2章p1 すいません工事中です
『涯ての魔女』こと、イスカッツェル・サーペントとは、何を隠そう私である。
自分でも信じられないのだが、どうやらそうらしいのだ。
呪文の一言。
指のひとひねり。
そんなごくごく些細な魔法の儀式も、涯ての魔女が行おうものなら、天は泣きさけび地は打ちふるえ、その間に生きとし生けるものはもちろん、生けないものもなにもかも、森羅万象ことごとくが恐れおののき、あまつさえ感動に涙せずにはおられぬ、とまで讃えられる伝説の大魔法使いである。
どんな魔法使いだ?
自分で言っててよくわからないが、とにかくそんなふうに意味不明になっちゃうくらい凄い人物らしいのだ。
誰が?
私が。
だから、自分でも信じられないんだって。
自分のことを考えるとき、私はいつも混乱する。
1年前に再生されて以来、ずうっとこうだ。
だってしようがないじゃない。
15歳の誕生日の朝、
『ああ、いよいよ今日から私も「象牙の森」の若葉なのね。
これで立派な魔法使いの卵。
希望と不安で胸がドキドキ』
なんてボケたことを呟きながらも清々しく目覚めてみたら、
『いいえ、あなたは卵なんかじゃありません。
15歳でもありません。
超絶級の大魔法使いで本日で68歳です』
と血も凍るような冷たい口調で言われてみてほしい。
混乱せずにいられたら、そいつは神だ。
しかもこの冷たい言葉には続きがあった。
『懲役9998年の刑に処されている超重量級の凶悪犯罪者でもあります』
夢だと思った。
またとてつもなく常軌を逸したリアリティの欠片もない夢を見たもんだ、と自分の想像力の意地の悪さにあきれたりした。
だが違った。
冷たい口調が語った言葉は、どれもこれもが、まぎれもない事実だったのだ。
よく発狂しなかったな、と思う。
あんまり想像を絶していたので、かえってダメージを受けずに済んだのかもしれない。
急所に狙いすました一撃をくらうとものすごく痛いけど、全身にまんべんなく痛撃を受けると、どこもかしこも痛いので痛いことが普通になって痛みが気にならなくなる、というか。
いや、そんなことないか。
全身まんべんなく痛んだら一大事だ。
ほら、私は混乱している。
公式的には大魔法使いでももうすぐ69歳でも、私はやっぱり、魔法使いの卵にすらなれずにいるもうすぐ16歳なのだ。
なんでこんなことになったのか。
犯人は再生魔法である。
読んで字のごとく『再び生きる』ことを可能にする魔法だ。
死者の時間を巻き戻し、生前のある時点の状態でよみがえらせる。
ようするに、
『生き返りの魔法』
である。
つまり私は68歳でいちど死んで、15歳まで遡って蘇生されたのだ。
巻き戻された時間は元には戻らない。
肉体が若返るのだから、脳ももちろん若返る。
巻き戻された時間分、記憶も消える。
私の場合、68ひく15で53年分の記憶がぶっとんでしまった。
なんてこった。
その53年間が、超絶的に大変かつ重要な53年間であったことは、想像に難くない。
その53年のあいだに、私は『涯ての魔女』と呼ばれる伝説級の魔女と化し、さらには約10000年もの牢屋暮らしを余儀なくされる凶悪犯罪者となったのだ。
なんてこった。
もう一回言わせてほしい。
なんてこった!
げにまっこと憎くてならぬのは再生魔法。
我が宿敵・怨敵、再生魔法。
だが一方的に恨みぬくわけにもいかなかった。
またもや、なんてこった、なのだが、この再生魔法の生みの親――人類史上初めて死を克服した魔法使いこそ、何を隠そう『涯ての魔女』ことイスカッツェル・サーペント。
どうやら私らしいのだ。