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勇者シリーズ

朝焼けが消える前に

作者: 綾里 美琴

この世界には魔王がいる。魔王を倒すべき存在として勇者がいる。そして勇者を導く神子がいる。

お伽話でもなんでもない、子供ですら知っている当たり前の現実。だがそれが誰かの手によって作られた関係だと知る者は、いない。


「あーくそ、あっちぃ! オイ、魔法で氷出せ氷」

「すぐ溶ける」

「冷静に返すなよ……つーかお前、暑くねぇのか?」

「ん……暑い」


やっぱ暑いんじゃねぇか、と勇者が口を開こうとすると、その前に魔法使いは大きな音を立てて倒れこむ。衝撃で辺りの砂が舞い散った。


「オイ!?」

「あちゃあ、やっぱり真っ黒のローブで砂漠超えは無理があったよね。だから止めたのにー」

「オイコラそこのアホ司祭、お前は楽しそうに眺めてんじゃねえよ! オアシスまでコイツを運べ」

「ええー、ぼくの細腕でこんな大男を運ぶの?」

「殴り司祭のどこが細腕だよ、ドアホ。俺でもいいが、魔族が出てきた時にお前とシアだけで対処出来んのか?」

「むむ……」

「私からもお願いします。彼を運んでもらえませんか?」

「きみからの頼みなら喜んで!」

「テメエはシアと俺らへの態度が違いすぎんだろ!!」


ここにいるのは、紛れもない勇者一行だった。勇者に神子、仲間として魔法使いと司祭。王道一直線のパーティーメンバーでありながらも実に個性豊かな面々は ――そう表現したのは司祭だ――今日もまた数々の事件を起こしながら旅を続ける。未来を掴み取るために、明日をまた四人で迎えるために。


**


「うあー重かったあ。魔法使いが一番体格いいっておかしくない? ねえおかしくない?」

「ならお前も鍛えればいいだろうが。ああ……無理か」

「身長比べながら鼻で笑うのやめてくれないかなあ! 本人にはどうしようもない部分を馬鹿にするなんてサイテーだよ! 勇者様がそんな人だなんて思いませんでした……って女の子に幻滅されちゃうよ!」

「すげえどうでもいい」

「余裕の発言がむかつくなー! 勇者ってだけでモテるなんてずっるいよね、中身はこれなのにさあ」


むかつく、とは言いつつも、さほどそうは思っていないだろう軽い口調で喋り続けるのは、神子の幼馴染である司祭。元々は良いところのお坊ちゃんらしいのだが、神子を守るために家名を捨てる覚悟で神に仕える道を選んだのという。そんな彼に本当に信仰心があるのかは微妙なところではあるが、口の上手さで町の人々の心を掴んでいるようだった。そのためか、この旅においてもムードーメーカーの役割を担っている。稀に口が過ぎる場面もあるが。


「腕、大丈夫ですか? 水を汲んできましたので……よかったらどうぞ」

「ありがとう、メシア! きみは本当に優しいね!」

「いえそんな、誰でも出来ることですよ。勇者様も、どうぞ」

「ああ、わりぃな」


二人に水筒を差し出すのは、旅をするきっかけを作った神子――――メシア。救世主という意味を持つメシアは彼女の本名ではないようだが、もう呼ばれ慣れてしまったらしく、仲間達もそう呼んでいる。唯一、勇者だけは「シア」と愛称で呼ぶけれど。

性格は非常に穏やかで健気、慈悲深くもあり、まさに絵に描いたような「聖女」だが、司祭のラブコールを笑顔であっさり流して彼の反応を見て遊んだりと(当然ながら故意である)人間味らしさも持ち合わせている少女だった。でなければきっと好意は抱けなかっただろうな、と勇者は常々思っている。


「? 勇者様、どうかしましたか?」

「なんでもねえよ」


純粋無垢な聖女なんてうさんくさいだけだしな。そう感じる程度には、勇者は捻くれていた。彼は元々は荒くれ者の傭兵で、本来ならとてもではないが勇者の器ではないのは本人も自覚しているところだった。傭兵仲間には「似合わねー!!」と大爆笑された程である。笑った連中はしっかり殴っておいたが。


「メシアの顔を見つめちゃって、あやしーのー! あ、実はメシアのこと好きだったり? だめだよ、いくら勇者様でも渡さないよ!」

「ねえな、おもいっきりタイプじゃねえ」

「ああ、きみの好みって自信満々でぼんきゅっぼんっ! の大人のおねーさんだよね。んであんま趣味良くない!」

「うっせえな。ああいう女の方が夜楽なんだよ……ってお前、シアの前でこういう話させんな」

「不潔です、勇者様……!」

「やーい、不潔不潔ー! 言われてやんのー!」

「うっせえよ、シアもお前わざとだろうが!」

「……賑やかだな?」


不意に加わった声に、三人は揃って目線を落とす。声の主は、日陰で横になっていた魔法使いだった。彼はけだるそうに髪を掻きあげながら、そっと上半身を起こす。


「あー目が覚めた? きみ砂漠のど真ん中で倒れたんだよ、覚えてる?」

「なんとなくは」

「ぼくに感謝してよね。きみをここまで運んだのぼくなんだから!」

「最後の方は遠慮なしに引きずってただろうが、いばんな」

「引きずって……ましたね」

「し、仕方ないじゃん! きみはもうちょっとダイエットしなよね!」

「すまない。助かった」


あまりにも素直にお礼を言われるものだから、司祭もそれ以上は責められずに口を噤む。魔法使いである彼は口数が多くなく、必要最低限しか喋らないが、性格に問題があるわけではないのだ。


