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第一幕 輪廻の記憶はまどろみの中に

本話も輪廻サイドでお送りします。

目が覚めると、お兄ちゃんが私の髪を撫でてくれていた。

暫く其れを堪能し、私は漸く自身がお兄ちゃんに、膝枕をしてもらっていることに気付く。



――――何やってるんだろ、私。



逆であるべきだろう、と頭の中の小さいミニチュア化された私がツッコミを入れた。

私だったら、お兄ちゃんにとびっきりの膝枕を堪能させられるはずだ。膝だけじゃない。ふわふわの九本の尻尾は、何時だってお兄ちゃん専用のベッドになれる。

無尽蔵にある、自慢の神力をちょっと放出するだけで、あらゆるアロマを凌ぐ極上の癒しを与えられるだろう。


其れだけじゃあない。キスで、直接神力をお兄ちゃんに注いでも良い。私の神力は、お兄ちゃんの内臓から神経まで全てに浸透し、お兄ちゃんを内側から癒すだろう。


……何てことを考えていても、お兄ちゃんの手が私の髪を撫でる度に全部吹っ飛んで、拡散しては戻っていく。磁石にくっついた鉄のように、身体はお兄ちゃんから離れられない。

自慢の髪が愛する人の指と指の間を滑り、その度に身体が火照り、熱い吐息は狐火になりそうだった。

私はお返しとばかりにお兄ちゃんの身体に尻尾を巻き付かせて、すりすりと動かした。


私の尻尾にはある程度の意志・自我があり、自律している。私やお兄ちゃんに何かあれば、自動オートで護るようになっているし……何より尻尾もまた、堪らなくお兄ちゃんを愛している。

何時だってお兄ちゃんに甘えたいと思っているし、お兄ちゃんに逆らう塵芥ゴミを殺したがっている。……まぁ、当然かな。


私の尻尾は、一本だけで並みの最高位神獣“天狐”一人分の神力を内蔵している。因みに、私本体の神力は、並みの天狐数十人から数百人分。

……あれば良いってものじゃあないけどね。あれば困るものでもないけど。


常に己を磨き、日々進化し続けている私だけど、此れだけは如何も頂けない。

御蔭で極限まで封印リミッターをかけなければ、手加減しまくったパンチ一発で塵芥を殺してしまう。

それでは駄目だ。

一瞬で消える“死”など、苦しみでも何でもない。お兄ちゃんの敵にはこれ以上ない程、相応しくない。永遠に続く残酷で醜悪で劣悪で最悪の苦しみを……地獄など生温い苦しみを味合わせ、身も心も何度も何度も何度も何度も壊すような死でなければ、意味がない。


死んだモノを生き返らせるなど、私にとっては造作もないが、はっきり言ってメンドウだ。


もっとも、最近では少しでも気を抜くと直ぐに殺してしまうから、色々な意味でメンドウだが。



「お、起きたか」


「うん、おはよう、お兄ちゃん」



顔をあげ、お兄ちゃんを見上げた。その微笑みに、頭はさらに痺れてしまう。別に、不都合でも何でもないけど。

今すぐその唇に飛びつきたい衝動を堪え、私は笑顔を見せた。



「寝ちゃってた?」


「ぐっすりと」


「ふふ、そっか」



――――もっとも、お兄ちゃんに何かあったら飛び起きるけどね。



心中でそう続けて、私はお兄ちゃんから離れて、その隣に腰掛けた。

そして、お兄ちゃんの肩に身を寄せる。


お兄ちゃんはそんな私を、さらに撫でてくれた。

私も尻尾を使って、お兄ちゃんの長い茶髪を撫でる。


時折かけている黒縁メガネを通して、お兄ちゃんの瞳が私を見つめていて……あぁ、ゾクゾクくる。

熱い息を吐いて、私はもう一度眼を閉じた。






「――――酷いな、此れは……」



薄れゆく意識の中、不思議と暖かくなれる声が、私の脳髄にしみわたった。



「虐待か? 尻尾がないぞ……。それにしても、黒い狐なんて初めて見た。兎も角……」



何かの感触。暫くして、誰かに抱きかかえられたということに気付いた。

……忘れていたから。誰かが、自分の身体に触れる感触なんて。



「直ぐに、助けてやるからな」



力強く、優しい声。私は声をあげようとしたけれど、其れは私が今までいた世界とは少し違う、人と都会と自然の匂いが混ざった空気の中へと溶けていった。


……これが、私とお兄ちゃんとの出逢いだった。





“天狐”を始めとする神獣の誕生は様々だ。普通の獣のように交尾の末、産まれるモノ。人間が信仰して獣が神格化し、産まれるモノ。無機物が意志を持ち、神獣となるモノ。多種多様だ。

