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2 トラブル続きの幕開け

 ドラゴンをロロと名づけた桃歌は献身的に介抱した甲斐あって、今ではロロは空を飛び回り、そして何故か話せるようになっていた。ドラゴンは人間より聡明で賢く魔力が大きい神聖な生物であり、人語を話すことは簡単、ということらしい。ただ、本来ドラゴンは人間と対話しようと思わないし、人間の目の前に姿を見せるものも稀だとロロが言っていた。

 しかし、ロロが生まれてすぐ会話をするようになったのは、桃歌に育てられたからとか、人間と仲良くしたかったからとかでは全くなかった。


「実は俺、元人間なんだ。半年ほど前に死んで、気付いたらドラゴンとして生まれ変わっていたんだ……!」


 ロロが真剣にそうのたまったとき、正直桃歌は笑いを耐えるのに精一杯だった。このドラゴンは何を馬鹿なことを言っているのだと。しかし、ロロは生まれて間もないわりに妙に大人っぽく、桃歌の知らないこの世界の事情を詳しく説明しだし、認めざるを得なかった。

 ロロの事情を知ったと桃歌は、自分がこの世界の人間でないことを打ち明けることにした。


「私、本当はこの世界の人間じゃないの。絵本を読んでいたら、絵本の中に吸い込まれてこの出会に来てしまったの……!」


 途端にロロは腹を抱えて笑いだした。それはもう、腹の立つほどに。

 その後、桃歌がロロをすまきにして塔の窓から放りに投げたことでこの場は収まり、お互いの話信じようということで決着がついた。



******************



 そんなこんなで、ドラゴンを塔に連れ帰ってから一カ月が経った。

 ロロは桃歌にこの世界について沢山話してくれた。おそらく、この塔はトレイア国最南端に位置するということ。ここから一番近い街は、北東に位置するカレッタというそこそこ大きな街だということ。言語や、お金のことなど生活に必要な知識を教えてくれた。

 以前、塔に置いてあった本を見たとき、知らない文字で書かれていたが、桃歌はなぜかスラスラと読むことができた。ロロが言うには桃歌の喋る言語も全く問題ないらしい。知らない地で言葉も通じないという最悪の事態は避けられた。お金の単位は絵本に出てくるままだったため、この世界が絵本の中、とまではいかずとも絵本に関係していることが分かった。


 桃歌はベッドに寝そべって、だらだらしながら本を読む。この塔の中にあった本は既に全部読んでしまった。大した量じゃなかったし、時間は腐るほどあった。今読んでいる本は、中でもお気に入りのファンタジー小説だ。まさか、ファンタジーの世界に来てまで、こんな本を読むことになるとは思いもしなかった。


「ロロ、お水取って」


 桃歌はちらりと、ベッドの横に置いてあるロロの寝床を見ながら言う。


「ドラゴンの手で運べるわけがないだろ。自分で取ってくれ」


「……」


 仕方なく立ち上がり、机の上に置いてある水を自分で取ると、桃歌は一気に飲み干した。

 このドラゴンは中身が人間なだけに、随分と生意気である。


「あなた世話してあげてるんだから、少しは役に立ちなさいよ」


「桃歌こそ、こんなところでぐうたらしてないで、仕事でも探して来らどうなんだ?」


「仕事かぁ……」


 桃歌はこの世界に仕事をしに来たわけではない。と言っても三食ご飯付きの塔にいつまでもいても仕方がない。いい加減行動を起こす時だろう。


「それならさ、ロロ、私と一緒にこの塔を出ない?あなたに付いて来てほしいの」


「塔を出るって、仕事を探しに行くのか?」

 

 ロロは明らかに嫌そうな顔をする。仕事を探しに行けと言ったくせに、自分が探しに行くのは嫌らしい。


「ううん。王子様を探しに行くの」


「は?」

 

 私がそう答えると、ロロは翼をビックっと震わせた。目を彷徨わせて、落ち着きがなくなる。まるで、触れて欲しくない話題が出たかのように。


「王子様を探すって、何馬鹿なこと言ってるんだよ」


 確かに普通の人(今のロロはドラゴンだが)が聞いたら、世迷言をと言うかもしれないが、今の桃歌はお姫様のポジションにいるはずだ。

 桃歌は姫の代わりに塔に囚われていた。頭の隅でずっと考えていたことだが、現実に帰るには、物語を終わらせる必要があるのではないだろうか。しかし、いつまでたっても王子様が来ない。


