孤独な少年の記録
第一部 暴力
転入
Kにとって周りの子供は不可解な存在でしかなかった——しかし、他人から見ればKの方がよほど変わった子供であった事だろう、現に、幼稚園児の段階で既に、年長組に目を付けられて意地悪を食らっては、駄々をこねながら通園を拒否する姿勢を見せて、幾度となく母の手を煩わせる事があったし、小学生になった直後には、同級生のいたずらっ子に妙に気に入られた結果、友達になると同時に悪戯やからかいの対象という力関係にも陥り、乱暴な言動を受ける度にいとも簡単にわんわんと声を上げて泣き出す、するといたずらっ子は、すぐに先生が飛んでくる事が分かっていたので、このままではヤバいと逆に焦り始めて、まるで赤ん坊をあやすかの如く必死で泣き止ませようとする、そんな奇妙なやりとりが長らく続いていたし、進級してクラスが変わっても、学級のリーダー的ポジションに位置する活発な男子に、無意識の内に無礼を働いてしまったか、グループぐるみでの村八分を受け、クラスでの居場所を失うという災難に見舞われる事もあった。
その他、様々な細かい出来事を入れれば、いつどこにいたってKは何かしらの小さな苛めや暴力に晒されており、子供達の旺盛な嗜虐欲のはけ口に選ばれる事態が続いていた——しかし、小学校三年生の時に転機は訪れた、これまでKは父の仕事の都合で生まれた時から各地を転々とする生活を送っており、それは子供にとって友人との別れという悲劇を示すと同時に、人間関係の苦境からの脱出という前向きな役割をも担う訳であるが、Kにとって今回の転校がこれまでと多少異なる意味合いを持ったのは、彼が対人関係の問題に少なからず意識的になってから初の転校の機会である事で、故にKは移転先へ向かう際、次こそはクラスメートと友好且つ対等な関係を築き上げなければならないと、新しい環境への幾許かの希望と覚悟を持ちながら新天地に臨むのであった。
転居先は両親共通の地元で、母方の祖父母が住む家の隣地に空きが出来たため、新築のマイホームを購入する事で社宅生活に区切りを付け、そこを生涯の住み家とした訳であるが——その新しく越してきた土地というのが、これまでとは比にならぬ程の辺鄙な田舎町で、窓から見える景色は田畑と山々で覆われており、若者のたまり場も無ければ子供の為の充実した遊び場もなく、老人が余暇で営む廃れた商店や個人経営の品揃えの悪いコンビニが僅かに見られるばかりで、学校に関しても大概が一学年一クラスの構成によって辛うじて存続が成り立っているだけで、冬にもなれば豪雪に覆われて外出自体が妨げられてしまう、そんなうら寂しい殺風景な暗然たる東北の寒村であった。
Kはまず新たな土地の習俗とルールに馴染む事を覚えなければならず、後進的な環境に因る文化の相違がもたらす手痛い洗礼に、生活の至る場面において逐一直面せざるを得なかった——以前通っていた多クラス編成の開放的で風通しの良い都会的な街中に位置する校舎から、事件らしい事件一つ起きない田舎の田園地帯にポツンと置かれた、学年が変わっても顔ぶれは変わらぬこじんまりとした保守的且つ閉鎖的な学校では、何から何まであらゆる点においてかつての習慣が利かず、先の土地では普通であった事がここでは普通ではない、しかも、立場的にはこちらがよそ者である為に、一方的に相手側の慣習を間違ったものと見なしては得々と指弾を向けてくる——ものの呼び方、発音、言葉遣い、食文化、生活習慣、礼儀、マナー、授業や遊びの方法まで、とかく色々な慣習のギャップが無意識に露わとなる度、相対する生徒からは露骨に引かれるリアクションを取られ、クラス中からは笑いが生じ、先生でさえ微笑を浮かべながら修正を施す……この瞬間がKには嫌で嫌で堪らず、出来るだけ感情を表に出さないよう心掛けていたものの、内心は非常に惨めで恥ずかしく、自尊心が痛く傷付けられるような思いがし、同時に周囲への強い疑問と、不愉快と、反発とを覚えた——何がおかしいのか分からない、なぜ笑われているのか分からない、どこがいけなかったのだろう、どこをどう直せばいいのだろう……Kは後年、「他人と異なる自分」という存在論的問題に深く悩まされ、よそ者、はぐれ者、余計物という孤独で卑屈な、悲痛の自意識に苛まれるのを余儀なくされたが、転校はその最初の発現という契機を果たし、初めは飽くまで土地柄の懸隔による文化の衝突に過ぎないと思われたものが、長年の交流を通じ、風土的差異を超え、自分という個人独自の特異性に突き当った事で、さらなる孤立を深めていくのであった。
小学生にとって最も重要な課題は対人関係の構築と良好なポジションの確立であろう、個性に関わらず歩幅の合わせた成長を求められる均質的な教育下において、将来を真剣に見据える事なくひたすら今を楽しむばかりの子供達にとって、勉強やスポーツの結果など学業にさして影響を与えるものでなく、運動の出来不出来さえも周りの生徒から尊敬と羨望を勝ち取る為の一手段に過ぎない訳で、畢竟充実した学校生活を送れるかどうかその一切は対人的な繋がりや評価に集約されていると言っても過言ではないはずである。
遠方の地からやってきた部外者の身分でしかないKがまず行わなければならないのは、当然新しいクラスに馴染む事、溶け込む事、受け入れてもらう事に他ならない訳だが、その為に必要なのは自分がこれから属して長い期間を共有するであろう集団内の既存の人間関係、序列、空気感、暗黙の了解を洞察する事であって、クラス替えのない本校においては、Kが参入する事となった三年次の始動時点で既に過去二年同じ顔ぶれで生活を共にしているはずなので、長期の交流を通して構築された堅固たる学級内の秩序や不文律が存在するのは想像に難くなく、それを端から念頭に置かず無邪気に立ち回り、意のままに振る舞い、みだりに自己を押し出せば、安定にあった均衡を崩し、既定のヒエラルキーを破壊し、触れてはならぬ領域に土足で踏み込み、クラス全体から忌み嫌われ、孤立する可能性が生ずるだろう——よって初めの内はなるべく余計な行動を取らず、無暗に輪の中へ飛び込まず、受動的な態度で様子を伺い、静観の立場を保って、誘われるがままに動き、一歩引いた見地から徐々にクラスの動向を把握する事で、緩やかに己の適切な立ち位置を確保するのが最善であると思われた。
複数の学び舎を渡り歩いてきた経験上、大抵どの学級にもそのクラスを代表する存在——子供達の意思決定に多大な影響を与え、周囲の人々を感化し、敬服の眼差しを向けられ、自然と周りに人が集まる、組織のリーダー各、引率者、指導者に当たるような生徒が、必ず各現場に一人はいたもので、Kが見たところそこには幾つかの共通点があり、スポーツ万能、おしゃれに敏感、流行に精通し、学校行事にも積極的で、重要な役員を兼任し、何事にも活発で、好奇心旺盛、物怖じしない、社交的なキャラクター、そんな人物が往々にしてクラスの人望を集め、多数の取り巻きを連れて歩いていたものだが、新参者のKにとっては、受け入れ先の集団を取り仕切る斯かる権威者の存在について、もしもいるのであればその人物が誰か見極める必要があったのだが、案の定、Kが転入してきた新しい学級にも、分かりやすくそれに当たる生徒がいたのである。
T、という男子が即ちそれである——彼がクラスのリーダー格に当たる事は、新入りの立場にあるKからしても、数日間教室で生活を過ごしただけで一目瞭然であって、なぜなら転校初日から何かとTが前に出て来て、常に先導的な役割を果たしていたし、休み時間にもなれば男子の多くが彼の下に自然発生的に寄り集い、Tが何の遊びを提案するかその背中に付いて回って意思表示を待つのが常であったし、また、聞くところによると彼は一年生の時から学級委員長を連続で務めていたようで、三年次が始まった直後の役員決めでも、他に立候補者が出る事も反対意見が上がる事も無く、話し合いらしい話し合いが殆ど行われないまま、予定調和の如く彼が委員長を継続する流れとなっていたのである、そういう訳もあって、これら複数の事案を総合してみれば、彼こそ当学級を暗々裏に取り仕切る中心的人物であると、Kは容易にその内情を看取する事が可能だったのである。
一クラス三十人にも満たない生徒数で構成されている当学級は、「Tとそれ以外」という序列関係で成り立っているといっても過言ではなく、人望という点において彼は突出して一人勝ちの成功を収めているように見えた——と言っても、何もボスザルの如く横暴に振舞い、手下を従え、権力を行使し、いじめを講じ、場を牛耳っている独裁者、暴君、番長というニュアンスとは異なり、なるほど確かにKから見れば、無神経な、デリカシーのない、配慮に欠けた、人を不愉快にさせる言動は日常的に多々目に付いたものであるが、しかしそれは他の子供達も似たり寄ったりで、何も彼一人が特別粗暴な生徒には思えず、ただ彼はクラス内で特別な地位を付与されているが為に、異議反論を受ける事のない安全な立場で権力を行使できるが故、子供本来の支配欲や加虐癖が通常より判然とした形で表現されやすいだけで、どちらにしろ無神経という部分においてはいずれの生徒も大同小異であると、Kの目にはそう映らざるを得なかった。
何よりTが先導的地位に預かったのは、勿論彼自身が本来的に持つ積極性や外向性、我の強さや目立ちたがりな性向も大いに役立った訳であるが、それと同時に主因を成したのは、周囲の子供達一人一人による自然的な平服の心理である様に思われた——T自身が特別周りの人間に対して威張り腐ったり、横柄な態度を取ったり、暴力をちらつかせたりする訳でもないのだから、別に無理に彼の行動や意見に付き従う必要など無いにもかかわらず、彼らが飽くまでTを上位に据えて従属的態度に甘んじようとするのは、各々の内部に潜む本能的な集団主義や縦社会的心理、強き者に従い弱き者を屈服させようとする封建的意識が、個人個人の寄り集う場に一つの序列と組織性をもたらし、学級内で常に積極的態度を取って道を切り開かんとするTを、信服に値する存在、カリスマ的指導者、迷える我らを正しき方へ導く教祖として無意識に担ぎ上げ、彼を中心に据えて集団をまとめ上げる方が、結果的にクラス全体の利益につながるという、旧文明的な盲目の生存戦略が働いており、そんな弱き民衆の救世主を望む声に対して、自己主張の強いTもまた、望むところと言わんばかりに我が物顔で乗っかり、こうして相互の需給が一致した結果、Kにとっては甚だ理解し難い不可思議な社会構造の建築に至ったと思われた。
Tが習い事を始めれば、複数の同級生が自発的に後を追ってそのサークルに加わり、Tが手を伸ばした趣味や購入した玩具を、やはり他の者達が模倣して追随する——Tを中心としたグループに加入する事がクラス内でのステータスと化しており、もはや、「そうしなきゃいけない」という一種の洗脳的な義務意識、自己暗示、自己拘束が働いているように思え、それはどこか幼児が人の真似を無作為に行ってしまう様な未発達な心理にも似ていた。
のみならず、Tの好みや意見を否定してはならない、Tと異なる行動を取ってはならない、Tがミスを犯してもそれを指摘してはならない、そういった暗黙の空気、気遣い、忖度がクラス全体を密かに覆っており——即ち、実社会でも間々見られるように、民衆一人一人の公平な意思によって選択、形成されたはずの制度が、民衆自体がそれを絶対視、己の手を離れた不可侵の掟として盲信する事によって、自らが作り上げた神に自らが拘束される様な自家撞着の状態に陥り、社会状況の変化に柔軟な対応を施せず、現実と制度との間に軋轢が生じ、独りでに不利益を招き寄せる、彼らは丁度この状態に陥っている様に思われた。 民衆が結束すれば権力者を打倒する事は容易であるのに、最初の一歩を踏み出す者、先陣を切って反乱を起こす者に対し、周囲の人々が共闘の姿勢を示さなければ、その言動はあっという間に権力者の耳に入り、制裁を食らい、村八分の目に遭う、つまりそれは一種の賭けだ、中途半端なクーデターは失敗に終わる、強力な意志の下に固い結託を行い、皆で一斉に反旗を翻し、即時に多数派を形成しなければ、民衆は権力側が有利と見て、裏切り者の始末に走り、謀反は早々に弾圧を食らう、しかし、死の寸前の様なよっぽどの苦境に陥らない限り、全員が一斉に同じ方向を向くのは難しい、故に誰もが造反の失敗を恐れ、最初の人になるのを避け、何もしないのが無難だという結論に至る——このクラスの生徒達も、自らが担ぎ上げ、祀り上げた権力者、形成に加担した階層構造に、その自主的意思の介在を忘れる事で、己自身が支配され、束縛され、抑制される権力装置の番人へと成り果ててしまい、不満を口に出せず、自由行動を取れず、抜け駆けを許そうとせず、互いが互いを拘束し合い、相互的な監視状態に陥る、その結果、Tを頂点とした強固な力関係の構築に、さらなる相乗的促進がもたらされ、鉄壁の秩序と化す、そんな悪習、悪循環に陥っているように思われた。
Kはこういったクラスメートの生態が不可解でならなかった——現に、一人一人がTの言動に不満気な表情や、対立の姿勢を瞬間的に見せる事がある、しかし、それ以上踏み込もうとしない、決して確然たる敵対の構図を作ろうとはしない、早々に自分の方から身を退ける、そこに踏み込んではならない、口にしてはならない、崩してはならないという場の圧力が働く、なぜ無理に付き従うのだろう、嫌なら止めればいいじゃないか、この序列関係の維持を担っているのは、他でもない君達一人一人なのだから、各々が自分の意志を優先し、感情を表に出し、従属的な姿勢を放棄すれば、この均衡は容易に崩れるはずで、まるで自分で自分を縛っている様にしか思えない、田舎特有の村社会的文化の表れなのだろうか、まるで群れで生活を成す社会的な昆虫を観察しているような気分だ……。
T自身もこういった不文律の主従的雰囲気を自覚してる節が見られ、それを意識した上での不穏な行動を露わにする事があった——例えば、自身のとある好みを述べた後、他の者達が例によって同調の頷きを表示するその姿を見届けた直後、ああやっぱ俺は違うかも、と急に自身の発言を撤回する素振りをややわざとらしい形で見せつける、すると他の生徒達は、ついさっき前言に同意する姿勢を見せてしまった手前、Tの唐突な切り返しに再び追従の言葉を新たにする訳にも行かず、互いの価値観がすれ違う瞬間が生み出され、何とも言えない微妙な空気が醸成される……Tがある遊びを提案して、周りがそれに乗り気の姿勢を示すと、案の定、やっぱ俺は抜ける、などと急に言い出して、結果周りの連中は取り残され、困惑と、呆然と、ばつの悪い表情を浮かべる、そうしてその様子を、Tは一歩引いたところから、下品なニヤケ面と共に楽しそうに眺める。
こういった行動が、果たして、自分の真似をせず、無理に同調せず、各々が好き勝手に振舞えば良いのに、という謙遜と辟易の感情を動因とした、解放を促すメッセージの積もりなのか、はたまた、皆が自分にへえこら従う様を面白がって、故意に振り回し、かき回し、その戸惑いと動揺の姿を楽しみ、同時に自身の目に見えぬ権力の存在を、明瞭な形で浮き彫りにする事で安心と満足に浸る、そんな悪趣味な捻くれた動機からなのか、そこのところがKには今一つ判断し兼ねた。
