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1 始まらない物語

「うっ・・・・・・」


 桃歌は目を覚ますと、辺りを見回す。朦朧とする頭で、床が崩れて落ちたため2階か1階、もしくは病院にいるはずだと考える。しかし、ここはそのどれでもなかった。

 桃歌は石畳の上に倒れ込んでいた。石造りの部屋はどこか外国の雰囲気を醸し出し、可愛らしいベッドにクローゼット、机が置いてあるところを見ると、女の子の部屋のようだった。


「ここどこ?」


 全く見覚えのない場所に困惑していると、私は自分がどこも怪我をしてないことに気がつく。頭も腕も足も、腰やお尻も痛いところがない。落ちた、と思ったのは桃歌の錯覚だったのだろうか。


 不思議に思いながら、どこにいるのか確認するために桃歌は窓を覗く。

 窓の外に広がっていたのは、一面を覆い尽くす緑だった。どうやらこの部屋は塔の最上階にあるようで、周辺を見渡すことができる。手前には木々の生い茂る森があり、その先には草原が広がっているようだ。遠くには町のようなものが見える。すぐ下を見れば、どうやら塔の周りは堀があり、一本の橋が架かっているのが見えた。


「……」


 まさか、と桃歌は思う。明らかにここは日本じゃない。

 いや、でも、そんなはず、と自分の考える可能性を否定する。日本ではないと否定したこの景色に桃歌は見覚えがあった。

 桃歌は急いでドアの方に駆け寄ると、鍵を確認した。


「……」


 自分の予想が正しければ、と漫画のように考えてドアに手をかけたのが、ドアはあっさりと開いてしまう。拍子抜けして廊下に出るが、そこにあったのは下に続く一本の階段だった。

 じっとしていても仕方ない。桃歌は意を決すると、螺旋を描く階段を降りていった。



 随分と長い時間階段を降りて、ようやく下に辿りついた私は塔の出口に手をかける。そして、慎重にドアを少しだけ開けると、外の様子を伺った。周りに人の気配はないが、桃歌はあることが頭によぎり、外に出ることができなかった。

 もし、ここが、”あそこ”ならば、絶対にいるはずだ。


 ドスン


 外を見ていると、突然地面が揺れた。何か重いものがのそりのそりと歩くように、地面が揺れる。

嫌な予感がする。だんだんと強くなっていく地面の揺れに、桃歌はドアの隙間から辺りを警戒した。


(ドラゴンだ!)


 ゆっくりとドアの前に現れたのは、人の何倍も大きな銀のウロコを持つドラゴンだった。桃歌は恐怖のあまりドラゴンから目を逸らせず、ガタガタと脚を震わせる。

 ドラゴンは重たい体でドアの前までやってくると、ギロリとやつの碧眼が桃歌の方を向く。


 「やばっ」


 瞬間、恐怖で凍りついていた体が、バネのように跳ね上がる。ドアを勢いよく閉めて、鍵をかけると、一目散に階段を駆け上がる。ドラゴンに鍵をかけたところでなんの意味もないが、そんなことを考えている暇はなかった。桃歌はただ、「あの部屋にいなければドラゴンに殺される!」ということで頭の中が一杯だった。


 息絶え絶えに部屋にたどり着くと、勢いよくドアを閉めて、ベッドの布団に潜り込む。


(思った通りだ。ここは昔大好きだった、あの絵本の中だ!)


 窓から見えるあの景色もドラゴンも、絵本の挿絵の通りだった。部屋の内装が絵本より少女趣味全開で、拐われて閉じ込められているにしては部屋が充実していたが.......。


 それでもこの場所は絵本の中だと、桃歌は思う。

 そう確信した私は、何故とかどうしてよりも、ドラゴンへの恐怖とこの先にある物語への期待と興奮が、胸に溢れていた。




****************




 塔暮らしが始まって一週間経った。王子様は、まだ来ない。

 食事はどうなるのかと思ったが、一日三食が決められた時間にテーブルの上に現れる。何故?と思ったが、ドラゴンのいる世界だ。きっと何でもありの世界なのだろうと、無理やり納得した。


 塔暮らし、二週間目。王子様はまだ来ない。

 王子は一体いつ来るのだろう。窓の外を眺めながら、塔に向かってくる人がいないか探す。ドラゴンはいつものように、塔の周りをウロウロしているようだった。

 クローゼットの中には豪華なドレスが沢山入っていたが、どれもサイズが大きくて桃歌は着ることができなかった。随分と背の高いお姫様だったようだ。



 塔暮らし、一ヶ月。王子様はまだ来ない。

 バカ王子はここへ来る気があるのだろうか。絵本ではどのくらい姫が閉じ込められていたか描かれていなかったが、そろそろ来てもいい頃だと思う。というか、早く来い。いい加減お風呂に入りたい。ベトベトして気持ち悪いし、異臭のするお姫様なんてこれっぽっちもロマンチックではない。



 塔暮らし、二ヶ月目。王子様はまだ来ない。

 いい加減にしろよアホ王子、さっさと来やがれ、と心の中で悪態をつきながら健気に待ち続ける。最近の楽しみはドレスを破ることだ。ストレス発散になってちょうどいい。破ったドレスは誰かに気がついてもらえるように、窓の外から捨てる。



 塔暮らし、三ヶ月目。王子様はまだ来ない。

 そもそも、桃歌がやって来る前にここに居た姫は一体どこへ行ったのだろう。入れ替わっていたとしたら、姫は現代社会に驚きながらも、さぞ便利な生活を満喫していることだろう。桃歌にこんな面倒事を押し付けて、と姫を恨めしく思う。会うことができたら、是非一発殴らせてもらおう、そう決心した。


