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3 情報収集

 森の中を歩き続け、ロロを探すために街中を探し回った桃歌の疲労は限界に達していた。半年以上塔でろくに運動せずに暮らしていたつけがまわってきたのだ。

 既に日は傾いており、そろそろ宿を確保しなければならない。ロロをもう一度麻袋に詰め込むと、ディールから勧められるままに宿を確保した。何でも、ディールも同じ宿に泊まっているらしい。


「さて、部屋も確保したことだし、さっそく話し合いを始めましょうか。私、あなたに聞きたいことが沢山あるのよ、ディール」


 日もすっかリ暮れ天に星々が輝き始めたころ、夕食を済ませた桃歌たちは彼女の部屋に集まった。

 桃歌はロロと一緒にベッドに座り、ディールを椅子に座らせるように促す。


「ロロを助けてくれてありがとう。一応お礼は言っておくね」


「おいおい、一応ってなんだよ」


「だってあなた怪しいんだもの。あなたは一体何者なの?盗賊団について詳しく調べているっていってたでしょ?もしかして警察……衛兵かなにか?」


「うーん、まあ特に秘密にする必要はないか……。衛兵じゃなくて騎士だ。この国、トレイア王国第一王子直属の騎士ディール=ドレシス」


「騎士……、どう見てもそうは見えないけど」


「街で目立たないように今は私服だからな」


 私服だとか以前に、人の裸を覗いたり女たらしのような言動やしゃべり方など、騎士と認めたくないのが本音だ。しかし、武器を持つ盗賊団を素手で倒してしまうあたり、騎士として実力があるのだろう。


「それで、だ。あんたなんか重要なことを忘れてんじゃねーのか?」


 ディールがニヤリと口角をあげる。


「重要なことって?」


 桃歌は記憶を探ってみるが、思い当たる節がない。


「はぁ?本当に覚えてないのか?約束しただろ、ドラゴンを助けたら何でもするって」


「あ~すっかり忘れてた。そういえばそんな約束したっけ」


「おい、あんときの約束ってそんなに軽いものだったのか?あんただけだったら、ドラゴンを助け出すどころか、盗賊に捕まって酷い目にあわされてたはずだぜ」


 確かに桃歌一人では歯もたたなかっただろう。ディールの言い分はもっともだ。それに助けてもらって、約束を破るわけにはいかない。


「そうね、あなたの言うとおりよ。じゃあ、はい。ロロ」


 桃歌はそういうと、隣で丸くなっていたロロをディールの前に差し出した。ディールは訳も分からず、ロロと桃歌を交互に見る。ロロはいきなり会話の中心に入れられ目が点になっていた。


「おい、これはどーゆーことだ?」


「どういうことって、何でも言うこと聞くって約束したからよ。遠慮しないで何でもロロに言って」


「「なんでだよ!!」


 ディールとロロの声が被る。


「なんでって、当り前でしょ?約束したのは私でも、助けて貰ったのはロロなのよ?私がディールの言うことを聞く義理はない」


「とぉーかぁ~!俺を売ったな!絶対、こいつの言うことなんて聞かないからな」


「俺だって、人間に捕まるようなよわっちいドラゴンに用はねー」


 ロロは怒ったように背中を向けて丸まってしまう。ディールは心底がっかりしたというように頭を垂れる。予想以上の落ち込みように、桃歌の心に罪悪感が芽生えた。


「そ、そんなに落ち込まないでよ……」


 桃歌が話しかけてもため息しか返ってこない。


「もう、しょうがないなー」


 桃歌は遂に罪悪感に負けて、ベッドから立ち上がる。項垂れているディールの傍に寄ると、頭をぽんぽんと撫でる。自分より背の高い、柄の悪い男に何をしているんだろうと思ったがあえて気にするのをやめる。


「色々と言ったけど、今日のことは本当に感謝してる。ありがとう」


 ゆっくりと顔をあげたディールは信じられないというように目をぱちくりさせている。


「なによ」


 急に恥ずかしくなり、桃歌は口を尖らせる。


「いや……、まさかこの年になって頭撫でられるとはな。それも案外悪くはねーが、どうせだったら、ほっぺにキスぐらいしてくれてもよかったんだぜ?」


「な!?」


 にやにやと意地悪そうに笑うディールを見て、桃歌はあることに気づく。


「もしかして、あなた落ち込んでたのって演技なんじゃ……」


「さあ、何のことだか」


 すっとぼけるディールを見て確信する。桃歌はまんまとディールの策略に乗ってしまったのだ。罪悪感などに負け、彼の頭を撫でてしまったことを激しく後悔する。

 