KとTは地区が同じで、Kの自宅はTの通学路の途上にあり、尚且つ互いに野球のスポーツ少年団にも加入していた為、登下校中は通学路で、授業中は教室で、休日はグラウンドや公民館で引っ切りなしに顔を合わせるのを余儀なくされており、結果的に二人はクラス内でもかなり近しい立場へと発展し、いつの間にやらKはTの腹心としてグループに取り込まれる形となったのだが——しかし、実際にはTによる一方的な接近に過ぎず、Kの方は彼に対し全く好感や信頼を抱いてはおらず、むしろ嫌悪の方が遥かに強かった。 何より目に付くのはその群を抜いた無神経さである、特に暴力を振るうという訳ではないが、とかくがさつで、図太く、厚かましく、臆面がなく、照れやはにかみという感情を知らず、人前に立つ事への躊躇や人に嫌われる事への不安を持たず、常に堂々たる態度でぐいぐいと人の内部に踏み込む——人見知りの心理や繊細な自意識などまるで理解が及ばないであろう、周りの視線を気にしないからやたら声もでかく、他人にあまり聞かれたくないようなデリケートな話題も、教室の端から端に向かって無遠慮に大声で言葉に出してくるし、明らかにこちらがきまりの悪そうな表情でヒソヒソと相手の耳元に囁き掛けても、それに対する返答の声量は会話の内容と互いの距離に甚だしく不釣り合いな、辺り一帯に響き渡る轟音である、当然の事ながら、それらの会話は多数の生徒に丸聞こえとなって、知らず知らずの内に恥を晒され、プライバシーを侵され、プライドを踏みにじられる……一体、どういう神経をしているのか、周りに人がいるのが見えていないのか、どう考えたって互いのテンションの落差が大きすぎるじゃないか、どうして人の気持ちを察する事が出来ないのか、教室内で声のでかい奴は、何とまあ馬鹿が多い事か……。
Tが家に遊びに来た際、いつもの遊び部屋が親の都合で使えない状況にあったので、仕方なくKは二階の自室に初めて案内する事となったのだが、その時のTの行動に度肝を抜かれた、部屋のドアを開けて、中に入り、全体を見回した後、飄々と勉強机の方へと向かい、そのまま何のためらいもなく、突如、上から下まで全ての棚を、人の秘密でも探らんとする不敵な笑みを浮かべながら、断りもなく平然と、次々に荒っぽく開け始めては、中身をのぞき見て悦に浸っていたのである——Kは驚いた、我が目を疑った、信じられなかった、一体、初めて上がった他人の家の冷蔵庫やクローゼットや戸棚を、誰が了承なしに開けて回るだろうか? なぜ人の私生活を手前勝手に調べ上げようとするのか? 自分の行動がどう思われるか考えないのか? それは明らかに他人の恥部を掌握する事への優越感と、人の趣味を存分に品評してやろうという図々しい思い上がりから生ずる下劣な欲望の発動であり、それをあろうことか本人の目の前で平然と実行に移したのである。
Kは平生からのデリカシーを欠いたTの無思慮な振る舞いを見て、この人間の知能と神経と品性を疑った、正直言って猿並みだと思った、KはTと中学校に入っても常に近い場所にいた為、その浅ましい生態をじっくりと観察する機会を存分に得ていた訳であるが、Tはいつもその時代時代の流行に分かりやすく便乗し、キャラクターやファッションや趣味を次々とっかえひっかえ、世の人気者になる条件を探し出しては悉く食い漁って、前と全然違った言動を時流に応じて平然と翻して見せるのである——Kはその変わり身の早さと顕示欲の強さを見て、何て節操がなく、浅ましく、軽薄な人間である事だろうと、一匹の生き物として気味悪く映った、自分が目立ち、異性に慕われ、人気者になれるなら、こいつは何でも良いのだ、信念や矜持というものが微塵も無く、金を手にする為ならどんな卑しい振る舞いでも平気でする人間と同様、最先端として持て囃される在り方を自覚なく軽々に摂取し、しかもそれが本心の自然な自発的な顕現であると思い込んでいるのだ。
中学三年生の時、高校受験の面接の最中、面接官から、最近気になったニュースを聞かれた際、Tは、つい先日暴力的な成人向け映画を撮って社会問題となった、とある映画監督の訃報のニュースを繰り出した、すると、即座に面接官から、その映画を見たのですか? と驚くような表情で問い詰められ、実は友人とこっそり見に行っていたTは、慌てて嘘を並べて誤魔化した——Kはこのエピソードを第三者から聞かされた時、ほとんど愕然、呆然とする思いで耳を傾けていた、何て頭が悪いのだろう、数あるニュースの中でなぜわざわざそれを選んだのか、面接という厳粛な場で、中学生が見てはいけない映画を口にしたら、不信に思われるのは自然の道理じゃないか、そんな当たり前の事すら理解できないのか……。
こんな白痴同然の男がクラスの中心人物として伸び伸び教室を闊歩している現実にKは慄然とさせられた——よくこれで人の上に立てたものだ、いや、むしろこういう人間だからこそ堂々と高位の座に居座れるのだろうか? 恥じらいや、配慮や、臆面や、謙遜の情が少しでもあれば、集団内で強気な姿勢など取れやしないのではないか、他人の心情に鈍感で、粗略で、野暮で、盲目でないと、平然と人を先導したり、率先して先頭に立ったり、傲然と指揮を執るなんて事、出来やしないのではないか……。
ある朝、珍しく同地区の子供達が登校時に声を掛けなかったので、Kは一人家を出て学校に向かったのだが、校舎に到着して教室に入り、クラスメートの集まりに近寄って、慣例通り「おはよう」と交際上の義務を済ませようとしたところ、Kの挨拶の言葉に対し、Tとその一派は、何か笑みを押し殺すような妙な表情を浮かべながら、Kを避けるように無言で周囲に散らばるという不自然な動きを見せた——Kは持ち前の洞察力で瞬時に察知した、以前、Tの提案で、ある一人のクラスメートを選択し、その子を一日中無視するという下らない遊びを講じていたのを知っていたのである、そうして今日は自分がそれに選ばれたのだ、何て馬鹿馬鹿しいんだろう、Tは暴力的ないじめを働く事はなかったが、こういう嫌がらせまがいの遊びは珍しくなかった、しかし当人は至って茶目っ気のある他愛も無い悪戯程度にしか思っていないのである。
T達の低俗な魂胆が読み取れた瞬間、Kは腹立たしさと軽蔑と悲嘆の感情に駆られたが、同時に一つの意志を固めた、この悪ふざけが思惑通りの意味を成す為には、まずこちらからT達に話し掛けるという前提が無くてはならない——無視という企ては自発を起点とする能動的行為ではなく、まず相手の働き掛けがあって初めて成立する受動的な挑発行動であり、つまりは作用に対する反作用、アクションに対するリアクションであるから、畢竟こちらが一切話し掛けさえしなければ、無視という現象が具現化される事態は物理的に訪れない訳だ、となれば、相手側が折れるまで非接触の態度を意図的に貫く事で、この幼稚な詰まらない遊びを無効化、不成立、台無しに終わらせる事が出来る。
そう考えたKは、放課後までずっと、彼らと同様敢えてこちら側からもTとその取り巻き連中に話し掛ける事はせず、普段積極的に絡む訳でもないグループに接近し、問題なく平穏な日常が続いているかの如く素知らぬ顔を装いながら過ごした——そうして、放課後、帰ろうとする間際、T達がようやく向こうからKの方に近寄って来て、今日一日無視する遊びをやっていたのだと、ニヤケながらネタばらしを披露した、しかし、端からそれを理解していたKは、待ってましたと言わんばかりに、やや誇張気味の余裕に満ちた態度を以て、え、そうなの、全然気が付かなかった、と何の影響も無かったかの如く淡々とあしらい、微笑を浮かべながら颯爽とその場を去った、こうしてKは彼らの期待を挫き、失望を与える目的を成就させ、何とか一矢報いたと、受けた屈辱を打ち消さんとするばかりに心の中で密かに勝ち誇った——それは人と喧嘩する事を知らぬ気弱な少年の、心ない子供達に対して可能な精一杯の悲しい抵抗であった。
転落
Kは転校初日から明るく振舞う事を心掛けていた——元来遠慮がちでシャイな性向にあったKは、Tの様に無暗矢鱈と人前に出て大胆に自我を主張するような軽率な真似は出来ない、かといって弱気且つ陰気な消極的姿勢を見せれば以前と同じような爪弾きの目に遭う危険性が生じてしまう、となれば濫りに前へ出る事も、自然に後方へ追いやられる事もない、クラス皆から愛される丁度いい塩梅の絶妙な立ち回りを実践しなければならない、そこで自然に滲み出た態度が、ひょうきん、滑稽、お茶目であった。
元来面白い事を考えるのが好きで、人を笑わせるのを得意と自負していた事もあって、Kは常に天真爛漫な態度で、満面の笑みを浮かべ、開けっ広げな姿勢で、朗らかに和やかに人と接し、頻りに人を笑わせようとおどけて見せて、クラスのムードメーカーを積極的に引き受けた——誰にとっても無害な、優しい、頼りある存在として認めてもらう為に、悪口を言われても言い返さず、暴力を振るわれてもやり返さなかったし、人の欠点を見出そうが失態を目撃しようが、それをあげつらうとか周囲に吹聴するとかはせず、見て見ぬ振りをして何事も無かったかの様にそっと受け流し、他人の誘いや要望、頼み事も決して無下にせず、断る事を知らなかった。
Kはすぐにクラスに溶け込んだ、面白くて優しい不思議なキャラクターとして、クラスの皆から気に入られる目立った存在になった、しかし……その努力と人気に反し、Kは転校から卒業式までの四年間、子供達の悲しい暴言暴力に晒され続けた、毎日顔を合わせる度に、低俗な悪戯を、幼稚な意地悪を、悪意ある嘲罵を、理不尽な仕打ちを浴びせられ続けた。 実際Kを嫌う者などいなかったし、彼がクラスの人気者である事に疑いはなかった、しかし、その人気はTとは真逆の形の、敬服や憧憬や忠誠が皆無の、言わば子分としての、玩具としての、ピエロとしての人気に過ぎず、意の向くままに動かし、手っ取り早く要望を履行させ、時を選ばず気晴らしに利用でき、醜態を演じさせては悦に浸る為の、都合の良い便利な道具としての消費に他ならなかった。
Kはこういう事態を全く予期していなかった、自分はただ平和的な、中立な、穏便な、仲睦まじい関係を築きたい一心で、道化に徹し、柔和に接し、厄介な要請にも嫌な顔一つ見せず快諾し続けていた、にもかかわらず、その迎合的態度は却って仇として返され、クラスメートに優しい態度を取れば取るほど、感謝の意思が示されるのではなく、ただひたすら要求の高がエスカレートしていくばかりで、滑稽を演じて見せれば見せる程、愛着の感情をもたれるのではなく、加虐と玩弄の態度が激化していくばかりで、それは丁度、猿に餌を与えて手なずけようとしたのが、「こいつは俺に餌を寄越す下僕だ」と、主人ではなく手下として認識されてしまう現象と同様だった。
こいつには何を言ってもいい、何をしたっていい、幾ら粗暴に扱い、どんなに面白がったって構わない、どうせ歯向かってくる事は無いし、どんな要求だって断らない、このクラスにおいてお前はそういう役回りなのだ、皆の家来、玩弄物、慰み者、これがお前に与えられた義務なのだ——優しさと面白さを武器に新たな配属先へ飛び込んでいった結果、Kの生温い態度を見て取った生徒一人一人の中に、この新参者を舐め、軽んじ、眼下に敷き、高を括る不遜な慢心が生じ、それが互いの目くばせと阿吽の呼吸、自然な連携と共鳴によって、民主的な意思の堅牢な共同体に発展し、暗々裏の集団的決定が為され、不穏な空気感がクラス内に浸潤し、クラスメートが巨大な一塊となってKに襲い掛かる、そうしてKは下賤な立場に落とし込まれ、常に損な役回りを与えられ、弄ばれるのを職務として課せられ、身動きの取れない泥濘に嵌まる。
Kはこの様な子供の心理が存在する事を知らなかった——事実彼らは、自分の性格を評して、優しいと述べる、面白いと褒める、良い奴だと賞賛する、にもかかわらず、実際に自分と触れ合う時の態度は、むしろ興味のない生徒に向けるそれよりも乱暴である、平然と暴言を吐き、嘘で翻弄し、粗悪な扱いを施し、冷淡な応対で報いる、なぜだろう、自分の事を評価しているのではないのか、好意を持っているのではないのか、仲の良い友達だと思っているのではないのか、なのに、どうしてそれに見合った愛情ある親身な姿勢で応対してくれないのだろう、結局、子供というのは、自分に無害な存在と分かれば、幾ら親切で茶目っ気のある人格者と認めようが、その評価に不釣り合いな支配的態度を向けてしまうものなんだろうか、優しさによって信頼を勝ち取る事は畢竟不可能なんだろうか、性格が良いという特徴は敬服に値しないものなんだろうか、常に彼らの一歩上を行く、隙のない、格好良い、おしゃれな、クールな動きを見せ続けなければ、たちまち自分の配下に収めようとしてしまうものなんだろうか……。
明らかにKは初動でミスを犯した、決して下手に出るべきではなかったし、自ら道化を演じて見せるべきではなかった、かと言って強気な態度を取ってクラスを牛耳らんと乗り込んでも、輪を乱す者として疎外の対象に陥るのは目に見えていた——つまりKは端から他人と深く繋がりたい欲求、じゃれ合いたい、気に入られたいという対人的願望を捨て、不要なコミュニケーション、物笑いの種となる滑稽な言動を晒すのを避け、地味な、目立たぬ、変哲のない生徒として、味気ない代わりに争いもない凡庸な学校生活で我慢すべきだったのだ。 こうなるともはや脱却するのは至難の業であり、K一人の意志や働きでどうにかなる問題ではなく、圧倒的な権力の介入による強硬的な是正か、クラス替えによる人間関係の根本的な刷新以外に方法はないと思われるが、後者に関しては、進級しても決まった面子が引き継がれる本校ではどうにもならないのは明白であったし、また前者においては、教員の干渉による圧力が却って教室内に息苦しさをもたらし、子供らしくない皮相的で遠慮がましい、Kにとっても窮屈なコミュニケーションの慣習を強いる結果になるだけと思われた。
一番の問題は彼が純粋ないじめられっ子ではないという点にある、もしも彼が単純にクラス全員から嫌われているが故に排撃に晒されているのであれば、端から低評価の、敵対の、懸絶の、これ以上失うべき信頼も絆もない底の状態なのだから、いざとなれば闘う事に躊躇も容赦もせず、偏に感情を爆発させ、暴れ散らし、秩序を破壊し、革命を起こそうと奮起するだろう、そうしたところで、どちらにしろ平凡な交遊関係に落ち着くとは考えられないし、互いの距離の深さは変わらないだろうが、少なくともあからさまな主従関係からは解き放たれ、誰にも相手にされないからこその「平和な孤立」に帰着する事だろう——しかし、困った事に、Kは嫌われているのではない、むしろ、気に入られているのである、好かれているのである、人気投票的な場面においてもKは必ず上位に食い込む、のけ者にされるどころか輪に取り込まれているのである、故に、彼らの言動に相手を振り回す悪意はあっても、敵意はない、嫌悪はない、そこにあるには飽くまで微温な、緩慢な、ささやかな暴力の連続であって、一瞥で感じ取れる明快ないじめではなく、教師の目から見てもまあ、仲良くはしゃいでいるとしか思えない程度の、潜在的な力関係なのであり、クラスメートにとってKは、大切な友人であると同等に下僕的存在をも兼ねているのである。 それが余計にKをジレンマに陥れる——なぜなら、反乱を起こす事は、彼らからの悪意と同時に、好意もまた捨てる事にもなるからである、つまりKは、この柔らかな上下関係から逃れたいと思うと同時に、信頼の関係性を崩すリスクを恐れる事勿れ的心理にも苛まれ、板挟みの状態に追いやらているのである。
ここからKの地獄は始まった、彼は「人気者」と「いじめられっ子」という相反する二つのキャラクターを同時に引き受けなければならなかった——人気者にしていじめられっ子、そんな奇怪なポジションに落とし込まれてしまったKは、一方では日常的に悪口をぶつけられ、理不尽な非難を浴びせられ、哄笑の的にされ、意地悪を向けられ、悪戯の対象となるのを、抗う事なくヘラヘラ笑いながらやり過ごし、我慢し、耐え忍び、また一方では、人気者として頼られ、遊びの誘いを受け、手助けを求められ、相談を持ち掛けられ、場を盛り上げる行動を望まれ、あらゆる生徒に対して優しさと気配りを発揮し、期待を裏切らない自分を維持し続けなければならなかった。
