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氾濫するインコーニタ  作者: 栗木下
第2章:第8氾濫区域

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15:ハイウェイ-5

「どうなっているのよ……」

 ダイ・バロンはラルガお嬢様……ラルガの銃によって間違いなく頭を射貫かれていた。

 ダイ・バロンも生物である。

 だから、特殊な再生能力や生命維持に関するレゲスを有していなければ、ダイ・バロンは確実に死んでいなければおかしい。

 だが、現実としてそれまでの戦闘と事故でだいぶガタが来ていた高速道路は、高速道路の下から行われたダイ・バロンの一撃がとどめとなって崩壊を始めている。


「イイィィ……うごっ!?」

 宙を舞い、実際に落下が始まるまでの数瞬、俺の周囲では様々な出来事が起きるとともに、俺の体が回転することによって周囲の様子が見えた。

 まず、ダイ・バロンはやはり死んでいなければおかしい状態だった。

 その頭部には大きな穴が開いていて、脳みそが零れ落ちていた。

 そして、その状態のダイ・バロンに対してラルガがショットガンを発砲。

 頭を完全に吹き飛ばした上に、四肢も千切れ飛び、バイクも爆発する。


「ど、どうすれば……」

 崩壊する高速道路の下はジャングルと見るからに急な流れの川があった。

 このまま落ちれば、カラジェはジャングルに落ちるが、俺は川に落ちるだろう。

 そうなれば確実に赤い糸の限界距離である20メートルを超えて、俺とカラジェは引き離される。

 いや、『鳥の翼(サヤブルン)』を持っていて、落下の衝撃を気にしなくてもいいカラジェはともかく、俺については、そもそもとして落ちた時点で即死しかねない。

 そうなれば、カラジェも道連れである。

 だが、こればかりは……祈るしかない。

 無事に落ちれることを。

 そして落ちた後に引き離されることへの対策としてはだ。


「カラジェ!俺のマテリアを絶対に手放すな!!」

「!?」

 俺はカラジェに向けて叫ぶ。

 『魔女の黒爪』を絶対に手放すな、と。

 カラジェが俺の言葉の意味を理解したのかは分からないが、カラジェは自分の近くにあった『魔女の黒爪』をしっかりと握りしめる。

 上手くいく保証はないが……これが上手くいくならば、20メートルの制限を破ったことで死ぬのは防げるだろう。


「さて……」

「くっ……」

 ラルガとの合流と協力は……運が良ければ叶うだろう。

 高速道路の崩壊には巻き込まれなかったようだし、上手くいけばカラジェと一緒に行動してくれる事だろう。

 だから後は俺が川に落ちた後、生きて岸に戻れるかどうか。

 そして俺は水底がはっきりと見える透き通った川に落ちた。



----------



「……」

 川に落ちた瞬間にまず感じたのは痛みだった。

 当然だ。

 飛び込みと言うのは正しい姿勢でやってこそ、傷なく行う事が出来る行為なのだから。


「……」

 次に感じたのは強烈な水の流れと冷たさ。

 これもまた当然。

 距離があっても激流と分かるような速さの水なのだから、体にかかる圧力も、流れていく水が俺の体から奪っていく熱量だって相応にあるはずなのだ。


「……っ!?」

 そして、口の中に僅かに入った水が舌に触れた瞬間、俺は異常を覚えた。

 水が甘かったのだ。

 おまけに口の中で徐々に甘くなっていく。

 これはこの川の水が砂糖水であるということではない。

 俺の体の糖分が川の水に奪い取られている可能性がある。

 このままでは、全身の糖分を奪い取られて、エネルギー不足になり、溺死あるいは……餓死しかねない。


「ぷはっ」

 だが、慌ててはいけない。

 川で流されているときに慌てれば、それこそ死に直結する。

 だから俺はまず落ち着いて体を浮かせる。

 そして、その上で、川の流れに逆らわず、横に泳いでいく。

 ゆっくりと、けれど確実に、学校や最近の訓練で学んだ着衣水泳のやり方を思い出して、岸へと近づいていく。


「……」

 轟音が近づいてきている。

 気のせいか川の流れがさらに速まっているようにも思える。

 ついでに言えば、磯の香りもしてきているし、どことなく見覚えのある光景が近づいてきている気もしなくともない。

 だがそれでも、それでも焦ってはいけない。

 焦ればこの川の水を飲んでしまう。

 飲んで、脳に送る糖分が足らなくなってしまえば、意識を失い、死が確定してしまう。


「よいしょっと」

 幸いにして俺は轟音の元にたどり着く前に岸に上がることに成功した。


「ギリギリだったな……」

 川の流れは俺が今居る場所の数メートル下流で途切れていて……その先はコーラルホールがあった場所。

 つまりは高さ数メートルの滝であり、さらに言えば触れるだけで危険な疑いのある海水が溜まっている場所でもあった。


「さて……」

 俺は体を軽く振るって、払えるだけの水は落とし、その後に服を絞って、できる限りの水分を取り除く。

 そして、その上で改めて川の水を少しだけ舐めてみる。


「やっぱりか」

 結果は口の中でどんどん甘くなっていくというもの。

 やはり、この川の水は飲み込んだ者の体内にある糖分を奪う性質があるらしい。

 明らかにローカルレゲスの仕業である。


「とりあえず川から距離をとって、それからカラジェとの合流だな。『魔女の黒爪』の位置は……うん、ちゃんと分かるな」

 俺は川から距離をとると、『魔女の黒爪』が持つレゲスの一つ、俺の指として扱われる事を利用して、その位置を把握する。

 そして、俺は周囲に注意を払いつつ、その位置へと向かうことにした。

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