「それならば!私が王子様を探して、この物語を終わらせるしかないでしょう!ね、ロロ。あなたもそう思うよね」


「あー、うん。そうだなー、そうかもしれない」


 ロロは桃歌の言っていることを半分以上理解していないようだった。しかし、突っ込む気がなかったのか、呆れながらも同意した。


「じゃあ、今すぐ支度して。明日にはここ出るから!」


 絵本の中に入って既に七ヶ月が経っている。随分と時間を無駄にしてしまった。思いたったら即行動だ。せっせと旅に必要なモノをかき集めると、カバンの中に詰めていく。

 ロロは身一つで十分だと言ってさっさと寝てしまった。


(ずっと塔で王子様を待つなんて、そもそも私らしくなかったのよ。必ず見つけ出して、私を放置したことを後悔させてやるんだから)


 こうして、桃歌とドラゴンの王子探しは幕を開けた。




*****************




「金はどうするんだよ」


 塔を出てから三時間。森の中を歩き続けている。ロロは道案内しながら自分で飛ぶことなく、桃歌の頭の上に乗って楽をしている。


「お金なら塔にあったネックレスとか売るから大丈夫よ」


「……指輪もか?」


「もちろん。ロロ、よく指輪があるの知ってたね」


 部屋には幾つもの装飾品が置いてあったが、指輪は一つだけしかなかった。机の引き出しの奥に丁重にしまってあったのだ。


「あれは王族の証のようなものだから、売らないほうがいい」


「そうなの?それなら、私が姫である証拠にもなるね」


 大切にしなきゃ、と丁寧に仕舞う。


「……」


 ロロは、何を言っているんだこいつ、というような目で見てくる。

 

「なによ」

 

「そんなボロボロな服着ていて姫だなんて図々しい」


 流石に頭にきた私はロロの頭を叩く。


 「うるさい!町に着いたら服買うからいいの!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら歩いていると、森の終わりが見えてきた。ロロによると、桃歌が塔の窓から見ることのできなかった位置に、森を出てすぐ町があるらしい。


「もう、ロロが騒ぐから余計に疲れたじゃない」


 私は文句を言いながら、茂みをかき分ける。木々に遮られていた日差しが、徐々に強くなる。

 やっと森を抜けられる!

 桃歌は嬉しくなって、勢いよく森の外に出る。

 

「つっかれたー!」

 太陽の日差しの下、両手を上げて伸びをしたときだった。


「あっ」


 すると、ちょうど目の前にいた男と、目が合ってしまう。男は驚いたように瞬きを繰り返すと、私の頭の上にいるドラゴンと私の顔を交互に見る。

 そして、男は思い出したように言った。


「ドラゴン……って、あれ?君ってこの間の痴女さん?」


「!!!」


 どこかで見た顔だと思ったら、どうやら湖で桃歌が裸になって歌っていたときに会った男だ。


「あ、あああんた、あの時の覗き魔じゃない!」


「え?覗き魔?」


 すやすやと寝ていたロロは全く覚えていないようで、頭にはてなマークがついている。


「俺は覗いてない!お前が外で裸になってたのが悪いんだろう!?」


 男は負けまいと言い返してきた。


「うっ、そうだけど、そうなんだけど……」


 桃歌は口篭ってしまう。逆ギレしている自覚があるだけに、あまり強く出れない。


「人の裸を見ておいて、無表情で立ち去るだなんて。私があの時どれだけ傷ついたか……、あなたにわかるの!?」


「怒るとこそこかよ!なんだよ、襲われたかったのか?やっぱり痴女じゃねーか」


「私は痴女じゃない!」


 いい年をした男と、十代の女が大声で怒鳴り合っている。時折通る人は、奇異な目で桃歌たちを見ていく。ロロは、呆れてどこかに行ってしまった。


「ただ、見たなら見たで、それなりの反応があってもいいと思うの。それなのにあなたときたら……。私の胸が小さいから、こんな小さな胸は胸として認めないって、そういうことでしょ!」


