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火葬場のファウスト 絶え間ないピグマリオンに関して  作者: 民間人。
煉獄のナルキッソス
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「笛吹き男」と農耕民族達

 かつて、ヨーロッパ社会において差別を受けていた人々の事を羅列すると、確かにそれらしい傾向があるようだ、というのが見えてくる。


 中世で一般的であった生活形態は農村であり、田畑を耕す為には土地が必要不可欠である。農耕民の生活は常に土地に縛られており、現代人もまたある土地に留まる事を「安息」と言う事がある。人間の進化は、狩猟採集から始まったが、農耕を覚えた人間達は流動的な生き方よりも定住地に腰を下ろす事を選んだらしい。


 では、翻って、差別を受けていた人々について考えてみよう……。インド系と目される、流浪の民ジプシー、彼らの神を殺し、高利を貪ったとされるユダヤ人、ドイツの滑稽話「ティル・オイレンシュピーゲル」にあるような遍歴職人や、「笛吹き男伝説」にも描かれる不気味な遍歴楽師。


 彼らは定住地を持たない人々である。ユダヤ人は国家を持っていなかったし、迫害を度々受けていたので逃げる際に邪魔にならないため、損害が少ない『金』を貯め込んだ。勿論、職業上の制約を受けていたので、彼らが高利貸しに勤しむ事も致し方ない事情があると言えよう。

 ジプシーはどうだろうか。彼らは定住地を持たないが故か、彼らが『発見した』小麦を勝手に刈り取ったり、占いや踊りで人々を楽しませたりしたが、結局は暫く都市に腰を据える事になった。農民とのトラブルに関しては、彼らの暮らしは旅や自然と共にあったから、『発見したもの』に、権利者がいるという認識が薄かったのかもしれない。ジプシーの場合、流浪の民でありながら、少々定住生活を楽しみすぎたのかもしれないが、それでも彼らは馬車に荷物を積み、旅立っていった。

 ティル・オイレンシュピーゲルと言えば、職場で言葉遊びの厄介ごとを繰り返す迷惑な人物だったが、彼を語り継いだのは定住する職人達だったかもしれない。この迷惑極まりない男はあちこちの町で親方(じょうし)を困らせたから、同じ都市に住む人々との付き合いを保ちつつ、酒のつまみに語らう鬱憤晴らしに丁度良かったのだろう。


 正体不明の遍歴楽師は責任を負わせるのに丁度よかったのだろう。定住地を持たない彼らは祝日の花形ではあったが、もし仮に定住者達が地味な服を着て楽器をこさえる姿に対して敬意を払っていたとすれば、equuleus(仔馬)をやると言ってequuleus(処刑台)に送るような所業は逸話でもとても残せなかっただろう。


 私達は、随分前に土地にしがみついて大損をした一族の一人である。その一人一人が、時折どうしようもなくその場を離れたくなるのに、直ぐに戻りたい衝動に駆られるのは何故だろうか。私達は土地にいつく事に安堵し、拠り所を失う事を恐れる。流動的なこの時代になっても、そこに留まる事は一つのステータスになる。そして同時に、自分の土地を持たない事は、何処か居心地が悪そうに思える。やはり人間は、小麦や米に支配された生き物なのかもしれない。その意味で、人類は気付かぬうちに、旧時代の「ホモ・サピエンス」から、新時代の「ホモ・サピエンス」に移行していたともいえるだろうか。

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