15:高台の高校-5
「今、他の方角の状況を確認してきた。どうやら今回のエリア移動では、他の方角からの襲撃は無さそうだ」
「そうですか、それならよかったです」
亀の異形との戦いから1時間が経った。
この間に怪我人たちは後方に連れて行かれ、治療が行われた。
幸いにして死人は出なかったが……片腕を失ったのが一人、骨折者が二人、それに涙を流し続けた事による悪影響で何人かが異常を訴えている。
「怪我人の事なら気にしない方が良い。全員、覚悟が決まっている……とは言えないかもしれないが、死人が出なかっただけ、今までよりも遥かにマシだとはみんな思っている」
「そう……ですか?」
「そうだとも。これまでの二回のエリア移動に伴う襲撃に、調査時の戦闘、それらでは毎回死人が出ていた。それこそ死人が出るのは当たり前で、死体どころか遺品の回収すら出来ないような酷い死に方をしなければマシな方と言う認識も出来上がりつつあった。それに比べれば今回は遥かに良い結果だとも。怪我をした当人たちの気持ちは分からないがね」
「……」
死人が出るのが当たり前、か。
何とも嫌な言葉だ。
けれどそれが事実なのだろう。
なにせ、亀の異形との戦いで、俺を守るために怪我をした三人は、痛みを訴え、死ぬのは嫌だと言う想いそのものは見せていた。
見せていたが、それでもなお躊躇わずに前に出て、俺を守り……傷を負ったのだから。
「イーダ君、君は決して無力では無い。君の力は我々にとって大いなる武器だ。だから、どうか君は敵を倒す事だけに集中して欲しい。それが結果的に君を守る者たちへ報いることに繋がる」
「はい」
亀の異形はもう居ない。
あるのは未だに黒い煙を上げ続けている、亀の異形だったものだけだ。
だがそれでも、俺の視界は少しだけ滲み……元に戻るのに暫くの時間を必要とした。
「で、話は変わるが……君のレゲスはどれくらい経てば消えるんだ?」
「えーと……そろそろ気化し終わって晴れるとは思いますけど……」
大多知さんの目線が煙の方に向く。
俺の視線も煙の方を向く。
亀の異形が黒い液体に変化し、黒い液体が気化して黒い煙になったものは未だに天に向かって登り続けてる。
消える様子は……まだない。
「揮発性が高い以上に粘性も高くて、外気に触れている部分が案外少ないのか?」
「さ、さあ……?」
大多知さんの疑問を投げかける声に対して、俺は視線を脇に避ける。
と言うのも、俺自身、どのくらいの液体がどのくらいの煙を出し、どのくらいの時間、どれが続くのかを把握しておらず、答えることなど出来ないからだ。
なにせ、自爆した時は効果を知ることなど当然出来ないし、ダイ・バロンの時はとっとと別の道を探して離れてしまったし、発動条件を調べるための実験時は効果時間にまで頭がいっていなかったからな。
今までに知る機会そのものが無かったのだ。
なので、粘性がどうとか聞かれても、答えることなど出来ないのである。
答えられる事があるとすれば……水が気体に変化しないはずの流血ホテルでも気化したことから、黒いだけの水のように見えても水ではないと言う事くらいか。
うん、話す意味がないな。
「おや、流石に晴れてきたな」
「みたいですねー」
と、此処でようやく煙が晴れてくる。
「ん?宝箱?」
そして、煙が完全に晴れた後……そこには何故か宝箱が残されていた。
「おや?イーダ君は見るのが初めてかね?」
「いえ、初めてではないですけど、何で……?」
「ふむ、そうか。では説明をしておくべきだな」
宝箱は直ぐに数人の生徒が恐る恐ると言った様子で開封し、その中身……亀の甲羅の前後に持ち手を付けた、直径1メートルほどの大きな鍋を取り出す。
「と言っても、私たちにも詳しい事分かってはいないがね」
まあ、それよりも今は大多知さんに話を聞くべきだろう。
「イーダ君は既に知っていると思うが、この氾濫区域でレゲスを保有しているのは生物だけではない。エリアそのものもレゲスを持っているし、物がレゲスを持っている事もある」
「それは知っています」
「で、物がレゲスを持っている場合だが……その場合だと何故か、宝箱としか言いようが無い箱の中に入っている事が多い」
「なるほど」
宝箱の中にアイテムが入っている、まるでゲームのようである。
尤も、此処が現実である事を考えたら、趣味が悪いと言うか、不気味と言うか、とにかくそう言う感想しか浮かんでこないが。
「まるで昔の国産RPGのようだろう?だが、それっぽいのは宝箱の中に入っていると言う点だけでは無くてな。宝箱が現れると言うか置かれる状態もなのだ」
「状態?」
「ああ、確認している限りでは置かれる状態は3種類。唐突にただ置かれている、ローカルレゲスを読み解いたボーナス、それにレゲスを保有しているもの死んだ時に極稀に、だ」
「……」
どうやら、ゲームのようだと言う感想は共通のものだったらしい。
と言うか、これではゲームそのものだ。
「おかげで、異形が死んだ時に現れる宝箱については、一部の生徒たちはドロップ品と呼んでいるよ」
「そ、そうですか」
「まあ、理屈はともかくとしてありがたくはある。どのようなレゲスを持っているかにもよるが、おかげで異形を倒す事は私たちの身を守るだけでなく、私たちの戦力を拡充することにも繋がるのだからな」
鍋を調べていた生徒たちが、鍋を持って俺たちの元に近寄ってくる。
どうやら、この鍋の銘が書かれている場所は見つけたが、読む事が出来なかったらしい。
「読めるかね?」
「えーと……」
で、肝心の鍋の銘とレゲスだが……
「『薪を湯に』ですね」
「では、鍋と言う形でもあるし、まずは火にかけてみるか」
鍋の銘は『薪を湯に』。
レゲスは外側が熱せられると、内側に熱湯を出現させると言うものだった。
そして、鍋から熱湯を取り出しても、熱湯が消えたりすることはない。
つまり……
「水不足解決だ……」
「やべぇ……最強のレゲス来た……!」
「神ドロップだああぁぁ!」
「薪ならそこら辺の廃材で幾らでもあるんだ!焼けエェェ!」
「イーダちゃんばんざああぁぁい!!」
「え、えええ……」
現状の俺たちにとって、最もありがたい部類に入るレゲスを持った物品だった。