第24話
こうやって、アイツからの連絡を待っているのも、
ずいぶんと慣れた筈なのに、いつも以上の不安に駆られる気持ち。
アイツが髪を昔のように切ったからかな、その頃の面影に、
オレ自身がひどく動揺してしまったからなんだろう。
もう随分前のことなのに、未だにチクリと胸の奥で疼くあの時の傷。
再びこの手に戻ってくることは無いと思っていたのに、
それはあっさりと、たった電話1本のことだったなんてな。
いや、わかってたんだ。
アイツの性格はオレが一番良く知ってるから・・・それをしなかったのは
また自分が傷つくことを恐れていたから・・・また失うことへの恐怖心。
「ハルキさん、ハルキさんてば」
「ん、何?」
「ユウタ、今日は来ないってメールきた」
「そっか、せっかくメシの用意したのにな」
いつの間にか、カレーの鍋をかき回す手が止まっていた。
ソファーからコチラを振り返って、不思議そうな顔をしてトモが言った。
「ハルキさん、まだ〜腹減った」
「ん、出来たよ」
テーブルに向かい合って座ったトモは、カレーを口に運びながら
グズグズと煮え切らないオレの心を察して言う。
「あのさ、もしかして心配とか?」
「なにが?」
「ほら、ツヅキさんのこと」
「あぁ、アイツ?心配はしてないけどね、また何か悪さしてんじゃないかと思って」
「それって、心配っていうんじゃない?」
「意外に鋭いねートモ」
トモは笑ってみせた。
オレの顔に何か書いてあるのか?そんな顔してたかな・・・どっちが年上なんだか。
「連絡来ないの?」
「無い。アイツはさ、自分から連絡してくるタイプじゃないんだ」
「じゃ、ハルキさんがすれば?」
そうだ、オレが連絡すればいいんだ。
メシが終わったら、電話してみればいいだけのこと・・・
「そうだな、後でしてみるよ」
「ツヅキさんって、ハルキさんの特別な人なんだね」
「どうかな・・・」
トモの言葉にギクリとした。
この子の感受性の強さに、また驚かされる。
純粋な眼差しで真っ直ぐにオレを見つめ、オレの想いまで見透かす。
「ツヅキさんもさ、ハルキさんは特別なんだよ。
だから、あんなに自分勝手できるんんじゃない?」
「それは・・・言えてるかも」
トモが食器を洗ってくれている間に、オレは1人でベランダに出た。
ミナミの携帯へ電話を掛ける為に。
冷たい夜風にブルっと震え、暖かな明るい部屋の中を覗きながら、
ミナミが携帯に出るのを待った。
「どうしたの、何かあったの?」
ミナミの第一声に苦笑してしまった。
何が・・・って、コッチが聞きたいのに・・・
「オマエこそ、逃げたくせに」
「アハハハ、オレに子守は無理だから。」
「今、どこ?」
「大人しくウチにいるよ、今夜は星がキレイだね」
良かった。
ホッと安心したからかな、顔が思い切りほころんでいた。
「大丈夫か?」
「なんとかね」
ため息混じりのその声に、オレは急に切なくなってしまう。
部屋の中と、携帯の声とを計りながら・・・
「・・・んぁ」
その時、甘く震えた吐息が・・・ミナミの口からこぼれたのが聞こえた。
確かに、ウチにいるらしいけど・・・一人じゃないって?
まったく。
腹立たしさが込み上げて、こんなに心配していた自分がアホらしく思える。
「誰か来てるのか?」
「ん・・・いないよぉ・・・」
その悩ましい声を聞かされる、コッチの身にもなって欲しい。
ショックというよりも、改めてミナミの性格を思い知らされた感じ。
お持ち帰りか?それとも、馴染みの?
「オマエねぇ、そんなHな声出さないでくれる?」
「ハルキの声聞いてたら、シタくなっちゃってさぁ。」
「なんだよそれ、1人でシてんの?」
「そう・・・」
マジかよ・・・ドキドキと心拍数が上がっていくのがハッキリとわかる。
携帯から聞こえるミナミの吐息に、すっかりオレも・・・ダメだって・・・
枯れていた欲望が、湧き上がって来る。
「ねぇ、スグ来て・・・我慢できないからぁ」
その声色に、下半身に熱を感じて・・・
ふと見上げた視線の先に、テレビを見て笑っているトモの横顔があった。
「ダーメ、そんなワガママ聞きません」
「意地悪ぅ・・はやくぅ・・・」
まだ言うか!
オレをこんな淫らな気持ちにさせやがって、どこまで自分勝手なヤツ。
「オレに欲情するなんて、オマエどうかしちゃったの?」
「ハルキだって、公園で欲情してたくせにぃ・・・
オレが髪の毛切ったから、スゲー感じてたの知ってんだからなぁ」
「う・・・、そんなことないから」
「あははは、冗談!1人Hしてると思ってビックリした?」
いつもの笑い声が携帯から漏れた。
呆れた・・・冗談って・・・本当に?
「オマエねー」
「大丈夫だよ、明日かからしばらく実験で大学に泊り込みなんだよ。
昼間、公園に居るところを教授に捕まって、ご指名うけちゃって。」
「わかった・・・風邪ひくなよ」
切れた携帯を手の中で握り締めた。
寒!
ブルブルっと身体が震えた・・・身体に熱を残して。
同じ星空を見つめてたんだな・・・アイツの温もりを思い出しながら
オレは夜空を見上げて微笑んだ。
「ハルキさん・・・」
「ど、どうした?」
「すっごい手が冷たいよ」
急に握られた手の温もりに、オレはギョっとして隣を振り返った。
いつの間にか隣に並んで、オレを見上げていたトモ。
ニッコリと微笑んだその澄んだ瞳・・・アイツと似ている・・・
もしかして、オレはトモの中にアイツを見ていたのか?
トモと初めて出逢ったあの日、迷うことなくミナミへ連絡してしまったのは、
この子の中にミナミを見つけてしまったからかもしれない。
「ほら、中に戻って、風邪ひいちゃうから」
冷えた身体に、トモの温もりが沁みこんでくる。
この子の持つ優しさに、オレが溺れてしまいそうになる。
いいのか、それでも?
オレにそんな価値があるんだろうか?
オレは、ヒトの優しさに応えられる人間なのか?
自分の中に潜む氷の塊が、それを許してくれそうに無い・・・
残酷すぎた過去が、未だにオレを支配しているのは、
きっとオレ自身がその過去を受け入れられないからに違いない。