第2話 憤りの感情
背丈は人間の子供程でもあるがそれを補って余りあるパワーを秘め、鍛治にかけては他の亜人や人間とは比較にならない程の技術力を有する。生まれながらの戦士であり、大酒のみで大喰らい、豪快を絵に描いたような性格。その上義理堅く、受けた恩は一生忘れない。
そんな典型的なドワーフ像は四年前に見るも無残にも打ち砕かれる。「豪気豪快」どころか「野卑下卑」の地を行く最低の連中に成り下がってしまった。
四年前まで村の人間達と共存していた剛毅で小さな巨人達は人間達を奴隷としか見ない残酷な暴君へと変わった。そもそもオリヴィエはなぜドワーフ族達が自分達村の人間に対してあのような振る舞い、行いを始めたのは全く理解できなかった。多少のトラブルこそ今までに何度かはあったものの、人間達に対してここまでの恨みや憎悪でも持っていたのだろうか?
それは有りえない。今から百三十年前に当時のロゼッタ女王が「亜人法」を制定し、王国の人間と亜人が共存する国に作り替えた。そんなこともあってこの国で深刻な亜人と人間との対立は「表向き」ないように見えた。が、自分達の住む村に入ってくる情報などたかが知れている。外の世界では自分達の知らない所で人間と亜人との熾烈な激突でもあるのだろうか? この村のドワーフ達は外の世界で亜人が人間に迫害されているという情報を聞き、それに怒り、村の人間達をこうして支配しているわけなのだろうか?
しかしどんな事情がドワーフや外の亜人にあるとしてもオリヴィエには村や自分達の置かれている状況に納得など出来る筈がなかった。しかし納得できないとドワーフに強く反発する村の人間は残らず殺された。
しかしドワーフに対する反抗心が完全に消えたわけでもないようだ。現に鉱山で働く大人や、子供達の話を聞けばドワーフ連中に対する尋常ではない怒りや憎悪が伝わってくるのだ。ドワーフの横暴にいよいよ我慢の限界が来ているのだろう。が、反乱を起こした所でドワーフ族の戦闘力に敵う筈もない。腐っても生まれながらの戦士と言っても過言ではないドワーフの力は弱い筈がない。でなければ過去に起こした反乱が悉く鎮圧されるだろうか。
そんなことを考えてもオリヴィエとクラークの目の前にいる鉱山で働く者達の監視役、ドルフの怒りは止められそうもない。
ドワーフとして平均的な身長をしており、禿げ上がった頭に、縮れた黒髭を長く伸ばしている。ドワーフ特有の威勢がよく豪快な声は、今のオリヴィエや他の村人達にとっては酷く威圧的かつ暴力的な怒声に聞こえた。オリヴィエは仕事中に何度もドルフの愛用の鞭で背中や足を打たれた。というより鉱山で働く者達全員がドルフの鞭の犠牲になっているのだが。
「お前等さっさと仕事場に行きやがれ! それとも何か? まさか仕事をサボろうなんて腹じゃねぇだろうな!?」
ドルフはずかずかと近づいてくると、オリヴィエにもたれかかるクラークのシャツを掴むとゴミでも捨てるかのように無造作に放り投げた。特に力を入れたわけではないのに何という怪力だろうか。ドルフの身体は数メートル先にまで投げられ、地面に勢いよく叩き付けられる。
「痛ぇぇ!!」
クラークは悲鳴を上げ、地面をのたうち回っている。
「クラーク!」
「おっとオリヴィエ。そこで寝ているタマなし野郎は放っておけ」
ドルフはそう言うとオリヴィエの胸倉を掴み、そのまま軽々とオリヴィエを持ち上げる。大人と子供の力の差というレベルではない。半年も炭鉱で働いたオリヴィエは鍛えられたのだが、そんな腕力などこのドルフの前では赤子同然だ。労働者達の監視役を任されているだけあってドルフ自身の腕っぷしは村にいる数十のドワーフの中でも上の方だ。鍛えた人間の大人十名がかりでやっと倒せるかどうかのレベルだ。
「最近はよく頑張ってるじゃねぇか。お前のお袋はカシラのお気に入りだからなぁ。毎晩カシラと寝る時に盛りのついた豚みてぇにヒィヒィ鳴いてんだぜ?あれが糞やかましくってこっちは寝られねぇや。ありゃ安眠妨害だな、ぎゃははは!」
ドルフの言葉にオリヴィエの頭は徐々に沸騰してくる。安眠妨害? 豚? 吐き気と嫌悪感を催す程の下卑た表情でへらへらと笑いながら毎晩ドワーフの棟梁であり、この村の実質的な支配者であるアンドレとオリヴィエの母であるリリアとのまぐわいを面白おかしく話すドルフ。
「母さんは無事なのか……?」
湧き上がる怒りを必至で抑えながらドルフに尋ねる。
「あぁ? カシラのイチモツを毎晩受け入れてるんだぜ? 無事かどうかじゃなくて「幸せか?」、「気持ちいいか?」だろ? メスなんざ男のモノを口で咥えるか、股ぐらん中に受け入れるかだけの生き物だろ。特にお前等人間のメス共はそうだろ。顎を飛ばされるなんて何とも情けねえ死に様だったお前の親父のことなんてカシラが綺麗に忘れさせてやってるだろ? ギャハハハハ!!!! なぁおい、それともお前もカシラのイチモツをケツにぶち込まれたいか? 野郎のケツを掘るなんて趣味はカシラにはねぇんだが、そもそもお前は傍から見りゃ可愛い嬢ちゃんそのものだからなぁ」
オリヴィエの怒りは最早臨界点に達していた。どこまで自分達人間をバカにすれば気が済むのか?父がどんな思いでドワーフに戦いを挑んだのか。オリヴィエの母がどんな思いで夫を殺した張本人とベッドで寝ているのか。そんな気持ちなど目の前にいる醜いドワーフという名の「悪魔」には理解できないだろう。
そもそも自分達人間がドワーフに対して何をしたというのか? ここまでされる程の仕打ちをドワーフに対してしたとでも言いたいのか? 有り得ない、それだけは絶対に有り得ない。そもそも目の前にいるドルフはオリヴィエの一家とはかつて家族同然の付き合いだった。ドルフと親しくしていた過去が悪い夢のように思えた。
「……しろよ」
「あぁん?」
「いい加減にしろよこの筋肉チビが!!!」
あらん限りの大声でドルフを怒鳴りつける。自分でもなぜこれ程までの声が出せたのか不思議だった。自分の家族の尊厳を踏みにじるドルフの言動に溜まりに溜まった怒りが一気に噴出した瞬間だった。