57:第8氾濫区域中枢塔-6
「さて、そろそろだな」
「「……」」
ラルガを呑み込んだ混沌が収束を始める。
それはつまりラルガを含んだフィラが新たに生み出されるという事である。
「くくくくく、どっちだろうなぁ。自我を失ったフィラとなってコラプスウィッチに襲い掛かるか。それとも、自我を持ったままフィラになって俺とダイ・バロンに殺されるか」
「構えておくがいい。あの少女がどうなるにせよ、魔女である貴様は吾輩が殺す」
「ぐっ……頼むぞ……」
クライムは嘲笑を浮かべたまま、混沌の方を見ていて、俺への警戒心と言うものはなさそうだった。
ダイ・バロンはラルガの放った投網から抜け出すと、俺に向けて戦闘態勢を取っている。
まだ俺に襲い掛かってこないのは……赤い紐のグロバルレゲスの都合上、俺に今死なれるわけにはいかないからだろう。
いずれにせよ、まもなく戦いが再開されることは間違いない。
だから俺もラルガ特製のカプセルを口に含んだ上で、構えだけは取る。
とは言え、いざ戦いとなったら……ラルガなしでは勝ち目はないだろうな。
身体能力も、レゲスも、数も負けてて勝てるような相手ではないし。
つまり、ラルガが自我を保って帰ってこなかった時点で負けである。
「来たな」
「ラルガ……」
混沌の中から、変貌したラルガの姿が現れ始める。
金色の髪に身長、顔つきと言った所に大きな変化は見られない。
だが、その肌の色は白いものから、土気色と称するべき色に変わっていた。
碧色の目は色こそ変わっていないものの、爬虫類のような縦長の瞳孔になっていた。
火傷の跡と蛇の鱗のようなものが全身各部に点在し、衣装と呼べそうなのは全身に巻き付けられた焼け焦げた跡が散見される包帯だけだった。
「さあ、気分はどうだ?マッデストガール?ああいや、もう自我なんて……」
「くそっ……」
「どうやら、吾輩たちの勝ちであるようだな」
クライムがラルガに近づきながら声をかける。
そこには、まるで警戒心と言う物がなかった。
その光景に俺はラルガを失ったと考え、ダイ・バロンは勝利を確信したような言葉を告げる。
「気分?最高に決まっているじゃない。こんな間抜けを叩き落せるんだから」
「はっ?」
「へっ?」
「なっ……」
だからこそ、目の前の光景に唖然とさせられた。
ラルガが明確な意思を以って口を開き、クライムの体に触れただけで部屋の壁まで吹き飛ばす事でその頭を潰れたトマトのようにしてしまった光景に。
「待たせたわね!イーダ!捻じ伏せてきたわ!!」
そして、はっきりと宣言した。
俺の味方のままであると、ラルガはラルガのままであると。
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「やってくれるじゃねえか……はっきりと殺人罪成立だからいいけどよぉ……」
「あら、流石に早い復活ね。まあ、あんな明確に殺意を以って殺したら当然なんでしょうけど」
水鉄砲を拾ったラルガが俺の隣にやってくると同時に、頭の潰れたクライムの死体が消えて、新しいクライムが何処からともなく出てくる。
「無事で何よりだが……」
「ええ、本番はこれからよ」
ラルガと一緒に混沌に飲み込まれた『魔女の黒爪』は無い。
ラルガと同化している感じもないし……どうやら次の満月までは『魔女の裁血』だけでどうにかするしかないらしい。
「はああぁぁ……言わんこっちゃないのである」
「ここで俺とお前であの二人を殺せば何の問題もねえよ」
ダイ・バロンは……完璧に呆れている。
対するクライムは自分の思い通りにいかなかったためか、怒り心頭と言った様子である。
「ダイ・バロン、そんなにクライムに呆れているなら、こっちに来たらどうだ?あるいはこの場から手を引くとかな。第8氾濫区域内で最初に会った時と違ってだいぶ冷静になっているようだし、それぐらいの判断は出来るだろう?」
「それは断る。吾輩が冷静になったのはそこのが人間だった時に一泡吹かせられたからであり、吾輩の目的が魔女の抹殺から変わることは無い。その魔女当人と組むなど……論外である」
「そうかい」
これでダイ・バロンを一時的にでも戦力外に出来ればと思ったが……流石にそこまで上手くはいかないか。
「ボソッ(イーダ、時間を稼いでくれるかしら。時間さえ稼いでくれれば、第8氾濫区域の崩壊自体は私様がどうにかする)」
「ボソッ(分かった)」
「聞こえてんだよ!マッデストマミー!コラプスウィッチ!んなことさせる訳ねえだろうが!!ああくそ!視聴率までダダ下がりしてんじゃねえか!クソが!全部の責任を手前らに取ってもらうぞ!!お前らの解体ショーでも流せれば……ああ、俺自身が興奮しすぎてイっちまいそうな気配がビンビンする!!」
こちらの手札は俺のレゲスと『魔女の裁血』、それに正体不明なラルガのレゲスのみ。
たいしてあちらはほぼ万全の状態。
勝負はまだまだ不利。
だが……今までよりはだいぶ希望の目がありそうだ。
それだけの自信をラルガからは感じているし、どうしてか殺意も抱かなくなってる。
「行くのである!」
「来いっ!」
「ぶっ殺してやる!」
「さて、作業開始ね……」
そして、ダイ・バロンが俺たちに向かって突っ込んでくるのを開始の合図として、戦いは始まった。