30:朧新月-4
「完全な暗闇じゃない?」
「そうね。僅かだけど外に明るさがある」
「前回は完全な暗闇だった……よね?」
「ああ、それで間違ってない」
「……」
紅い月に付いている最後の花弁が散り、新月が始まる。
だが、光源がなければ完全な暗闇となるはずの外は、ほんの僅かではあるが紅い光に照らされている。
真の暗闇ではなく、闇に眼が慣れている者であれば、そこに人が居るかどうか程度は分かるような明るさになっている。
これは第7氾濫区域でも無かったことであり、第8氾濫区域でも勿論なかったことである。
では何故、そんなことになっているのか。
「これはまたあからさまな調整を施してきたものね。ここまであからさまだと、私様としては笑う他ないわ」
「あー……ゲームマスターにいいように使われている疑惑がある人間たちか」
「えーと?どういう事?」
「だいたい何が言いたいか分かるから答えるけど、馬鹿な人間が卑怯なゲームマスターに騙されて、私様たちを殺しに来るって事よ。カーラ」
「!?」
まあ、だいたいはラルガが言ったとおりである。
獣同然のフィラであれば、明かりなどなくても困らないのだし、わざわざ明るくするという事は、それが必要な生物を招くつもりであると公言するようなものである。
しかし、フィラではなく人間をわざわざけしかけてくるとは……一体どういうことだ?
ゲームマスターの趣味がそういうものだと言ってしまえばそれまでな気もするが……よく分からないな。
「と、エリアの沈没も始まったわね。地面を引き裂いて……空間を拡張して……海水……重力……」
どうやら隣のエリアの沈没も始まったらしい。
ここからではコンクリートの壁に挟まれて何が起きているのかも分からないが、ラルガの手にしているパソコンの画面では何かが目まぐるしく動いている。
それと同時にラルガが色々と呟いてもいるが……早口過ぎて聞き取れないな。
「おっと、レーダーに感ありだ。数は……」
と、ここで車に積まれているレーダーの画面にも新たな反応が幾つも生じる。
それもただ生じるのではなく、生物など確実に居なかった場所に、前触れもなく出現した。
こんな空間転移を人間が行えるわけがないし、マテリアやフィラでも出来るとは思えない。
間違いなくゲームマスターの打った手である。
「は?37?ラルガ、このレーダーが……悪い、何でもない」
問題は生じた光点の数。
レーダーに付随する自動計測装置が正しいのであれば、その数は37。
理性を持っているのであれば、ペアでの行動が義務付けられている第8氾濫区域であるのにだ。
幾ら向こうにゲームマスターが付いているにしても、これは流石にあからさま過ぎないだろうか?
「私様の機器に異常がないのは新月前にしっかりと確かめているんだけど?」
「イーダ、お嬢様の作った機械に不具合とかあり得ないから」
「……」
ラルガ、カラジェ、ギーリから俺に向けて非難の目が向けられる。
だが、俺の目にも、ラルガの作ったレーダーにも不具合が生じていなくて、ゲームマスターがあからさま過ぎるズルをしていないとなると……。
「自我の無いフィラを手なずけたか、何か特殊なレゲスでも使ってグロバルレゲスを誤魔化しているか……と言うところか?」
「まあ、そう言うところでしょうね。二人分の自我を持ったフィラがどうなるかとも分からないし」
「あー、そう言うパターンも有り得るのか。まあ、レゲスってのは何でもありだからな……」
「何でもありなりにルールはあるようだけどね」
何かしらの抜け道か。
俺たちがその抜け道を利用できるとは限らないが。
「で、光点の動きはどう?私たちの方に寄って来てる?」
「んー……幾つかの集団に分かれて、行動を開始したな。数は13、12、12……いや、更に分かれて、7と6のグループが5つか。行動内容は……様々だな。7人のグループだけ出現した場所で待機していて、他は周囲を探っているような行動。とりあえずこっちに向かって真っすぐに寄って来ている様子はないな」
レーダー上の光点は……様々な方向に動いている。
しかしこれ、本当にどういう原理なんだ?
いったいどうすれば遠く離れた場所に居る生物の位置をこんな正確に表示できるのやら……これはさすがにレゲスを使っていると思いたいな、うん。
「そう、なら暫くは待機と行きましょう。上手くいけばやり過ごせるかもしれないし」
「分かった」
「うん」
「……」
いずれにしても、相手がこちらの位置を把握していないというのであれば、無理に動く必要は無いな。
見つかる危険を冒すならば、逃亡先の選択肢が確保できてからにするべきだ。
「……」
「イーダ?」
とは言え、戦闘になった場合を考えないわけにもいかない。
戦闘になった時に俺のレゲスとラルガの銃を使うのは……正確とまではいかなくても、大体の位置は確実にバレるな。
おまけにラルガの銃の残弾がどの程度なのかを俺は把握していない。
カラジェとギーリのレゲスと身体能力なら静かに始末することも出来るだろうが……こちらはたぶんラルガが嫌がるな。
なんとなくだが、ラルガはそんな感じの性格をしている気がする。
そうして、考え事をしている時だった。
「いや、何でも……動きありだ!こっちに向かってくるぞ!」
「「「!?」」」
それまではてんでバラバラに動いていた光点たちが、待機していたものも含めて急にこちらに向かって動き出す。
そして、その直後。
「一時間、生き延びるわよ!!」
「「「っつ!?」」」
ラルガが車のエンジンをスタートさせる。
で、何故か建物の外ではなく、屋上に繋がるであろう階段に向けて車を走らせ始めた。




