第12話
夕日に染まった街並みを誰かとこうやって歩くの、久しぶりかもしれない。やっぱいいよね、誰かがソバに居てくれる、そんな安心感っていうか・・・和む。中学生の男の子とデートか、オレ的にも世間的にもイケナイってな。
ミナミに見つかったら、速攻、冷やかされる。いや、その前にウマソーとかなんとか言って、唾付けられるかもな。アイツもなかなか相手が出来ないし、それどころか最近、益々女に磨きを掛けてるところが怪しすぎる。絶対、なんか企んでるっぽいんだよな・・・まぁ、そのお陰で追い出されずに居る訳で、もちろんオレらの関係も清いまま。ま、当然だけど。
「ハルキさん?」
「え?」
穢れを知らない純粋な瞳が、オレを不思議そうに見つめていた。
「どーしたの、ぼーっとして。」
「ん、なんでもない。んじゃ、ゲーセンでも行く?」
首を横に振って、ちょっと思案気に小首をかしげどこか遠くを見つめるような仕草に、オレの中で誰かのぼんやりとした影がが重なった気がした途端、キュッと胸の真ん中に、いつもの痛みが走った。
「そうだ、連れてって欲しいとこあんだけど。」
「どこ?」
瞳の中の輝きが増す瞬間って、こんな時なんだな・・・トモの瞳のキラキラが胸の痛みを拭ってくれた気がしている。ほら、もう痛んでいない。
「ヒルズの展望台。まだ行ってないんだよねー。あそこってテリトリー外だしさぁ、ユウタと2人じゃさぁ気分出ないし。彼女、出来そうもないし。」
「いいよ、行こう!」
「やった!!」
ジャンプして喜ぶなよ、ガキじゃあるまいし。あ、まだガキか・・・そうなんだよな、この頃って、なんでもかんでも身体つかって表現できる最後の時期って感じでさ。オレ自身は、っていうと、そんな時期は自分から背を向けて・・・
「ほら、早くー。」
「んな、急がなくても逃げないって。」
展望台へのエレベーターへ飛び乗ったのはいいけれど、結構、高いなぁ・・・夕暮れ、昼と夜が交じり合う時間の美しい空。
「うわー、スゲー!!マジスゴクない、ハルキさん。」
「ホント、スゲーな。」
真下を見下ろしてキャアキャアとはしゃぐ姿に、オレの顔も自然にほころぶ。こんなに喜んでもらえるなら、子守も悪くないな。
けれど、そんな楽しい気持ちが瞬時に凍てついた、オレの名を呼ぶ声に・・・
「ハルキ?」
「・・・お姉。」
背後からのその声は、オレの思考を麻痺させた。
振り向くと、目を疑うほどに夜に彩られた女が凛と立っていた。昔と変わらない、強い意志を秘めた瞳のままに。
「久しぶりね、元気?」
「ああ、お姉は?」
「この通り、クラブで働いてるの。」
そう言って、小さなハンドバッグから名刺を差し出した。「クラブ眞子 フユキ」そんな事が書かれた名刺を。
「春、夏、秋、ときたら冬じゃない。」
クスクスと可笑しくも無いのに笑う姿が不快だった。
何年ぶりかに再会した実の姉の変貌よりも、姉自身に会ってしまった事へのショックがオレを襲う。のど元に、大きな塊が込み上げる・・・
「大学は?」
「辞めるつもり。」
搾り出した声は、ひどく擦れている。
「勿体無い、せっかく入ったんだから卒業しなさい。」
「・・・合わないんだ。」
話すたびに、小さく消え入りそうな声だ。
「そう・・・ところで、あのこは?」
「働いてるとこのオーナーの息子。」
「ナツキと同じくらいじゃない?」
「・・・。」
ナツキ・・・オレの弟。
そう、今じゃトモと同じ年になったはず。
6歳から会ってはいない弟だ。
「あの子も、すっかり元気よ。そのうち3人で会いましょう。連絡先、教えて欲しいわ。」
オレは店のカードを財布から引っ張り出して、姉のチアキに手渡した。
「そう、ここで・・・近いうちに顔を出すわね。」
「ああ。」
トイレから戻ってきた初老の男がソバに来ると、チアキは、何も言わず表情も変えずに、クルリと踵を返して去っていった。
まさか、こんなところで再会するなんて・・・ひどく愚かな自分を改めて感じはじめていた。
小刻みに震えていた右手を隠すように、オレはポケットに両手を突っ込む。
無邪気に夜景を見つめるキミの横顔だけが、唯一の慰めだった。