第21話
別にいつものことなんだけど、一人っきりのウチの中が
やけにだだっ広く感じて妙に落ち着かない気がした。
パパとママが午前中のうちに慌しく出掛けてしまったから
土曜日だっていうのにヤケに静かで・・・今のうちはね。
ユウタがやってきたら、ゲームやらせろだの、遊びに行こうだの
大騒ぎが始まるに決まってるんだ。
夕べ、店を上がってからウチに来たハルキさんとパパたちは、
リビングで酒を飲みながら遅くまでボソボソと話をしていた。
その聞き取れない話し声をベッドの中で聞きながら、オレは眠りに付いた。
今朝は慌しいママの仕度の音で目が覚めて、パスポートがどうのとか
チケットがどうのとか、そりゃ嵐のように家中駆け回って寝てるところじゃなった。
ボーっとテレビを観ながら、パパと二人で呆れてママを見ていたんだ。
パパたちが戻ってくる間、店の営業時間が短縮されるって。
オレのせい?オープンもクローズも1時間ばかり短縮されるって。
店の世話とオレの世話を押し付けられたハルキさん、
ちゃんと時間外手当貰ってるのかな?迷惑掛けないようにしなきゃ・・・
もう少しでお昼って時間に、電話が鳴った。
店からのナンバー、ハルキさんだ。
「おはよう、起きてる?」
「起きてるよー何時だと思ってんの?」
「アハハ、だよな。トモ、7時過ぎには帰れるから、晩飯ソレからでもいい?」
「いいよー、あ、ユウタもくるから」
「OK。そうだ、お昼、店に食べに来たら?」
「あー、面倒だからイイよ、カップ麺あるし」
「そう、じゃあ何かあったら電話して」
「うん、じゃあ」
思いっきりガキ扱いだよな、みんなして。
この年まで一人でいるのは慣れっこなのに
今更なんだよーって感じだけど・・・オレが悪さするんじゃないかって
心配してハルキさんを付けたとしか思えない・・・ウチの親。
外は気持ちがイイくらい晴れていて、こうしてウチの中に閉じこもっているのが
勿体ないように思えた。ユウタはどうせ夕方じゃないと現れないし。
何処かへ行くアテがあったわけじゃないけれど、
ジーンズの尻のポケットに財布を突っ込んで、お気に入りのパトリックに足を入れた。
「うわぁ!」
玄関を開けようとした途端、引かれたドア。
危うくバカと頭突きをするところ、アブねーなー。
「なによトモ、どっかいくの?」
「天気イイから外行こうと思って」
「あー、オレも行くわ」
あー、ビックリした。
「昼、食った?」
「まだ」
「んじゃ、マック行かね?」
「えー、マック?米食いてーんだけど」
「じゃあ、コンビにで弁当買って、公園行こうぜ」
「それ、賛成」
エレベーターの中で決まった昼飯の相談。
並んで歩いてコンビニへと向かう・・・あれ、ユウタ、背がまら伸びた。
くそー、どんどん大きくなりやがってー、オレなんて、今年は2センチしか
伸びてないのに。なんか、悔しいかも。
「どうしたの?」
「ユウタ、また背が伸びただろー」
「そう?」
「だって、オレの頭オマエの目のとこまでしかない」
「そっかー?オレって伸び盛りなのかなー身体が痛いのはそのせいかな」
少し見上げるように、ユウタの顔を見る。
いつものバカっぽい顔なんだけど、なんか大人びて見えるのは気のせいかな。
頬の肉がスッキリしてる、オレが女だったらこうゆうヤツと付き合いたいかもな。
「な、なによ」
「別に」
「えー、何、なに?気になるー」
「相変わらず、バカっぽい顔してんなーって思って」
「ひでー!」
「あはは、ほら、早く選んじゃえよ」
「むーー」
コンビニ袋を提げて、噴水のある公園へと向う。
昼下がりの公園で、幾人かがオレらと同じように昼飯を食っている。
「ベンチ、塞がってんな」
「ほら、噴水のフチんとこでいいじゃん」
「だな」
スラリとした男のヒトが一人、先にその場所で昼飯を食べていた。
洗いざらしの白いシャツに、暖かそうなフリースのジャケットを着て
高そうなプレミアムジーンズをはいていた。
そのヒトと少し間を開けて、オレたちは座ったんだけど・・・
オレもユウタも、何故だかその人の存在が気になって仕方がない。
上手そうにサンドイッチを頬張っている姿に見とれるっていうの?こういうのって。
自分たちの弁当も広げずに、ジッと見ていた。
「なあトモ、あのヒト格好よくね?」
「やっぱそー思う?目立つよね」
その人の携帯が鳴った。
悪いとは思ったけど・・・盗み聞きしてる。
『ん、今?近くの公園、噴水のあるとこ、わかる?・・・うん、そうなの?
