第1話
キミとオレが、こんな時に出逢ってしまったからかもしれない。キミも、オレも、身体が離せない。いや、寄り添ったまま身動き出来ずにいる。しかたないか、外は土砂降りの雨で、凍えそうに寒くって。こうしてジっとしてないと、濡れちゃうしさ。もう少し小降りになるまで、動かない方がイイにきまってる。
あまりの寒さに尻のポケットのボトルに、手を伸ばしかけたけど、一緒に居るキミに遠慮してか、その手は止まってしまっていた。オレは正直酔ってるし、キミは恐ろしく愛想がない。息を止めて、キミの横顔を見つめるだけ。だめだ、マジ、寒くって・・・止めようと力んでも、身体がガタガタと震えだし、歯が噛み合わなくなる。
「ゥー、スッゲーーー寒くない?」
「オレは、平気っす、スゲー震えてますね。」
公園の遊具の下、半径数十センチで、1時間以上雨宿りしてるオレとキミ。案外、間抜け?降り出した時に、少し濡れても走って帰ればよかった。こうして立っているのも、ヤケに疲れる。後悔しても後の祭り・・・こりゃ、嵐だ。ゴーゴーと風も吹き始めて、ヤバさ満点。下半身はビッチョリと濡れて、身体の芯まで冷え始めていた。
「あの、ウチ、近いんで、来ます?」
「近いの?」
ボウヤ、今頃なんだよ、それ。雨宿りの相棒の、唐突な申し出に少しばかり腹が立った。何でもっと早く言ってくれないのかって。まあ、言い出せない気持ちも解らなくは無い、オレなら、まず言うわけないし。まぁ、キミは、・・・・・オレよりかは親切だ。
「はぁ、そこのマンション。見えます、あそこ。」
「まじ?いいの?」
酔っているせいもあるか?本当に、寒いって話で。寒すぎて力んでて、頭がズキズキする。
とにかく、座りたい。
「ここに、ずっといる気ですか?」
「ありがと、お言葉に甘えます。」
見ず知らずのキミに世話になるなんて、オレにとって前代未聞だね。素直にキミの申し出に従った自分自身にすら驚いてる。酒が入ってるからかな、素直になれるのかも。
「走りますよ、せーの!」
キミの号令と共に嵐の中に飛び出したオレは、飛び出したことを、一瞬にして後悔していた。
顔面に、首筋に、激しく打ちつける雨に身震いする。頭の先からつま先まで、バケツで水をかぶったも同然。濡れねずみ・・・とは、このことだろ?なぁ。恨めしく思いながら、横を走るキミの顔を見つめた。キミは、薄ら笑いを浮かべてオレに肩をすくめて見せた。
パンツの中までずぶ濡れなんて、いつ以来?いや、こんなになるなんて初めてなんじゃない?参った・・・ホント、参った。駆け込んだ建物の下、互いに無事を確認するかのようにつま先から、頭の天辺まで視線を走らせていた。
キミもオレと同じように全身ぐっしょりと濡れて、瞳に掛かった前髪から、冷たい雨水が滴り落ちている。そのキミの濡れた姿が、あまりにもリアルに見えて、無意識に後ずさりしてしまう無様な自分はナンなんだ?何、これは・・・若さに当てられてる?
「ウチ、4階なんです。」
「あー、ああ。」
キミの後に従って乗ったエレベーターの中、オレたちの吐く白い息に、ドアのガラス窓が曇っている。あっという間に、エレベーターの床に水溜りが出来ていた。相当な濡れ方だもんな、当然。
壁にもたれたキミは、オレの意識しないで見つめていた視線を感じてなのか、明らかに頬を紅潮させ、バツが悪そうな顔で無言のままうつむいていた。中学生かな・・・まだ完成されていない肉体が濡れたシャツの下に浮かんでいた。
初々しい少年の肉体に見とれ、ほんの一瞬、瞬きをした間に、エレベーターのドアが開かれた。乾燥した廊下に、濡れた靴先を1歩前へ進めた途端、何故だか、オレの視界がグラリと歪む。ヤバ・・・イ・・・よ・・・・
「ちょ・・・・と!!」
キミが咄嗟に差し伸べた手が、オレの濡れた洋服の肩を掴んだ。どうやらオレは、自分の意思とは無関係に膝から崩れ落ちていた・・・。見る間に頬に当たった乾いた床に、頭から水が流れ落ちていく。
「ちょっと!ねぇ!!ねぇってば!!!」
ゴメン、ダメっぽい、オレ・・・・意識が、思考能力が、バタンと音を立てて途切れた。