ドアマット令嬢は継母を泣かせる
――――――――――ケネット子爵家の娘リニー視点。
ドアマットです。
ドアマットれいじょうなのです、わたしは。
しっていますか?
ふんづけられるようにいじめられるれいじょうのことです。
おかあさまがなくなってしばらくして、おとうさまがおんなのひとをつれてきたのです。
リニーのあたらしいおかあさんだよといわれました。
ままははのマルヴィナさんはびじんです。
でもあまりわらわないのです。
こわい。
「リニー。勉強は大事ですよ」
そう、べんきょう!
ものすごくべんきょうさせられるのです!
どうしてべんきょうのじかんだけ、マルヴィナさんはたのしそうなのですかね?
わたしがドアマットだからです。
ああ、なんてかわいそうなわたし。
でもマルヴィナさんはこしゃくなのです。
「よく頑張りましたね。おいしいケーキができていますよ」
きびしいべんきょうのあとには、かならずあまいものをくれるのです。
なんというびふぉーあふたあ!
なんというたくみのわざ!
スイーツにつられて、わたしはきょうもべんきょうさせられてしまうのです。
でもいつかぜったいマルヴィナさんをなかせてやります!
◇
――――――――――マルヴィナ視点。
ハットン子爵家の長女として生まれた私は恵まれていると思っていた。
家はまずまず裕福だったし、何でも人並み以上にはこなせたし。
おまけに王立アカデミーでも魔法科に合格できるくらいの魔力量があった。
魔力は誰もが持つものだけれど、忖度も異論もなしでアカデミー魔法科に合格できるほどとなると、貴族でも数十人に一人だから。
私は女なので宮廷魔道士になろうとは思わなかったけれど、将来魔道具が発達する世の中になることは目に見えている。
魔道について学ぶことは重要だし、研究者との伝手も欲しい。
アカデミー在学中から魔道研究所に出入りしていた。
そこで知ったのだ、残酷な現実を。
「マルヴィナ君。言いにくいことだが、君は多分結婚しても子供を儲けることはできないと思う」
何度も魔道検査したが、結果は変わらなかった。
絶望した。
子供を生めない私は幸せな結婚ができないだろう。
当時の婚約者と別れ、アカデミー卒業後は宮廷魔道士として生きようと思った。
でも宮廷魔道士達は私が子供を生めないことを知っている。
気にし過ぎだったかもしれないが、何となく気を使われているような気がして。
結局いづらくなって二年で辞めた。
今後どう生きるべきか、二〇歳の私は多くの選択肢なんか持たなかった。
女性がずっと独身で生きていける職業なんて限られているから。
私はガヴァネスになった。
そして運命的な出会いがあった。
私の人生、悪くないなと思ったものだ。
「デューク・ケネットです。よろしく」
就職斡旋所で出会ったのはデューク・ケネット子爵だった。
一目見て魂が引かれるのと感じた。
デュークも同じだったと思う。
だって視線を外すことができなかったもの。
デュークは奥様に先立たれていて。
娘さんが一人いるのですって。
その教育のためにガヴァネスを探していて。
天の配剤かと思った。
デュークと結婚すれば愛する人だけでなく、子供まで手に入れることができる!
私にとってベストの条件だ!
私の事情を全て話した。
思いの丈も。
デュークはニッコリ笑った。
「僕もあなたに運命を感じました。亡き妻が引き合わせてくれたのかもしれません。僕の妻になっていただけますか?」
「喜んで」
幸せな結婚だ。
天にも昇る気持ちだった。
早く娘に会いたいなと思った。
こんなに幸せなんだもの。
娘もいい子に違いない。
娘のリニーに会わせてもらった。
ビックリした。
魔道の心得があると、注意して見さえすれば他人の持ち魔力量が大体把握できるようになる。
リニーはとんでもなく魔力量が大きいの。
こんな子は見たことがない!
すぐデュークに報告した。
「リニーは魔法の才能があるのか」
「はい。しかも世界有数のレベルだと思います」
「わかった。ではリニーの教育は全てマルヴィナに任せていいかな?」
「お任せを!」
こんなに才能のある子を私の子として教育できる!
何と恵まれていることだろう!
早速教育を開始した。
通常の教養に加えて魔道が加わる。
六歳児にしてみればかなり大変だと思う。
どこで覚えてきたのか、リニーは『ドアマットれいじょう』だの『じどうぎゃくたい』だの、ブツブツ文句を言っていた。
でも勉強後のスイーツは本当においしそうに食べていた。
スイーツが功を奏したのか、ちょっとするとリニーは懐いた。
おかあさまおかあさまとくっついてきて、何て可愛い子なんだろう。
実の母親を亡くして、リニーだって寂しかったと思う。
代わりに私が精一杯の愛情を注いだ。
一〇歳になる頃にはしっかりしたマナーとアカデミー中学年くらいの知識を身につけ、また何種類かの魔法を使えるようになっていた。
優秀で自慢の娘だわ。
とても誇らしい!