Kがクラスメートに最も辟易させられたのはその嗜虐的な性向の強さである——まるで意味が分からなかった、どういう了見でそうなるのか見当が付かなかった、自分とは全く違う生き物だと感じた、とにかく人を馬鹿にしたい、嘲笑いたい、優越を誇りたい、見下したい、まるで人をからかう事を生き甲斐とし、養分とし、動力としているかの様に感じた、人の発言、容姿、動作、環境、能力、服装、私物、趣味、価値観、とにかく何でもいい、自分が優位に立って、相手を卑しめる切っ掛けが欲しい、揚げ足を取り、重箱の隅をつつき、細かな失態を察知しては、見つけた! と言わんばかりに、まるで鬼の首を取った様に、手柄を見せびらかす様に、聞こえよがしに、下卑た微笑を浮かべながら、馬鹿でかい声で囃し立て、すぐさま周りの子供達もこれに反応、遅れてはなるものかとこぞって参加、こうして愚弄の輪を形成するに至る。
人を無意味に攻撃する理由や欲求を微塵も持たないKには、子供達のとかく乱暴な生態が理解不能であった、なぜ彼らは和平を嫌うのか、なぜわざわざ人から敵意を向けられる様な攻撃的言動を取るのか、なぜ他人との間に軋轢が生じるのを自ら望むのか。 他の生徒同士のいざこざも同様である、クラス内で間々起こる喧嘩や衝突が、Kから見れば全く下らない、どうでもいい、馬鹿げた理由から生ずる稚拙な揉め事にしか見えなかった——どうしてそんな詰まらない事で怒れるのか、どうしてそんな些細な事で喧嘩まで発展できるのか、教室内で生ずる子供同士のトラブルに、Kはどっちかが善でどっちかが悪という認識を施す事が出来ず、どっちも同じくらい愚かに思えた、こんな少人数の学校では、喧嘩が起こる度に周囲の者達も少なからず悪影響を受け、巻き込まれ、顧慮を求められる、場合によっては連帯責任として教師から叱責を受けるかもしれない、そう考えると両者共に加害者で、無関係な自分だけが被害者の様に思われた。
Kがクラスメートと接する際に最も心掛けなければならない事、それは相手に自分を馬鹿にする切っ掛けを与えない事であり、彼らとの接触はさながら緊迫した心理戦の相を呈していて、登校時間互いに顔を合わせた瞬間から勝負は始まりを告げ、相手は攻撃、こちらは回避か防御のコマンドのみを駆使して、敵に追い詰められる状況を切り抜けなければならなかった——敵は執念深くこちらの方をじろじろと見詰め、隣の部屋の会話を盗み聞く陰険さで耳を傾け、こちらがボロを出す瞬間を今か今かと待ち伏せ、狡猾な記者の様に意地悪な質問を投げ掛けては失言を引き出そうとする、さあ、何と答えれば良いものか、相手の言葉にどういう反応を見せれば平穏無事にこの問答を終えられるのか、如何なる角度からでも揶揄を受ける余地のない完璧な返答を用意しなければならない、そうしてなるべく早急且つ自然な形で話題を無難なテーマにすり替えなければならない……。
こんな事を言ったらどう思われるか、こんな行動を取ったらどう言われるか、あらゆる発言、行動、習慣、服装や持ち物にまで極度に気を払わなければならず、新調した服や散髪の出来上がり、購入した筆記用具等を同級生に見せる瞬間さえ酷く恐れられ、まるで厳しい審査員に査定を受けているかの様な強い緊張を常時強いられていた。
些細な言動を機に迫害の対象に陥るギリギリの緊迫状況の中、Kは他人との対立を避ける為、同級生のどんな願い事にも即時に快諾する姿勢を取っていた、筆記用具を貸して欲しい、ノートを見せて欲しい、片付けを手伝って欲しい、いずれの要請においてもKには悩む云々以前に拒否という選択肢が初めから与えられていなかった——しかし、酷薄な事に、逆の立場になった時には、彼らは当たり前の様に邪険な態度で冷たく断ってくる、まるで非常識な要求でも突き付けられたかの様な怒りのこもる調子で遮断してくる、仮に聞き入れたとしてもあからさまに嫌そうな表情を浮かべて渋々承諾する……こういう所がKには理解できない、自分の方は如何なる要求であれ一度も断った事がないのに、なぜこちら側の取るに足らぬ注文は平然と無視できるのか、普段の幾つもの恩顧を綺麗さっぱり忘れているのだろうか——Kはクラスメートの不義理な瞬間を眼前とする度に深い傷心と不信の感情を抱かずにはいられなかった。
しかし、Kが同級生からのあらゆる問い掛けの中で最も恐れたもの、それは遊びの誘いであった——遊びに行っていいか、という質問は、遊びに行かせろという命令とほぼ同義であり、休日や午前授業の日は必ずと言っていい程この一方的な問答が繰り広げられていた。
これだけは何にも増して断るという勇気を持てなかった、拒否を突き付ける事はKにとって途轍もなく恐ろしい事で、やむを得ぬ事情がある訳でもないのに断るなど、もはや「お前と一緒に遊ぶのが嫌なんだ」、即ち「俺はお前の事が嫌いなんだ」と、本人への嫌悪と拒絶を正面切って言い渡す絶縁宣言と変わらないように思え、相手側に憎悪を、断絶を、排斥感情を植え付ける暴挙としか映らなかった。
当然の事ながらKは同級生と遊ぶのが限りなく苦痛であった——何よりまず根本的に会話や遊びの価値観が合わないし、常に一方的な配慮と追従を迫られるし、相手を楽しませなければと決まって仕立て役に徹しなければならず、要はKにとって、同級生との戯れは上役との接待を意味しており、神経を著しく擦り減らすストレスの時間でしかなかった、それ故、授業終わり「一緒に帰ろう」と声を掛けられる事や、登校時に玄関口で名前を呼ばれる事が、Kにとって甚大な精神的負荷としてのし掛かり、なぜ君達のペースに合わせ、会話を合わせ、行動を合わせなければならないのか、なぜ自分を放っておいて勝手に先へ行ってくれないのかと深く嘆き、自身の名を呼ぶ友人の粗野な叫声が外から聞こえてくる度に、何だか自分が犬にでもなったようで、甚だ不快な気持ちに襲われていた。
Kは一対一でいる時の「気まずい沈黙」に耐えられない人間だった——会話がいまいち盛り上がらず、すぐに話が途切れたりすると、互いの性格的な断絶、懸隔、不和、あなたとは合わないという意思表示が、両者の面前に判然と突き付けられる様で、ほとんど一触即発の緊張感に感じられ、もはや泣き出したいくらいの、居ても立ってもいられぬ猛烈な焦燥に駆られるばかりで、どうにか談話が盛り下がらないよう懸命に話題を提供し、無理やりにでも話を引っ張り、決死の思いで間が空くのを防いでいた。
クラスメートを自宅に招き入れた時も、何とか満足して帰ってもらわなければならない、退屈な時間を作ってはならない、相手の期待に応えなければならないと、事前に複数の遊びとスケジュールを念入りに考案しておき、接客中は常に相手の心情に対する意識を切らさず、表情と態度から今現在の機嫌の状態を微細に読み取り、つまらない重苦しい時間が寸分も生じないよう先の一手を模索し、あの手この手を駆使しては空気を読んで場を盛り上げ、家中を駆け回って従者の如くもてなすばかりで(Kは常々不思議且つ不満に思っていたのだが、客の立場とは言え、元々は先方から遊びに行っていいかと提案を切り出し、こちらはただ親切で要求を承諾してあげたに過ぎないのだから、むしろ自分の方が余裕ある優位の身構えで堂々と腰を据えていたって良いはずなのに、いざ遊びにやって来る客人達からは、互いの交流を盛り上げようという意志、愉快な空間に仕上げようという気概、悔いのない楽しい時間で終えようという覚悟が微塵も感じられず、まるで気難しい王様と臆病な道化師の関係で、さあ自分を楽しませろ、それがお前の役目だろと、自らは些かも動こうとはせず、憮然とした表情で、Kの動きを冷たく見つめるばかりで、その挙句、最後まで淡々とした、情緒に乏しい、楽しんでいるんだか楽しんでいないんだか分からない冷めた態度のままに帰っていくのである——一体どういう了見なんだろう、どんな気持ちで遊びに来たんだろう、そっちはそっちで協力的な態度を取ってくれれば良いじゃないか、なぜ自ら楽しもうとする態度を見せないのか、これじゃあまるで「ただ単にやる事がなくて暇だから押し掛けた」と言ってるのと変わらないじゃないか……)、そうして最後、帰り際に、玄関で、今一つ満足気でない乾いた表情のまま、「楽しかった」と形式感丸出しの抑揚なき一言で別れを告げられると、玄関のドアが閉まった直後、ああ、心の中ではきっと、退屈に感じていたに違いない、無駄な時間を過ごしたと思われたに違いない、見損なわれたんじゃないだろうか、評価を下げてしまったんじゃないだろうか——そんな悲観的な解釈が次々と心中に生じてしまい、懸命な歓待による心身の疲弊に晒されながら、酷く落ち込む事が珍しくなかった。
人と遊ぶのは苦痛極まりないが、断る事はなお恐ろしい、となれば、誘いを掛けられる状況自体を生み出さないよう先手を打つしかない——そう考えたKは、放課後、帰りの挨拶が為された直後、周囲に気付かれぬよう隠密且つ迅速に教室を出て、一人黙ってそそくさと帰宅する事で、遊びに誘われる機会を物理的に封じる事があり、また、休日においては、電話の受話器を本体から若干ずらしたまま放置し、着信を機能的に受け付けない状態を維持させ、電話が鳴らないよう画策する事があったし(しかし最終的にはいつも母に発覚してこっぴどく叱られるのが落ちだった)、そうせざるを得ないほどKには友人との遊びが強い精神的圧迫と化していたのである。
ある日曜、母が電話に出ると、はい只今と言ってKを呼び寄せ、Tの名を口にしながら受話器を渡してきた、その時点で誘いの電話である事はほぼ確実である、Kは絶望的な思いがした、その日はどうしても丸一日を自分の時間に費やしたかった、当然拒否する度胸などない、まして相手はあのTである、かと言って一日中付き合う気力もない、ならば何とか、自分の非にならない、のっぴきならない、納得せざるを得ないような特殊な事情を考え出さなければならない——厳しい緊張と不安の中、受話器を握る手と声を震わせながら、決死の覚悟で恐る恐る告げた、
「これから家族で出掛けると言っているから、遊べない」
これは不可抗力だ、自分の意志の問題ではないのだ、申し訳ないが今回は……そんな腰の低い言い草で、波風が立たないよう穏便に断ろうとした、しかし、
「え、出掛けるって、どこに?」
何でわざわざそんな事聞くんだろう、どこに行こうがこっちの勝手じゃないか、なぜ人のプライバシーに踏み込むような差し出がましい真似をするのか、あっさりと観念して退けばいいじゃないか、もしや、疑ってるのか? 嘘の言い訳であると勘付いているのか? 発言の整合性に矛盾を来させようとしているのか? 若干のパニックに陥ったKは、慌てて出掛け先をアドリブで捻り出した、すると、
「え、前にもそこ行ったとか言ってなかった? また同じとこ行くの? 何しに? 何時頃? ねえ、ねえ」
ほとんど確証を持っているのではないかと思われる程、取り調べの如く矢継ぎ早に詰問を重ねてぶつけだした、Kは言い訳をしている人特有の困惑と狼狽の反応を抑え切れないまま、何とか必死で応対し続けた、そうして、
「ふーん……そうなんだ、じゃあいいや」
酷く冷たい、素っ気ない、乾いた、突き放すような恐ろしい結びの返事であった、受話器を本体に戻す際、Kの手はガタガタ震えていた、ああ、最悪だ、どうしよう、心の中で不信を強く抱いたに違いない、あからさまに言葉に出さないだけで、内心嘘と当たりを付けているに違いない、Tが家の前を通って、自家用車が消えていないのを視認したら、一気に嘘が露呈するかもしれない、ああ、どうすればいいんだ、ああ……Kは頭を抱えながら、明日にTと学校で顔を合わせる気まずい瞬間を想像して、酷い憂鬱と煩悶に襲われていた。
恐怖
結局のところKが他人を邪険に出来ないのは彼自身の臆病から来ていた、嫌われる事、孤立する事、敵を作る事が怖いから、反撃が出来ない、文句が言えない、断れない、それはほとんど対人恐怖と言っても過言ではなかった——Kは幼い頃から大人の叱責を異様に恐れていた、幼稚園に通っている時から、先生に怒られると一瞬にして泣き出した、誤って器物を破損してしまった時、怒られるのが怖かった為に共犯の友人を残して一人現場から逃げ回り、先生を呆れさせた事もあった、仮にそれが全く怒気や威圧を帯びていない、冷静で落ち着いた柔らかな口調の説教であっても、Kは「自分が責められている」「自分が問い詰められている」と認識した途端、自己を憐れむ視点へと即時に意識が移行し、悲痛な思いを抑え切れずわっと泣き出してしまうのだった。
他人から否定された時、人は怒りや恐怖や悲しみなど様々な感情を惹起させる事で対処の方向性を決定するが、当然臆病な性格のKは怒りという感情を武器に相手に食って掛かる様な事は出来ない、かと言って、相手の否定を致し方ない自然なものとして黙って甘受できる様なおおらかさや謙虚さも持ち合わせていない、となれば必然自分に向けられた敵意は恐怖という形を取って逃走や警戒や防御の方向へ働き掛けようとする、しかし非力で自由の利かない子供という立場にあっては自発的な防衛行動を講じる手立てに乏しい——結果Kは闘うのでも逃げるのでもなく、涙を見せるという最も不甲斐ない行為を以て相手に情を、弱さを、無抵抗を訴え掛け、そうして攻撃を取り止めさせるという甚だ軟弱な女々しい選択肢を選ばざるを得なくなる。
そこに見出されるのは病理的な自己愛であり、潜在的な自尊心である——どんな形であれ、自分は否定される筋合いなんかない、自分は良い子だ、自分は悪い存在じゃない、自分が可哀そう、自分を愛して欲しい、自分を分かって欲しい、悪い事をする積もりなんてないし、相手を怒らせる気もない、自分が責められるなんて理不尽だ、不条理だ、悔しい、悲しい、寂しい、なんで、どうして……。
何だかんだ言って自分は正しい存在だ——斯かるエゴ、自己中心性、ナルシシズムが、危機的場面に遭遇する度に悲しみという感情に姿を変え、過剰な自己憐憫に陥り、号泣という行為で発露されるに過ぎなかった(その偏執的な自己愛は日に日に肥大化を増し、成長に合わせて膨れ上がるばかりで、いつしかKは他者からの否定的な評価に晒される事を微塵も受け入れられなくなり、世人との如何なる接触をも断つという自己軟禁状態に陥ってしまったのだ)。
他人に責められては泣き出してしまう癖は中学生高校生になっても、いや大人になってからでも大した変化はなく、年を重ねれば重ねるほど、叱責ごときで涙を流す事に男としての恥じらいと情けなさが増大してくる——かつてKは対人において自分以上に泣き虫な子供を見た事がなく、皆で一斉に怒られていても、必ず自分が最速で悲泣の外貌を露わにしてしまい、何とか、我慢しよう、我慢しようと、必死で己に言い聞かせ、平静を保つ為、感情の生理的反応との葛藤を繰り広げ、悲しみの噴出を抑え込もうと奮闘するのだが、どうしても表情は怯み、喉が詰まり、声は震えてきて、悲憤に耐え切れず独りでに涙が込み上げてしまう、その度にKは、皆の手前恥ずかしくて恥ずかしくてたまらず、必死で顔を隠して誤魔化そうとし、或いは予め説教を食らわないよう、出来るだけ普段から優等生を装う事で、情けない姿を晒すのを極力回避していたのである。
Kにとってはおおよその大人達は恐怖の範疇に属するのを免れなかった、それは確かに時代の問題もあったろう、Kが子供の頃は現代の様に大人が子供に気を遣うような時代ではなかった、医者であれ、役人であれ、警察であれ、駅員であれ、図書館員であれ、街の中で触れ合う大人達は皆、厳格且つ権柄ずくの態度で、悪さをしていない子供にも平気で不機嫌な感情を無遠慮に露わにする事があり、その度にKは強い恐怖と反感を覚えた——次第にKは公共の施設や交通機関、病院等に足を運ぶのが億劫になり、大人達との接触をなるべく避けて生活するようになった。
怒りに対する恐怖は自分に向けられたそれでなくても同様であった、他人の怒声、口論、喧嘩、修羅場の状況に出くわすと、途端に思考がかき乱され、心が安定を失い、呼吸のリズムが狂い、体中が震え、過去の凄惨なトラウマの映像が生々しく蘇ったかの様な、卒倒せんばかりの絶大な緊張と恐怖に襲われていた——故にKは誰かが怒りを沸々と起こし、喧嘩が勃発しそうな物騒な気配を前にすると、その研ぎ澄まされた神経で一早く敏感に不穏な空気を察知し、現場から速やかに距離を取る事で、己の心身が脅威に晒される危機的状況を懸命に回避していた。