「バカ、声が大きい!」


 私たちの喧嘩を聞いて、徐々に町の方から人が集まってくる。このままでは変態扱いされてしまうと、男が私の口を塞ぐ。


「お前、あの時俺が紳士的に対応してやったんだから感謝しろよ。他の男だったら、本当に襲われてたかもしれないんだぜ」


 間近で口を抑えながら、男は小声で話しかけてくる。息が耳にあたり、急に恥ずかしくなる。


「わかった、わかったから。離してっ」


 桃歌は耐えられず男を手で押しのけると、男は簡単に離れていった。


「ごめんなさい。私、ちょっとテンパっちゃって」


「ああ、俺もいきなり痴女だなんて言って悪かった」


 私が素直に誤ると、男も頭を下げてきた。ニヤニヤと笑いながら。

 こいつ、と思いながらも心を落ち着かせる。周りにいた野次馬は、痴話喧嘩かよ、と言いながらそれぞれ散っていった。




「で、君の名前は?」


 一息ついたあと、私たちは取り敢えず近くにあった大きな石の上に座った。


「桃歌」


「ふーん、桃歌ね。よろしく。俺はディール」


 ディールは聞いてもいない名を名乗ると、無理やり桃歌の手を取って握手をする。


「なあ、ここで会ったのも何かの縁だし、これまでのことは忘れて仲良くしようぜ」


 ディールはやさしい雰囲気を醸し出しながら、にっこりと笑う。しかし、騙されてはいけない。この男は絶対に意地が悪い。

 

「結構です」


 冗談じゃない、この男とは関わりたくない。桃歌はきっぱりと断るとその場を立ち去り、ロロを探しに行く。




******************



「ロロー、どこ行ったのー?」


 ディールと言い争い中、桃歌はロロが町の方へ行く姿をチラリと確認していた。正直、今の汚い格好で町を歩きたくなかったが、ロロがいなければこの世界のお金事情もわからない。


「ロロー!」


 一体どこまで行ってしまったのだろう。町の人に不審がられながら、ロロを呼び続ける。


「桃歌ー無視すんなって」


「……ロロー、どこー?」


 名前を呼ばれた気がするが、桃歌は無視をする。


「ロロー出て来ないと、今晩の夕飯抜きにするよー」


 王子探しの前に、ロロ探しがこんなに苦労するとは思わなかった。今度からロロには首輪でも付けておこうか、と考えていたとき後ろから肩を掴まれる。


「桃歌!探してるのって、あのちっこいドラゴンだろ?俺、どこにいるか心当たりがあるんだけど」


 ずっと桃歌の後をつけていたディールが言った。


「本当に?」


 思わずディールの言葉に返事をしてしまう。しまった、と思ったときには遅かった。ディールはニヤリと笑うと得意げに桃歌に話しかけてくる。


「ああ。ここまで探していないとなると、ロロとやらは捕まっている可能性がある。ドラゴンなんて売ったら大金が手に入るからな。ただ子供とはいえドラゴンがそう簡単に捕まるとは思えない。ドラゴンの魔力は人間と比べ物にならないし、」


「それよ!今までロロが魔法使ってるとこなんて見たことがない。火を吹いたことだってないの」


 ディールの話を遮って、桃歌が声を上げる。


「はあ?そんなドラゴン聞いたことが……」


「お願い!ディール、あなた心当たりがあるんでしょう。教えて……いえ、教えてください」


 桃歌はそう言って頭を下げる。

 またしても話を遮られたディールは、頭をかいて困った顔をする。人の話をちゃんと聞けよ、と呟きながら、頭を下げて必死にお願いをする桃歌を見る。

 

 ロロが心配だ。生意気だから忘れていたが、ロロはドラゴンとはいえまだ生まれたばかりなのだ。おそらく一人では何も出来ない。


「そんな必死にお願いしなくても教えてやるって。その代わり……」


「何でも言うこと聞いてあげるから!」


 ディールの言葉を遮って、桃歌は宣言する。正直何でも、は更々聞く気はないが今はロロの安否が優先だ。


「何でも、か。そんな軽々しく言って、約束破るなよ」


 ディールは桃歌の言葉に念を押すと、心当たりについて話してくれた。




******************




 桃歌たちは森とは反対側の町外れまでやってきた。

 ディールの予想では、町でドラゴンがいると騒ぎが起こっていないことを考えると、ロロは町に入ってすぐ捕まった可能性がある。町に入ることなく、人気を忍んでドラゴンを隠せる場所は、町外れにある小さなレンガ造りの倉庫が一番有力らしい。


