41:第7氾濫区域中枢塔-1
「当たり前だけど空間がおかしくなっているね」
「そうだな。毎度の如く空間がおかしくなってる」
塔の中は金属と言うよりは硬質なプラスチックと言う感じの黒色の材料で作られた通路が何処までも続いていた。
壁には外観と同じように赤い燐光を放つ紋様が在るが、外の物と違って光が通路の上から下に向かって動いている。
危険は……今のところは何も感じない。
「……。本当に長いね」
「ああ、1キロは……まだ行っていないだろうが、少なくとも200から300メートルは絶対に超えているはずなんだけどな」
俺とツノは塔の中を慎重に歩いていく。
空間がおかしくなっている件については本当に今更だ。
なにせ第7氾濫区域の内部空間そのものが、『インコーニタの氾濫』に飲み込まれた地域よりも明らかに広いのだから、第7氾濫区域の核であるこの塔の内部空間がおかしくなっていない方がおかしいと言う物だ。
「……。イーダ」
「ああ、少しずつだが向きが変わってきている」
そして、変化が無いわけではなかった。
最初は壁の天井側から床側に向けて移動していた赤い燐光が、少しずつ流れる方向が変わっていっている。
俺たちの後ろから、俺たちの前へと追い抜いて行くように変わっていっている。
それと同時に赤い燐光はその幅を少しずつ広げていき、幅が広がったことによるものなのか、赤い燐光に濃淡も生まれ始めている。
『た……す……け……』
「……。声?」
「……」
それは例えるならばテレビやラジオのチューニングのような物だろうか。
赤い燐光の流れる方向が変わっていったためなのか、濃淡が生じていた赤い燐光の動きに音が加わり始め、続けて赤以外の色も加わっていき、最終的には動画を1コマずつ流すかのように、映写機のフィルムを流すように、画像が俺たちの横を通り抜けていくようになっていく。
『助けて!お願いだから!助けて!』
「イーダ!これって!」
「趣味が悪いにも程があるな……」
問題はその画像の内容。
『この子だけは……アアアァァァァァ!?』
『おがああざああぁぁぁん!いだっ、いだっ、ああああぁぁぁぁぁ!?』
囮に使われた母子が生きながら、鼠のフィラの大群に食い殺されていく動画があった。
『何だ!?なんだこ……れば……』
『壁に呑ま……アッ、アッ、アヒイッ!?』
『インコーニタの氾濫』直後、壁に飲み込まれて、生きたまま照明に変えられていく動画があった。
『最高だ!『インコーニタの氾濫』最高だあ!』
『ーーーーー!』
法が及ばない地になったのをいいことに、凌辱や強盗、殺人と言った形で好き勝手に暴れる人間を映した動画があった。
『待て!それ以上は……』
『後は頼んだぞ。大多知……』
大多知さんの持っていた銃のマテリアを撃って犬のフィラを殺すも、その反動で骨が砕け、倒れ、死んだ男性の動画があった。
「この第7氾濫区域の中であった出来事……で、いいんだよね」
「だろうな。それ以外に考えられない」
動画はまるで俺たちが今その場に居るかのように、画像と音声、そして臭いすらも伴って流れていく。
この動画たちはもはや趣味が悪いなどと言う次元ではない。
明らかな悪意に満ちている動画だった。
だがそれでも、俺とツノは前に向かって歩き続けていく。
『ああああざざぁぁぁぁぁ!?身体があぁぁぁぁ!?』
『ひあっ、あああぁぁぁぁ!?』
『だ、誰か!誰かああぁぁぁ!!』
全身の皮膚が酸によって焼かれ、踊り狂ったような姿を見せながら死んでいく高校の生徒たちの画像があった。
『ふむ、これは困った。まさか己の真なる名を知らねば出られぬグロバルレゲスとは。やれやれ、もう少し出資者とクルーには優しくしてもらいたいものだ』
『まあいい。吾輩の役目は神を敬う事を忘れた者どもに鉄槌を下し、畏怖と言う名の信仰の麦を実らせ、命共々刈り取る事』
『脱出については人間どもの始末が終わったら、早期解放で外に出してもらうとしよう。では、今宵の殺戮ショーもとくとご覧あれ』
ダイ・バロンが氾濫区域の外から中に入り込み、誰かに語りかける画像があった。
『じゅzk ykbdyy じゅzk』
『あ、あ、あ……いやあああぁぁぁぁぁ!』
蛸のフィラによって親友を目の前で生きたまま食われた上に、自身もなぶり殺しにされた上に食われた女子高生の画像があった。
「胸糞悪い……本気で胸糞悪い……イーダはどうなの?」
「勿論最悪だ。だがそうだな。此処まで気分が悪いと、逆に人間は意識がスッキリとしてくるらしい……」
ツノが『我が傘の腕』の持ち手部分を握り潰しかねないような力で握り締める。
俺もこれらの画像群に対して怒り心頭であり……それこそ今なら画面越しであってもレゲスが発動できるのではないかと言うような感覚すらある。
『此処は私が引き受ける!だから早く行け!』
『くっ……すみません生徒会長!』
『あうbyぅう!!』
新たな画像が流れてくる。
それは画面の右上にロゴマークとして赤い半透明の海月が『LIVE』と書かれた看板を持った姿で載せられている画像。
そこに写っていたのは、氾濫区域の内と外を分ける黒い壁の近くで、体高2メートル近い上に双頭になっているイノシシのフィラと相対する生徒会長の姿。
『ぐ……おっ』
『どmmfs ぶbbfwbb どmmfs!』
生徒会長は槍としても使えそうな旗のマテリアを持っていた。
だが、フィラと言うのは、よほど強力なマテリアを持たない限り人間一人で勝てるような相手ではない。
生徒会長はあっさりイノシシのフィラの牙に貫かれ、イノシシのフィラは勝鬨を上げる。
しかし……
『おおおおおおぉぉぉぉぉ!!』
『vljlbl!? んslsms!?』
「嘘っ……」
生徒会長はその状態からイノシシのフィラの頭を旗で突き刺して頭の片方を潰し、怯え狼狽えるもう片方の頭も旗を深々と突き刺す事によって潰して見せた。
『dpmmms……あいbbbl……』
『はぁはぁ、ごぼっ……私一人の命でフィラ1体か……なら、悪くはないかも……しれないな……』
「生徒……会長……」
生徒会長は助からないだろう。
あまりにも傷が深すぎる。
本人もそれが分かっているのだろう。
その場に倒れ込む。
『誰か……聞いているなら……聞いてくれ……』
「うっ……うっ……」
「……」
何となく、本当に何となくだが、生徒会長と目が合った気がした。
『みんな……』
最後の言葉は聞き取れなかった。
けれど生徒会長が言いたい事は伝わった。
だから俺とツノは……
「急ごう。ツノ」
「うん、急ごう。イーダ」
通路の奥に向かって駆け出した。
誰かが起こした『インコーニタの氾濫』と言う災害を止めるために。
まだ氾濫区域の中で生き残っている人たちを救うために。
『っつ!?塔に侵入者だと!?』
ダイ・バロンを含めた一部のフィラたちがこちらに向かってきているのを知りつつ、タオル三つにペットボトル二つだけ残して捨て、軽くなった身で駆けた。