「も、もうこの話は終わりっ!それより、私はあなたに聞きたいことがもっとあるのよ」


 桃歌は恥ずかしくて、ディールを部屋から追い出したくなったが、まだ彼に聞きたいことは山ほどある。さっきまでのことは頭から消し去ることにして、気持ちを切り替える。


「何故騎士のあなたが城を離れてここにいるの?盗賊退治なんて衛兵に任せればいいはずじゃない?」


「それを話すと長くなるが……、聞いてくれるか?」


 ディールはふざけた顔を止め、真剣なまなざしを桃歌に向ける。彼女はちらりと隣りを確認した。怒って丸まってしまったロロは一体何を考えているのだろうか。

 桃歌は視線をディールに戻すと、彼が話し始めるのをじっと待った。


「この国の第一王子であらせられるユーリ=ユスティーノ様が3年前のある日、家出をしちまった。それ以来俺は行方不明の王子を探し回ってる。盗賊団を探っていたのは騎士である以上見逃すことができないからだ」


「話が長くないうえに、すごくどうでもいい」


 と、言うよりは胡散臭過ぎて信用ならない。一国の王子が家出……、失踪してから3年も見つからない。普通だったら大騒ぎになるはずだ。それなのに、捜索中のはずである騎士は盗賊団退治という別件に首を突っ込むほど余裕がある。


「あなたが本当のことを話す気がないのはわかった」


「王子が家出したのは本当のことだぜ」


「そこは一番嘘であってほしいところね」


 桃歌たちの話声がうるさいというように、ロロの耳がぴくぴくと揺れる。


「悪いな、あんま詳しい事情は話せないんだ。ただ、王子を探しているっていうのは信じてほしい」


「……それなら、私も王子を探すの手伝う!」


 桃歌は思い立って、勢いよく身を乗り出す。王子について何も知らない桃歌たちで探すよりも、騎士であるディールについて行った方が早く見つかりそうだ。もし、本当に王子が3年も行方不明ならば絶望的だが……。


「なぜ、桃歌が王子を探したがる?」


 一気にディールの警戒が強まる。今までにない鋭い言い方に桃歌は思わず肩を震わせる。


「わ、私、実はあの森の向こうにある塔に閉じ込められていた姫なの……。ドラゴンがこの子、ロロを置いてどこかに行ってしまったから外に出ることができたんだけど、ほら、本当は王子様が助けてくれるのが定番でしょ。だからこの国の王子様に会ってみたいのよ」


 桃歌はつい焦って早口でいらないことまで喋ってしまった。ディールの警戒が更に増すのを感じる。桃歌は今ぼろぼろの服を着ているし、どう考えても怪しい発言だった。


「あんたが姫……。どこの国のお姫様なんだ?」


「えっと、ここ、なんだけど……」


 桃歌は懐に大事にしまってあった指輪の紋章をディールに見せる。確か、ロロがこれは王家の紋章だと言っていた。ディールならこれを見せれば、私より前に塔いたはずの姫がどこの国出身名のかわかるはずだ。


「あっバカ!」


 今までそっぽを向いていたロロが急に桃歌の方を向いて小さく声を上げる。何事かと桃歌はロロを見下ろす。ロロは桃歌から目を逸らすとディールの様子をじっと窺う。ディールは指輪の紋章に釘付けになって微動だにしなかった。部屋の中が緊張で満たされる。

 しばらくすると、ディールは指輪から目を離して桃歌を見つめる。桃歌は居心地の悪さに目を逸らしたくなるが、彼の射るような眼差しから逸らすことができない。彼はゆっくりと話し始めた。



「これは――。……わかった。あんたが姫だっていうのは認める。明日、朝10時に宿の前に集合だ。街の奴らに聞き込みする。これでいいか?」


「ええ、大丈夫よ」


 正直指輪の紋章がどこの国のものか気になったが、これ以上話すとぼろが出そうで何も聞けなった。

 ディールは椅子を立つと静かにドアへ向かった。一度桃歌の方を振り向くと「おやすみ」と一言だけ告げて部屋から出て行った。


「桃歌、ディールには気をつけろよ」


 ドアが完全に閉まったあと、ロロは一言呟くとまたしてもそっぽを向いて寝てしまった。


「……」


 さっきから、他人事のように話すロロに違和感を覚える。ロロはもっとお喋りだった。なのに宿に来てからろくに話もしない。誘拐されて疲れきってしまったのか、勝手にディールと約束をしたことに怒っているのか、それとも何か別の理由が?

