幕間~ヤブラン―『隠された心』~
放課後、用務員室にいると、控えめなノックの音。……まあ、いつものことだが。
ドアを開けると、いつもの顔が見える、
「なんだお前か」
「今日も、ここ貸して」
「だから、ここはカフェじゃないって言ってるだろ?」
妹のクラスメイトだという赤石燐は、おとなしそうに見えて、こういう時だけはグイグイと来る。
「……まあいい、座りたきゃ座れ」
「ありがとね、お姉さん」
ここの用務員室は一人に一部屋あてがわれているせいか、ちょっとした休憩室くらいには物が揃うようになる。お茶でも飲もうとしていたし、ついでだから二人分淹れておこうと、急須に茶葉とポットのお湯を入れる。
「そういえばさ」
「……何だ?」
「お姉さんと倉田楓って、仲悪いの?」
私と似て不愛想で、どうしてそうなったか分からないくらい不器用な妹の楓こと。毎回のように私につっかかってくる、生意気で、出来の悪い妹だけど。
「私は嫌いじゃないが、妹が嫌ってる」
楓のことを嫌うことはできない。そうさせたのは、自分のせいなのだから。あの時、どうにもできない世界に蝕まれていく楓のことを、私は守れなかった、……いや、壊してしまったから、心も、体も。
「へー、どうして?」
「周りがみんな、私と妹のこと比べてたんだ。平たく言えば、妹はそれが嫌だったんだよ」
「お姉ちゃんはあんなにできるのに」。……楓が何かミスをする度に、周りからそう言われ続けていた。他の人にとっての当たり前のことができなかったり、しょっちゅう何でもないようなことで死にかけるほどに不器用だった楓は、その言葉を嫌になるほど聞かされてきたのだろう。
「ふうん、なるほどね」
その説明だけで、赤石は納得したらしい、同じクラスだから、何かしらやらかすとこは見飽きるほど見たのだろう。
そんなことを話してると、急須のお茶がいい塩梅になっている頃になっていた。
「お茶、飲むか?」
「んー……、じゃあ、飲むかな」
湯呑を二つ机に並べて、そこにお茶を入れる。その色がいつもと同じくらいなのを見てから、一顧を赤石の前に置く。
「はいよ」
「ありがとね、お姉さん」
「……どうも」
私もその向かいに座って、一緒にお茶をすする。おいしいって声が、向かいから漏れる。
「あのさ、もう一個だけ、訊きたいことあるんだけど」
「……何だ」
さすがに、少し身構える。私の用務員室に来ては本を読みに来るだけだったから、こんなに言葉を交わすのは珍しいから。
「うちのクラスの江川さんのこと、どう思ってるの?」
「それは、……秘密だ」
「へえ、そうですか」
軽く笑みを浮かべる赤石に、思わず聞いてしまう。
「江川がどうかしたか?」
「いえ、別に」
でも、尻尾はなかなか掴ませてくれないようだ。その質問の意図を読むのは諦めて、私もお茶をすすり直す。普段話をしないせいで喉が渇いたせいもあるが、それ以上になぜか熱くなる頬をごまかしたかったから。
「じゃあ、前に壊されたとこ直すから、帰るときは電気消しといて」
「はーい」
ただの言い訳だったけども、言ってしまった以上は行かないといけない。冷めるまえにお茶を飲み切って、工具類をポケットに入れる。その時何かがつかえてるような気がして何があるか確かめると、そこにあったのは紺色のハンカチ。確か、この前にチョコのお礼と言って江川からもらったもの。
江川のこと、どう思ってるか……か。
何かにつけて頭に浮かぶ存在で、……そういえば、なんでお酒が入ってるチョコを江川に渡したんだろう。私が甘いものが嫌いってだけなら、他の誰に渡してもいいはずなのに。
真剣な顔をして、しょっちゅう何もかも抱え込んでしまうんだろうな。私が初めて江川に会ったときの、何かに思い詰めて倒れそうになっていた姿も、昨日あったことみたいに思い出せて。
そんな姿が、気になってしょうがなくなって、思い出すと胸が痛いような、甘いような。
その気持ちに、私はまだその解を見つけられない。こんな感情が芽生えたのは、これが初めてだから。
倉田邑さんのキャラを作った壊れ始めたラジオ先生から頂いたネタを使わせていただきました。
ものすっごく露骨にフラグを建築して申し訳ないです駄目なら消します。