16:ジャングル-1
「さて、水の甘さはなくなったが……」
カラジェと別れ離れになってから一時間ほど経った。
今の俺はカラジェの下に向けて、ジャングルの中を移動している。
だが、ここは第8氾濫区域。
普通のジャングル以上にその移動が困難なものになるのは当然のことだった。
「油断は一切できないな」
問題はいくつもある。
まず第一に、今の俺は、俺の一部として扱われる『魔女の黒爪』をカラジェが持つことによってペアを維持、赤い紐で繋がれていない生物を死に至らしめると言うグロバルレゲスの対象にならないようになっている。
だがこれは、第8氾濫区域を管理する者にとっては、明らかに抜け穴に分類されるような回避方法である。
つまり、何時修正の類が入って、俺とカラジェの命が途切れるのか分かったものではないということである。
「なにせ、俺一人の実力なんてたかが知れているからな」
第二に装備の問題。
落下とその後の着衣泳の影響で、特注水鉄砲が破損して、ただの水入れになっている。
つまり、俺の戦闘能力は大きく落ちていて、下手をしなくても普通の人間以下の可能性がある。
それと、通信装置のパーツとして使うスマートフォンも壊れてしまったが、幸いなことに説明書曰くガワさえ無事ならば問題ないとのことなので、こちらについては脱出できた後に始末書を書くだけの話で済むだろう。
「さて……」
第三にこのジャングルの特異性。
このジャングルは第8氾濫区域の中にある。
なのでローカルレゲスが存在している。
そこまではいい。
問題はだ。
「なんで、プラスチック製の模造植物が普通に生えているエリアやら、空気が歪んで見えるエリアやらが、乱雑に並んでいるだろうな」
このジャングルには明らかに違うローカルレゲスを保有しているエリアが、三次元的なマーブル状に存在しているということである。
具体的に言えば、蒸気で満たされている場所もあれば、地面から生えている植物が真ん中の部分だけ突然プラスチック製の模造植物に変わっている部分もあるし、大気の組成が違うのか空気が歪んで見える場所もある。
それどころか、こんなジャングルの中だというのに、雑草一本生えていない、明らかに踏み入るだけで致命傷となりそうなエリアも存在している。
一応、どのエリアも直径1メートルの円ぐらいの断面積を持って張り巡らされていそうな感じはあるが……氾濫区域の中とはいえ、ここまで混沌とした領域は流石に珍しいし、ここまで厄介な領域もそうないだろう。
「とりあえず、メインのエリアが短期的な生存に影響を与えるローカルレゲスになっていないのが救いだな」
なお、現在俺が立っている場所については、特に体に影響が出るローカルレゲスではないようであるし、周囲を見渡す限りではこのエリアが、このジャングルの中では一番多いように感じる。
「じゃ、いい加減に行くか」
カラジェが何時致命的なエリアに踏み込んでしまうか分からない。
そう判断した俺は、ジャングルの中を進み始めようとする。
「yんぁいysl……」
「げっ……」
直後。
いったいどうやっていたのか、明らかに木の陰に収まらないサイズのフィラが現れる。
そいつは体高が3メートル近くある上に、何十人と言う人間の顔のパーツを集めて作られた中心が凹んだ顔面を持った猿であり、その毛皮は柔らかさを持たない骨で出来たものだった。
そうしてそいつは俺に襲い掛かるべく一歩を踏み出し……
「yfzry!?」
「やっぱりそういうローカルレゲスなのか……」
雑草一本生えていない場所の地面に触れた瞬間、全身が蒸発して消えてしまった。
「本気でカラジェが心配になってきたな……これはもう何時突然死が起きてもおかしくはないぞ……」
これでこのジャングルに存在しているローカルレゲスの一つが判明した。
地面に触れた生物を蒸発させるという即死系ローカルレゲスである。
「急ごう」
もはや一刻の猶予もない。
だが、カラジェに向かって一直線に進めば、それこそ今のフィラの二の舞である。
だから俺は安全な場所がどこかを探りつつ、ジャングルの中を進んでいく。
それはまるで、すべての壁が目に見えるとは限らない迷路の中を進んでいくような感覚だった。
「ん?これは……折角だし読んでいくか。『此処はマルメルフータン。ローカルレゲス:地面はレゲスによる破壊を受け付けない』『此処はマルメルフータン。ローカルレゲス:土に触れた生命体は分解される』『此処はマルメルフータン。ローカルレゲス:植物の細胞をプラスチックに変更』」
そうして進むことしばらく。
俺は木の幹に刻まれたローカルレゲスを複数発見し、読み上げる。
やはり、このジャングルのローカルレゲスは複数の物が入り混じっていたらしい。
それと、読み上げるといつものように何かが貯まる感覚がし……今回はそれが満杯になった感じもした。
「ん?何も起きない?」
だが、何かが起きる様子は見られなかった。
しかし、満杯になったそれが蠢いているというか加工されているような感覚はある。
「時間がかかるという事か?」
なんだか微妙にすっきりとしない。
そんなことを思いつつも、俺はカラジェとの合流を果たすべく、更にジャングルの中を進んだ。
01/26文章改稿
01/27誤字訂正




