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第19話

 まだ11月初めだっていうのに、雪でも降ってきそうに寒い。

ユウタとオレは、ハルキさんに何か暖かいものを飲ませてもらおうと

ポケットに両手を突っ込んで、早歩きで店へと向かっていた。


例のユウタの発情は、思春期の一時的な事だったみたい。

ハルキさんの言っていた通り、変な言動は多少残るもののフツーのユウタに戻っていた。

まったく、コッチがおかしくなっちゃいそうでドキドキだよ。


オレのファーストキスまで奪いやがって・・・生き返ったから良かったものの

あのままイってたらシャレにならないっての。

あの後、2、3日無視してやったから、すっかりショゲたユウタの可愛いこと。

もう少し無視してやればよかったかな。


「オレ、ホットチョコレートにしよーっと」

「オレもー」


口の中いっぱいにアツアツのホットチョコレートを想像しながら

オレらは、銀行前の信号で立ち止まった。


「スゲー、見ろよアレ」

「コルベットじゃん」


真っ赤に磨き上げられたコルベットが、店の前に堂々と路駐していた。

その派手な車体に、誰もが1度は目を留める。


「やっぱ、アメ車は目立つよなー」

「うん」


首の裏側がザワザワっと騒ぐ感覚・・・何?

信号が青に変わったと同時に、オレは店へと走り出していた。


「トモ、待てってばー」


店の自動ドアが開ききるのももどかしく、

半身を滑り込ませたオレの目の前に、後姿の女性が立っていた。

長い巻き髪の、腰のクビレた女の人が。

彼女の脇をすり抜けたときの、場違いな香水の匂いが鼻につく。


パパは、カウンターの中で固まるハルキさんに耳打ちした。

「スミマセン」ハルキさんはそう言って、オレの目をチラリとだけ見つめ

その女性と店の奥の席へと場所を変えた。


「オジサン、ホットチョコレート」

「ハイハイ」


事情を知らないユウタのデカイ声が、妙にオレの脇で響く。

奥の席の二人を気にしながら、オレは二人に背を向ける格好でカウンターに座った。

チョコレートの甘い香りが辺りを包んでいたのに、オレの口の中だけはアノ香水の苦い香りがしている。


「おじさん、アレだれ?ハルキさんの彼女?」

「ハルの姉さんだ」

「へー」


ユウタは物珍しそうに、後ろを振り返った。

オレといえば、その後ろの二人を見てはいけない気がして、

背を向けたまま、パパの手元をじっと見つめていた。

だって、あんなに無表情な顔して。

さっきのハルキさんの顔が、目の裏に焼きついてしまって離れない。

会いたくなかったのかな、やっぱり。


「トモ、明日から宜しくな」

「うん」


パパはホットチョコレート上に生クリームを垂らしながら、

後ろの二人の事など無関心のような口調で言った。

緩く泡立てられたクリームが、チョコレートの上にトロリととける。


「明日、なんかあんの?」

「パパとママ、明日っからハワイに行くんだって。」

「マジー、いいなぁーおじさん、お土産買ってきてよー」


二人で14日間の滞在予定で店の準備に出かけるらしいけど、

予定通り帰ってくるかは微妙だな・・・この前だって、結局、1週間伸びたし。


「えー、じゃあトモ、初一人暮らし?」


んな、身を乗り出して耳元で叫ぶなよー

オマエの声は十分デカいから、十分聞こえるってば。

最高に美味しいホットチョコレートを口に含んで、喉の苦味を追い払う。


「なんか、ハルキさんが泊まるって」

「マジー、オレも泊まっていい?」


だからー、声が大きいの!

キンキンとする耳を塞いで、ユウタを向こうへ押しやる。

そうしたって、スグにオマエの顔はオレのスグ脇に戻るんだけど。


「やだよー、オマエ来るとうるさいから」

「なんだよ、ハルキさんと二人っきりで何すんだよ」

「なんだよ、ソレ」


訳わかんねー。

その拗ねた態度は何なんだよ、馬鹿は放っておこう。

ボソボソと話すハルキさんの声とは対照的に、穏やかな女性の声が何故か不快に感じられる。

穏やかな口調・・・だけど、それがヤケに相手を責めているような、そんな印象。

イヤな・・・感じ。

きき耳を立てても一向に聞こえてはこない内容に、オレは多分イラついていた。

口からこぼれた微かなため息に、ユウタは敏感に反応した。


「気になる?」

「何が?」


ユウタは見せたことのないような、中途半端な微笑みを浮かべ

肩越しにハルキさんたちを盗み見ながら言った。


「この前さ、ハルキさんと歩いてた時に、バッタリ会ったんだあの人と。

それからハルキさんの様子がおかしくてさ・・・」

「そっか、姉弟でもワケアリなのかもな」

「そうみたい」


カウンターに肘をついて、後ろを気にしながらホットチョコレートを飲むオレらの姿を、

パパは中から黙って見ていたに違いない。

わざとらしく「そうだ!」と大きな声で言うと、オレたち二人に封筒を差し出した。


「ホラ、冬の合宿のパンフ来てるぞ」

『見せて、見せて!!』


ユウタとオレは口を揃え、パパの手から勢いよく封筒を奪い取ると

スキーシーズンの到来を告げるソレを手に、高揚した気持ちで中身を引っ張り出した。


「猫魔かよー!」

「アルツがイイのにー!」

「文句ばっか言ってんな!!」


飛んできたゲンコツをかわして、二人、顔を見合わせてニヤリと笑う。

やっと冬到来って感じで、いい感じじゃん?

相変わらず背中が気になってはいたけれど、目の前に広げられた申込用紙から目が離れない。

24日から?クリスマスイブから30日までの7日間。

今年のクリスマスは、ゲレンデでホワイトクリスマスになるんだ。

相手は、まぁ居ないけど、かなりロマンチックかも。


「カナ先輩も来るかなー」

「えー、今度はカナ先輩狙い?」

「だって、結構カワイイじゃん」

「彼氏いんじゃね?」

「いないって言ってたしー」

「また振られっから」


そんな具合でオレたちがワイワイ騒いでいた間に、

ふと顔を上げると目の前にハルキさんが・・・いつの間にかカウンター内に戻っていた。

店の前に停めてあったコルベットも、やはりその姿を消していた。


「え、何々、何騒いでんの?」

「コレ?オレらのスキー合宿のパンフ。毎年参加してんだーハルキさんもスキーやる?」

「オレ、ソッチは全然ダメ。真っ先に寒さにヤられちゃうし」


いつもと変わらないハルキさんが、妙な具合に感じられるのはオレだけかな?

ユウタと頭をつき合わすようにパンフを覗いている横顔を、オレはじっと見てしまった。

そのことに気が付いて、ハルキさんは前髪の間からチラっとコチラを見て肩をすくめて見せた。


「ハル、今日は先に上がるからな、終わったらウチに寄ってくれよ」

「ハイ」


パパはハルキさんの肩にその手を置いた、パパの手の温もりに勇気付けられたかのように

ハルキさんは「大丈夫」とでも言うように大きく頷いていた。

きっと、パパは知ってるんだ・・・ハルキさんの事情ってヤツを。






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