第11話
来年は高校受験なのに、何一つとして決まってないオレ。てゆーか、決められないのが正直なところなんだよね。ユウタは、ずっと前から近くの高校に決めてる。オレ的にはどうよ、ソコ。アイツみたいにスキーの才能があるわけじゃないし、かといって、ここまで出来るようになったスキーを捨てるのも勿体ないし。だからって高校入って部活して、スキーにどっぷり生活もヤだし。
「はぁー。」
「ん、どうしたの?」
オレのため息を聞きつけてか、ハルキさんが擦り寄ってくる。最近はホールも出たり、レジ閉めやらされたりして、ウチの親にいいようにコキ使われてる気もするんだけど。
「色々と決めなきゃなーって。」
「進学のこと?」
「うーん、そんな感じ。」
頭の中ってゆーか胸の中のモヤモヤが、一気に濃度を増し始めたみたいだった。何をしてもなんか面白くないってゆーか、ハジケらんねーって感じ。学校終わって店でこうやってダラダラして、緩んでるのが唯一の癒し?ハルキさん効果か・・・
「オレが言うのもなんだけど、勉強って今しか出来ないじゃない。無理矢理、無我夢中でって意味じゃないけどさ、やった事はやった分だけ残るからね。」
「うん・・・わかってんだけど、ピンとこないってゆーか。」
ちょっと意地悪く笑ってオレの髪の毛をクシャクシャに乱すと、自分の腕時計をチラリと見て言った。
「早番なんだ、メシでも食いに行かない?」
「マジ?」
急な誘いに驚いて、ポカンと口を開けて見上げちゃったじゃん。
「ご馳走しますよ、坊ちゃん。」
「もー、それ止めてよー、トモでいいってば!」
最近、何かにつけて坊ちゃんってカラかってさぁー。痒いって!!オレはわざと不機嫌にハルキさんを睨みつけた。
「5時に仕事が終わりましたらお迎えに参りますので、どうかお先にご自宅でお召し替えいただけますでしょうか?トモ。」
「もー、だからソレ・・・今、トモって言ったよね?」
くすぐったい。
自分で呼んでって頼んだくせに、呼ばれるとこんなにも、くすぐったい。思わず首筋をかきむしってしまった。
「アハハ、ほら、迎えに行くから先帰って着替えておいで。」
「うん。」
ちょっと嬉しい・・・ううん、スゲー嬉しい。ハルキさんにメシ食いに誘われたぁ、やったね。久しぶりにウキウキ?こんなオレってどうよ、いいよね。いつもなら家まで15分かかる道のりを、10分で帰ってきちゃうのも、いいでしょ。
「ママー、今日、メシいらないー。ハルキさんと外で食べてくるから。」
「えー、そうなの?作り始めちゃったのに。」
キッチンから、ママの返事が帰ってくる。でも、怒ってないみたい。着替えていると、ママはニヤニヤしながら部屋のドアから顔だけ出した。
「悪い事、教わらないでよ。」
「もー、メシ食ってくるだけだってば!」
「そ、ならいいけどぉ。ハルくんにも念を押しとこーっと。」
「ママー、余計なこと言わないでよー。」
「ハイハイ。」
クスクス笑ってサっと顔を引っ込めたと思ったのに・・・
「ねー、そのシャツ格好悪いしぃ・・・アッチのプルオーバーのがイイわよ。」
袖を通そうとしていたチェックのシャツに嫌そうな顔で首を横に振ると、チェストから覗いていたオールド加工されたネイビーのシャツを指差した。もー、すぐチェック入れるんだから!
「自分の息子がそんなセンスだと思うと悲しいのよ!」
「わかったよー、もー、行ってよ。」
フンっと鼻息荒く眉を大げさに吊り上げてから、ママはドアをバタンと閉めた。過干渉なんじゃねーの、ウチのママって。
5時半近く、ハルキさんは約束通り迎えに来てくれた。
「ハルくん、ゴメンねー。でも助かるわ、子守してもらえると。」
「ママ!」
本当、ヤんなる。一言多いし、子ども扱いするし。
「遅くならないように帰ります。」
「いいわよ、少しぐらいなら遅くなっても。明日、学校休みだし。ハルくんなら安心してトモをお願いできるしね。」
「アハハ、そう言われちゃうと悪い事教えられないじゃないですか。」
「早く行こうー!!」
これ以上ココにいたら、ママの長話が始まっちゃうってば。オレは、ハルキさんの腕を引いてエレベータに乗り込んだ。そう、明日は休みなんだよね。だから、ユウタは彼女とデートの最中。そして、明日は別の子と映画に行くんだって・・・ヤレヤレ。
「何、食べたい?」
いつもと同じスピードでエレベーターは降りているはずなのに、なんか、スローモーションかも。ガラスから差し込む夕日が、ハルキさんの顔を美しく彩っていた。
「トモ?」
「あ、ああ、何でも・・・イイ。」
「だよなー、何処に行こう。」
少し考え込むように首を傾げた格好・・・その夕日がつけた陰影は、オレの胸にその姿を強烈に刻み込む。キレイ・・・、男の人をキレイだなんて変だよね。それでも、思う、キレイだって。長いまつ毛が揺れ動くたびに、ドキリとして。
「すぐに、メシじゃなくてもいい?」
「う、うん、まだ腹減ってないし。」
「じゃ、少し遊んでから。」
チンっという安っぽいエレベーターの音と同時に開かれたドア。オレンジ色で染まったフロア。その光りの中へ、オレたちを進ませようとしてるよう。暖かく全てを清めてくれそうな、そんな夕日の光りに包まれて。
「行こうか。」
オレの背中を押すように、ハルキさんの手が優しく当てられた。オレはその顔を見上げ、互いに顔を見合わせながら、そのエレベーターをあとにした。