つい魔道研究所にリニーを披露しに行こうという気を起こした。
だって一〇歳で魔道の文法をあらかた理解し、何種類かの魔法を使える天才少女よ?
見せたくもなるじゃない。
リニー自身も宮廷魔道士達に会うことに興味を持っていたし。
……結果的にこれが大失敗だった。
宮廷魔道士に告げられた事実に衝撃を受けたのは、これで二度目だ。
「り、リニーが聖属性持ち? ま、まさか……」
「本当だ。素晴らしいことじゃないか」
聖属性を持つ者は極めて少ない。
聖属性持ちは回復魔法や浄化魔法の効果が高いが、ちょっとした傷しか治したことがなかったから気付かなかった。
聖属性持ちであることが悪いわけじゃない。
でもリニーの魔力量の多さと考え合わせると……。
「しかもこれだけの魔力持ち。リニー嬢は聖女の資格十分だ!」
「……」
やっぱり!
何てこと!
人並みはずれた大きな魔力と聖属性を持ち、聖天神教系の教会に認められると聖女と呼ばれる。
聖女になると人々の信仰心まで力に変えることができるため、魔法の効果が上がるだけでなく、さらに強力な魔法を使えるようになることもあるという。
しかし……。
「陛下と教会には連絡しておくよ」
「ま、待って。リニーはケネット子爵家の跡取り娘なの。聖女にするわけにはいかないわ」
「マルヴィナは何を言っているんだ。跡取りは養子をもらえばいいかもしれないが、聖女は替えが利かないんだぞ?」
わかってる。
聖女は平和と繁栄の象徴的存在で、五〇年以上現れていないもの。
でも私の娘が取り上げられてしまうなんて!
私の可愛いリニーが!
「落ち着けよマルヴィナ。聖女がいれば間違いなく国情は安定する。王国にしてみれば大きな利益だ。ケネット子爵家にとって跡取り娘がいなくなるのは痛し痒しかもしれないが、莫大な補償金と尊敬を得られる。ウィンウィンだと思うがね」
「で、でも……」
「お義母様。わたしは聖女になります」
「リニー……」
力が抜けた気がした。
家族になれた気がしたのに。
リニーは私から巣立ってしまう。
子供がいつか親から離れるのは理解しているけれども。
リニーはまだ一〇歳でしかないのに。
リニーは瞳に決意を湛えている。
私のいない遠くを見つめている。
寂しいのは私だけなのだろうか?
リニーは私を認めてくれていなかったのか?
「お義母様。帰ってお父様にも報告しましょう」
「王家と教会へは連絡しておくからな」
帰りの足取りは重かった。
◇
――――――――――聖国教会王都大聖堂にて。リニー視点。
聖女は生まれながらのものではないと知りました。
お父様とお義母様が惹かれ合って結婚して。
わたしがお義母様に魔道の才能を見出されて鍛えられて。
魔道研究所に連れていってもらって聖属性持ちだと判明して。
全てが繋がっているではありませんか。
お義母様はわたしが家を出てしまうのが寂しいようなのです。
でもわたしが聖女になれるのは、お義母様が導いてくれたからなんですよ。
お義母様のおかげなんです。
だから必ずお義母様に、感謝を込めてお礼をするのです。
「聖女候補リニー前へ」
「はい」
今日はわたしが聖女として認められる日。
聖国教会の信徒の皆さんがわたしに注目します。
お義母様の厳しい教育がなければ、足が竦んで挙動不審になってしまったかもしれません。
そんなの聖女に相応しくありませんよね?
ほら、やっぱりお義母様のおかげです。
壇上に上がります。
不思議なほど自分が落ち着いているのがわかります。
あ、お父様とお義母様も見えますね。
わたしなら大丈夫ですよ。
「皆様、聖女候補のリニーです。どうぞよろしくお願いいたします」
カーテシーを披露すると、ほうという、嘆息が聞こえます。
お義母様に仕込んでもらった礼儀作法ですよ。
なかなか合格点をくれませんでしたね。
「皆の者! リニーを聖女と認めるならば祈れ! 思いを神に届かしめよ!」
わたしが神様に聖女として認められるかは、信徒の皆さんの思い次第なのです。
信徒の皆さんが必死で祈っています。
……来ました。
聖女のしるしである祝福を習得しました!
そしてもう一つ、わたしの願っていた魔法も!
