一生に三度も婚約破棄されたなら、さすがにされた側にも問題があると思う
「レンド様。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
馬車にゆられること三日。私はウールー伯爵家を訪れています。案内された中庭には、鮮やかな花々と共に、本日の顔合わせ相手、レンド伯爵令息が椅子に座って優雅に紅茶をすすっています。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
レンドさんは私の姿を見ると素早く紅茶を置いて立ち上がり、私に向かって挨拶をすると、手で椅子に座るよう優しく促してくれました。今のところは特に変な人ではなさそうです。
……でも油断してはいけません。男性はいつ本性を現すか分かりません。しっかりと見極めなければ。
絶対に三回目の婚約破棄はされてはならないのですから!
婚約破棄、それは普通起こり得ない現実離れした出来事。
家と家との間で結ばれた婚約に、個人の意志が介入するなどあってはなりません。婚約破棄をするやつなど、正真正銘の大馬鹿者か、またはよほど酷い婚約相手だったかのどちらかに違いないのです。
……そして、残念なことに、すでに二回も婚約破棄の経験がある私は、世間からよほど酷い婚約相手かもしれない疑いをかけられつつあります。
始めて婚約破棄されたのは私が16の時。相手の顔も名前も思い出したくないので、屑男Aとさせていただきます。屑男Aは、幼少期から結婚を誓った中でした。領地が隣同士で、家の仲も悪くなかった事から、物心つく前には勝手に婚約が決められていました。
正直嫌でした。ちゃらんぽらんで何も考えていない、頭パッパラパーな奴、誰が気に入ると言うのでしょうか。でも家の取り決めです。私は文句一つ言わずに従いました。
そして忘れもしない16歳夏の学園パーティ。彼は可愛い令嬢と手を繋いだ状態で急に壇上に上がり、こう宣言しました。
「俺はアミルとの婚約を破棄する!真実の愛を見つけたのだ!お前みたいな女に構っている暇はないのだ!」
それからは非論理的な自己正当と、いかに手を握っている女性を愛しているかのスピーチ大会が始まりました。婚約破棄とか言う、想像上の産物が実際に起こるなんて、しかもその対象が自分になるなんて夢にも思ってなかった私は、口をポカンと開けたまま何も言えませんでした。
そうして一回目の婚約は破棄されたのでした。
でも今思い返せば、一回目はまだ良かったです。屑男Aの悪名は学園中に広まっていましたし、婚約破棄なんてする方がおかしいしですし、皆からの私に対する視線はとても暖かかったです。むしろ、別れられて良かったじゃんと、婚約破棄されたことを肯定的に捉える人もいたぐらいでした。
しかしそれは、一回目だけの話でした。
二回目は私が19歳の頃。社交界にデビューし始めて少ししたタイミングで、また婚約の話が持ちかけられました。私は特に断ることも見極めることもせずに了承しました。
今思い返せば、婚約破棄なんて一生に二度も起こることじゃない、運が悪かっただけだ、と高をくくっていたのが良くありませんでした。もっとしっかり事前に確認するべきでした。
二回目に婚約した相手は、自己愛にあふれたモンスターだったのです。
顔合わせの日。彼は、屑男Bは出会って一言目。
「君は、僕の美しさを彩る良いアクセサリーになると思うんだよね」
そう言いました。屑男Bの中では、私は彼のアクセサリーで、彼を彩る一つだったらしいのです。まあ正直そう思われるだけなら問題ないのですが、彼は事あるごとに私の日常に口出しをするようになりました。「その薄い色の服は僕の横を歩くに相応しくないから止めろ」だの、「ご飯は果物以外食べてはダメだ。僕を彩る君が肉なんて野蛮な物を食べたら、僕の品が落ちてしまうだろう」だの、言いたい放題の嵐でした。
初めはそれでも何とか言うことを聞いていましたが、何度かお会いしているうちに、これ以上従うのは厳しいと気づき、完全に従うことを止めました。
屑男Bはそれが気に入らなかったのでしょう。
「アクセサリーが意思を持つなんてあり得ない。君との婚約は破棄させていただく」
と宣言されました。
――ぶっちゃけ嬉しかったです。ただ、世間の反応は一回目ほど私の味方ではありませんでした。
彼がやばいのは社交界でも噂になっているので、私を擁護してくださる方は多かったですが、一部の人々は、二回も婚約破棄される私に問題があるのではと、コソコソ囁くようになりました。
それも当たり前でしょう。正直私でも、二回も婚約破棄されている人がいたら、その人にも何か問題があるのではと疑ってしまいます。
では、もしその後三回目も婚約破棄されたとしましょう。すると世間はどうなるか。そんなの考えなくでも分かります。私が酷い婚約者だったという噂が、真実味を大きく帯びてしまい、これまでの婚約破棄の原因全てが私の責任になってしまうのです。
それだけは絶対に嫌です。もちろん社交界から嫌われたくないのもありますが、そうなってしまうと屑男A・屑男Bの行動が正当化されてしまいます。それだけは絶対に許せないです。
つまり今回、三回目の婚約相手はしっかり見極める必要があるのです!
