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5 魔法の使えないドラゴン

 ロロは真夜中の森を、迷うことなく突き進んだ。時折桃歌がちゃんと着いてきているか様子を見ながら飛んでいく。そんなロロのちょっとした優しさが桃歌にとって、とても嬉しく感じた。


「桃歌!!」


 暗闇の先に街明かりが見え始めたころ、ディールが息を切らしながら、桃歌たちのもとに駆け寄ってきた。きっと、桃歌を探し回ってくれたのだろう。申し訳なくて桃歌はディールと目を合わせることができなかった。


「良かった、無事で」


「迷惑かけてごめんなさい」


「全くだぜ。いきなり走り出したらびっくりすんだろ。それに、あんたが俺をストーカー扱いするもんだから、あの後街の人に弁解すんの大変だったんだぜ」


「ううっ」


 恨めしそうに見られ、桃歌は申し訳ない気持ちで一杯になった。あの時は頭がパニック状態になって、あの場から逃げることしか考えていなかったのだ。


「ただ、俺もあんたを不安にさせるようなことしちまったみたいだからな。悪かったよ」


 ディールはそう言って桃歌の頭を優しく撫でる。彼らしくない行動と、先ほどからロロが生温かい視線を送っており、桃歌は気恥ずかしくなる。


「怪我はしてないか?」


「あーその、えっと」


 ディールが無事を確認するように聞いてきたので、桃歌は右手を彼の方に差し出した。ロロを思い切り殴ってしまった方の手だ。


「右手、怪我しちゃった」


 てへっ、と語尾に効果音がついた気がした。




********************




 手当ては宿に戻ってからということで、急いで宿に戻ってきた。明るいところで桃歌の右手を見たロロとディールは顔をゆがませる。

 桃歌の右手は大きくはれ上がり、ドラゴンの鱗によってところどころ割かれた皮から血がにじんでいる。


「お前、何したらこんなことになるんだよ! 右手ボロボロじゃねーか」


「俺を殴ったんだ。それはもう思いっきりな」


 ディールの質問にロロが答える。


「は?」


 意味がわからない、とディールは口をぽかりとあける。仕方なく桃歌は彼にロロとの一連の出来事を説明した。


「ぶっあはははは。バカじゃねえの、ふつー獣が出てきたからって、殴って追い払おうと思うか?はははっ、あー笑いが止まらねー」


「随分と楽しそうで何より」


 笑うのを止めようとしないディールを桃歌は冷たく言い放つ。さっきまでの深刻な雰囲気は何処へ行ったのか。バカ笑いを続けるディールに、徐々に桃歌の顔の温度が上がっていく。


「わりぃわりぃ。ちょっと笑いすぎた。それにもっと自慢してもいいと思うぜ? ドラゴンを素手で殴ったのはきっとこの世界でただ一人、桃歌だけだ」


「それ、全く嬉しくないから。結果こんな大怪我しちゃったし……」


「あーその怪我なら、そのドラゴンが治してくれるんじゃないのか?」


 ディールはロロを指さしながらそう言った。


「そうなの?ロロ治せる?」


「……悪い、できないんだ」


 ロロは申し訳なさそうに下を向く。しかし、それは桃歌の予想通りの返答だった。今までロロは魔法を使ってこなかった。否、魔法を使うことができないのだと、桃歌は予想する。

 ロロの事情を知らないディールは信じられないような顔で尋ねる。


「ドラゴンが魔法を使えないなんて冗談だろ?」


「冗談でこんなこと言わない。俺は……魔法が使えない、というより制御できない。制御できない魔法はただ危険なだけだ」


「魔法が制御できない……。んなドラゴン聞いたことねーぞ」


 ディールが訝しげにロロを見る。

桃歌は二人のやり取りを聞いてあることを思い出す。確か、ロロと出会って間もないころだ。ロロは自分は元人間だったと言っていた。何故ドラゴンになったのか詳しく聞いたことはない。だが、もしかしたらその影響で魔法を上手くコントロールできないのかもしれない。しかし、それをディールに話していいのか分からず、桃歌は黙っているしかなかった。