神様、ありがとうございます。
祈ってくださった信徒の皆さんに声をかけます。
「皆様の祈りは神様に届きました。世界に祝福を!」
舞い散る淡き光に聖堂内全体が包まれます。
温かく朗らかな気持ちになれますね。
これが祝福ですか。
感覚は掴めました。
「皆の者! 新しき聖女の誕生を称えよ!」
「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」
「「「「「「「「パチパチパチパチ!」」」」」」」」
ものすごい歓声に包まれます。
わたしは聖女、気を引き締めないといけません。
手を振りながら壇を降ります。
「む? 聖女リニーよ。どこへ行く?」
「はい、お父様とお義母様のところです」
「そなたは貴族籍を抜け、僧籍に入る。最後の挨拶か?」
「そんなところです。やらなければいけないことがあるのです」
背を伸ばし堂々と歩きます。
これもまたお義母様に教わったことですね。
真っ直ぐにお父様お義母様の元へ向かうと、心得たように信徒達は左右に割れました。
御理解いただき、ありがとうございます。
「リニー、立派な聖女だ。おめでとう」
「そうね。でもリニー。私達のことを忘れないでね」
「忘れませんとも。お父様とお義母様に最後の恩返しです」
「「最後の恩返し?」」
「リザレクション!」
リザレクションは回復系最上位の魔法です。
失ってしまった四肢さえ元通りにすることができ、条件が揃えば死者すら蘇らせることができるという伝説上の魔法。
リザレクションもお義母様に存在を教えてもらったのでしたね。
神様はわたしにこの魔法をくださいました。
お義母様の身体を治せということだと思います。
「……手ごたえありです。お義母様は子供を生める身体になりました」
「「!」」
「わたしは戸籍の上で家族ではなくなりますが、いつまでもお父様とお義母様の子です。早く弟や妹の顔を見たいですね」
「リニー!」
「「「「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」」」
「「「「「「「「パチパチパチパチ!」」」」」」」」
お義母様に強く抱きしめられます。
お義母様涙でぐしょぐしょではないですか。
わたしも涙が止まらないですけれども!
信徒の皆さんもすごい盛り上がりです。
ああ、わたしは幸せです。
明日から聖女として頑張りますよ!
◇
――――――――――五年後、ケネット子爵家邸にて。マルヴィナ視点。
「おかあさま、せいじょさまがわたしのおねえさまだというのはほんとうなの? おとうさまがそういっていたの」
あの奇跡のリザレクションで、本当に私の身体は子供を生めるようになった。
娘と息子を一人ずつ儲け、賑やかな日々を過ごしている。
「本当よ。でも聖女様は皆の聖女様ですからね。あなたが妹だからといって独占してはいけないのです。聖女様とお呼びしなくてはダメよ」
「はあい、わかりました」
リニーのリザレクションには本当に驚いた。
聖女になったからといって、必ずリザレクションを使えるわけではないから。
初代の聖女様が使えたという、不確かな記録が残るだけ。
だから伝説の魔法なのだ。
どこまでリニーが計算していたのかはわからない。
でもリニーは聖女になれると知った時、リザレクションを使えるようになるよう、神に祈ったのではないか?
私のために。
涙がこぼれてくる。
あのリザレクションは、優しい魔力光で私の身体を癒してくれただけではない。
心も癒してくれた。
足りないものがあると、いつもどこか飢えていた心を。
リニーありがとう。
聖女になった今も、あなたは私の自慢の娘よ。
「マルヴィナ」
「あなた」
夫デュークに抱きしめられる。
ああ、これが幸せだ。
「おとうさま、おかあさま。わたしも!」
皆でぎゅーだ。
まだ乳児の長男を抱っこした乳母が笑っている。
「何かありましたか?」
「そうだった。今朝の新聞の一面がね」
「第一王子イーニアス殿下と聖女リニーが婚約ですか」
「せいじょさますごーい!」
年周りが合うのでそういう可能性があるのではと思われてはいた。
でも高位貴族の令嬢だっているのだ。
リニーはダークホース扱いだったと思う。
単純にリニーの平民人気と実力が評価されたからだろう。
「奇跡の聖女と呼ばれているものな」
「リザレクションで大活躍していますものね」
連発できるような魔法でないので一日一回の制限はあるが、タダでリザレクションの魔法を奉仕しているのだ。
どうして無料奉仕なんだと聖国教会の高位聖職者はブーブー不平を言ったらしいが、お高くしたら平民には縁がなくなってしまうでしょうと、リニーが押しきった。
結果として信仰は高まり、聖国教会へのお布施もかなり増えたらしい。
「陛下がぎっくり腰で聖女リニーを呼べと命じたことがあったろう?」
「あれは傑作でしたね」
ひどいぎっくり腰で宮廷魔道士が回復魔法をかけても治らなかったのだ。
そこでリザレクションしかないということになり、リニーが召し出された。
しかしリニーは初歩の回復魔法であるヒール一発でぎっくり腰を治したという。
「わたしのリザレクションは重症の患者を癒すために神様がくださったものです、陛下はお控えくださいませと言ったのだろう?」
「そう新聞に書いてありましたね」
「リニーの剛毅さ公平さが陛下のお気に召したのかもしれないな」
あるいは聖女の魔法の効きに驚いたのかも。
いずれにせよ王家にリニーのウケはいい。
「とにかくイーニアス殿下との婚約はめでたいな」
以前建国祭の式典でイーニアス殿下とリニーが並んだところを見た。
お似合いだと思ったものだ。
リニー、あなたの幸せを祈っておりますよ。
最後までお読みいただき大変感謝です。