街のスーパーで母親が子供を激しい剣幕で口汚く罵っている場面にしばしば出くわしたが、Kはその都度猛烈な恐怖と、緊張と、不安に包まれ、心臓が激しく脈動し、全身の力が抜け、弱り切った顔と怯えた挙動に追い込まれており、同時に、罵倒に晒される幼い子供が可哀そうでいたたまれず、深い同情と悲哀に駆られていた。
テレビでさえ、演者同士の議論が熱を帯びたり、苛烈な怒鳴り合いを繰り広げていたりすると、それが飽くまで映像の中の出来事と分かっていても、どうしても平静を保てず、心拍数が上がり、体中がざわざわし、息苦しくなって、泣きそうな表情でチャンネルを変えていた。
ある時、Kの母と祖父が彼の目の前で激しい衝突を繰り広げた事があった、気性が荒く、剛情で、向こう見ずな祖父の行動に、母が小言をぶつける瞬間は日頃から見られたが、その時は尋常でなかった、台所で、両者共に一歩も引かず、日常茶飯事であったはずの口論が、次第に激しい罵り合いに発展し、互いに真っ赤な顔と物凄い剣幕で感情をぶつけ合っており、Kはその様子を、部屋の隅っこで怯えながら心配そうに見詰めていたのだが、到頭怒りが臨界点に達したか、興奮状態の祖父が、キッチンの上に無造作に置いてあった料理包丁を、感情の勢いに任せるがまま手で掴み、母にその先端を向けた——無論、本気で相手を刺そうという気が祖父にあろうはずがなく、俺はこれだけ怒っているんだぞという、衝動的な威嚇表現の域に過ぎない訳だが、それに対して母もまた、却って祖父の行動に火が付いたのか、やってみろと言わんばかりに、毅然とした態度と強気な表情で一歩前へ踏み出た、その姿が目に入った瞬間、Kは大泣きした、あまりの恐怖に、咄嗟に駆け寄って間に割って入り、もう止めて、もう分かったから、本当に、お願いだからと、涙でぐちゃぐちゃにした顔で、声を震わせながら、激しく泣き叫んで懇願していた。
Kが小さい頃、我がままを言う姉に母が珍しく手を上げ、姉が酷く泣き喚いた時も、その母の迫力に満ちた怒気と、姉の助けを求めるような号泣の姿が、Kの全身を猛烈な恐怖と不安で一杯にし、まるで自分が怒られている当事者であるかの様に、姉以上に怯えながら泣き叫び、姉に成り代わって無我夢中で母に許しを請うて、事態を鎮火させようと必死になっていた。
とにかく、人の怒りが怖い、人の怒鳴る姿が怖い、修羅場や摩擦の空気に耐えられない、これらの病的な拒絶反応は結局、Kの先天的な対人欲求の深さに起因していた——厚い信頼で結ばれていたい、強い絆で繋がっていたい、平和な時間を共有したい、他人に愛されたい、分かり合いたい、という他者への繋がりと共感に対する強烈な願望の裏返し、一種の副作用に他ならず、実際、Kは子供の頃、クラスメートとの触れ合いの最中に、滅多にない共感と、信頼と、親睦と、融和とが一つの瞬間に強く凝固したような、偽りのない純粋な盛り上がり、笑い、一体感に場が包まれた時、Kはそこに至福の喜びと、大いなる感動と、颯爽たる多幸感とを同時に見出し、嬉しくて嬉しくて、笑顔を浮かべると同時に感慨無量の涙が自然と目に溢れてきて、人にバレないようそっと手で拭う事さえあって、それくらい彼にとっては、人との虚飾なき真剣な繋がりが、多大な憧れを生じさせる貴重な恍惚の瞬間だったのである。
Kが人を笑わせるのを好むのも、一種の求愛であった、笑いが生じた瞬間、互いの間に佇む壁が取り払われ、距離が埋められ、建前や虚礼が剥がされ、嘘も誤魔化しもない、正真正銘の信頼、友情、密着を感じる、その瞬間がたまらない快感であった——Kがいつも笑っている様に見えるのは、その為である、彼は人と向かい合うと、敵対的な雰囲気がもたらされてしまう事への過度な懸念から、無表情で見つめ合う事に耐えられず、僅かばかりの気まずさやぎこちなさにも過敏に反応し、互いの微妙な空気感が可笑しみの感情となって込み上げ、思わず噴き出してしまい、相手に対する友好の印としての笑顔が自然にこぼれ、いつもヘラヘラ笑ってしまうのである。
つまり、Kは他人との中途半端な距離感や、微妙な関係性、気遣いや他人行儀、社交辞令、水臭さを、極度の苦痛に感じる人間で、それ故、他者からの否定を恐れるのは勿論の事、その逆の状態、即ち、他人を否定し、傷つけ、優位に立つ事にも、根強い抵抗が生じてしまい、素直に不満や反論を表出する事が出来なかった。
相手に勝つ、という事が、Kには至難である、それは能力的な問題というより、心理的な問題である、他人に対して、優越的な位置を取るのが、気持ち悪い、腕力であろうが、弁舌であろうが、相対する人物を制圧し、論破し、屈服させるのが、申し訳ないというか、もどかしいというか、息苦しいというか、自分と相手とが、勝者と敗者、支配者と従者の関係に陥り、配慮を強いる感じが、どうしても嫌である——Kが求めているのは序列も隔たりもない純然たる他者との結び付きであって、仮に自分が独裁者となって周囲を付き従えさせようと、そこにあるのは偽の信頼と嘘の忠誠に過ぎず、心と心の真実の接触が無い為に、却って孤独感や寂しさに襲われてしまう、ならばいっそ、勝って強者として振舞うより、負けて弱者の立場に甘んずる方が、自分が悪人に映らず、微妙な距離を作り出さず、下手に出る事で和解できる可能性も残しているように思え、結果的に敗北を引き受けてしまうのだった。
討論をしていても、相手が少しでも好戦の姿勢を見せるや否や、瞬時に引っ込んでしまうし、他人が自分の過失を責めた後に、相手が同じ過失を犯しても、そこをあげつらう勇気を持てなかったし、たとえ、自分の方が些か感情的になって、思わず相手の弱点を突いてしまっても、途端に相手が目を伏せ、言葉を詰まらせ、意気消沈し、悲し気な、いじけた表情を見せると、すぐにこちらがハッとなって、やってしまったと罪悪感に駆られて、ごめん、言い過ぎたと早々に撤回してしまうのが決まりであった——Kが説教や呵責を向けられる度に涙をこぼしてしまうのも、本来こちらに理があるにもかかわらず、相手の面目を失わせてしまう事への気遣いから口にするのが憚られ、理不尽な非難を一方的に受忍する破目となる、その潜在的な気遣いを理解してもらえないのが偏に悔しくて、切なくて、やるせなくて、自身を不憫に感じてしまうが故であった。
野球の練習中、隣の列でキャッチボールをしている部員の暴投が、Kに目掛けて一直線に飛んできて、そのまま腹部に思い切り直撃した事があった——Kは唐突の痛みと瞬時の無呼吸に襲われ、腰を折り曲げるようにうずくまったのだが、ぶつけてしまった男子がすぐにKの側に駆け寄ってきて、大丈夫? ごめんと慌てて声を掛け、申し訳なさそうに不安気な表情を浮かべると、その深刻な空気感にKの方が耐えられず、瞬時に勢いよく後方へわざとらしく飛び跳ねて、地面に大袈裟な尻もちを付き、まるでボールの衝撃に時間差で吹き飛ばされたかの如く、滑稽な振る舞いを見せて周囲をゲラゲラと笑わせ、不穏な空気を一蹴させた事があった。
中学校の下校時、自転車に乗って帰路を辿る最中、丁字路を横切ろうとしたところ、脇道から出てきた自動車が停止線をはみ出し、Kは軽い接触を起こされ、そのまま自転車ごと倒れてしまった事があった——幸いスピードは出ていなかった為、目立った痛みや怪我も無く、すぐに自力で起き上がれる程度であったが、運転手が狼狽えた様子で車を降り、大丈夫ですかと必死の形相で駆け寄るのを前にすると、Kは却ってこちらの方が恥ずかしく、申し訳なく、居た堪れない気持ちになってきて、まるで加害者かの如く、すいません、すいませんと、はにかむ様な微笑と共にペコペコ頭を下げ、逃げる様に慌ただしく現場から立ち去ってしまったのである。
Kは被害者という形であれ息の詰まるような重苦しい空気が漂うのを極度に嫌忌し、何だか自分の方がむしろ悪者として降臨している気分に陥って、出来るだけ平気を装って場を和ます事に努めた——明らかに自分に非は無いと思われる場面でも、非難を受ける事への恐怖から、どこか自分にも落ち度があったのではないかという反省的懸念と、責任の所在がどうあれ穏便に済ませようという保身の心理が働き、被害者であるにもかかわらず、反射的且つ無分別に謝罪の挙動を見せて、先方の謝意を無視して自ら逃げ去ってしまうのが通例で、Kはたとえ身に覚えのない唐突な暴力を向けられても、咄嗟に怒りの反応で返す事が出来ず、取り返しが付かなくなる事態を恐れ、呆然と佇むしかないのではないか、そう思われるほど彼は他人に対して慎重かつ臆病であった。
その為、普段からKは、周りの人間に対して、自身が被害者として存在している事を分かって欲しいという悲痛の思いとは裏腹に、自身を被害者として見なして欲しくないという不安の感情をも同時に抱え、その相克に悶え苦しんだ——当然の事ながら、他者との暴力的な関係性や浅薄な行動による被害からは逃れたいし、トラブルに巻き込まれた際はそれ相応の丁寧な対応を施して欲しい、しかし一方、暴力やトラブルを訴える事で、自身を被害者として社会に認知させるのに成功すれば、それはたちまち「可哀そう」という同情心を周囲に課し、「申し訳ない」という罪悪感を加害側に植え付け、慇懃な態度と過度な気遣いを強いる結果に繋がる、その状態がKには却って重荷であった。
加害者と被害者という関係性を社会的に認めさせる事は、義務と権利が各人に与えられる事、即ち被害者は謝罪と賠償を要求する権利を持ち、加害者はそれを履行する義務を持つ、言わば債権者と債務者の構図にあり、極論、「罪人たるお前は、犠牲者たる私に遜り、屈服し、負い目を感じる責務があるのだ」と、優位の態度を突き付ける事で、実質的な強者として君臨する事も可能となる——暴力を受ける者、暴力を向ける者、双方の間に行政や世間が仲裁に入り、社会上の圧力がもたらされた途端、優劣の立場は逆転し、たとえ発端が真逆であっても、結果として辿り着くのは、支配者と被支配者の権力関係に他ならず、弱者であるが故に強い立場を獲得し、強者であるが故に弱い立場に落とされる。
即ち強者は腕力によって、弱者は訴えによって、双方共に相手を支配する可能性を有している訳であるが、Kは加害者的態度で他者を支配するのも、被害者的態度で他者を支配するのも、そのどちらにも強い抵抗を持った為、高圧的な姿勢を見せ付けないのと同等に、被害者的な姿勢の誇示をも慎み、安易な不幸の告白を憚り、他人に心配と配慮を強いる状況を作らないよう、苦悶を訴えず、外に見せず、どんな時も余裕の佇まいを見せて、周囲を安心させる振る舞いを貫き、一切の悩み苦しみを誰とも分かち合う事なく、一身に引き受けていた。
教室
「人気者にしていじめられっ子」という立ち位置は中学生になっても変わらなかった——小学校時代のクラスメートが一人も漏れず同じ中学校に進学するとなれば、当然これまでと同じ扱いを求めてくるし、K自身も自分のコミュニケーションスタイルを大胆に更新させる勇気は持てなかった。
中学生は小学生よりも容赦がない、彼らは大人の腕力や知恵や自立性を身に付け出すと同時に、子供のわがままや腕白や稚気も多分に引きずった過渡的状態にあるので、暴力や悪知恵を大胆且つ狡猾に演じる傾向にあり、恐らく教師にとっても一番厄介な、扱いづらい、面倒な年頃である事だろう。
子供達は人を上か下かで判断していた、そうして一度下と決め込んだ相手には容赦がなく、極論ここでは人をいじめなければ人にいじめられる側に突き落とされる様に思われた——しかし、他人の心情に過敏なKは、人をいじめる側に回る事に強い抵抗が生じてしまう、かと言って、為すがままにいじめられるのを耐え忍ぶのも当然ご免である、では、自らは他者に干渉せず、悪意を向けられた場合にのみ毅然とした態度で立ち向かうのはどうか? なるほどわざわざ抗戦に出る相手にそのリスクを背負ってまで無理に構おうとする事はあるまい、それならばやる側にもやられる側にも回らずに済むかもしれない、しかし、その際気に掛かるのは、敢然と闘う姿勢を見せる事で、両者の間に対立的な空気が漂い、一年間同じ教室を共有するにおいて、常に不穏な、険悪な、緊張感のある、気まずい距離感と関係性の状態で、神経を尖らせながら生活するストレスに晒される事であって、Kが恐れているのは正にその空気感なのである。 本来序列がなく、体格的に引け劣っている訳でもない同級生に対して、肉体的に怖いという感情はなく、喧嘩の痛みや敗北に対する懸念はない、いや、むしろそれは勝者として君臨してしまう事への嫌忌なのだ——相手に腕力と負けん気を証明する事で、ヤバい奴という腫れ物的な存在として扱われ、無関係な第三者をも巻き込み、周りの空気を悪くする、その居心地の悪いもどかしさに耐えられず、さりとて教室内を気兼ねなく堂々と闊歩する為に、暴力を用いてクラス全体を締めるなんてそんな大胆な行動取れるはずもないし、逆に、柔和で穏便な易しいスタンスでは対等な仲間として扱われず、認められるには第三者に対して幾らか攻撃的な言動を取り続ける必要があろう。
Kが望むのは上でもなければ下でもなく、勝者でもなければ敗者でもなく、傷付ける事もなければ傷付けられる事も無い、全き公平な関係性である、となると、残された道は、やはり、「笑い」であり、「面白い奴」という評価に逃げ込むしかなかった。
Kは普段から、同級生の乱暴な言動に対し、笑いに変えるという防衛手段をしばしば講じていた——からかわれた弱点や失態を意図的に誇張してギャグに昇華させたり、振りかざされた暴力に大袈裟なリアクションを取る事で場を沸かせたりして、為すがままに身を任せるのではなく、加虐の中に被虐側の主体的な意志を参加させるによって、受動的な嘲笑から能動的な爆笑に変え、悪童達による一方的な愚弄を双方の共闘によるコミュニケーションの体へと転換し、親密な仲間同士のじゃれ合いを演出して見せる事で、相手側に主導権を握られるのを回避し、いじめる側といじめられる側という図式の構築を巧みに回避し、ユーモアの才能と融和の姿勢を示して対象者との距離を縮め、「面白い奴」とい評価と共に集団に溶け込む……。
暴言暴力を向けられた時、無反応や悲愴の様子を露わにすれば、相手は余裕の立場を確信して、ますます付け上がり、いじめっ子とのいじめられっ子という力関係が強化されるに過ぎず、逆に怒りと共に食って掛かり、支配的態度を止めさせるのに成功したとしても、対等な仲間ではなく、敵対の、張り詰めた、ぎくしゃくした、冷戦状態のまま過ごさなくてはならなくなるだろう、すると、どうしても笑いという選択肢に頼らざるを得ず、彼ら目線による失態や欠点のあげつらいを、支配や排撃の因子ではなく、笑いを生み出す切っ掛けとして自ら利用する事で、巧みに強者の懐に入り込み、下から手なずけ、狡賢く取り入って、待遇をのけ者から人気者へと転化させる狙いを持っていた。
つまりKは、笑わせる役回りを引き受けた為に、いじめられっ子的な立ち回りを余儀なくされると同時に、真性のいじめられっ子に落とし込まれるのを防いだとも言えるのであって、彼にとって、暴力が渦巻く空間において明確な支配者にも明確な被支配者にもならずに溶け込む方法、それが唯一「道化」だったのである。
しかし、斯かる手法は表面上において友人関係という体裁を保ってはいても、クラスメートを楽しませるピエロである以上、その実質はいじめられているのと少しも変りはなく、結果的には悪玉の子分、コバンザメ、太鼓持ちの様な卑しい身分に堕しており、小学校の時と同様、いやそれ以上に、「何をしてもいい存在」という認識をクラス中から課せられる破目となった。
日々繰り広げられる、理由のない、習慣的な、背景の一部と化した暴力、暴言、悪戯、所有物の損傷、破棄、強奪、作業の押し付け、責任の転嫁、痴態の強要、愚行の共有……余りに腹が立つ時は怒りを向ける瞬間もあったが、人数的にも関係性的にも自分達が上だという認識を向こうが持つ限り、こちら側が退かざるを得ないのは明白であり、まさか本気で殴り倒しに掛かる訳にも行かず、結局のところKは、たちの悪い悪童達の餌食にはなるべくならないよう、さり気なく距離を取りながら生きる以外方法がなかった。
