零話
僕には主さまがいる。僕より二歳年上で、髪の白い綺麗な男の子。名を桜咲伊吹という。そして主さまは、この神社、道祭神社の神様でもある。僕は幼いながらも、嬉しいことに主さまのお世話係をさせてもらっている。
主さまと関わるとき、守らなければいけないことが四つある。
一つ目、主さまを境内から出してはいけない。
二つ目、毎食前、主さまに「御薬」を飲ませなければいけない。
三つ目、主さまを真夜中に部屋から出してはいけない。
四つ目、主さまに本名を教えてはならない。
だから僕は本名ではなく、ずっと仮名である衛と呼ばれて過ごしている。
僕の暮らすこの村には少し不思議な決まりがある。道祭神社の神様がいない間、七歳になった子供は八歳になる前に、一か月間この神社で生活しなければならない。その子供が神様になれるかどうかを判断するためだそうだ。神社に来た子供には毎食前に「御薬」を飲んでもらう。あとは境内の外に出なければ何をしてもいい。一か月過ぎて神様になることができると判断されなかった子供は、その後神社に来る前の生活へ戻っていく。
道祭神社の神様はいなくなることがあるらしい。聞いた話では、前回の神様は僕が生まれる少し前に、突然姿が消えてしまったそうだ。神様がいなくなると村は不運に見舞われる。実際にその時から、日照りが続き、米や野菜がとれにくくなり、村の人の身内の不運も多くなったとも聞いている。僕は神様がいなくなった時にはこの世にいなかったので、それが本当かどうかは知らない。
主さまは数か月ほど前、数人の子供たちと一緒に、宮司である僕のお父さんに連れてこられた。そして、一か月経つ頃、他の子供たちは家に帰され、主さまだけはこの神社に残ることになった。神様になることができると判断されたということである。
主さまが残ることになってからの一か月は大忙しだった。村中に神様が顕現なさったとはがきを出し、主さまのご希望になった広間に家具を整え、参拝客の対応をする。前の神様がいたときから五年以上とだいぶ時間がたっているため忙しくなっていたのだろうとお父さんは言っていた。
その忙しい時期が終わったころ、僕は主さまのお世話係を任された。本来はお父さんの役割であり、その一か月の間はお父さんがしていたのだが、急に主さまが却下し、なぜか僕をご指名されたそうだ。お父さんも理由はわからないらしい。お父さんは僕にお世話係という役割の大切さを懇々と説明し、衣装を整えられて主さまのもとへ連れていかれた。久しぶりに会った主さまの髪はだいぶ伸びていて、前よりも豪華な着物を着ていた。部屋に入ったとき、主さまがとても嬉しそうな顔をしていたのを覚えている。
お世話係になって、日中のほとんどの時間を主さまと過ごすようになった。お世話係の仕事が終わって、他に用事がなければ主さまと一緒に遊ぶ。日々それの繰り返し。お父さんから聞いていた主さまの印象とはかなり異なっていた。主さまは僕を困らせるようなことは決してしなかった。主さまが最優先なのに、僕が先に用事があると知ったら、主さまはその用事が終わるまで遊ぶのを待ってくれた。お皿を割るという失敗をしても責めずに慰めてくれた。僕が困っていることがあれば、主さまが動いてくれて解決してくれたこともある。従わなくてはいけないと思う以前に、ついていきたくなるような人だ。
今もぎこちないながらにお世話係としての役割を果たしてる。主さまは相変わらず優しいままだ。