そもそも、便宜的に神獣と一括りにされ、さらに神共がわかりやすいようにランク分け――――最高位・準最高位・高位・中位・下位の五ランク――――されただけで、別に神獣わたしたちが自らを“神獣”と定義したわけではなく、その定義自体も曖昧だ。


要するに、「神でも神が生み出した眷属でも聖人(神格を持った人間)でもあやしでも魔獣でもないモノ=神獣」といった、消去法の末に誕生した定義だ。まぁ、「神格を持った獣」と思ってくれて問題ないが。


話を戻すと、私たち天狐は普通の哺乳類のように産まれる。但し、個体の数がとても少ないうえ、一体一体が不老不死と言って良いので、そもそも交尾すること自体が稀だ。

だから天狐は、私を含めて一〇人しかいない。そしてその一〇人が、然程広くない“世界”で独自のコミュニティを作っていた。


大抵の場合、神獣は排他的ではないが、だからと言って他者のコミュニティにずけずけと首を突っ込むこともない。そして、其れがある種の、数多いてバラエティに富んだ神獣同士のマナーとなっていた。

「触らぬ神に祟りなし」。もっとも、大抵の神獣はまどろっこしい制限が付いている神よりも強いのだが。


そして……私は、胎児の時から意志があった。あとで知ったことだが、そのこと自体は神獣でも天狐でも珍しくないらしい。

そして、私が生まれた瞬間・・――――天狐は、私を除いて消えた。あとかたもなく。文字通りの意味で。


創造神アリスは私が誕生した瞬間、私の尻尾に全員が吸収されたとか推察していたが、まぁ、私は色々な意味でトクベツだった。


まずは色。普通の天狐は輝くような黄金の毛が特徴なのだが、私は闇から這い出したのような漆黒だった。


次に力。天狐は唯一の最高位神獣であり、その力は創造神を遥かに凌ぐ。そんな中、私はさらに規格外だった。一般的な天狐が石コロだとしたら、私は惑星くらい。そういう差だ。


そんなこんなで、私は生れてからいきなり危機に直面することになった。孤独という危機と、力の制御という危機。


疲れた私は自身の“世界”を自棄になって壊した結果――――お兄ちゃんのいる“世界”に迷い込んだ。


……もっとも、今では全くと言っていい程覚えていない。多分、お兄ちゃんが関わっていない、お兄ちゃんと出逢う前の記憶など如何でもイイと判断して、私の頭が消したのだろう。






気が付けば、シュンシュンという音が心地よく、鼓膜を震わせていた。

暖かい。

私は目を開け、周囲を見渡す。

毛布か何かで、包まれていることに気付いた。


天狐は人間形態にもなれるが、本来の姿、狐の姿もある。その場合の大きさの変化は自在で、本当の本来の姿なら、銀河系も霞むほどの巨大な狐だ。

でも、当時の私は猫くらいの、子狐サイズだった。多分、身体がその姿がいいと勝手に判断したのだろう。本人は自棄になって死んでもいいと思っていたのに、全く本能というモノは偉大だ。



「お、起きたか?」



ふと顔をあげると、六歳くらいの男の子が床に寝ころんで本を読んでいた。

暫くして、私は把握する。此の人のベッドの上で、私は寝かされていたのだ。

シュンシュンという音は、達磨ストーブに乗っけられたヤカンから出た音だった。


私は、クゥンと声をあげた。

何故か、とても幸せな気分だった。






その後二日程その人の世話になって、私はおずおずと正体を明かした。

捨てられることも覚悟していたけど、お兄ちゃんはあっさりと受け入れ、名前までくれた。


――――夜白やしろ 輪廻りんねという名を。


最初は「刹那せつなさん」と呼んでいたけれど、最初から家族がいなかったお兄ちゃんは私の事を妹ととして受け入れてくれて、それ以降は「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。


あの人の理想の姿を自身の人間形態として、本来、私にしか見えない九本の尻尾と(人間形態時の)獣耳を見せるようになって……。


其れからも、色々なことがあって。

煌月こうづきと出逢って、お兄ちゃんが神となって、そして……。






……。

…………。

………………。


……って寝てる場合か!!


私は飛び起き、お兄ちゃんを見上げた。



「ん? また起きたか?」



笑顔のお兄ちゃんを見て、私は暫し呆然とする。

……何時見ても、物凄くカッコイイ。


其れしても、何悠長に昔の夢を見ているんだ、私は。黄昏る程年喰っていないのに。精々数十世紀くらいしか生きてないのに。


そんなことより、今のお兄ちゃんだ。



「お兄ちゃんも、寝る?」


「――――そうしよう、かな」



私は笑顔で、お兄ちゃん専用のベッドである九本の尻尾を差しだした。


……煌月、早く帰ってこないと、此の至福の時間、一人占めにしちゃうよ?




まぁ、此の話もプロローグみたいなものですね。


御意見御感想宜しくお願いします。

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