これ程までに乱暴な扱いが日中堂々と教室内で繰り広げられているのに、周囲からいじめとして認識される事は無かった——というより、K自身がいじめとして認識されるのを恐れ、いじめに映らないような努力を払った。
正義感溢れる同級生や教師が介入し、問い詰められ、学級会にまで発展すれば、もはや言い逃れの出来ない、正真正銘のいじめられっ子としてのレッテルを貼られ、加害者と被害者という構図に押し込められる、すると、クラス内に、壁の佇む、よそよそしい、ぎこちない関係性、重たい、深刻な、気まずい空気の圧迫が生じ、同時に、「クラス中から嫌われ、見下され、馬鹿にされている哀れなのけ者、敗北者」という認識が、却って当人に惨めさと恥辱を与え、名誉と尊厳を傷つける事になるだろう——それならばいっそ、以前の様に気軽にイジられる様な、実質的な主従関係を保持した方がマシであるとKには思われ、彼は多少暴力的な態度を取られてでも、礼儀や社交辞令のいらない、言いたい事を気軽に言い合える様な、無遠慮で粗暴な間柄の方が気楽と考える人間であって、それ故、クラスメートによる玩弄が、力関係によるいじめではなく、仲の良い者同士の他愛も無い遊びに映るよう、逐一快活なリアクションを取り、ユーモラスな言動で切り返す事によって、教師の介入が起こるのを防いでいた。
Kにとって教室は戦場であった、学校はあらゆる人間関係の凝縮された極限空間であると思われた——教師がいる、先輩がいる、後輩がいる、同級生がいる、人間関係の生存競争である、数十人の男女と、空間的にも時間的にも密度の濃い接触を要求される中、各々が自分の見せ方を意識する、立ち位置を考える、交流する相手を選ぶ、失態を晒さないよう気を付ける、摩擦を起こさないよう警戒する、嘘を演じ、虚栄を張り、駆け引きをする、何を以て転落するか分からない、毎日が綱渡りの様な状況、強制的に結び付けられた、決して逃れる事の出来ない、魑魅魍魎の人間地獄がそこにはあった。
その頃、Kは同級生とは別にとあるトラブルを抱えていた——当時はどこの学校にも、番長的な存在、ヤバい先輩、一年生同士、あの先輩には触れるな、気を付けろというお達しが回ってくる様な、有名な不良の上級生がいたものだが、ある時、Kが同級生と階段を昇っている最中、普段からの過敏な神経が発動してしまい、目をキョロキョロさせる妙な癖が出た結果、階段の高低差も相まって、何となく上方を睨み付ける様な姿勢となり、その時偶然、日頃下級生から恐れられている怖い先輩が上から降りてきたのだが、それに気付かないKは、すれ違う間際、焦点は合っていないものの、漠然と対面にメンチを切るような形を取ってしまって、ハッとなって我に返った時には、上級生が顔を近付けてこちらを睨み付けており、階段を上り切った直後、一緒に歩いていた友人から、いま睨まれてたでしょ、と苦笑しながら指摘され、しかし故意によるものではないのだから、面倒な事態には発展しないだろうと、特に気にせず過ごしていたのだが……。
どうも、喧嘩を売ったという誤解が生じたらしい、それ以来Kは、上級生による嫌がらせを事ある毎に受けるようになって、自転車のタイヤをパンクさせられたり、履き物に細工を施されたり、すれ違いざまに肩をぶつけられたり、脅かすような動作を向けられたりと、陰湿且つ矮小な苛めに頻繁に遭遇する状態に追い込まれた——これがKの神経に酷く応えた、彼は校内にいる間中、いつどんな目に遭うか分からないという多大な不安、緊張、恐怖に縛られ続け、廊下に出る度おどおどと警戒しながら移動する必要を余儀なくされ、元々クラスの人間関係にも苛烈なストレスを抱えていた事から、なぜこうも次から次へと面倒なトラブルが生じるのか、しかも自分は誰よりも他者との衝突を憂いて用心している積もりなのに、と、自身がやけに不幸に思え、深い悲しみに浸り、うな垂れ、溜息を吐き、天を嘆き、学校に行くのが心底嫌になった。
そんな中、部活の先輩の口から、Kが例の上級生から目を付けられているという報告を受け、それによって、これまでの被害が思い込みではなく、やはり実際に標的とされている事が改めて明白となった訳だが、Kからすれば、なぜ自分がその様な誤解を受けるのかが理解出来ない、なぜなら彼は、そのユニークなキャラクターから、校内では多少名が知られた存在で、部活でも先輩からは基本的に可愛がられる立場にあり、その風貌や佇まい、平生の雰囲気、耳にする風評から、決して他人に喧嘩を売るタイプでない事、まして上級生に楯突くような生意気な後輩でない事は一目瞭然なはずで、そんな自分に対して、なぜ、すれ違いざまに偶然目付きの悪い表情を浮かべていたくらいで、因縁を付けられたと安直な解釈を施すのか、なぜ、一方的な勘違いである可能性に真っ先に目を向けないのか、その思考回路が不可解でならず——いや、或いは彼らにとって、意識的であろうがなかろうが、無礼な佇まいで横を通られただけでもう、敵と見なす条件としては十分なのだろうか、それ程までに単細胞且つ短絡的な脳みその野蛮人なのだろうか、そうして、それとは別に、忠告をしてくれた部活の先輩もまた、自分の臆病且つ平和的な性格を良く知っているにもかかわらず、なぜ同学年たる番長に対して、自分の代わりに誤解を解いてくれなかったのだろうか……。
相手が上級生となればこちらはどうしようもない、彼らは先輩という優位の立場に対する自覚から、ちょっとやそっとの反撃で怯むとは思えず、下手に迎え撃てばむしろ激化を招き、仲間を引き連れて報復に乗り出してくる可能性も高い——いっそ判然たる対面の状況で脅かされ、先方から軋轢の発端について自ら言及してくれれば、同時にこちらも誤解を解く機会が得られそうなものだが、彼らは飽くまで絶妙に距離を保ったまま、客観的な物証が残らないよう、間接的且つ姑息ないじめを愉快犯的に講じてくるばかりで、まさかこちらから唐突に会いに行って、嫌がらせについて改めて確認を行い、事情と経緯を説明し、すいませんでした、もうやめてくださいと頭を下げ、攻撃を取り止めてもらうだなんて、そんな大胆な、気まずい、気恥ずかしい、不敵な行動を取れるはずもない、結局のところKは、向こうがいつしか飽きて、自分の事を忘れ、自然に消滅する日が訪れるまで、ただただ耐え忍ぶしかなかった。
しかし、何度も自転車をパンクさせて帰ってくれば、当然家の者に不審に思われる、そうして事情を打ち明けざるを得なくなる、すると両親は、これ以上続くなら直接加害側を懲らしめに行くとまで言い出す、しかし、人目や空気を著しく気に掛けるKにとっては、被害者という形であれ、目立つ事、波風を立てる事、表沙汰にする事に甚だ強い抵抗があった為、それだけはやめてくれと切に懇願した——が、後日、出所は不明であるが、到頭担任の耳にも入ったようで、職員室に呼ばれたKは(以前から彼は教師による呼び出しを食らう度、自分が何かしでかしたのではないかと酷い不安と憂鬱に駆られたものだった)、事情を問い詰められ、打ち明けざるを得ず、素直に経緯と被害を話し始めたのだが、教師に真剣な表情で問い質されている事への圧迫感と、これまで味わった忌まわしい記憶の想起とが合わさって、何だか自身が酷く惨めで、哀れで、また情けなくも感じてしまい、早々に涙が零れ落ち、声は震え、弱々しい様相で精一杯真相を陳述しており、そうして事情聴取が終わると、職員室を出たKは、この姿を晒してはならんと、懸命に感情を切り替え、必死に涙を拭ってから教室へ戻っていった。
下層
いじめ問題で学級会や学年集会が開かれる事は何度かあったが、攻撃的な接触を純粋に数値化してみれば、明らかに真性のいじめられっ子よりKの様な「いじられっ子」の方が酷い被害を被っており、ただ当事者同士の関係性や態度や表に見せる反応の違いによって周囲の認識が異なるに過ぎなかった。
では、K自身は、実際に問題視されたいじめの被害者達をどの様な思いで見ていたかというと、実の所ほとんど何の感情も抱いておらず、同情も、信頼も、仲間意識も皆無で、いやむしろ、全体としては否定的、嫌悪的、懐疑的な印象すら抱いていた。
小学校時代、教室で、とある男子にちょっかいを出されたKは、じゃれ合うように反射的に軽くやり返した、こんなのは日常茶飯事であったが、そのとき丁度教室に入ってきた女教師が、Kの反撃の瞬間を目撃して、「なんで手を出したの?」と穏やかな口調で問い詰めてきた、Kは相手方の男子を前に言い出し辛かったが、加害者扱いされては堪らないので、「先にやられたので……」とありのままの事実を、決まりの悪そうな表情で呟くように答えた、その言葉を聞いた教師は、「そう……仲良くね」と一言だけ残してどこかへ消えて行った。
普段と異なる教師の神妙な面持ちと、些かな大袈裟な対応に、Kはどこか違和感を覚えたのだが、すぐに合点が行った——相手の男子は、Kほどではないにしろ、以前からどことなく他の生徒に無下な扱いを受け、馬鹿にされやすい傾向にあって、恐らくそれを案じた彼の保護者が、教師に連絡して、様子を見守っていて欲しい、何かあったら注意して欲しいと頼み込み、それが先程の教師による不自然な問い掛けに繋がったと推測された。
ああ、しかし、皮肉な事に、彼女が目撃したのは、庇護の対象たる生徒が人にいじめられる場面ではなく、むしろ自ら先に人をいじめた瞬間だったのである……!
同じく小学校時代の事——生徒会の役員選挙が校内で開かれ、同クラスの男子が立候補したが、同級生の過半数から支持を得られなかった為、他学年の生徒に票が及ばず、落選した、後日、担任の教師が「君達は皆、〇〇君に票を投じなかった、同じクラスの仲間なのに、何て仕打ちだ、君達のやっている事はいじめだ」と説教を始め、その間、落選した男子は顔を突っ伏して号泣していた。
しかし、Kはどうも納得が行かなかった、確かにその男子はあまり好かれている方ではなかった、だが元来投票とはそういうもので、我々は何も特別な意図のもと団結して否定票を投じた訳ではなく、飽くまで個々のクラスメートによる自主的な意思の反映であり、民主的且つ公平な選挙の結果に過ぎないのだから、不満を持つのであれば、己の人望の無さを呪えば良いではないか。
こんな事もあった——下校時、同じ地区の生徒同士で寄り集い、おしゃべりしながら帰路を辿っている最中、ふとした事から鬼ごっこをする流れとなり、皆でじゃんけんをして鬼を決め、勝った生徒は一斉に駆け出したのだが、当然、遊戯の性質上、足の遅い生徒は鬼になる回数が増える、特に今回は帰路という地形上、田舎の一本道を地区の方向へ一直線に走り抜ける形となる為、他に逃げ場がなく走力の差が結果に反映されやすくなり、勝敗に偏りが増える、そんな中、何度か鬼の交代が続いた後、最も足が遅く、タッチを食らう回数の多い生徒が、突如声を挙げて泣き出したのである。 正直言って、Kも他の生徒も、唖然とする感じであった、たかが帰り道の他愛もない有り触れた遊び、しかも単に負けが多いというただそれだけの理由で、どうしてそんな臆面もなく泣き喚く事が出来るのかが理解不能であった——悔しいとか、しんどいとか、その程度の嫌気なら分かるが、それも別に、もう止めよう、自分の負け、疲れた、と口にしてくれればそれだけで済む話である、にもかかわらず、まるでいじめられた被害者、こっちに非を求めるが如く、感傷的になって、自己を憐れんで、急に仰々しく泣きじゃくって、一方的に遊戯を中断されても、納得がいかない、詫びる気になれない。
元々多くの生徒がこの男子を好いていなかった、彼は普段から嘘を吐いたり、自分を大きく見せたり、卑怯な手を講じたり、ズルをしたり、責任を放棄したりと、何かと周りに迷惑と苛立ちを起こさせるところがあった、かといって、今回の競争において、彼に狙いを澄まして追い回した訳ではなく、単にその愚鈍さから目の前に頻繁に現れる為、ルールに則って自然にタッチしたまでであり、ここで変に気を遣って見逃すような偽善を講じていては遊戯として興覚めで、鬼ごっこの醍醐味が台無しである。 慰める気にも、責める気にもなれず、皆一様に盛り上がりを阻害された気分で、酷くテンションが下がり、重たい空気感の中、とぼとぼと何も言わず先を歩き続けていた、その時である、間の悪い事に、彼の母親が運転する車が横を通り掛かり、異変に気付いた彼女は、車を止め、息子の下へ駆け寄り、直後、K達の方を向いて、待ちなさい! と一喝するように呼び止めたのだ——その母親も、実は近所ではあまり評判の良くない、どこかヤンキーっぽい匂いを感じさせる女で、そこからはもう、K達を加害者、息子を被害者と見なし、こちらの言い分も聞かず一方的に責め立て、懇々と説教を食らわすばかりで、最終的に一人一人謝罪を強いられた、その後、一同はさらにテンションの下がった様子で家路を辿り、Kは自宅に着いたものの、さっきの出来事がショックで、終始俯いた表情をしていた為、母に事情を聴かれ、話し始めたのだが、我慢していた悔しさと恐怖が、母を前にした事の安心感によって、緊張の糸が切れ、感情が湧き上がり、思わず涙を零してしまい、Kは声を震わせ、しゃくり上げながら経緯を話し続けた。
中学校に入ってからも、Kはいじめられっ子なる存在から暴言暴力を度々受けた——Kは誰に対しても良い顔をする人間で、クラスで嫌われている生徒に対しても、あからさまに忌避せず平常の態度を心掛けていた為、最下層の生徒からも妙に気に入られるところがあったのだが、彼らがKを不遇の仲間として優しい姿勢で接してくるかと言えば、全然そうではなく、平気で嫌味な言葉を吐いたり、苛立たしいちょっかいを出したり、利己的な行動を向けてくる事も少なくなかった、即ち、彼らは単に、人望がない故に日頃から公然と横柄な言動を表にする条件を失っているだけで、自分よりもさらに下の人間、何もしてこない、こいつは大丈夫だ、安心出来ると見なした相手には、いじめっ子とさして変わらぬ、上から目線の、愛のない、粗野な言動を平然と取るところがあって、その結果、表面上はクラスの人気者として君臨するKが、最下層たるいじめられっ子にさえ杜撰な態度を取られるという、入り組んだ複雑なヒエラルキーが構成されるのだった。
これらクラスの被疎外者に関する複数の経験から、Kはいじめられっ子という存在に著しい不信を抱くようになった——しかし、どうだろう、世の中にはどうも、いじめられっ子性善説とも言える論説が当然の如くまかり通っており、曰く、いじめられっ子は心優しいだの、有能だの、聡明だの、人の痛みに敏感だの、洞察に富むだの、感受性豊かだの、やたらに美化、称揚、好意的なイメージで捉える言説で溢れ返り、それに異論を唱えれば悪人のレッテルを貼られる始末であるが、少なくともK自身は一度もそういういじめられっ子と出会った事がなかった。
彼の見た限り、いじめられている生徒というのは大抵、愚鈍、愚図、愚昧、無機質、無感情、姑息、卑怯、奇怪、不可解、不合理、気取り屋、自惚れ屋、圧倒的に悪い印象、否定的な要素の方が強く目に付き、偏見だの先入観だのを抜きに、シンプル且つストレートに生き物として低度な存在に映り、ただK自身は、興味のない相手には関与しない、他人に攻撃的な姿勢を取らないというのが基本方針であった為、いじめに自発的な関与を行う事が無かっただけで、決して人間的に評価できる対象としては映らず、身も蓋もない言い方をすれば、「どうでもいい存在」に過ぎず、クラスメートがささやかないじめを講じる場面を目撃しても特に何とも思わなかった——Kは端からどの同級生にも信頼を置かなかったものの、いじめる側といじめられる側、どちらの方が自身の学校生活上において有意義な存在であるかと問われれば、部分的にであれ助け合いや協力や交遊が少なからず存在する以上、その乱暴さを差し引いたとしても、いじめる側の方がまだ有用であると答えざるを得なかった。
