54:第8氾濫区域中枢塔-3
「挨拶は大切。それは確かにそうでしょう。俺もそこは認める。しかししかし、いやいやいや、ここまで見事に犯罪的な挨拶と侵入をしてくるとは」
「ま、アンタは当然生きているわよね」
「ゲームマスターってのは本当に厄介なもんだ」
扉を爆破した俺たちは撒き散らされたそれらに触れないように気を付けつつ、第8氾濫区域の核の中でも中枢とされる場所に侵入。
すると直ぐに聞き覚えのあるむかつく声が、微妙に興奮した感じを伴って聞こえてきた。
「不法侵入、器物破損、殺人、傷害、窃盗、爆発物に薬物に銃器の不正利用。エトセトラ、エトセトラ、いやー、実に羨ましい犯罪行為の数々だ。俺が第8撮影区域の管理者でなければそちら側に回りたいぐらいだ」
「よく言うわ。犯罪行為になるのはアンタの立場から私様たちの行為を見ているからこそであって、アンタが私様たちの立場になったら、正規の行為でしかないでしょう」
「それについては微妙なところだなぁ。上手く考え方を切り替えられれば、そっち側にも立てるかもしれない。ま、普段がクソ過ぎるから、俺がそっちにつくなんて有り得ないが」
煙が晴れていく。
それと同時に、第7氾濫区域の時と同じように中心には何処かへ映像を送るオベリスクがそびえ立っていて、その前には金属製の盾から身体をゆっくりと外に出し始めるクライムの姿が見えてくる。
で、周囲には……人間に似た形の黒い物が幾つも転がっている他、大した傷もないのに力尽きて死んでいる人間の姿が幾つもあった。
彼らの装備の共通項と言うと……軍用としか思えないアサルトライフルに紫色の宝石が付いたピアスぐらいか。
どうやら、クライムの手下として、それなりの数の人間がこの場に居たらしい。
「しかし、見事にこっちのローカルレゲスを利用されたもんだ。扉の爆破とコラプスウィッチのレゲスの併用まではやってくると思っていたが、まさか海水まで撒き散らしてくるとは。自分が触れたらとは思わないのか?」
クライムの姿は以前見かけた時と大して変わりない。
毛先が紅い水色の髪に紫色の目と言う特徴的な容姿、腰には銃、鉈、杭と言った武器類、後は極々普通の衣服と言った様子である。
金属製の盾は……
「思わないわ。どれぐらいの時間で海水が蒸発して安全になるか程度は計算済みだもの」
「ふう……うおっ!?」
今、密かにしていた指差しが終わり、マーキングが出来て、黒い液体になった。
可能ならクライムも一度仕留めたかったのだが、俺のレゲスが発動した直後に横に跳ばれて、回避されてしまった。
「あぶねえな。海水にコラプスウィッチの体液も混ぜ込んでいたのか」
「当然だろう。それくらいはしておく」
「ちっ、一回くらい死んでおきなさいよ。どうせ、ノーリスクで復活できるでしょうが」
「お断りだ。流石に此処で死んだら、死んでいる間に核に何をされるか分かったものじゃねえからな。第8撮影区域の担当者として、流石にそれを見過ごすわけにはいかない」
「ふうん、そう……」
クライムが腰の武器類から、右手で両刃の剣を抜いて構え、左手で拳銃を持つ。
それに応じて俺も『魔女の黒爪』のサイズを変更し、剣のサイズにして構える。
で、ラルガはショットガンを両手で持ち……
「死……ぐばっ!?」
「だから、こういう事も普通にやるわけね」
俺の頭部に向けて発砲。
だが、事前にそれを察していた俺はその場に伏せることでラルガの弾丸を回避。
そして、俺の頭があった場所を通り抜けた弾丸は、何処からともなく現れ、俺の首を刎ねようとした仮面の人物……ダイ・バロンの体を撃ち抜き、吹き飛ばした。
「あぶねえな。俺に当たったらどうするつもりだ」
「これくらいなら避けられるでしょう」
「ぬおっ!」
俺は追撃として海水と俺の体液が混じった水を放つ危険物と化した水鉄砲を素早く取り出すと、ダイ・バロンに向かって撃とうとする。
だが、ダイ・バロンは銃のダメージなどないと言わんばかりに素早く地面を転がると、クライムの傍にまで移動する。
「外してんじゃないわよ。イーダ」
「うるせ。慣れてもいないのに、剣から銃への切り替えがそんなスムーズにいくか。てか、そっちの銃も大して効いてないぞ」
「金属の塊相手に銃が大して効くわけないでしょうが」
「ふう、危ない危ない。流石に何も出来ないまま、舞台から降ろされるのは吾輩としても勘弁願いたい」
「それは俺としても勘弁してもらいたいなぁ。マッドガールの頭だと、俺の能力への対抗策も練っていそうだし」
ダイ・バロンは獣のような仮面を除けば、その全てが金属とゴムで作られた人間の姿をしており、その両手両足の指先からは鋭い刃物のような鉤爪が伸びていた。
今回のダイ・バロンは着用者の肉体の制御権を奪う能力を有していたはず。
となると……この場に合わせて作られたフィラの肉体を奪っているとみるのが正解か。
「いずれにしても役者は揃ったんだ。さあ、出資者の皆様!どうかご覧ください!このショーの舞台を破壊しようと乗り込んできたコラプスウィッチとマッドガールが見るも無残な死体となる様を!」
「やれるものならやってみろ。返り討ちにしてやる!」
「魔女も人間も吾輩はただ狩るのみ」
はっきり言って、戦力差は圧倒的である。
正面切って戦うならば、ダイ・バロンもクライムも一人だけで俺たち二人を殺せるだけの力を持っていると言ってよかった。
だが……それでも諦める気はない。
「見てて。カーラ、ギーリ……」
そうでなければ、あの二人に合わせる顔が俺たちにはないのだから。