの間に高速で飛び込んできた大きな影が、横一文字に輝く軌跡を描いた。バンッとフレイムボール12体が一瞬にしてはじけ飛ぶ。
「大丈夫か、ナータ」
消えゆくフレイムボールの爆炎を背中にしながら、ナータに声をかけるルクスワードの姿がそこにあった。