第9話
ただ、ただ、まぶしかった。
駆け込んできたキミの背後から差し込んだ光りが、キラキラとキミの姿を形作って・・・薄暗い視界の中に、突然舞い降りた神の使いのように見えた。・・・・・・・・ん、どうかしてんな、オレ。
カレは、恥らうような、ためらうような、そんな色を、瞳に浮かべて不安げに立ち尽くした。
人当たりの良さそうな彼のお母さんにすすめられ、店の奥のこじんまりとしたソファー席に案内された。
程よく沈み込むスプリングと座り心地、何気に気に入ってしまう。
この席がちょうど曲がって奥まっていたから、カレの両親の視線や、他の客の視線から隔絶されている。
そして、ココだけが静かな時間が流れている気がした。
カフェラテのカップを注意深く口にすると、スチームドミルクの泡のキメ細やかさに、改めて驚く・・・そして、しっかりとしたエスプレッソの風味にも。ああ、やっぱり、ココのは美味い。
「あの・・・迷惑ですか?」
「え?何が?」
うつむいたまま、上目使いで目の前の男を見る少年の姿。
コレってオレが、なんか悪者って感じしねぇ?説教ってか、何か悪知恵でも授けてる感じ。
「いつも思うんだけど・・・美味しいね、キミんチのカフェラテ。」
「あ、ありがとうございます。オレが生まれる前の話ですけど、パ・・・父さんと母さん、イタリアで何年か習ってきたって言ってました。」
本格的なカフェだったんだ。
こんな所にあるってこと自体が、意外。どの店よりも、高そうなマシンが鎮座してるワケでもないのに。コーヒー豆のローストされた濃厚な香りが、店主のこだわりの表れなのかな。
「だから、美味いんだね。」
「あら、ありがとう。」
トモくんのお母さんは、ニッコリと微笑んでジュースをテーブルに置いた。
そして、視線をオレに向ける。値踏みされているのか、それとも、好奇心なのか・・・その優しい瞳が何を思っているのかは、うかがい知れない。
「いつも思ってたんです、他のとは違うなって。」
「あら、前にも?わかってくれるお客様が居て嬉しいわ。」
彼女は息子とは正反対に、比較的積極的な感じを受けた。でも、その瞳から受ける印象は、まったく同じ。
トモくんの瞳は、彼女の瞳だ。
真っ直ぐにオレに向けられた彼女の視線に、少したじろいでいた。
そりゃそーだ、こんなナリの見ず知らずの男が、自分の可愛い息子と知り合いだなんて、親としては見過ごせない。
「マ・・・母さん、向こう行ってくれる?話しが出来ないからさぁ。」
「わかったわよー。」
うっとうしい様子で母親を追い払った少年の顔は、なんだか、はがゆいくらいに若々しくて、妙に可愛らしい。
オレもこんな時期があったか?・・・無いな。スーっと、首筋に冷たい風が吹いた気がした。
「親なら心配して当然だろ、怪しい男と知り合いだってだけで十分に。」
「ハルキさんは、怪しくなんてありません!」
そうか?十分、普通なら十分怪しいヤツだろー。見るからに、夜のお仕事って感じだしな。
「ありがとう、そう言ってくれるのは、キミだけだよ。」
「だから・・・怪しいって思ってたら、また逢いたいなんて思わない!」
・・・・・・・・・・赤面するようなこと、ストレートに言うなよ。
「オレも、なんでかな・・・キミとまた話したいと思ったんだ。何故だかわからないけど、ココがそう言うんだよな。」
と、気障っぽく親指で自分の胸を指す。
そして、正面、互いに視線がバシッと合って、ニヤりと意味ありげに笑いあった。
まったく意味なんて無かったんだけどね、勝手に顔の筋肉が動いていた。
二人の間には、余計な言葉は要らないようだ。
気持ちが混ざり合うような、不思議な感覚がオレを襲う。
「オレ、偶然じゃなくて必然だって思って。」
「というと?」
「ハルキさんと出逢ったのは、きっと決められてたんじゃないかって。」
「運命ってこと?」
「ウン」と瞳を輝かせて大きく頷けるキミの純粋さ、ただ、ただ、眩しい。その眩しい輝きに引き寄せられてしまったオレは、自分の闇に恐怖する。ああ、この輝きで満たされたなら、オレは変われるのかもしれない。
でも・・・・
酷く冷たい心臓の鼓動が、トクトクと胸の奥へと響いていった。