「随分と詳しいのね」


 物陰から倉庫を見ながら、ディールに話しかける。


「まあ、な。あの倉庫には近頃盗賊団が出入りしている噂もあって、ちょうど詳しく調べていたところなんだ」


「なんっ」


 なんでそんなこと調べているの?と聞こうとしたが、倉庫から出てきた人影を見つける。出てきたのはいかにも柄の悪そうな男で、ニヤニヤと笑いながら倉庫をあとにした。


「何かありそうね」


 桃歌の言葉にディールも頷く。


「俺が倉庫の中を確認してくるから、桃歌はここで待ってろ」


「え?」


 突拍子もないことを言うディールに、桃歌は目を瞬かせた。


「何考えてるの。中に何人いるかわからないし、武装しているかもしれない。人では無茶よ」


「言ったろ、俺はここの調査をしていたんだ。大体の事情は把握している」


 ディールはそう言うが、把握していても一人では限界があるのではないか。

 引きとめようとしたが、ディールはそれより先に走り出してしまう。


「ああ、あのバカ!」


 人の気持ちも知らないで、ディールは倉庫の入口から堂々と入っていく。桃歌はどうしようか迷って動けずにいたが、どうしても放っておけず、茂みから飛び出して彼の後を追う。


「!!」


 倉庫の中を覗いた桃歌は、ディールを見て思わず膝をつく。口に手を当てて吐かないように我慢するのが精一杯だった。


「桃歌!来るなって言ったのに……」


 ディールは私の姿を確認すると、急いで駆け寄ってきた。


「大丈夫か?」


「……うん」


 心配して覗き込んでくる彼の顔を私はまともに見ることができなかった。

 桃歌が倉庫の中を覗いた時点で、倉庫にいた族と思わしき五人は既に横たわっていた。ディールは武器を持っていないようだし、おそらく気絶しているだけだろう。しかし、族の手には刃物が握られており、ディールの顔や腕に数箇所切り傷がつけられ血が滴る。


「ディール、その傷大丈夫なの?」


 私は下を向きながら彼に問う。


「ただのかすり傷だ。……もしかして、血が苦手なのか?」


 ディールは服で顔についている血を拭いながら私に尋ねる。私は小さく頷くことしかできなかった。

 血は嫌いだ。血を見ると昔を思い出してしまう。

 小さく震える私の体にディールがそっと触れようとしたとき、倉庫の奥の方からくぐもった唸り声が聞こえた。はっとして、桃歌たちは声のする方へ駆け寄った。


 

「ロロ、どこにいるの?」


 桃歌の問いかけに答えるように、唸り声が大きくなる。桃歌は声のする方に寄って、近くにあった大きな麻袋の口を開ける。


「ロロ!」


 布袋の中には口輪をされたロロがジタバタともがいていた。桃歌は慌てて取り出すと思いっきり抱きしめた。


「良かった!無事でいてくれて。もう一人でどこか行かないで」


 普段ならロロは抱きしめられることを嫌がっただろうが、今だけは静かに桃歌の腕の中にいてくれた。


「桃歌、そろそろ、そのドラゴンの口輪を外してあげたらどうだ」


どれくらいの時間が経ったのか。私に話かけてきたディールの血は、綺麗に拭い去られていた。


「あ、ごめん忘れてた」

 

 ディールに言われて、桃歌はロロの口輪を外してあげる。


「先に外してくれよ……、心配かけて悪かった」


 ロロはふてぶてしく言うと、小さな声で謝罪する。

 

「これからは、一人で勝手に出かけないこと!次約束破ったら首輪を付けるからね」


「それは勘弁してくれ」とロロは小さく笑う。


 その後、長居するのはよくないとディールに促され、倉庫をあとにした。


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