「改めまして、本日は遠路はるばるウールー領までお越しいただき誠にありがとうございます。へんぴなところではございますが、是非楽しんでいただけると嬉しいです」
私が案内された椅子に座った後、レンドさんはゆっくりと椅子に腰掛け、改めてそう言われた。
「さて、あまり探り合いをするのは得意ではないので単刀直入に伺いますが――アミルさんはどういう条件があれば我が家に……私に嫁いでくださいますか?」
「えっ?今何と?」
「アミルさんが嫁ぐことに前向きになっていただける条件をお伺いしたいな、と。申し訳ありませんが、私は諸事情で早急に結婚せねばなりません。しかし事を急いては愛情を育むことも出来ません。これでは相手に――あなたに失礼ですから、愛情を育めない代わりに納得できる条件を提示いただきたいなと」
あまりにも好条件な提示に私は面食らいます。
おかしい、何もかもおかしいです。そもそも今までの婚約者は、こういう場では横柄な態度を取っていました。それが普通で、丁寧に接する方などいませんでした。でもレンドさんはとても紳士に私に接してくださっています。
それに前向きになる条件を提示するなんてあり得ないです。「俺と婚約出来ることが褒美だ」ぐらいのテンション感がデフォルトです。愛情を育めない代わりに納得できる条件を出してくれるなんて聞いたことがありません。
「その、レンド様、大丈夫なのでしょうか?」
「はい?」
「自分で言うものではありませんが、そのような破格の条件を出すレベルの人間ではありません。釣り合いが取れませんよ?」
私がそう言うと、少しの沈黙の後、レンドさんは急に声を抑えながら笑い始めた。
「フフッ――失礼。アミルさんは不思議な方ですね」
「わ、笑うことでしょうか?そこまで変な事は言っていないと思いますが」
「申し訳ない。――この質問に対する回答は、事前にいくつか考えさせていただいていたのですが……」
「ですが?」
「そのどれとも違う反応だったので、つい。――フフッ」
レンドさんはそう言って、また声を抑えながらも体を震わせて笑う。
それそんなに面白いですかね?レンドさんは笑いのツボがよく分からない人です。もしかしたら怒りの沸点も変なところにあるかも……警戒するに越したことはありませんね。
でも笑い方も不快ではありません。今までの方々は馬鹿にしたような、トゲのある笑い方でしたが、レンさんの笑い方は、ずっと聞いていられるくらい朗らかです。
「今回の提案は、私の自己満足のようなものなのであまり気にしないでください。望みはありますか?」
「そうですか。……でしたら一つあります」
「おぉ!なんでしょうか?」
「私の望みは――婚約破棄をしないことです。……いかがでしょうか?」
私の発言で、レンドさんは面食らったように黙りました。
ちょっと初対面から言い過ぎたでしょうか……もしかしたら引かれてるのでしょうか……
「フフッ――ハハハッ!」
レンドさんはとうとう大きな声を上げて笑い始めました。
やっぱり笑いのツボは分かりません。
「本当に変わったお方だ。そんな当たり前の事でいいんですか?お金でも宝石での何でも良いのですよ?」
「婚約破棄さえしてくださらなければそれ以外何もいりません」
それが一番大切な事です。
お金や宝石なんていらないです。
「そうですか……分かりました。婚約破棄はいたしません。これからよろしくお願いいたします」
レンドさんはそう言うと、「では後日、婚約破棄しないという契約を魔法でも結んでおきましょうか」といいながらにっこりと笑った。
私は正直レンドさんが、どんな人かよく分からないです。まだあって数分しか経ってませんし、笑いのツボもおかしいですし……
でも、何故でしょう。
彼と一緒なら幸せになれる。そんな気持ちが湧き上がって止まりません。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
私もにっこりと笑ってそう言った。周辺の鮮やかな花が、きらきらと輝いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!少しでも面白いと思ってくださったら、ブックマークと下の☆で評価をしてくださると嬉しいです!
応援宜しくお願いいたします!