「そもそも、ドラゴンが人間と一緒に過ごしていること事体怪しい。……桃歌もそうだ。お前はもうあの塔にこの国の王子が居ることは知っているんだろ?」


 鋭い目つきでディールは桃歌を見る。


「お前はあの塔の中にいて、この国の姫だと言ったがすべて嘘なんだろ? そもそもこの国に姫はいない。何故そんな嘘をついた。そして、この国の紋章が入った指輪を何処で手に入れた」


 彼の瞳に宿る殺気が桃歌に突き刺さり、冷や汗が流れる。彼女にディールが剣を突き付けないのは、何か事情があると察してくれているからだろうか。

 桃歌はロロと顔を見合わせる。これ以上ディールに隠していても、己の立場が悪くなるだけだろう。信じてもらえるか分からないが、話すだけ話してみようと決意を固めた。ロロは若干嫌そうに顔を歪ませたが、何かを言ってくることはなかった。


「分かった。あなたが信じてくれるか分からないけど、全部話すわ」


 それから、桃歌は淡々と話し始めた。魔法のない世界に居たこと。大好きな絵本のこと。そして、絵本によく似たこの世界のこと。塔で過ごした日々やロロとの出会い。そして、ディールとの出会いも。

 ディールは桃歌の右手を包帯で巻きながら、話を真剣に聞いていた。途中、目を見張ったり信じられないという顔をしたが、口を挟まず最後まで聞いてくれた。


「だから、私が塔で過ごしていたことは本当のことなの。指輪もそこにあったものよ。王子様は……、いなかったけど」


「はぁ~、もしあんたの話が本当だとすると、王子は失踪したってことになるな」


 ディールは肺の中の空気を全て吐き出したような大きなため息をついた。一国の王子が失踪したというのなら一大事だろう。しかし、引きこもりの王子と聞かされた後ではいまいち緊張感に欠ける。


「まさか、信じてくれるの?」


「完全に信じたわけじゃねーが、何らかの魔法が作用したならあり得ない話じゃないからな」


 それよりもだ、とディールはロロの方を向く。


「一番おかしいのはお前だ。元人間で、魔法は制御できない。確か、桃歌に指輪の紋章について教えたのもお前だったよな。人間だったころは何してたんだ? 何故ドラゴンになった」


ロロは話しかけられても一向に口を開く気配がない。部屋の中に重たい沈黙が流れる。


「……話すつもりはないか。いいだろう、ならこっちも強引にいかせてもらう」


 ディールはそう言うと、桃歌の方を見て言い放った。


「桃歌! トウガラシ大量に買ってこい!!」


「はい?」


 ディールが何を言っているのかよくわからず、桃歌は固まった。この男は今なんと言ったのだろう。


「あの、まさかトウガラシって言いました?」


「そう言ってるだろ。大量のトウガラシだ!」


「なんでですか! トウガラシなんて何に使うつもりですか!? まさか辛いもの口に突っ込んで、吐くまで拷問とか言いませんよね?」


 桃歌は意味不明なことを言うディールに、思わず敬語で話す。


「当たり前だろ。トウガラシを口に突っ込めば王子は何でも白状したからな」


「……」


 呆れてものが言えない。いくらなんでも、ドラゴンをトウガラシで言うこと聞かせようとするのは無理があるだろう。そもそも、噂に聞く軟弱な王子と一緒にしてはさすがにロロも可哀想だ。


「さすがに無理だって。てゆーか、あなたのところの王子様はそれで白状したかもしれないけど、ドラゴンどころか、大半の人間はそんなんじゃ通用しないと思うわよ。ねぇ、ロロ」


 桃歌は先ほどから黙っているドラゴンに向かって同意を得ようと話しかける。

 しかし、


「ロロ? どうしたのそんなに汗流して。目もすっごい泳いでるし。……まさか」


 桃歌が、その先を言おうとしたときだった。






「……ディール様、申し訳ありません。もう二度と逆らいませんので、トウガラシだけはどうか勘弁してください」


 震える声でロロが小さな頭をディールに向かって下げたのだった。

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