 桃歌はこの世界にきて初めて、塔とその周辺の森以外の場所にやってきた。知り合いもいないこの世界で上手くやっていけるのか、不安を抱えながら眠りについた。




********************




「おはよう」


 翌朝、疲れがとれきっていない重い体を起して、桃歌は宿の前にいるディールに話しかけた。 


「あの小さなドラゴンは?」


「ロロなら宿に残るみたい。街中じゃあ目立っちゃうから、一緒にいない方がいいって」


 不用意に出歩いて、昨日みたいに捕まったら大変だ。これ以上余計なトラブルは避けたい。


「そうだろうな。じゃあさっそく王子探しをと言いたいとこだが、まずは桃歌の服装をなんとかしようぜ」


 桃歌は未だにこの世界に来た時の服を着たままだ。ドラゴンが塔を去ってから、彼女は湖で服を洗うようになったが、それでもいい加減取り換えたい。


「そうね。私この街に詳しくないんだけど、案内してくれる?」


「わかりましたよ。仰せのままに、お姫様」


 ディールは騎士のように恭しく頭を下げると、エスコートするように桃歌に手を差し伸べる。桃歌は一瞬どきりとしたが、彼の顔が笑っているのに気付き差しのべられた手を叩く。


 その後、ディールの案内により宝石をお金に換金し、新しい服を買いにいった。この世界の服は桃歌にとってどれも珍しく、選ぶのに一時間近くもかかってしまった。ディールは疲れ果てたように店の外のベンチに座っている。


「ディール、あの……ごめんね?つき合わせちゃって」


 下を向いていたディールは桃歌の方に顔を向けた。


「――っ、見違えたな」


「そう?ありがとう。可愛い服が一杯あってどれにしようか迷っちゃった」


 桃歌はディールの前でくるりと回って見せる。


「ああ、髪はぼさぼさ服はぼろぼろで昨日は自分の姫だなんて言うから、何言ってんだと思ったが……」


「余計なお世話よ!」


 素直にほめてくれればいいのに、ディールは失礼なことをいう。


「さてと、お姫様のながーいお買いものも終わったことだし、さっそく王子探しと行くか」


「だからごめんってば……」


 ――こうしてようやく、本来の目的である王子探しが始まった。




********************



「え?この国の王子様?あ~ユーリ王子ね、あの……ちょっと変わった趣味の……」


「ユーリ王子について教えてほしい?お嬢さん知らないのか?あんなに有名なのに」


「ユーリ王子は、なんていうか……困ったお方よね」


「ユーリ王子じゃと?ふぉっふぉっふぉ、ユーリ王子はこの国一の別嬪さんじゃよ」



 先ほどから街ゆく人に王子の情報を聞き出しているが、皆の反応がおかしい。どこか困ったような、呆れたような話し方だ。ディールは何をするでもなく、桃歌の後ろにじっと立っている。


「ねえ、あなたのとこの王子様はどうなってるのよ?」


「どうって言われてもなー。てか、あんたって本当にユーリ王子のことしらねーのか? 王子の人柄聞いて回ってどーすんだよ」


「だって国が今まで探しても見つからなかったのに街の人が知ってるわけないじゃない。それなら王子の人柄からどこに行ったか予想するしかないでしょ」


 3年も姿を見せない王子を思い描く。よほど優秀な人間か、それとも、もうこの世にはいないのか……。嫌な想像が頭をよぎる。


「そーいうことなら、まず俺に聞けよ。王子直属の騎士だって言っただろ。王子のことなら街の奴らより確実に詳しいぜ」


ふと、桃歌たちの横を通りかかった通行人が足を止める。



「あんたよそ者か? だったら聞いて驚くなよ。この国の王子さまなぁ……お姫様でもあるんだ」


 こそこそと内緒話をするように強面のおじさんが言う。


「……はい?」


 訳のわからないことを言われ、桃歌はつい強面のおじさん相手につっかかってしまう。おじさんは桃歌の反応が面白かったようでゲラゲラと笑いだす。


「だからな、この国の王子様はお姫様でもあるんだよ。ちょっと趣味の変わったお方でな、噂では可愛いものが大好きで、遂には自身まで可愛らしい恰好をするようになったんだ。つまり、女装を……な」」


「……」


 王子様がお姫様。王子様が女装趣味。王子様が変態。王子様が……。


「冗談?」


 桃歌は願いを込めておじさんに問いかける。


「いいや、おおマジだ」


 真剣に首を振られ、桃歌の頭は真っ白になる。ずっと昔からあこがれていた王子様。この世界に来てから、王子様が助けにきてくれるのを待ちわびていた。なのに、それなのに、王子は女装趣味の変態だったなんて……。


「あんた知らなかったのか?」


 ディールが後ろから話かけてくる。


「知らない。知りたくなかった……」


「がははは、そう落ち込むなよ譲ちゃん。確かに変態だが、女装が似合うほどの美男子だって噂だぜ」


 励まそうとしているのか、桃歌の反応を楽しんでいるのか、おじさんはばしばしと桃歌の方を叩きながら笑う。

 うん、これは絶対にからかって楽しんでいる反応だ。


「はぁ~~~。もう王子様探すのやめようかな……」


 桃歌は思いっきりため息をつく。


「嬢ちゃん、ユーリ王子を探してんのか?」


「ええ、まあ、一応ね」


「それなら、探す必要もねえよ。更に嬢ちゃんを落ち込ませるようで悪いが、王子様はあの森の向こうにある塔に3年前から引き籠っているぜ」


「……え?」


 今度こそ、桃歌の思考は停止した。


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