他人に分け隔ての意識を持たないKは、クラス中から蔑視される生徒の問い掛けにも、無視や冷淡な態度を取りたくなかったのだが、他のクラスメートの手前、あまり仲良く話し込む姿を見せる訳にも行かなかった為、一応話には応じるものの、楽しげな雰囲気を起こさず、不愛想な素っ気ない調子で、淡々と事務的に応対するという、どちらの側にも疑心を持たれない丁度いい塩梅の態度を調節するのに痛く苦心していた。
いじめられっ子に体が触れて、ばい菌が移ったとか何とか言って、鬼ごっこ的なつまらない遊びが生じた時も、Kはその流れを遮る勇気を持てず——もしもタッチされた場合、何の反応も見せず、毅然とした態度で、堂々と無視する意向を示せば、途端に盛り上がりを阻害し、ノリの悪い奴と見なされ、向こう側の存在として追いやられるだろう、そうやってクラスの中心層から信頼を失うのであれば、端から自分にとって何の縁も無い生徒を対象としたいじめの消極的な共犯者として名を連ねる方がまだマシと考えられ、反射的にKは近くにいた生徒に適当にタッチし、不用意に関わらないようその場を離れた。 後にこの出来事は発覚し、Kは首謀者達と同様に謝罪させられる破目となったが、Kは内心罪悪感や反省に本気で駆られる事は無かった——間接的にであれいじめっ子に与した者、黙認した者、見て見ぬ振りをした者もまた同罪、共犯者だと非難するが、一体我々に何が出来ると言うのだろう、数的にも力関係的にも圧倒的に不利な状況の中で、真っ向から否定する姿勢を示し、制止に入り、対立を作って、深刻な、殺伐とした、物騒な、緊迫した空気を場にもたらすのが、本当に正義と言えるのか、あからさまに取り沙汰し、俎上に載せ、表面化させる事が、果たして確実にいじめられっ子の為になると言えるのか、却って屈辱、恥辱、余計な加勢かも知れず、平気で割って入る事の出来る人間の方が、よっぽど無神経な、不人情な、破廉恥な人間ではないのか、仮に助けを望んでいたとしても、端からリスクを背負ってまで介入してやる義理も無ければ、好意も持っていないし、逆に彼らが第三者の立場に立たされたとき正義の行動を取るかどうかは甚だ疑問である。
Kはメディアを通じていじめを批判する著名人に全く信用を持てず、その厚かましく図々しい偽善的な正義面が酷く不愉快で、彼らが教室内の子供同士の繊細な人間関係や感情の機微を理解しているとは到底思えなかった。
教師
中学を卒業した時に彼の胸中に生じた感情は、未来へのは期待であり希望、前向きで明るい能動的な高揚であった、それはある意味で、これまでの惨めな学校生活への反動から生ずる、豊饒な青春を取り戻そうとする復讐的心理の変形であり、同時に、県の片隅に位置する退屈で味気ない地元の街並みと文化を対照とした、進学先の市街地に対して抱く華やかで快活な印象の所産であった——高校に入学したら、面倒な勉強も苦しい部活も全部投げ出して、プライベートを優先し、趣味に没頭し、友と騒ぎ、恋人と戯れ、学園生活を満喫して、活力に満ちた青春を謳歌するだろう、Kは失った時間を巻き戻さんとするが如く、彩り豊かな未来の想像に耽っては微笑を浮かべていた。 しかし……。
高校の入学式に出席する数日前、今後の学校生活と入学初日の準備に関する説明会があった為、新入生一同が体育館に集められたのだが、集合時間が迫り、徐々に生徒がぞろぞろと集まり始めると、その様子を見た男性教師が、足早に壇上へと駆け上がり、中央に立った、次の瞬間、新入生全体に向かって、突如、憤怒のこもった荒々しい声で、まるで癇癪を起こしたみたいに、ほとんど罵声に近い語調を以て、怒涛の叱咤を畳み掛けた——集まるのが遅い! ダラダラするな! 私語を慎め! 軍隊さながらの傲然とした挙動と威圧的な口振りで語気を荒げながら説教を食らわし、結びに、分かったか! と厳しい檄を飛ばすと、生徒達はゆっくり重たい声で、「はい」と不揃いの返事をし、返事が小さい! 分かったか! と再び繰り返すと、今度は姿勢をびしっと引き締めながら、生徒達は威勢の良い返事を一斉に上げた。
この光景はKに強烈な印象を植え付けた——まだ入学式も終えていない、受験を勝ち終えたばかりの何も知らない少年少女達に、まるで自分の所有物、支配下の如く苛烈な罵声と機械的な指令を傲然と下す軍人風情の教師達、及び、初めて踏み入れる事で微かに垣間見えた、構内の重苦しい、厳格且つ陰鬱な、些かも爽やかさや活気の感じられぬどんよりとした雰囲気、そうして、共に集まった新入生の大群を前に個人的に感じた、どことなく自分とは相容れなさそうな人間的懸隔、交わる事を期待できぬ孤立感、集団からの疎外感……これら今後の高校生活を推察する為の様々な資料が、悉くKに否定的な印象を起こし、それはたった一日、たった一時の集会だけで、自分は来てはいけないところへ来てしまったのではないかという深い不安と疑念、裏切りと失望の感情をもたらすには十分な程であった。
その不吉な予感は不幸にも的中、いや、的中どころか遥かに凌駕するほど厳しい醜悪な現実が待ち構えていた——義務教育時の経験則から、入学初日の授業は本格的な講習に踏み入る事なく、互いの自己紹介や授業方針の説明等のんびりした時間に終始し、実際に教材を使用しての学習の進行は次回からであろうと高を括り、呑気な姿勢で臨んでいた、しかし、いざ授業が始まると、初めて顔を合わせた教師は、そんな事お構いなく、開始の号令を済ませると同時に、教科書を開け、と間髪入れず命令を下し、予習はこなしてきたか、と事前に告げられていた課題の履行状況を問い、確認の為に次々と生徒を指名しては解答を要求した、が、実際のところ多くの生徒が指示された内容を怠っていた事が分かり、途端に激高、声を荒げ、叱り飛ばし、同時に、教室全体に漂う、締まりのない、弛緩した、ふわっとした生徒達の授業態度を見て取り、シャキッとしろ、それが教師を前にして授業に臨む態度か、そんな好い加減な姿勢でこれからやっていく気か、と憤怒に満ちた表情で張り裂けんばかりの喝を浴びせた。
Kは意表を突かれたというか、寝耳に水というか、勉学に対してこれほど徹底した真剣さを初手から要求する場がこの世にあろうとは思われず、驚きであると同時に不可解に感じ、義務教育時代の微温な指導を意識の基準としていたのに対し、頭の切り替えと体の順応が中々追いつかず、初めの内はK自身も個別の叱責を食らう事が何度かあって——しかも、これが特定の教師に固有の授業方針かと思えば全然そうではなく、他の教師も皆一様に厳正たる身構えを生徒に確然と要求しており、どの授業においても、教師が教壇に立ち、チャイムの鳴った瞬間には、全生徒が万全の姿勢で凛として待ち構えていなければならず、ほんの一寸の着席の遅れも、勉強用具の不備も、頑として許さず、発見された途端すぐさま荒々しい罵声が飛んでくるのだった。
それからはもう、軍隊の訓練さながらの日々である——上官と部下、刑務官と受刑者、師匠と弟子の様な絶対的序列の中で、課題を怠れば罵倒を受け、睡魔に負ければ拳でどつかれ、他の教室からも必ず一度は怒声が響き渡り、罵詈雑言、体罰、教室からの追放、晒し首の如き屈辱的懲罰、生徒の自尊心を著しく傷つけるような、決して人前で口にすべきでない一言もクラスの面前で平気で言い放つ、そんな時代錯誤の強圧的指導が横行していた。
ある時分、授業開始の合図が鳴った直後、隣の教室から、校内全域に反響せんばかりの爆発的な大音量で、発狂したのかと感じるほど滅茶苦茶に喚き散らす蛮声が轟き、あまりの迫力にKのクラスも一旦授業が中断され、学年中の教室がしんと静まり返ったのだが、直後、破壊せんが如く力一杯ドアを粗暴に閉める凄まじい衝撃音が鳴り響いたかと思えば、廊下をスタスタと歩いて帰っていく教師の足音と影がガラス越しに飛び込んできたのである——後に聞いた所によると、授業が始まったにもかかわらず、最前列の生徒が机に突っ伏したまま、無気力な姿勢を見せていたのが原因だそうで、要は、休憩時間から授業中への意識の切り替えが少々遅かっただけである、たったそれだけの事、ただそれだけの事で、顔を真っ赤に紅潮させ、ヒステリックに怒鳴り散らし、一方的に授業を放棄し、傲然と職員室へ引き揚げてしまったのである。
この程度は決して珍しい光景ではなかった——学年集会、体育座りの状態で、通例の退屈で長ったらしい先生の講釈を聞かされている中、生徒達の様子を見張っていた一人の男性教師が、突如ずんずんと早歩きで、Kのいる方向へ一直線に歩み寄って来るのが分かり、顔を伏せてボーっとしていたKは、ヤバい! と心臓が飛び出そうな程の緊張と共に、反射的にびしっと顔を上げ、瞬時に背筋を伸ばしたのだが、刹那、彼の斜め前でうな垂れていた男子の下で足を止めた男性教師は、そのまま流れるように、間髪入れず、躊躇なく、後頭部目掛け、真上から叩き割るように思い切り拳を振り下ろし、鈍い音が館内に響き渡ると、「だからお前は」と鬼の如き形相で怒涛の叱咤を畳み掛けたのである。
その男子が具体的にどんな失策を講じたかはっきりとは視認出来ていなかったが、全く真剣な態度で話を聞いていなかったKは、自分が標的となる可能性も十分にあり得た、紙一重だったと、九死に一生を得たような安堵と恐怖の入り混じった緊張に駆られ、心臓の激しい動悸を鎮めるのに長い時間を要した。
その教員の話である——授業中、Kの斜め後ろ当たりの生徒が、こっそり机の下で携帯電話をいじっていたのがバレたらしい、持ち込み自体も禁止されてる上、授業中の使用である、教師はそれに気付いた瞬間、すかさず持っていた教科書を放り出し、生徒の下へ猛然と直進、勢いのままに机を蹴り飛ばし、床に落ちた携帯を拾い上げたかと思えば、その場で真っ二つにへし折って破壊、そのまま生徒の胸倉を掴み、廊下へと力任せに引きずり出し、教室側の壁に生徒を体を何度も何度も激しく打ち付けながら、ヤクザの脅迫恐喝まがいの凄まじい勢いで憤怒をぶちまけていた。
教室中が重苦しい緊張と静寂に包まれる中、Kはガタガタ震えていた——元々人間の怒りに対する恐怖の感度が異様に高いKは、こういう光景を前にする度に脈拍が乱れ、呼吸が荒れ、小刻みに震え、少しでも気を抜いたら泣き出してしまう程に怯え切り、とにかく恐ろしくてどうしようもなく、もしもこの怒りが自分に来たらと思うと、卒倒してしまうのではないかと震え上がった。
頭がおかしい、気が狂っている、常軌を逸している、一体、どういう神経でこんな非人間的な態度と家畜的な扱いを施せるのか——我々は単に、田舎だけに少ない進学先の範囲内から、適切な学力と距離とを鑑みて成り行き的にここを選んできたに過ぎない、何も、有望な大学に是が非でも進学したい為に自ら徹底した調教と管理を求めて切に志願した訳ではない、確かに進学校には違いないが、全国トップレベルの大学を狙えるほど高偏差値の高校な訳でも決してない、にもかかわらず、環境上の制約からたまたま入ってきた様な何の縁もない他所の子供に対し、なぜ斯くも横暴な、乱暴な、粗暴な処置を施し、自身の所有物の如く支配的な態度を振舞えるのか、その感覚、思考回路が全く理解出来ない。
なるほど、体罰の一切を否定する積もりはない——教師に直接無用な暴力を向けたとか、同級生に残酷ないじめを働いたとか、悪質な犯罪に手を染めたとか、その場面に遭遇して瞬時に憤激と道義心に駆られ、咄嗟の反撃と制裁に乗り出す、そんな正義の鉄槌なら理解は出来る、しかしそれは体罰と言うより、人としての義行であり、男と男のぶつかり合い、つまりは教育者以前に人であるが故の必要から生ずる因果応報的行為であって、現にKは、中学時代、日頃乱暴や悪事を平気で働いていた、Kの大嫌いな悪童が、普段温厚な教師に、廊下で壁に押し付けられている場面を目撃して、こんな奴キレられて当然だ、そのままぶん殴られてしまえとしか思わず、日頃から不良に対する取り締まりが温いとさえ考えていた。
子供は本来純真だの、子供は皆可愛いだの、そんな生易しい楽天的な認識は、大人という余裕の立場から悠々と眺められる外野の言い分に過ぎず、実際に子供の社会に属し、子供の利己性に翻弄され、日々傷付けられて生きてきたKにとっては、子供の暴力性は看過出来ぬ甚大な脅威であって、奴らを善良な存在と見なせる訳がなく、子供という低俗な、愚かな、野蛮な生き物の世界から早く逃れたいと望むばかりで、何より、自分だって子供の一部なのだから、本当に優しい子供を救いたいと言うのなら、悪質な子供には容赦ない処遇を下すべきだと、Kはそう考えていた。
世の中を見渡せば、著しく倫理観の欠如した脳の腐ったクソガキ共がのうのうと校内を跋扈し、人をいじめ、備品を破壊し、授業を妨害し、教師に狼藉を働いている、にもかかわらず、暴力を行使してはいけない、力で押さえ付けてはいけない、生徒が教師を殴る権利があっても、その逆は無い、のみならず、ちゃんと授業を成立させろ、真っ当な方向へ導け、クラスを機能させろと批判に晒される、そんな馬鹿な話、無茶苦茶な要求は無い、現に、人間的な感情を持たず、叱責や説諭に全く応えない非行少年が実在し、且つ教育現場への侵入を禁ずる処置さえ施せないのであれば、もはや腕力で屈服させる以外方法はないのであって、それを教育だの指導だのと、教員という立場を絡めた言葉で形容するから却って事がややこしくなるのであって、単純に人として腹が立った、やられたからやり返した、即ち対等な身分の喧嘩や仕返しとして見なせばそれで良く、仮に教師と生徒とが対等であるべきと言うのなら、暴力的行動にだって序列をもたらしてはならないはずで、それ相応の権限を教師側にも認めるべきであり、もしもそれすら禁じられるなら、停学退学のハードルを緩め、実害を撒き散らす連中を片っ端から排除させるべきであって、こんなふざけたガキ共の後始末まで一々教師に責任や負担を負わせる必要はない——こういった考えを持っていたKは、体罰を問題視するニュースが続発する度に、むしろバッシングに疑念の感情を抱く事が少なくなかった。
しかし、今ここで行われている体罰は、そういった類のものでは決してない、飽くまで悪意のない、日常的な、誰にでもある、軽微な過失、不注意、粗相の範疇に属するものである、そんな小事に一々猛烈な怒りを持てる意味が——しかも、まるでスイッチを捻ったみたいに、瞬時に憤怒の感情と挙動に変身する事が出来る、その切り替えもまた不気味且つ奇怪である、まるで爆弾の装置を体内に埋め込んでいるみたいだ、人間はあんなにも容易に感情の噴出を誘発する事が出来るものだろうか……以前までの生温い穏和な教育下において、比較的手の掛からぬ優等生として目を付けられる事なく育ってきたKにとって、斯かる野蛮な教育現場が現実に存在する事自体が一つの衝撃であり、信じられない光景であった。
教師達は生徒に勉強を詰め込ませる事しか眼中になく、日々大量の宿題、予習、復習を命じられる上、休日も返上して授業に駆り出され、且つ新入生は部活への入部が必須であった為、Kの様に遠方の地域から通う生徒は、一切の時間を課題の処理に費やさなければ到底間に合わず、一応建前上は「文武両道」を謳っていたものの、実際のところ勉学と無関係な行事や活動は全てやっつけであり、公立校としての義務と体面を順守する為の形式的な儀式に過ぎず、実際は「お前達はただ勉強さえしていればいい」という姿勢を頑なに崩さなかった——故に校内は常に重たい雰囲気に包まれ、暗鬱な表情で溢れ、青春を謳歌する生徒など皆無の様に思えた。
厳格で煩瑣な校則によって生徒達は徹底的な管理の下に敷かれ、服装点検の際に横一列に直立姿勢で並ばされた時など、戦争映画で捕虜が一斉に銃殺される光景が思い浮かび、一体、学業と身だしなみに何の関係があると言うのか、なぜ私生活にまで一々干渉されなければならないのかと、Kは深い疑問と憤りを覚えた(Kはそもそも学生服自体に強い反感を覚え、行動の抑制を目的とした囚人服、精神上の拘束服としか映らず、これを着用する事で「この者は当学校の所有物である」と公然に向かって晒され、否応なしに飼い慣らされている気分がして、人間の尊厳を著しく侵害するものだとさえ感じた)。