じゃあ、来ればイイじゃん・・・あ、うん、アイスラテがいい、うん、じゃあ』
恋人と待ち合わせの約束かぁ、だよなぁ、大概格好イイ人には恋人がいるんだよな。
ハルキさんだって、友だちだって否定はしてるけど女の人と暮らしてるんだし。
オレたち二人が刺すような視線を送っていたからか、
その人は、オレたちの方を振り向いてニッコリと微笑んだ。
正面からみたそのキレイな顔に、思わず手にしていた箸を落としそうになった。
「スゲーヤバイよ、トモ」
「う、うん・・・ヤバすぎ」
ドギマギとぎこちなく弁当を口に運んでいたけれど、
それが何処に入っていったのかわからなくて・・・食べた気がしないよ。
ユウタも同じことを感じていたらしく、ボソボソっと小さな声で言うんだ。
「なんか食った気しねー」
ぷっ!思わず飲んでいたウーロン茶を噴出しそうになりながら、
手の甲で口から垂れた水滴を拭った。
そんなオレらの様子なんて気にも留めずに、その人は噴水に片手を浸して
子供が遊ぶように水をかき混ぜている。
その時、公園の入り口から見慣れた姿がコッチへ向かって
真っ直ぐに近づいてくる・・・手には店の手提げ袋を提げて。
「なにしてんの、二人とも」
「ハルキさんこそ」
「オレは早目の休憩、今日はなんだかヒマなんだよ」
そう言って、手提げ袋を掲げて見せた。
そして・・・隣に座る、アノ男の人へ投げかけた笑み。
ズキン、とオレの胸が痛む。なに・・・コレ?この感じ。
初めて目にしたハルキさんのその笑みは、愛しい人にだけ向けられる特別なもののように思えた。
「友だちと待ち合わせしてるんだ」
「うん」
その人は、水に手をつけたまま微笑んでコチラを見ている。
目に掛かった前髪を、その濡れた手でかき上げた仕草、
水滴がキラキラと光りに反射して、膝の上に零れ落ちた。
「なに、どうしたの、髪の毛切ったの?」
「んー、気分転換・・・疲れてたから。元に戻したんだ」
「久しぶりに会った気がするな、その姿」
真っ直ぐにその人の元へと近づいていった、ハルキさんの嬉しそうな横顔。
ハルキさんがその人の髪の毛を撫でると、絹糸のような髪がサラリと揺れた。
「変?」
「いや、懐かしいっていうか・・・」
まるで恋人のように、その人の耳元で囁いたその言葉は、オレには聞こえてこない。
「バカかオマエは」
その人はそう言って、ハルキさんの胸を押し返した。
ふざけたように笑い合う二人の姿に、何故か胸が苦しくなる。
オレの知らないハルキさんの姿を見せ付けられたからかも、それとも・・・
「なートモ、あの二人どー思う?」
「どうって?」
「デキてる?」
「男と?」
「ありえなくは・・・ない」
「んー、デキてはないんじゃない?」
マジマジとオレの顔を見ながら、ユウタは意地悪くニヤリとする。
「オマエ、妬いてるだろ?」
「は?なにそれ」
的を射たユウタの言葉に、ハッとして視線を落とす。
そうだ、オレ・・・あの二人の関係が気に入らないのかもしれない。
なんでそんなこと感じるのかよくわからないけど、
ハルキさんのあんな嬉しそうに、楽しそうに話す姿にショックを受けてる。
オレと話すとき、あんな顔した事ないから・・・
二人の関係に嫉妬しながら、あの人には敵わないなって白旗揚げてるオレ。
だって、全然大人だし、格好いいし、ああしてハルキさんと一緒にいるのが
とっても自然に見えるし・・・手に持ったペットボトルを転がしながら
オレは、羨ましく思いながら、黙って二人を見つめた。