6 ロロとディール
あまりに予想外な対応に、桃歌とディールは下げられたロロの頭を見ることしかできない。目を丸くするも、必死に首だけぺこりとする小さなドラゴンはどこか可愛くも思えた。
「ロロ、そんな必死にならなくても、無理やり聞き出そうとなんてしないから安心して」
母性本能とでもいうのか、桃歌はロロを守りたい衝動に駆られて頭を撫でる。ドラゴンの硬くざらざらした皮膚では、殆ど撫でた感覚は伝わっていないかもしれない。それでもロロは小さく目を細めて気持ちよさそうにする。
――普段からこのくらい素直だったらいいのに
いつも口の悪く生意気なロロからは想像できない。それほどトウガラシが嫌なのだろうか、人間だったときのことを話したくないのか。桃歌が心の中で悶々と考えている一方、ディールの眼光は鋭さを増す。
「……桃歌、そいつをあまり甘やかすな。調子に乗る」
「ディール。確かにロロは謎も多いけど、悪い人……ドラゴンじゃないわ。それは、ロロがドラゴンとして生まれてからずっと一緒にいる私が保証する」
そう言って桃歌はディールを睨む。しかし、その程度で彼が怯むわけもない。
「ああ、そうだな。悪い奴じゃない。それは、小さなころから世話をしてきた俺が一番知っている」
「? 何言ってるの?」
世話をしたというのはどういう意味だろうか。ディールとロロは出会ったばかりだし、彼がロロの背をしているところは見たことがない。彼の意図が読めず桃歌は混乱する。一方、ロロは彼の言葉に反応してピクリと尻尾を揺らした。
「……ディールに世話になった覚えはない」
「昔からあれだけ大切な人には嘘を吐くなと教えてきたのに、あんたはいつまで隠しているきだ?」
ディールの目は真剣そのものだった。嘘をついているとは思えない。だとすると、二人は昔からの知り合いだということになる。しかし、親ドラゴンに捨てられたロロを拾ったのは桃歌だ。ディールが言っていることが全て本当のことならば、彼はロロが人間だったときの知り合いということだ。
「泣き虫で、気が弱くて、争い事が苦手で。あんたの生きていた世界は嘘や虚勢で塗り込められたところだ。だからこそ大切な人にだけは、自分を誤魔化すなって教えたよな? なのに、あんたはしらを切って嘘をつき続ける。桃歌はあんたにとてその程度の関係なのか?」
ディールはまっすぐにロロを見つめる。まるで、ロロの内にある人としての姿を見透かしているように。
「……違う。桃歌は命の恩人で、気が強くてすぐに喧嘩になるけど、ドラゴンになってからずっと一緒に過ごした友人だ」
「だったら、もう嘘を吐くのはよせ」
ディールは優しく、諭すように話す。
「……桃歌」
ロロは桃歌の方を向いて、座っている桃歌の膝の上までやってくる。緊張しているのか上手く翼を動かせず、よたよたとした動きだ。
「ロロ、私は大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、自分でもよくわかっていない。ただ、ロロを安心させてあげたかった。
「俺、桃歌に……いや、私は貴方にずっと黙っていたことがある……」
ロロの口調が変わる。今まで粗野な言い方をしていたため桃歌は違和感を覚えるも、彼の話に真剣に耳を傾ける。
「貴方が探していた王子は私のことなんだ。私はユーリ=ユスティーノ。トレイユ王国の第一王子だ」
ドラゴンになる前の話だが、とロロは続ける。
先ほどディールとロロのやり取りから何となく予想していたが、やはり驚きは隠せない。いくら見てもただのドラゴンが元王子だなんて、と頭が混乱する。
「なんで、教えてくれなかったの?」
私はノリだったとはいえ、別の世界から来たこと、他にも何でもロロには話した。でも、ロロは肝心なことは何一つ話してくれなかったのだ。
「それはっ……桃歌が王子に憧れをもっていたから。桃歌が待っていたのは塔から助け出してくれる格好良い王子様だろう? でも、私は塔に引き籠っていた女装王子……。言いたくても言いだせなかったんだ」
確かに、塔に居たころは事あるごとに王子の話をしていた。それが、ロロにとってプレッシャーとなっていたのだろう。
「ごめ……」
「それに、桃歌ときたら王子が現れたらまずは一発殴ってやるだとか、恐ろしいことを言うから怖くてな」
「……」
せっかく人が素直に謝ろうとしているのに、生意気なところは変わらない。言葉通り殴ってやろうかと考えたが、ジンジンと痛む手に既に殴ってしまったことを思い出す。王子様が助けに来てくれるという小さいころの夢はかなえられなかったが、取りあえず塔に居たころの願いは一つ叶えられた。
「そういえば、ディールは何でロロがユーリ王子だって分かったの?」
桃歌はずっと疑問に思っていたことを質問する。ディールは困ったように顎をかいた。
「あー勘だ。何かそのドラゴンと話してたら、王子を相手している気分になったというか。まあトウガラシとか他にも色々とあるんだが、俺の勘はよく当たるからな」
勘でロロが王子だと決めつけて、あそこまで強気に出ただなんて適当にも程がある。ロロは慣れているのか、大きなため息を吐く。
「取りあえず、だ。これでお互いのことをよく知れて良かったじゃねーか」
やはり適当にまとめようとするディールに何を言っても無駄だと悟る。今日一日色々とあったせいで、桃歌は心も体ももうへとへとになっていた。さっさとディールを部屋から追い出して、ベットで寝たい気分だ。
「ねえ」
ディールに声をかけようとしたとき、視界の隅が青白く光る。何事か、と光る方向を見ると、発光する何かは徐々に光を増して大きくなる。
「桃歌!」
危険を察知したのか、ディールは桃歌の腕を勢いよく引くと彼女はディールの後ろにあるベットに倒れ込んだ。「ぶへっ」と変な声を上るが、ディールは桃歌を見ることなく、剣を抜いて青白い光をじっと見つめた。
「ディール? 何が起こったの? ロロは大丈夫?」
なんとか体制を立て直して桃歌は部屋を見回す。既に青白い光は消え、部屋は薄暗い空間へと戻っていた。ディールは微動だにせず、ある場所を静かに見つめていた。つられて桃歌もそちらに目を向ける。
ディールの視線の先。そこには、見たことのない綺麗な男性が一人佇んでいた。
「だれ?」