第22話
クスクス笑いながらストローの紙袋を宙に飛ばし、ミナミは小声で言った。
「オマエも罪作りだよな」
ソレを拾い上げながら、オレはミナミの顔を仰ぎ見る。
「なにが?」
「ほら、あの二人の顔みなよ・・・可愛いよな」
懐かしいミナミの姿に歓喜したオレをたしなめるように睨みながら、
少し離れて座る少年二人の方に目配せをしてみせた。
チラチラとコチラの様子を伺いながら、コソコソ話している背中。
「まだ、子供だよ」
「ハルキはそーゆーところ、鈍いよな」
アイスラテを口に含みながら屈託無く笑うミナミの横顔に、
ずっと、長いことフタをしていた感情が、ガタガタと音を立て始めている。
一緒に暮らし始めて数ヶ月が経つというのに、今更なんだっていうのか。
「そういえばさ、急にリョウのこと思い出して・・・
今もたまに思うんだ、あの時はアレで良かったんだって」
あの時・・・オレの恋人がミナミに心を奪われた、あの時の結末。
この目の前の友人は、オレでなくオレの恋人に手を差し伸べて微笑んだ。
恋人を失ったこと以上に、ミナミを失った虚脱感にさいなまれたオレ。
恋人を手渡して去った部屋に戻って・・・ミナミと離れた時間が悔やまれた。
「リョウはどうしてる?」
「元気そうだよ、たまにメールが来るだけ。アイツが一人前の医者になったら
寄り戻してもいいかな、今は北海道で大学生活満喫って感じじゃない?」
たまにオマエのことがわからなくなる。愛するだけ愛して、そうも簡単に手放せる?
まるで慈善事業みたいじゃないか・・・未練とかそんな言葉は確かに似合わないけれど。
「ねえ、仕事終わったらデートしない?」
「だから、今夜からしばらく子守りがあるって言っただろ」
「そっか、そうだった」
魅惑的なオマエの誘いを断るのは、相当、勇気がいるんだぞ。
本当だったら、今すぐにでも二人で何処かへ行ってしまいたい。
それをしないのは、きっとあの厚い信頼を裏切りたくないからなんだ。
オレは、二人の少年の背中を見つめる。
「ミナミ」
「ん?」
「何かあったのか?」
「わかる?だったら、傍に居て抱きしめてよ・・・」
水に手を浸して、そんな消え入りそうな声で呟いたのは、オマエの本心か?
「アハハ、冗談。」
「おい!」
勢いよく立ち上がると、飲みかけのカップをオレに押し付けて微笑む。
その瞳が笑っていないのが、この胸を締め付けていること・・・オマエは知ってる?
「ハルキ、オマエが泣きそうになってどーすんだよ、振られたのはコッチなんだから」
「今から何処に行くんだよ」
「ま、慰めてくれるだけなら、たくさんいるしね」
昔はよくそんな顔したよな、何か企むような、自分から厄介ごとに首突っ込むような。
大人しくなったと思ったのはオレの勘違いで、今でもオマエの中にはあの頃と変わらない・・・
「ダメ!」
とっさに口を出た言葉。
「それ、絶対ダメ!」
「んだよ、急に、らしくないなぁ」
「オマエ、オレが仕事終わるまで、アイツらの子守してろよ」
「はぁ?冗談でしょ」
そんなに顔をしかめて嫌がらなくてもいいだろ、可愛いって言ってたんだから。
少し毒がアリ過ぎるかもしれないけど、いい遊び相手になってやれるんじゃない?
知ってるんだから、オマエが面倒見のイイヤツだっての。
オレは意地悪くニヤリと笑って、ミナミの肩にポンと手を置く。
「マジで?」
「マジで」
ミナミの大きなため息が、ハーーーっとオレの首筋にかかった。
「アイツらも、ヒマしてるしさ」
「オレは、責任とれねーぞ」
「オマエもヒマなんでしょ?」
軽くなった頭を掻き毟って、ミナミは諦めたように頷く。
オレは、ずっと聞き耳を立てている二人の少年へミナミを預けることにした。