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第10話

 オレの何気なく無駄に流れ過ぎている毎日。周りを見ながらゆっくり進むのも悪くないように思えてきた。

無意味でくだらなくて退屈で怠惰な生活を、改めて味わうのもなかなか面白いかもしれないな。

何か得体の知れない冷ややかな感情が、この胸の中に今も残っているけれど。


半ば強引にミナミの部屋に転がり込んで、もう2ヶ月が経った。女とは別れたし、ミナミに彼女がが出来る気配も無い。夜の仕事を辞めたから、新しく部屋を借りる金も無し、目に見えて収入が減ったのが痛い・・・ぁあ、なんかまた、ヒモ状態だ。


おっと!


手にしたグラスを落としそうになって、いささか焦る。

目の前の悪戯っ子二人に、クスクスと笑われた。


まぁ、オレ自身一番驚いているのが、こうしてカフェの内側に立っていることかな。

まさか、こんな展開になろうとは・・・


「そっちが終わったら、マシンの操作のオサライするから。」

「はい、マスター。」


このオレが、マーサでお世話になることになってしまったなんて。何かの縁?良縁になる事を願っている。

それは、たった2週間前の話で、すっかり馴染みになったトモくんのお父さんと、世間話をしていた時だ。


「ハルキくん、誰かいないかな?バリスタの仕事したいって子。」

「ココの話ですか?」


マスターは、大きく頷いた。

『オマエ、やらないか?』って、その瞳が言っているように見えた。

いや、確実にオレに言ってるんだ。今の仕事を変えようか・・・って話を昨日したばかり。


「オレが、1から仕込んで一人前にしてやるから。」

「・・・って、ソレ、オレに言ってますか?」


『そうだ、オマエだ、オマエに言ってるんだ!』というような調子で、『がははは・・・』と、よく響く大きな声で笑った。


「どうだ、やってみないか?責任もって教えるから。」


その頼もしい眼差しは、オレの気持ちを揺さぶる。こんなにも力のある瞳で見つめられたら・・・この人ならきっと・・・導いてくれるに違いない。胸が高鳴り、頭の中は白くかすみ始める。


まさか、オレがココで働くのか?

バーテンダーからバリスタに転身?

マジで??

サービス業、キライじゃないけど・・・オレに出来るか?


あの時、勝手に動いた口は、いい加減なくらい気前のいい返事をした。

『ええ、是非!!』・・・どうかしてるぞ、オレ。・・・すぐさま後悔が押し寄せていたのに。

そして、2週間があっという間に過ぎて・・・アハハ、格好だけは一人前ですから。


「なんですか、二人でニヤニヤして?」

「べっつにーーぃ、ウチの親に捕まったなぁーって思って。」


学校帰りに必ず店に顔を出すようになった二人が、ニヤニヤしながらストローをくわえて、カウンターに肘をついている。

捕まったっなんて人疑義の悪い事を・・・


「やめてよー、せっかく見つけた貴重な人材なのにー。」


テーブルを片付けながら、マダムが愉快そうに口を挟む。

まったく店に寄り付かなかった息子が、しょっちゅう顔を出すようになったのが、嬉しいのかもしれない。

家族の和やかな空気に、多少の居心地の悪さも感じながら、そのうち、違和感無く存在してるはずの自分を想う。いつのことになるやら・・・


マスターの淹れたラテには到底かなわないけれど、そこそこ見た目に美しいラテを淹れられるようになったのは、先週。今週はずっと、エスプレッソと格闘している。その間抜けな様子を、大笑いながらこの少年二人が見ているんだ。

なかなか手厳しいご意見に、大人のオレが情けなくもなる。 こんなに自分が不器用だったなんて、思ってもみないかった。


「ハルキさん、ため息つかないでよ。 オジサン、誰よりも丁寧に教えてるぜ、な、トモ。」

「珍しく本当。よっぽど気に入られたんだーハルキさん。きっと一生、放してくれないと思うよー。パパ、執念深いから。」


オイオイ、怖いこと言うなよ。オレは、そんなに有能なヤツじゃないんだから。でも、嬉しいような痒いこの感じも悪くない。

こうしていると時折、トモくんと視線がぶつかる。お互いにニヤリと笑って、視線を外すことにも慣れた。

キミが運んできてくれた、新たな生活を大切にしたいと思う。いつまでも、こうして自分を感じていられるこの場所を。嫌いだった自分を、少し受け入れられそう・・・そうなんだ、変えたいんだ、自分を。


なぜ、自分自身を嫌悪しているのか、オレ自身よくわからないでいる。その嫌悪感が、この胸の奥底の冷たく大きな塊から発せられているものだということは知っていた。濃い霧に閉ざされた記憶に原因があるということも・・・

この手に掴みかけてはすり抜けて行く淡い幸福感、いつもオレに残されるのは・・・


「ハルキさん、お客さん!」トモくんの声に、ハッと我に返る。

不思議そうな二人の視線に戸惑いながら、オレは頭を振って仕事を続けた。



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