第13話
空が、闇に落ちる事はなかった。
下からの強烈なライトの群れに、夜空がボンヤリと漂っている感じがする。足元を流れている車の列や、遠くに見える高層ビルなんかも、絵に描いたようで現実感がない。こうやって、隣にいるハルキさんも幻だったりして、なんてチラリと横を見る。
「どうしたの?」
「ん?」
暗い顔で、ジッと何かを睨んでいた。
何か・・・目の前にあるものじゃない、何かを。スゴイ悲しそうな横顔に、胸が騒ぐ。
「なんか、顔色悪いけど・・・」
「そう?腹が減って血糖値下がってんだよ、さ、メシ食いにいかない?」
本当にそう?
変に明るくされると、益々浮かない理由が知りたくなる。
子供のオレに、何も話してはくれないって、わかってるけど・・・
「何食べたい?」
「んー、ラーメン!!」
「マジで?」
ニッコリ笑って、大きく頷くしかないじゃない。
ヤレヤレって、さっきよりはずっとマシな顔になったね。
フロアーは、観光客からカップルに変わってきていた。子供のオレ的には、ちょっと眼のやり場に困ったりし始めてるし。オレら、他人から見たら、きっと兄弟とかそんな感じに見るのかな?
「じゃぁ、行こうか。」
そう言ってエレベーターに乗ったハルキさん様子・・・ポケットに手を突っ込んで、壁に寄りかかって、うつむき加減で、オレのことなんて見ないし、オレ、何かしたかな?はしゃぎすぎたくらいで、怒る訳ないし。
先を行くハルキさんの背中を見つめながら、何か言葉を掛けたかったけれど・・・見つからない・・・オレの方が段々と悲しくなってくる、どうしたらいいんだろ、ズッシリと足取りも重くなる。
「トモ?なに、具合悪い?」
「ち、違うよー。」
オレは脚を止めて、すぐ近くのベンチに腰を下ろした。会社帰りの人たちが、足早に通り過ぎる。タクシーから降りてくる、楽しげな人たち。写真を撮る観光客。
「飲んで。」
「うん。」
冷たいジュースを手渡たされ、ヒドク乾いた喉を一気に潤す。
オレも糖分足りてないのかも・・・頭の中がスッキリしてきた。
「あのさ、何かあったの?」
「え?」
驚いた声で、ハルキさんが聞き返した。
「オレ、それが気になってんだけど。展望台で急に元気無くなったでしょ、ハルキさん。」
「ああ・・ゴメン。さっきさ、会いたくないヤツに会っちゃって、それで。」
とてもキレイな女の人と話していたっけ。離れたオレのところにも、香水の香りがしてくるような錯覚。きっとあの女の人の事なんだろうな・・・
「あのスゲーキレイな女の人?」
「そ、あの人。」
やっぱり。
素直に教えてくれたこと、ちょっと意外だった。
適当に誤魔化されるのかなって思ってたのに、ちゃんと話してくれた。
嬉しい。
「大キライな人?」
「キライとかスキとかじゃなくて、出来れば関わりたくない人。」
その辺になると、オレには難しいかも。でもそれ以上聞くのは悪い気がして、何も言わなかった。カップの中の氷をストローでかき混ぜながら、次の言葉を考えていた。
「10年ぶりに会ってさ、もービックリ。心臓止まるかと思った。」
「10年?」
「10年も会ってないのに、良くわかったなーって感じ。」
と、厭きれたような口ぶりで、面倒臭そうに頭を掻いた。その仕草が男っぽくて、それをじっと見つめてしまった。10年も会わなかった人に会うってどんな感じなんだろう。10年前、オレ4歳だもんな、想像つかないや。
いつものように笑うハルキさんだけど、きっと無理に笑ってくれてるんだろうな。だって、あんな悲しげな顔、出逢った時に感じたと同じもの、久しぶりに見たんだ。オレ自身が何故か緊張している、何かが襲ってきそうな不安みたいなので。
「トモが暗い顔しないの、ほらほら、ラーメン食いに行こ!」
ハルキさんの薄い手のひらと細い指が、オレの手首をガッシリと掴んでグイっと引っ張った。立ち上がると、もう脚は重くない、頭もスッキリ、お腹もペコペコ。
「オレ、大盛にしよーっと。」
「ギョーザとライスも付けてやるよ。」
本当、オレが暗かったら、ウザイだけだもん。ラーメン食べて、気合いれよーっと。