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咲いた恋の花の名は。  作者: しっちぃ


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イヌサフラン―『私の最良の日々は過ぎ去った』

初めて邑先生っぽい花言葉にしたと思います。

 ……ぽん。

 頭の上に、乗った邑先生の手。どうしようもなく、その温もりに、期待してしまう。だって、初めて逢ったときと、同じ温もり。

 上目遣いで、邑先生の顔をこっそり見る。その顔は、……なんというか、困ってるような、寂しそうな感じにも見える。


「ありがと、……でも悪い、私はお前とは付き合えない」


 その言葉は、いつもの邑先生の声なのに、……何よりも冷たい。冷酷で、残酷な結末に、目の奥から、涙が溢れて止まらなくなる。


「どうして、ですか……?」


 思わず、聞いてしまう。諦めなきゃいけないのなんて、分かってるけど、分かりたくない。縋りつくような言葉に、邑先生はただ頭をぽんぽんと撫でてくれるだけ。


「話せば長くなる。……聞くか?」

「は、はい……」

「立ったままじゃ疲れるだろうし、そこのベンチ座るか」

「そ、そうですね」


 端っこに座った私の、その隣に寄りそうように座ってくれる。いっぱい泣いたせいで、眼鏡、濡れちゃったな。ポケットからハンカチを出そうとして。


「これ、使っていいからな」


 手渡されたハンカチは、私が邑先生にあげたもの。それだけでも、胸がきゅっとなって、熱くなる。四隅がきちんと整っていて、大事にしてくれてるんだって気づくと余計に。


「ありがとうございます……」

「別にいい、……私が泣かせたようなものだからな」


 そのハンカチで、眼鏡についたのも、まだ止まってくれない涙も拭う。どうして、こんなに優しくしてくれるのに、邑先生は私の気持ちを受けてくれなかったんだろう。

 邑先生から聞かされる、邑先生のこと。あんなに知りたがってたはずなのに、知りたいような、知りたくないような。


「じゃあ、いいか?」


 そうやって話を切り出す邑先生に、相槌を打つことすら躊躇する。邑先生が子供だった頃の話は、その時を知らない私でも昔の姿が思い浮かぶ。……ちっちゃい頃の邑先生、きっとかわいいんだろうな。真剣な話だろうに、そんな不埒なことを考えてしまう。その間にも、邑先生の話はまだ続く。お父さんに手を引かれて、病院に妹さんを見に行ったときのことも、小さい頃は不器用だった邑先生が、お母さんがいろいろ手をかけてくれたおかげで、今みたいに何でもできる人になったことも。お母さんが作ったたくあんが大好物で、いっつも邑先生一人でほとんど食べてたってことも。……普通の、幸せな日々がそこにあったように思えた。


「あの頃は、これ以上にないくらい幸せだったんだ、……あの時まではな」

「あの時、……って……?」


 邑先生の話が始まってから。初めて言葉を発した気がする。


「ああ、……私が小学校5年だった頃だったかな、友達の家に遊びにいったんだ。……そしたら、私の父親がいたんだ。……それもなんか、お互い意識し合ってる感じで」


 それって、まさか。いうべきことが見つからない間にも、邑先生は話を進めてる。


「母さんがつけてって頼んでた指輪も嵌めてなかったんだ、……どういう事か分かるな?」

「あ、……はい」


 そんな物を見てしまったら、きっと私だったら心が壊れてしまう。まだ小学生の邑先生に、それは一体どれほどの重さだったんだろう。……私には、わからない。


「でも、それを、母さんには言えなかったんだ、あの男と出逢ったのは運命だって嬉しそうに話してくれてたし、……まだ、幸せな家庭のままでいられるかもしれないのに、それを壊したくなかったから」


 そして、邑先生は、独りで抱え込むにはあまりにも大きすぎるものを、たった一人で抱え込むことにした。そのときの邑先生の覚悟は、あまりにも勇敢で。……あまりにも無謀だった。


「そんなこと、全然意味無かったんだけどな。……だって、そこにあったはずの幸せは、ただの幻想だったんだよ。……そんなのが嫌になって、私は全部諦めることにした」

 

 それは、ほとんど心を閉ざすことと一緒で、……それだけ、邑先生に『あの時』は大きな心の傷を残したんだ。十年も経って、まだ癒えない傷を。


「それからもう、『恋』とか『愛』とか、……そんなもの、信じられないんだ、全部、形だけの紛い物に見えて」


 私の気持ちは、紛い物なんかじゃない。それを伝えたって、今の邑先生には響かないのだろう。本物に見えた愛情を信じ続けて、邑先生は傷つけられたのだから。


「だから、ごめん、江川。……本当に、分からないんだ、信じていいのか」


 そう言った邑先生の顔はうつむいていて、涙をこらえているようにも見える。

 

「これ、使ってください」


 邑先生のハンカチは濡らしてしまったから、代わりに私のを差し出す。

 

「悪い……ありがとな」


 そう言って、私のハンカチを目元に当てる前に、もう青いつなぎには濡れたしみの点がいくつも零れていた。

邑先生とその一家にまつわる闇は壊れ始めたラジオ先生の『百合ing A to Z 〜ゆりんぐ・えー・とぅー・ぜっと〜』(http://ncode.syosetu.com/n5455dw/)で明らかになるはずです。

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