「ご気分はいかがですか? お水、飲めます?」

「ああ。君もちゃんと飲んだのか?」

「はい、頂きました」

「ならもらおう。ありがとう」

「いえ、お気になさらないでください」


まず先に少女の心配をする辺りからも、彼の優しさが窺える。彼は生まれてすぐに母親に捨てられ、父親の行方もわからず、隣に住んでいた心優しい老婆に育てられたのだという。老婆は彼を愛し、彼もまた老婆を愛したが、子供心ながらに申し訳なくて上手く喋れなかった、といつか語っていたのを勇者はよく覚えていた。


そんな風に、四人は育った環境もそこから生まれる価値観も大きく異なっている。そのため最初の頃は幾度となく衝突したし、命を預けるなんて絶対に無理だとすら思った。だが四人は思想こそ違えど「魔王を倒して世界を平和にする」という志を共にし、そうして戦い続けるうちに揺るぎない絆を築き上げたのである。

かけがえのない戦友――――誰もそう言葉にしたりはしないが、誰もがそう思っているのは皆分かっていた。そして、それが誇りでもあった。


**


ぱちぱちと音を立てて、薪が燃え続ける。勇者は何をするでもなく、ただじっと眺めていた。傍らには、彼の愛剣が無造作に置かれている。

普段は特別難しい事を考えていない彼だが――頭脳戦は他の仲間の仕事だ――この時間だけは様々な思いを巡らせる。仲間と出会う前の事、出会ってからの事、これから先の事……ほんの少しの寂しさと不安、後悔を織り交ぜながら、それでも彼は己と向き合う。逃げるつもりはなかった、そうしたところで逃げ切れるはずもないのだから。


「ゆうしゃ、さま……?」


柔らかなソプラノの声が、たどたどしく彼を呼ぶ。この少女は自分がメシアと呼ばれているためか、勇者の事も常に「勇者様」と呼ぶのである。そのせいで仲間達も面白がって真似するものだから、それはやめろと抵抗はしたものの一向に直らず、最近では彼もすっかり諦めてしまっていた。


「わりぃ、起こしたか」

「あ、いえ……火の番、代わります」

「アホか、女にさせる気はねぇよ。いいから寝てろ」

「ですが……」

「俺はお前らよりは旅慣れてるしな。寒くはねぇか?」

「平気です。このローブ、あったかいから」

「それはそれでどうかと思うんだがな……そんなもん着てっから倒れるんだろ、アイツは」


勇者は呆れたように言いながら、何もかけずに横になっている魔法使いに視線を移す。司祭といい彼といい、フェミニストな二人である。


「ふふ、ほんとうですね。でもこのローブは特殊な絹で作ったもので、魔法抵抗を高める効果があるんだそうですよ」

「へえ、そんな上等なもんだったのか。コイツの趣味かと思ってたぜ」

「ひょっとしたら、それもあるかもしれませんね」


彼女はおかしそうに、くすくすと笑う。寝ている二人を起こさないようにと、控えめなものではあったけれど。


「明日も早い。もう寝ろ」

「お話してたら目が覚めちゃいました。それにもうちょっとだけ……勇者様とお話していたいです」

「俺のせいかよ……倒れても庇わねぇからな」

「はい、かまいません。足手まといになるつもりはありませんから」


きっぱりと言い切る彼女からは、並々ならぬ意思の強さを感じる。男三人に混じって救済の旅をしている彼女は、決してただ守られるだけの女ではない。聖術と投げナイフを駆使し、積極的に戦闘に加わる勇ましい女だ。そんなところは、勇者も純粋に評価していた。


「あの……勇者様」

「どうかしたか?」

「いえ、あの……少しだけ、そちらに寄ってもいいですか?」

「好きにしろ」


勇者が了承すると、彼女は勇者との距離を縮める。その時、彼女の長い髪がさらりと風に流れた。


「神子、ねえ」

「え? あ……」


露になるのは、彼女の額に浮かび上がっている聖なる紋章。それこそがまさに彼女が神子たる所以であり、生まれながらにして宿していたのだという。そのため彼女は幼少の頃から崇められ、また彼女も人々の期待に答えるべく様々な知識を学んだそうだ。そして彼女が五歳の時に神の信託を受けた事で、神子としての地位を確固たるものにした……らしい。本人がそう語ったわけではなく、周囲の人間の噂話から得た知識に過ぎないため、どこまで真実なのかは分からないが。