しかし、斯かる圧政下において、Kが不審を抱いたのは教師に対してだけではない、生徒も同様である、Kにとっては、決して考えられない、断じて容赦できない、あり得べからざる非道な蹂躙に晒されているのに、なぜその危害の当事者たる生徒達は、自ら疑問を持たず、声を挙げず、暴動を起こさず、平然と受け入れていられるのか——確かに特定の教師に対する愚痴や悪罵を口にする場面は多々目撃にする、しかしそれはどの学校でも見られる程度の他愛も無い雑談の範疇に過ぎない、決して封建的校風それ自体への強い社会的義憤や懐疑から生じた真剣な抗議ではない、つまり彼らは何だかんだで、許容範囲内の、致し方のない、正当な教育の一種と認めており、どうも自分だけが強権的な体制に一人勝手に反抗心を抱いているらしい。 それがKの孤立感をより深めた——生徒達が必死で黒板にかじりついてノートを取るその教室の風景を気味悪く思い、教師達の専横な命令に素直な隷従を示す姿を軽蔑した、一体これは何なんだ、何の為にこんな事を強いられているんだ、教師にも生徒にも人間味がない、人格がない、人情がない、その姿はまるでロボット、人形、兵隊であり、その行為は懲罰、苦行、罪滅ぼしとしか考えられない……。
不良
高校生になって、生活圏が県の中心地に移行した事によって、地元では出会わなかったような質の悪い連中も度々街で見掛けるようになった、特に、Kの高校と最寄り駅を共有する他校の中には、一部不良校も混じっており、殊にKの通う学校の生徒は、他校の目から見て些か軟弱な、ガリ勉の、オタク的な印象を持たれる事が多かった為、その制服を着ているだけで舐められ、見くびられ、目を付けられる対象となる傾向にあり、身近な例を挙げれば、すれ違いざま、肩をぶつけられる、足を踏まれる、からかわれる、絡まれる、この程度の悪意ある威嚇行為は珍しい事ではなく、同校の男子達は些か肩身の狭い思いで登下校するのを余儀なくされており——そんな中、思春期を迎え、自我の発達が激化し、強い自尊心と正義感に目覚め始めていたKは、人を卑しめるのを面白がる不良共を心底憎悪し、些細な侮辱をも断固として許容する事が出来ず、街中でコケにされる度に心の中で無性に腹を立て、怒りの感情に脳が支配され、殺してやりたい程の憤激に駆られていた、しかし、彼らが侮辱的動作を仕向けてくるのは、大抵こちらが一人なだけに向こうが気を大きくしている場合である故、単純に数的不利の状況にあるし、下手に抗戦的姿勢を示せば、問題が肥大化、複雑化、長期化、余計にややこしい、厄介な、面倒な事態へ発展しかねない憂慮もある故、たとえヤンキーに絡まれても、度々腹の中で憤るだけに終わり、実際的な行動に踏み切る度胸が湧かず、ただ必死で悔しさを堪えて自ずと痛みが昇華されるのを待つしかなかった。
とある下校時、駅のホームにて、次の車両の待機中、近くにいた三人組の学生が、明らかにこちらに視線を向けながら、ヒソヒソごにょごにょと、嘲笑の含んだ侮辱的な談話で盛り上がっているのが察知され、その際Kは至って無関心の素振りを見せてはいたものの、内心激しい苛立ちと憎悪に駆られており、あっち行け、見るな、とっとと失せろと、頭の中で口汚い罵倒を無数に繰り返していた——すると、その中の一人が急に接近し、Kに直接声を掛けてきた、しかし、Kはその唐突な接触に不意を食らったのと、妙に上から目線の居丈高な口調が上級生を思わせたのも相まって、さっきまでの腹中の強気な威勢は途端に消失し、咄嗟に敬語で、ぼそぼそと、弱々しい、頼りない声で返答し、始終遜った姿勢で応対する形を取ってしまっていた、話の論旨としては、Kの高校に進学した、彼等の中学時代の元同級生に関する質問らしく、その内容から、彼等もKと同じ一年生である事が察せられたのだが、直後、電車がやって来ると、一方的に話は打ち切られ、別々に車両へ乗り込んだ為、この奇襲の如き問答は嵐の様に過ぎ去っていった、その後、席に着き、平常の状態に戻ったKは、臆病から来る興奮が落ち着いてくると同時に、今し方の映像が——同学年に対して、変にたじろいで、怖気づいて、弱腰な下手の姿勢を取ってしまった自分の姿が、胃から込み上げるように脳一杯に横溢してきた、ああ、なんて情けない、みっともない、格好悪い様を晒した事か、あいつらも同じ一年生じゃないか、奴等は明らかにこぞって自分を小馬鹿にしていた、仲間内で面白がるネタにしていた、勝手に目上気取りで話し掛けてきて、勝手に話を打ち切って、勝手にどこかへ消えてしまった、こちらの主体性を認めないかの如く、終始向こうに主導権を握られたまま、一方的に振り回され続けた、コケにされたも同然じゃないか、人格を踏み躙られたも同然じゃないか……Kは猛烈な悔恨と、羞恥と、憤激に苛まれ、その時の記憶がしばらくこびり付いて離れなかった。
強大に膨れ上がった生得の自己愛が、十代特有の繊細且つ大胆な感性と固く結び付いた事で、堅固たる矜持、激甚な虚栄心、頑迷なプライドを形成した結果、Kは如何なる事例であれ、他人に負けるという状況を徹頭徹尾容認する事の出来ない意固地な性格に変貌していた——人に見下され、卑しめられ、舐められ、嗤われるのを激しく嫌忌し、どんな小さな諍いや侮辱をも心の底から苛み、引きずり、反発を起こし、その都度心の中で怒りに満ちた反論を、罵倒を、闘争を執念深く試みた。 見るからに柄の悪い、威嚇的な姿勢と挙動を誇示する不良が、たとえ前方から来ようが、路上でたむろしていようが、Kは全く動じていない素振りを装い、平然たる表情を浮かべて飄々とすれ違う、或いは、内心に潜在する怯えと反感を相殺せんとする無意識の運動によって、敢えて若干接近しながら通り過ぎるという挑戦的行動を露わにし、これを遂行する事によって己の意地を実感し、屈辱感を払拭し、自尊心が損なわれるのを回避し、心の中で密かに勝ち誇った。 喧嘩腰の威張った態度で歩いている男が目に入っただけで、Kは自身が挑発を受けていると認識し、激しいムカつきを覚えた、そのすぐ傍を堂々と通り過ぎる事が、Kにとっては売られた喧嘩を買い、敢然と敵に立ち向かう勇ましさの証明を意味しており、淡々と通過して誰にも脅威となっていない事実を相手に突き付ける事で、その倨傲な自尊心にダメージを与えられると信じており、自ら少しでも道を譲ったり遠ざかったりする事は、己の尊厳を踏み躙る敗北行為に他ならなかった。
しかし、普段からの負けん気溢れる身構えと矜持の強い自己意識に反して、いざ第三者から接触を図られると、Kは途端に委縮の様相を露わにしてしまっていた——頭の中では、いつでもやってやる、さあかかってこい、お前なんか怖くないぞと、威勢良く、猛々しい、強気な啖呵を切っている癖に、実際に絡まれると、瞬時に恐怖心が闘争心を制して、無難に、無事に、穏便に事を収めようとする安逸な心理が台頭してしまい、全てが終わった後になって、頭の中で厳しい自責と復讐を繰り返すばかりであった。
帰りの電車内で、特にやる事も無く、席に座ってボーっと俯いていたKに対し、対面に位置を取る、大学生らしき三人組が、Kの容貌から滲み出る、独特な、陰鬱な、尖った雰囲気を見て取ってか、或いは知り合いの誰かに似ていたのか、明らかにこちらに意識を向けて、おい見てみろよとでも言った風に、互いに顔を近付けて笑い合っているのが分かり、その時点でKは大いに屈辱と苛立ちを覚えていたのだが、それだけに留まらず、誰かに見せる積もりなのか、遂には携帯を取り出して、カメラのレンズをこちらに向け、こっそりと撮影し、再びクスクスと揃って嘲笑を浮かべていたのである——何て無神経な、下品な、低俗な、幼稚な猿共だろう、奴らは一人じゃ何も出来ない軟弱なクズ共なのだ、数と年齢の優位だけが取柄の姑息で卑しい低能共なのだ、死ね、殺すぞ、ゴミが、消えろ、Kは心の中で過激な脅し文句を浴びせ続け、顔を伏せたままじっと殺意のオーラを放ち続けていた、しかし、一対三で、他の乗客もいる中、どうする訳にも行かず、ただ怒りと悔しさを噛み締めながら、彼等が面前からいなくなるのを大人しく待つしかなく、やがて、電車が次の駅に到着すると、三人中二人が立ち上がり、別れを告げ、車両を降りた事で、正面には若い男一人だけが残ったのだが——この状況になって、Kは、どんな形でも良い、最後の一人が降りるまで、何とか一矢報いたい、どうにか意地を示したい、ささやかな反撃を講じたい、そんな痛切な思いが込み上げてきた、そこでKは、ほとんど衝動的に、足のつま先をスッと上げ、そのまま降り下ろし、床に打ち付け、タンと音を鳴らす、これが憎き強者に対する精一杯の威嚇、攻撃、反抗の表現であった、すると、携帯をいじっていた大学生は、即座にそれに反応し、こちらに目を向け、何が起きたか確かめるように見詰め、若干の間があった後、Kと同じ様に、足を上げ、床を叩き、音を鳴らし、そっくりそのまま応酬する事で、こちらの反応を窺ってきた、その瞬間、Kは、相手が好戦的姿勢に転じた事による心臓の衝撃と、襲い掛かかってくるかもしれない恐怖と、どうすればいいか分からない不安と、やめておけば良かったという後悔とが一挙に体内に噴出し、ただ相手の反撃に動じず、堂々と構えた姿を持続し、気に掛けていない様子を顕示して虚勢を張る事だけが唯一の抵抗であった。
結局、それ以上の事態には発展せず、互いに膠着状態のまま、時間が過ぎ、相手の方が先に降りて行ったのだが、この出来事はいつまでも回顧の対象であり続け、決して容易に忘れる事が出来なかった——悔しかった、とにかく悔しかった、悔しくて悔しくてどうしようもなかった、次第に悔しさは悲しみの塊となって喉元を圧迫した、プライドがズタズタに引き裂かれる思いだった、どうして殺さなかったのだろうと激しく自己を苛んだ、この場面は幾年にも亘ってフラッシュバックの様に頻りに想起され、その都度激しい怒りと恥辱の感情が瞬時に沸騰し、その激情を静める代替行為として、奴等を完膚なきまでに打ちのめす光景を脳内で執念深く繰り広げた——電車の中、自分を面前にして、奴等がケラケラ笑っているところへ、気のない振りのまま淡々と近付き、攻撃の間合いに入ったところで急に速度を上げ、無警戒な三人に突如として飛び掛かり、まず端っこの奴を力一杯ぶん殴り、すかさず隣の奴に向きを変え、相手が身構える前に渾身の一撃を浴びせ、狼狽する三人目にも間髪入れずに連打を浴びせる、こうして一旦全員を怯ませたところへ、無造作に、手当たり次第、当たり構わず、目に入るままに無茶苦茶に殴り散らす、顔と腹部に強烈な拳を、蹴りを、膝を食らわし、完全に意識を喪失するまで、手を休める事なく、床に倒れてもマウントで殴り続け、感情のない暴力マシンと化す……勢いが止まり、息が上がり、落ち着いて現場を眺めれてみれば、転がった三つの瀕死の肉体、血まみれの床、騒然とした客、駆けつける車掌、取り押さえられる自分、駅で待ち構える警察、家族の反応、学校の対応、白眼視する旧友達、危険視する近所の人々……喧嘩の勃発から事件が片付くまでの一連の流れを隅々に亘って想像する事で、義憤を静め、傷を癒し、プライドを慰めた。
この件に限らず、Kは普段から己に恥辱を与える連中を片っ端から残酷な拷問に晒す事で、行動を節約したまま脳内でストレスの発散を行っていた——そうだ、やってやれ、こういう舐め腐った連中はどこにでも湧いて出る、あいつらは、こっちが歯向かってくるなど、立ち向かってくるなど、夢にも思っていないのだ、その柔弱な、孤独な、根暗な雰囲気を見て、何もしてはこまいと、高を括って、余裕の身構えで、安全な見地から、悠々と、尊大な態度で脅かし、こっちの怯む様を見て、ゲラゲラと下品な笑い声を上げているのだ、いつだって自分は捕食者で、他は獲物に過ぎないと、自惚れているのだ、だから、後悔させてやれ、知らしめてやれ、世の中そんなに甘くないと、お前がいつも捕食者側ではないのだと、その余裕面に、不意に正義の鉄槌をかまして、途端に形成をひっくり返し、ぐちゃぐちゃになるまで打ちのめしてやれ、たとえ殺してしまったって構わない、奴らは人を追い詰めるのを生き甲斐とする、生きてる価値のないクズ共なのだから、これ以上犠牲者を生み出さない為に、とことん懲らしめてやらなければならないのだ、もう二度と他人の心を蹂躙するような非道な仕業を講じないよう、熾烈な制裁を加える事で、猛省と、悔恨と、絶望を根本から植え付けてやらなければならないのだ……。
しかし、どんな屈辱に晒されても、Kは一度も決闘に乗り出す事は無かった——もしやるとなれば、徹底的にやらなければならない、中途半端な攻撃は相手の闘争心を焚きつけるだけである、一度でも手を出せば、立ち上がる事が出来ない程に、最初の一撃からフィニッシュまで一気に畳み掛けなければならない、交互に攻撃を交わし合うような紳士的な喧嘩じゃ駄目だ、反撃の間を与えない程、狂ったようにがむしゃらに叩きのめさなければならない、それも、この瞬間だけで済むような手ぬるいレベルじゃ駄目である、なぜなら、こんな田舎では、すぐに自分の身元など知れるし、大抵こういう連中は悪友を大勢持っているから、仲間を引き連れて集団リンチの報復に乗り出す可能性が高い、だから、二度と関わる気を起こさないよう、手を出そうと思わないよう、完膚なきまでに、徹底的に、制御の利かない狂人と思われるくらいに、死の寸前まで追い込まないと、後でどんな危険な目に遭うか分かったもんじゃない——しかし、そこまでやるとなると、学生同士の小競り合いでは片付けられない、もはや事件である、傷害罪である、相手が先に仕掛けた事を情状に、仮に退学を免れたとしても、周りの見る目は変わってしまう、今までの大人しい、口数の少ない、地味な生徒として通ってきたものが、得体の知れない、凶暴な、ヤバいクラスメートという評価に一転し、敬遠と不審の目で見られるだろう、昔の同級生もまた噂を聞いて距離を置く事だろう、その視線、扱い、空気に耐えられない、自分が気懸かりなのは、事件を起こし、秩序を乱し、道を外し、問題児と見なされる、世間体への心配であって、決してお前らそのものが怖い訳じゃないんだ、こっちには、お前ら底辺とは違って、築き上げてきたものがあるのだ、周囲の期待、評価、関係、地位、イメージというものがあるのだ、その辺の腐った不良連中の様に、軽々に感情を爆発させて、傍若無人に振舞い、安易に犯罪に手を染め、方々でトラブルを起こし、人生を台無しにする訳には行かないのだ……。
