4:少女になって-3
「ここは……ホテルだな。うん、ホテルだ。ただのホテルだ。そう言う事にしておこう」
扉を抜けた先はホテルの一室のような場所だった。
そう、ホテルには違いないのだ。
例え、俺が現れた場所が回転するベッドの上で、はだかのオッサンと色気のあるお姉さんがこの世のものとは思えない表情で壁と同化して死んでいてもホテルには違いない。
「そう、ただの……うっ」
違いないが……流石に床一面が赤い絨毯ではなく赤い血で覆われているのはキツイ。
見た目もそうだが、鉄臭さが凄まじい。
「扉は……安息の間に繋がっているみたいだな」
俺は背後の壁を見る。
するとそこには緑色の塗料で病院を表す地図記号が描かれた石の扉があって、中は俺が最初に居た場所……安息の間だった。
どうやら試練の間は一度しか行けないらしい。
それと、安息の間は外から開ける事は簡単だが、中から開ける事は難しい仕様になっているようだ。
こちらはありがたい話である。
「すぅ……くちゃい……」
俺は覚悟を付けるべく深呼吸してから進もうとして……その鉄臭さに止めた。
「とりあえず、外を目指そう……」
左手を口に当て、俺は回転ベッドから降りる。
降りて、部屋の入り口に向けて、滑らないように気を付けつつ歩き出す。
すると、当然俺の両足は血で真っ赤に染まり、不快感を感じることになるが……諦めるしかない。
残念ながら、俺の巫女装束に靴は含まれていないのだ。
そうして部屋の入り口に辿り着いた俺は部屋の外に出る。
「うっ……」
部屋の外は……通路になっていた。
だが、俺が知るホテルの通路と今目の前に広がる通路は全くの別物である。
何故ならば、俺の前に伸びる通路は、少しの塗り残しも無く床は血に覆われ、人間の身体に組み込まれたような照明の光を返していた。
おまけに、壁には大きな破壊痕が残されており、その破壊に巻き込まれたであろう人間照明からは壊れたスプリンクラーのように血が吹き出していた。
「マトモじゃない……」
それは『インコーニタの氾濫』に巻き込まれる前に、唐傘に見せて貰った氾濫区域内部の映像とやらが真実である事を如実に示す光景。
異常極まりない悪夢のような世界だった。
「外は……どっちだ?」
一刻も早くこの場を離れたい。
俺はそう思い、人間照明たちの視線がこちらを向いているような悪寒を感じつつも、壁に手を付きながら通路を進んでいく。
「一体どこのホラー映画にゲームだっての……」
俺が喋りながら歩くのに伴う水音を除けば、後は水が流れる音以外はしない。
人は疎か、生物が居る気配も感じない。
人間は何処かに逃げたか……あるいは人間照明になってしまったのか、前者の人間が多い事を願うばかりである。
「階段か」
やがて俺は階段に辿り着く。
表記からして、どうやらここは三階だったらしい。
尤も、この空間の異常性を考えたら、元の世界での表記など当てにはならないのだが。
「何だ……これ……」
だがそれでも俺は、出口がある可能性が高そうな一階を目指して、階段を下りていく。
そして、二階から一階に繋がる階段の踊り場で、俺は俄かには理解しがたい物を見つけることになる。
「水?いやでも、これまでずっと血塗れだったのに……まさ……か」
それは一階の高さの半分ほどまで埋め尽くしている水。
だが、ただの水ではない。
水の底には……赤い何かが大量に沈殿していた。
「うっ、ごほっ、げほっ、はぁはぁ……」
その何かの正体に至ってしまった俺は猛烈な吐き気を覚え、巫女装束が血で汚れるのも気にせずにその場で膝を着き、吐くものもないのにその場でえずく。
「いったい……どういう量の……血だよ……」
そう、此処にあるのは大量の血だったもの。
持ち主の身体から流れ出て、この場に溜まり、それから時間が経って血液中の固体成分が沈殿したものだった。
このホテルの一階がどれほどの広さを持っているのかは分からない。
だが、この血の量が常軌を逸した等と言う次元でないのは明らかだった。
「レゲスは……関わっているだろうな」
この異常な環境にレゲスが関わっている点については疑いようがない。
むしろ関わっていてほしい。
この血が全て生物から流れ出た物などと考えたくはない。
「別の道は……探すべきか」
そして考えなければならない。
一階に溜まっている血の量は、今の俺の身長では泳ぐことになる量である。
だが、あの水の中を泳ぐのは……気分的にも体力的にも止めておくべきだろう。
だから俺は踊り場から二階に引き返そうとした。
「fstrfs?」
「へ?」
引き返そうとして見てしまった。
階段のある空間に入り込んできたそいつの姿を。
「dぴxぴどmpjs」
「あ、あ……」
そいつはアメンボの身体の最後部に人間の男の裸の上半身を付けたような姿をしていた。
だがそれだけならば、俺がここまで腰を抜かす事は無かっただろう。
そう、それだけならば。
「jぴ、rdshsおちms」
アメンボの口ではまるでチェーンソーのように細かい何かが物凄い速さで回っていた。
男の上半身の顔は口以外の全てが目玉で、俺から見える部分にある目玉は全て俺へと向けられていた。
男の右手には鉄の塊を幾つか繋げてつくったような棒があり、左手には鍵の束のような物が握られている。
正に異形、そうとしか称しようのない姿をそいつはしていた。
「よえぷplpdr」
「う、うわあああぁぁぁぁぁ!」
相手が何を言っているのかは分からなかった。
けれど、異形が右手に持った棒を振り上げた瞬間。
俺は異形の目的を察して、階段を駆け上がる。
直後、恐ろしく硬い何かが階段の踊り場を叩く音がした。
「もhsぢls」
だが、振り返る暇も余裕も無かった。
俺に出来る事は駆ける事だった。
後ろから聞こえてくる、ゆっくりと、けれど確実に、重たい体を動かしながら上がってくる異形の足音を耳に捉えながら、俺は上の階目指して駆けた。
12/02誤字訂正