この世界に生を受けた瞬間から人生の道筋を決められているというのは、一体どんな気分なのだろうか。勇者は何度かそう考えて、しかしすぐに飲み込んできた。いくらなんでも無神経すぎるし、そこまで他人に踏み込むつもりもないからだ。


「……きっと、もうすぐですね」

「ん?」


考え込んでいた時に予想外の返答をされ、勇者は思わず聞き返す。だが、彼女の言いたい内容はすぐに思い当たった。


「勇者一行が魔王を倒してハッピーエンドまで秒読み、ってか? ま、俺は今までの生活に戻るだけだろうが」

「傭兵に戻られるのですか? 世界を救った勇者様ならそうしなくても充分暮らしていけそうですけれど……」

「金もいるしな。それにそっちの方が俺の性に合ってる。英雄だのなんだのと国に縛られるのはめんどくせぇんだよ」

「妹さんのため、でしょうか。勇者様は妹さん想いですね」

「別にそんなんじゃねぇよ。ただ……まあそうだな、たった一人の肉親だ、そりゃかわいいさ」


彼は幼い頃に両親と死に別れ、それからはずっと妹と二人で暮らしてきた。しかし妹は数年前に落下事故に巻き込まれ、以来ずっと眠り続けている。口が悪ければ態度もよろしくない彼が勇者として今回の旅に加わったのは、つまるところ妹のためだった。

妹が目覚めたとき、平和な世界であってほしい。全人類の希望を託された勇者の願いは、たったそれだけのシンプルなものだ。


「素敵ですね。私は兄妹がいませんから……ちょっとだけ羨ましいです」

「そういうもんか? ああじゃあ、この旅が終わったらアイツに会ってやってくれ」

「え?」

「明るいつーか賑やかな奴でな、人と話すのが好きだったんだ。きっと喜ぶ」


彼女は一瞬だけ驚いた顔をして、次には本当に幸せそうに微笑んだ。


「是非お会いしたいです。その時は、皆で伺いますね」

「あ? コイツらも来んのか……ぎゃあぎゃあとうるさそうだな」

「ふふ、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔してますよ。じゃあ、はい」

「……なんだ、その手は」


彼女はにこにこと笑いながら、小指を立てた右手を勇者に向ける。


「指切り、です。東の国で約束の証として行われるものなんですが……ご存知ありませんか?」

「知らねぇな」

「こうするんです、ほら」


彼女は勇者の手を取り、小指と小指を絡ませる。そして不思議な呪文を唱えながら、軽く上下に振った。


「ゆびきりげんまん、嘘ついたらホーリーレイン千本ふーらす、ゆびきったっ」

「ああ!? なんだそりゃ」

「いやだったら、約束、守ってくださいね?」


茶目っ気たっぷりに笑う彼女はどこにでもいる普通の子どものようで、勇者は頭をぽりぽりと掻きながら「……しゃーねぇな」と渋々承諾する。すると、彼女は益々笑みを深くした。


穏やかな空気が、二人の間に流れる。まるで恋人同士のように、仲の良い兄妹のように、或いはその両方かのように。

神子は勇者の顔をじっと見つめ、何かを言おうと口を開きかける。しかし、仲間によってそれは叶わなかった。


「な~に甘酸っぱい青春の一ページみたいなやり取りしてるのー。だめだよメシア、こんなろくでなしといたらぱくっと食われちゃうよぉ」

「……品がない」

「あぁ!? オイお前ら、いつから起きてた!」

「ぼくらだって勇者の連れなんだよー? 傍であんだけ長いこと話してて気付かないわけないじゃん」

「その通りだ」

「寝たフリかよ……よっぽどお前らの方が悪趣味じゃねぇか」

「それでメシアを守れるならいいもーん。ほら、おにーさんの方おいで?」


司祭は右手で手招きし、神子を呼ぶ。しかし彼女は立ち上がると、楽しそうに魔法使いの横に腰を下ろした。


「ええええ、そうくるの!?」

「はっ、フラれたな」

「だーかーら鼻で笑うのやめてよね! なんだよ、きみなんてちょっと強いだけじゃん! かわいさが足りないんだよ、かわいさが!」

「男にんなもん必要ねぇよ」

「わかってないなー、最近はかわいい系が流行なんだよ!」

「激しくどうでもいい。つーかお前らは寝ろよさっさと」

「やだ、二人の邪魔する。あ、そうだこの際みんなで起きてるってのはどう!?」

「あ、それいいですね!」

「面白そうだ」

「ガキかよお前らは……」


勇者はぐったりと肩を落としつつも、その顔はまんざらでもなさそうだった。そんな彼を見た他の三人からは、笑みが零れる。こうして四人で過ごした日々は、それぞれにとって何よりの宝物だった。


大切だった。大切にしたかった。だから共に生きようと誓い合った。しかし、それらは一人の少女によって粉々に壊される事になる。

少女――――メシアの手によって。



「どうしてなんだよ、メシア……!!」


今はまだ誰も想像すらしていない残酷な結末は、もうすぐ訪れる。


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