ある時、Kにとって最大の事件が起きた——田舎だけに駅間の走行距離及び一駅に停留する時間が長く、冬の冷気対策もあってか、Kの利用する電車はデッキと客席の空間が分離された、四人用のボックス席が中心となっているタイプがメインだったのだが、ある日の下校時、電車内で、小中学校の元同級生、今は同じ高校の別クラスに通う、Yという生徒、及び、部活と駅の方向が一緒のHという生徒と、同じボックス席に座って適当に時間を潰していると、通路を挟んだ隣の席、近所の高校の制服を着た二人組、その内の一人、体格が良く目付きの据わった男が、どうもHの中学時代の先輩らしく、何やらHに顔を寄せて小声で話し掛けており、Hは、それに対し、携帯をいじりながら、全くの無表情で、「さあ、知らない」と素っ気なく、幾らか気まずそうな調子で一言だけ呟いたのが見て取れた、すると、突如男は、KとYに向かって、ちょっと、と手招きをしながら立ち上がり、二人を呼び寄せるような仕草で、自分に付いてくるよう指示し、KとYは、何やら分からないが、取り敢えず立ち上がって、言われるがまま無警戒に、呑気な調子で淡々と後を追い、そのさらに後ろをもう一人の男が二人を挟むようにして付いてきたのだが、そのまま客室からデッキに出て、トイレの前で足を止め、入るよう二人を誘導し、計四人が中に入って、ドアを閉めた、その瞬間……男は、Kの胸倉を掴んで、壁に押し付け、額を寄せると同時に、財布寄越せ、と脅迫してきた——カツアゲである、Kは突然の事に、怖いというよりまず驚きの感情が全面に出た、しかし、意外にも思考は冷静で、幾ら何でも、唐突な恫喝を前にして、はい分かりましたと、ポケットから財布を取り出し、あっさりと素直に要求を呑んで貴重品を差し出すのは、流石に判断が早計に過ぎ、かと言って、暴力で対抗するという選択は微塵も浮かばず、まずは緩やかな拒否の姿勢を序盤に示しといて、相手の出方を慎重に窺うべき、そんな直感が瞬時に働いた為、咄嗟に、いや、すいません、今、手元に無いです、席に置いて来たんで、と、物理的に不可能な現状を、嘘を交えて説明する事で、決断を一旦先延ばしにし、最低限の抗い、足掻き、粘りの姿勢を示しながら、どうにか事態をやり過ごすしかなく、すると、戦略が功を奏したか、二言三言やり取りはあったものの、どうもこいつは簡単には渡さないようだと、早々に向こうが見切りを付けたのか、Kの胸元から手を放し、今度はYの方に移行、胸倉を掴み、恫喝、同じ様に要求を突き付けてきたのだが、Yもまた、Kとの一連のやり取りを参考に、しぶとく食い下がるのが効果的と見たようで、男の要求に対し、判然としない言い訳を並べ立て、有耶無耶に誤魔化そうとし、曖昧な姿勢を取り続ける事で、事態の膠着を以て難局を切り抜けようとしているのが分かった。 その間、仲間と見られるもう一人の華奢な男は、後ろで、陰気な表情を浮かべ、下を向いて、じっと突っ立っているばかりで、どうも監視役及び数合わせで無理やり付き合わされているように思えたが——彼等は恐らく、唯々諾々と命令に従う物分かりの良い従順な生徒のみを標的としていたのだろう、暴行を加えたり体を調べ上げてまで強引に奪い取る気はないらしく、両者自ら進んで金品を明け渡す意志のない事が分かると、これ以上は無駄と観念したか、改めてきつく乱暴に胸倉を掴んだ後、この事は誰にも言うなよ、とドスの利いた声で、双方に対して交互に拳を押し当て、睨み付けながら釘を刺し、二人を解放した。
トイレを出たKとYは、頭が真っ白な状態で元の車両へ向かい、席に着いたのだが、その時もまだ、恐怖というより虚脱や困惑が強く、驚愕の後にしばらく残る脈拍の動乱、或いは脅威が過ぎ去った直後の呆然であった——Hを含めた三人は、そのまま特に会話も無く、暗く、重たい、沈んだ様子で、意志を失ったように電車に揺られ、地元の駅に到着したのだが、二人が物憂げに立ち上がり、Hに力なく別れを告げ、車両を出て、ホームに降り立ち、ふと振り返ると、後ろから例の男も同時に降りてきたのが目に入った——その瞬間、Kの心理に生じた変化は次の様であった、「Hの元先輩という事は本来この男はもっと先の駅で降りるはずである、にもかかわらず男は我々と同じホームに立っている、もしも普段利用する乗降口が当駅だとすれば、今後幾度も我々と顔を合わせるのは目に見えている、ならばいっそ、先の事を考えて、事実の確認を行うと同時に、自ら距離を詰め、近い関係になっておくに越した事は無いはずだ」、それは言わば、人質が立てこもり犯に媚びを売り、協力的になってしまう卑屈な心理に似ていた、そこでKは、自分を脅かした相手に敢えて進んで接近し、子分かの如く歪んだ微笑を浮かべながら、ここで降りるんですか、と腰低く話し掛けた、すると男は、いや、違う、と無表情で淡々と返事を寄越した、Kはそれ以上深くは立ち入らなかった。
その後、放心状態のまま、自宅に向かい、玄関を通り、自分の部屋に戻って、ベッドに腰を下ろす、その時になってようやく、確然たる剥き出しの恐怖心が全身の一切を支配するようになった——荒れる呼吸、震える手足、乱れる鼓動、純粋な恐怖の情動が一挙に湧き起こり、寒さを堪えるように縮こまって、自分の体を抱きしめ、小刻みに震えていた、次第に恐怖の半分を悲しみの情念が浸食し、喉を震わせ、目を滲ませ、歯を食いしばって堪え続けた。
鮮明に浮かび上がる堪え難い映像を前に、精神を保つ為の荒れ狂うような葛藤と必死で向かい合う、そこには過ぎ去った記憶への悶絶と同時に、未来に対する不安や憂いの意識もあった——あの男の制服は、自分の高校と近隣の生徒のそれである、利用する路線も同じである、電車の本数は限られている、つまり今後も通学路や電車内で顔を合わせる確率は非常に高い、その時どうすればいいのだろう、また同じ目に遭わされやしないだろうか、一々警戒心を抱きながら隠れるように登下校しなければならないのだろうか……。
恐怖と悲嘆による苦痛が多少の落ち着きを見せると、代わりに惹起したのは恥辱の感情である、それは相手というより自分自身に対する呵責と嫌悪である、確かに、相手の要求を鵜呑みにせず、最後まで抗い続けたのは一つの戦果ではある、しかし、決してそれ以上の反撃行為に転じた訳ではなく、損害を最小限に抑えて穏健に切り抜ける事だけを望み、終始一方的な暴力的威圧に振り回された事実に変わりはない、それ自体も当然不甲斐ない恥ずべき点だが、それ以上に、とかく情けない、格好悪い、みっともない姿を晒したのは、その後の自身の行動だ——駅のホームに降り立った時、なぜ自分はあの男に話し掛けたのだろう、それは決して勇気ではない、むしろ逆だ、小心、臆病、怖気からだ、飽くまで自分の中の恐怖心や敗北感を巧妙に一掃する為であって、断じて果敢な挑戦でも小さな復讐でもない、ただ単に、手下として近しい関係を築き、互いの敵対意識を取り除く事で、過去の忌まわしき記憶と感情の浄化、無効化、正当化を図り、同時に、再び目を付けられ、標的と見なされる事の回避を狙っただけの、途方もなく卑しい、惨めな、汚い打算に過ぎない、それはかつて道化によって権力者を手懐けようとしていた頃の悪習、下からくすぐる事で強者による迫害を逃れんと図る嫌らしい処世術の残骸であって、自分は本来決闘を申し込むべき憎き相手に汚らしい阿諛の表情を以て近付き、平身低頭しながら話し掛ける事で、己の誇りと信念を曲げ、敵に追従、屈服、隷属し、悪に取り入ろうとしたのだ——そんな自分が腹立たしかった、恥ずかしさに消え入りたかった、自分はなんて事をしたんだ、敵と闘わないに留まらず、あろうことか媚び諂おうとしただなんて……。
その後、夜が更けるまで、Kはやり切れない思いに苦しみ悶えながら、生気の欠いた茫然自失の様相で過ごし、食欲は湧かず、夜は眠れず、布団の中で目を瞑っても、忌々しい記憶が瞼の裏に明瞭に映写されるばかりで、毛布にくるまりながら朝まで呻き苦しみ、ひたすら登校時間が来るのを恐れた。
翌朝、酷く憂鬱な面持ちで、警戒と怯えを抱きながら駅に向かい、Yと顔を合わせ、昨日の出来事について軽く言葉を交わし、互いにテンションの戻らぬまま腑抜けの状態で揺られ、学校に到着し、一日を乗り越え、放課後、Kは部室でHと顔を合わせたのだが——今振り返ると、例の男が、KとYをトイレへ誘導する直前、後輩であるHに耳元で話し掛けていたのは、こいつやってもいいか、という獲物としての許可の確認だったのだ、それに対し、Hは、見て見ぬ振りの態度で、さあ、知らない、と冷淡に呟くだけで、結果としてあっさりと受け渡したのである、なぜあの時、多少なりとも抵抗や交渉の姿勢を示してくれなかったのだろう、最終的に同じ結果になったとしても、いや、ちょっとこの人達だけは、と仲間としての最低限の礼儀を果たしてくれたって良かったではないか、別にそれで彼自身が危険な目に遭う様な雰囲気でもなかった、代わりの犠牲になる様にも見えなかった、にもかかわらず、Hは、是とも否とも言わず、分からないという酷く曖昧な、姑息な、責任逃れの言葉だけを、我関せずの態度で残し、友人を早々と売ったのである——しかもこいつは、その人為的災禍を、単なる滑稽な失敗談かの如く、いやあ俺も焦ったよ、急に話しかけられるかれるからさあ、と、直接の被害者でもない癖に、笑いながら部員に言い触らしていたのである、Kは正直言って、第三者に軽々しく漏らして欲しくなかった、空気を悪くするのを憂いて、表面では余裕を装っていたものの、当人の尊厳に深く関わる恥辱の経験である故、そう易々とネタに出来るような状態にはなく、Hのこの不誠実な行動に対し、Kは人間不信に近い反発を覚えた。
もう一人の被害者たるYはどうなったかというと、次第に学校を休みがちになり、一二カ月で不登校になった、しかし、Kは同情よりもむしろ反発を覚えた——Kにとって、小学校時代からの付き合いであるYは、現在クラスは異なるものの、同じ高校同じ部活に属す相棒的な存在で、比較的気兼ねなく楽に会話の出来る唯一の相手だった、それがもう学校に来ないとなれば、当然自分は一人取り残される、元々校風に馴染めずクラスでも浮き、登下校時も常にその場から弾き出されているような疎外感を覚えている中、余計に孤立を深める破目となる、大体あの件と学業に直接の関係はないはずだ、自分も同じ目に遭ったのだから、不登校を是とする決定的な論拠になるとは思えない、むしろ自分の方が、教室内の孤立、教師への反感、家族との不和、学業への猜疑等、遥かに苦しい問題を幾つも抱えているはずだ、なのに、自分を置いて一人で逃げるだなんて、薄情且つ安逸である。
そもそもYは、中学時代から不登校癖のようなものがあって、以前クラスで良くない立場に陥ったが為に学校に来なくなった時期があったのだが、Kはどうも素直に同情的な視点から把握し切れないところがあって、それというのも、以前既述した挿話——小学校の教室において、普段やんわりといじめられがちな生徒に、逆にKが理由なく手を出された瞬間を教師に目撃され、気まずい空気になったという経験を述べたが、その時の生徒というのが、他でもない、Yだったのである、つまり、この男は親も含め自身に対して過保護で甘やかすところがあり、ちょっとクラスで不利な立場に陥っただけで、すぐ親に助けを求め、親も即座に教師に連絡する、しかも、自分の方はと言えば、Kという安全な相手を掴まえては足蹴にして面白がる、斯かる自己中心の態度は高校でも変わらず、毎日Yと登下校を共にする中で、Kは不愉快且つ不寛容な行為を向けられる事がままあって、Yが宿題の解答を見せて欲しいと請願するとKは迷いなくそれに応えるのに、立場が逆転した際は当たり前のように拒絶の意思を示すし、意味も無く面白がって雑に小突いてきたり、愛のないちょっかいをぞんざいに出してくる手荒な瞬間もあって、ただKは一般的な生徒との比較において、わりかし自身と似たような日陰者的空気感があるから行動を共にしているだけで、決して全幅の信頼を寄せる親友とは見なしていなかった。 真に優しく怒らない相手には邪険な言動を平気で取る癖に、自身が悪意の照準を向けられた際は軽々に己を哀れな犠牲者として慈愛し、早々に現場から離脱して登校拒否という選択を取り、親も易々とそれを容認する、はっきり言ってKには甘えたお坊ちゃんとしか映らなかった、弱虫だから、自分よりさらに弱い相手にしか手を出せず、弱虫だから、自分が下位の立場になったら即時に嘆いて退却と同情を欲する、確かに周囲の生徒は乱暴でぞんざいな態度を取る傾向にはある、これも当然一つの悪には違いない、しかしKの受けていた仕打ちに比べれば全然穏やかなもので、安直に不登校という選択を取るYに同情の気持ちはさほど持てなかった。
第二部 意識
視線
同じ中学校の友人数名と共に高校へ進学したKは、入学初日、自身の所属する学級を確認して愕然とした、なぜなら、自身を除いた男子全員が同じクラスに振り分けられ、Kただ一人別の学級に編入される形になっていたからである——誰か一人でも旧知の生徒が新学級にいれば、味方がいる事の安心感から積極的な行動も取りやすくなるし、会話を交わす内に他の生徒が自然と輪に加わってくる事もあろう、しかし、完全に一人ぼっちの状態で、予備知識も馴染みも無い未知の環境を、自力で開拓しなければならないとなれば、それはKの様に他者の存在に敏感な人にとって途轍もないハードルであって、振り返ってみれば、小学校三年次の転校以来、新たな環境にたった一人で投げ出された記憶は一度もなく、意識せずとも勝手に交遊関係が広がる様な状況にあった為、いざこうして、多感な年齢を迎えた中で、実相の知れない不明瞭な環境に放り出されると、どうやって自分を出していけば良いのか要領を得ず、不安と戸惑いに駆られるばかりで、一体、どうして自分ばかりこんな不運な境遇に晒されるのか、運命が意地悪しているとしか思えなかった。
しかし、Kが人間関係の構築に勇んで踏み出せなかったのは、単なる人見知りや内気、社交下手の様なありきたりな易しい理由で片付けられるものではなく、明らかに正常な性格の範囲を大きく逸脱した、ある特殊な、奇怪な、異様な性質が、彼の脳内を急激に浸食し始めたからであった。
それは、「他人に見られている」、という偏執的な錯覚であった——入学初日、見知らぬ人々に四方八方を取り囲まれている中、Kは「全く動く事が出来ない」でいた、動く事が出来ない、とは、決して比喩の意味ではない、つまり、他者に対してアクションを起こすとか、授業で積極的な発言をするとか、周囲に向けて自己主張を行うとか、集団内においてのクラスの一員たる能動的な姿勢や立ち回り、活動という意味での「動く」ではなく、全く以て物理的な、肉体的な、本来的な意味での「動けない」、即ち、Kは入学直後、自分の席に着いたまま、背中を折り曲げ、顔を下げ、足を閉じ、両手を机上に置き、酷く委縮したような丸まった姿勢のまま、頭のてっぺんから足の指先まで、体中の細部に亘ってガチガチに硬化し、石像の如く一定のポーズに凝固してしまって、一ミリたりとも肉体を微動させる事が出来なかったのである。
何がKをそんな状態に追いやったか? 答えは一つ、目である、視線である、眼差しである、教室内の幾十もの生徒達が放つ、全身に突き刺さるような刃物の如き鋭利な視線である。 高校入学直後からKの脳裏には「見られている」という強迫観念が纏わり付いて離れなくなった——教室のみならず、廊下で、路上で、店内で、駅内で、電車内で、家庭内で、いつどこで何をしていようと、その場にいる人々全員が漏れなく一様にこちらを執拗に見ている、注視している、意識している、気にしている、自分の存在が周囲の人々の集中を一身に集め、自分の行動を、挙動を、言動を、一挙手一投足に至るまで監視し、管理し、鑑定し、そうして嘲笑い、見下し、蔑んでいる、そんな病的な、異様な、強烈な被害妄想に始終悩まされるようになった。
これも元を辿れば例の「自己愛の強さ」に起因していた——自己を評価し、可愛がり、労わり、守ろうとする欲求を異常に深く持って生まれてしまったが為に、Kは幼い頃から他者の存在に過敏な反応を示していた訳だが、既述の通りそれは最初「対人恐怖」という形を取って表れた、なぜなら幼児にとって、世界は未知の危険で溢れ、一人ではどうにもならない難事で満ち、大人という存在も子供という存在も彼には多大な脅威だからで、それらと対等に張れるだけの知恵も腕力もない以上、守ってもらう事、仲間に入れてもらう事、信頼される事が必要となる訳で、当然、他者なる障壁と対峙した際に見られる感情は、攻撃的なものではなく至って逃避的な感情、即ち恐怖と悲しみであり、そこにあるのは飽くまで物質的な危害を加えられる事への原始的な懸念に過ぎない。
しかし、自分或いは周囲の成長は、幼稚な暴力性重視の世界からの解放を促し、同時に、それに代わる新たな生存競争の鍵を握る資格として、「社会性」が台頭してくる——大人の世界、実社会、労働現場へと近付く事は、必然的に、共同体の一員、秩序の一部、社会的な存在としての適性を要求し、他者への関心は、礼儀や、常識、身だしなみ、しぐさ、表情等、より繊細な、複雑な、精緻な部分へと向けられ、その人がまともな人間かどうか、話の出来る相手かどうか、おかしな面を持っていないかどうか、自分と関係を持つ上での信頼を探る材料とし、目で捉えると同時に判断を行っている。
(未完)