 そういえば最近ドラゴンの様子がおかしい。前はよく塔周辺をウロウロしていたが、最近は塔の裏側でじっとしていることが多い。窓の下を見てもいないので抜け出せると思い、外に出てみたことがあった。結果、ドラゴンは反対側にいただけで、すぐさまやってきた奴に、再び泣きながら階段を全速力で駆け上がるハメになった。



 塔暮らし、六ヶ月目。王子様はまだ来ない。

 ここまでくると、もう引きこもり生活を満喫していた。一日中空の景色を眺めるのも、ぐうたら過ごすのも、忙しない現実ではできなかったことだ。無能王子のことなんか、桃歌の頭には既にない。


 近頃の悩みは、ご飯は沢山食べているのに全く運動していないせいで、顔がふっくらし始めたことだ。その為、部屋で筋トレしたり、階段を上り下りするなど運動を始めた。まあ、すぐにやめたけれど。





 そうして月日が流れていったある日、ドラゴンを全く見なくなったことに気がつく。最後に見たのは一週間前、地平線の彼方へ飛び去って行く姿だった。すぐ帰って来ると思っていたし、逃げ出して襲われたら嫌なのでじっとしていたが、これなら行けるかもしれない。

 窓の外の森の中、木々に隠れて見えにくいが斜め右下辺りに湖があるのを発見していた。


(ドラゴンがいない今なら、水浴びをしに行ける!)


 当初の目的と全く違うと気付きながらも、この衝動を抑えることはできない。今は抜け出すことはどうでも良かった。早く綺麗になりたいと、ただそれだけを考えて塔を抜け出すことを決心した。



 順調に下まで降りて塔のドアを開けると、右、左、前、上と何回もドラゴンがいないことを確認して外に出る。前回はすぐにドラゴンが出てきたが、特にドラゴンが来る気配はなかった。

 桃歌は外に出ると、おもいっきり両手を広げる。久々に地面を歩いた喜びと開放感でいっぱいだった。


 橋を渡ろうとしたとき、後方から生き物の鳴き声が聞こえた。ピーピーと幼く高い声で鳴き続ける生き物に、桃歌は警戒しながらも塔の後ろに回ってみることにした。

 塔の後ろには鳥の巣のように木々が絡み合い、中央に割れた卵が一つ置いてある。


 まさか、と思い駆け寄ると、卵の側に生まれたばかりの小さなドラゴンがぐったりと横たわっていた。桃歌は急いで両手程のドラゴンを持ち上げると、辺りに食べ物がないか探した。このドラゴンの親は一週間帰ってきていない。おそらく見捨てられたのだろう。桃歌は、水と食べ物を探して、森の湖へ走っていった。



 なんとか湖まで辿りつくと、手で水をすくってドラゴンに飲ませる。しばらく水を飲んでいたドラゴンは満足したのか、目を閉じてゆっくりと寝息をたて始めた。

 桃歌は湖の側にドラゴンを寝かせると、ドラゴンが熟睡しているのを確認する。

 ――そうして、待ちに待った時が訪れる。桃歌は全力で走って服を着たまま湖に飛び込んだ。程良く冷たい水は、汚れを洗い流すように体に染み渡る。


「きもちい~」


 しばらく湖に浸かったあと、桃歌は服を脱いでバシャバシャと洗う。塔のドレスのサイズが合わなかったおかげで、殆ど同じ服を来て過ごしていた。洗い終えると、乾くように近くにあった岩の上に広げて置く。

 その後、気持ちよくてテンションが上がった桃歌は、湖で泳ぎ周り、服が乾くまで裸で歌を歌った。そう、この時の桃歌はどうかしていた。絵本の中に入ってから半年、誰ひとり塔に来ることがなかったから、この世界には桃歌ひとりしかいない気分だった。

 しかし、そんなはずはなかった。無慈悲にも大声で歌っていた桃歌の後ろでゴソゴソと茂みが揺れる。


「あれ?あんた、こんなところで裸になって何してんだ?」


「!!」


 後ろで男の声がする。やばい、まさか人に会うなんて思わなかった。


 「ななな何って、水浴びをしてた、だだ、だけだけど」


 顔だけ振り向いて、噛みつつも答える。男は桃歌よりも少し年上だろうか。いかにも柄の悪そうな顔にだらしない服。不躾に見てくる男に、服を急いで着て逃げるか、湖に飛び込むか、それとも足元にある石をあの男に投げつけるか、パニックになった頭で次にとる行動を考えた。


「ふーん……。ここたまに人来るし、女が無防備に裸になんないほうがいいぜ」


「へ?」


 男はただそれだけを告げると、茂みの向こう側へと去っていった。


「……」


 正直ほっとした。何をされるかと思ったが、あの男は顔や風貌に見合わず紳士的で助かった。いや、それとも桃歌を変態だと思ったのか、桃歌の体に興味がなかったのか。桃歌は胸に手を当てて考える。たいして膨らみない貧相な胸に手を当てて……。


 (いや、この貧相な体のおかげで何事もなくすんだんだ……。この胸のおかげで助かった、だから感謝すべきなんだ……)


 虚しくも自分に言い聞かせると、桃歌は乾きかけの服を着た。

 すやすやと気持ちよさそう寝ているドラゴンを眺めながら、しばらくの間、桃歌は裸を見られた恥ずかしさでその場を動けなかった。


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