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火葬場のファウスト 絶え間ないピグマリオンに関して  作者: 民間人。
煉獄のナルキッソス
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不均一な「時間」の概念

 我々にとって時間と言う概念は均質なものであり、平等なものである。一時間と言えば60分であるし、1分と言えば60秒である。しかし、時間の起源を辿っていくと、徐々に、私達の時間の均一性と言うものに疑問が投げかけられている事に気付く。


 例えば、暦の歴史を紐解けば、ユリウス暦、グレゴリオ暦、ヒジュラ暦、革命暦、ツィオルキン。時間の流れは中心とする信仰や歴史的事象を中心とすることによって刻まれ、天体の運行と共に時を刻む。

 例えば、季節ごとに、日照時間が変化する。この日照時間に応じて、私達の生活が変化するように時間を計測する事……これに伴って私達はあらゆる均一な時間と言う概念を放棄する事……が、かつて当たり前に行われてきた。そして、現代に、「サマータイム制度」と称して、一時的にこれを持ち込む事もある。


 時間と言う概念は逆行せずに進行する一つの連続した流れである。中世前期のヨーロッパでは、時間の流れは農民暦に見られるように自然と活動しやすい形で刻まれ、日が昇り、沈むという流れに伴って、私達と異なる時間の概念が刻み込まれてきた。

 もっとも、これらに対して、時間を測る機構として水時計、日時計、砂時計など、数量化されない時間の流れが既に数量化を開始し、現在のように定量化された時間が形成されていたことは言うまでもない。

 それらの不均一な時間を完全に均一にしたのは、都市を中心として作られ始めた機械時計である。重りと車輪によって、定刻を刻む簡単な機械時計の誕生は十三世紀末から十四世紀初めごろまでの間と考えられ、中世後期にこれらの均一な時間を求めた人々、つまり祈りの時間の正確性を求める修道士や労働時間の長期化を求める使用者たちによって、これらの均一な時間は刻まれ始めた。


 自然の流れと逆行するように時間が刻まれるようになると、夜半の群青はより身近になり、夜明けの茜色はより距離の遠い友人となった。同時に、時間の流れは天体の運行を予測可能にし、中世後期以降の天文学を陰ながら助長しただろう。「神の作りたもうた機械としての天体」が、我々の予測可能な領域まで降りてくるまでに、それ程長い時間はかからなかった。


 機械時計の誕生は私達の時間を平等に分配する事に成功し、さらに、連続している本来の時間を断続的な数値の連続として測ることを可能にした。

 1350年代に作られたストラスブールの天文時計は、1570年代に進歩した天文時計となり、現在では1840年代に作られたものとなっている。時を刻む事を覚えた人々は、時計そのものに機能を付け加え、芸術を、信仰を、医術を、天文学を、均一な時間を刻む一つの機械時計に込めたのである。瀉血の時間を測る時計は時に演舞を披露し、音を鳴らしてみせ、神々の世界を見せてくれる。これは全て人の営みの中で育まれた叡智であり、これら数学的叡智を支えたのは蒐集と翻訳、検証に基づく文学的叡智であった。

 14世紀初頭に誕生し、『カンツォニエーレ』を著した詩人ペトラルカは、時間と出来事を記録しながら、流れていく時間によって、自らの時間が奪われていく感覚に絶望的な焦燥感を覚えた。そして、彼は、これまでの浮動的で不均一な時間を放棄するように人々に促している。やがて数値化された時間は人間たちを拘束し、支配するようになると、彼は果たしてどれだけ予見していたのであろうか。


 私達は今、再び不均一な時間の流れを目の当たりにしている。均一的な時間の中で私達が見たこの世界もまた、新たな均一した時間によって上塗りされた時、新たなる不均一な時間として歴史に名を刻むかもしれない。日照時間に従って働く人々と同様に、数秒単位で修正される新たな暦が、天体の運行と完全に一致した時に、うるう年が「不均一な時間」として刻まれたとしても不思議ではないのである。

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