街からの脱出 《アレン視点》
この女、夜逃げするって言うから目立たねぇ様にしてやってんのに、ぶつくさ文句言いやがって。
何で山歩くのにそんなヒラヒラしたもん買おうとするんだよ。
それに、挙句の果てには持ちやしない。
「おい、せめてコレだけは持て」
「私に命令するなんて、不敬よ。貴方が持ちなさいアレン」
せめて1番軽い荷物を手渡そうとするが、そう言って貞腐れた様子で顔を背けると、喋らなくなった。
俺も意地になって必要以上に却下しまくったのが、まさかここで帰ってくるとはな。
そんなことをしている間に、ついに俺たちは門の前まで辿り着いた。
…あーあ、結局全部荷物持たせやがって。
だから門の前ではちょっとは持てって言ったのに。
コレじゃ余計に怪しまれるだろうが……。
門番がじろじろと俺を見て、面倒そうに口を開いた。
「おい、坊主。何でお前が全部荷物を持ってるんだ?」
俺は肩に食い込む紐をずらしながら、
小さく息をついた。
せめて聞こえねぇ様にするしかないな。
「あー、実はな…
さっき彼女と喧嘩しちまったんだよ。」
そう言って、チラリと目線を送ると、いかにもプンプンしている事が分かる様子が確認出来た。
このお嬢様、言ってる口は悪いが怖くねぇんだよな。
それに気づいた門番が眉を上げて笑い出す。
「なんだ、痴話喧嘩か?」
「まあ……そんなとこだな。拗ねると面倒でさ。
荷物くらい持たないと機嫌が直らないんだ。」
全く困ったもんだと言う様に肩をすくめると、門番は呆れた様に警戒を解いたのが分かった。
そして、笑いながら俺の肩を叩いてくる。
「はは、尻に敷かれるのはお互い大変だな、坊主!」
「……そうですね」
俺は苦笑いを返して、視線を横にずらす。
当の本人は腕組みしてプイッとそっぽを向いてるが、
門番に笑われてるのが気に入らないのか、足先だけやけに落ち着きがない。
「……ほら、行くぞお嬢様。」
「っ!?…ふん、当然でしょ。」
話しかけると何故か異様に驚いていたが、また小声で文句を言いながらも、俺の後を小さく早足で追いかけてくる。
門番が振り返りざまに声をかけてくる。
「さっさと行けよ、門が閉まっちまうからな!頑張れよ!」
「助かった。ありがとな」
肩にずしりと乗った荷物の重みを感じながら、
軋む門をギリギリでくぐり抜けた。
外に出ると、空気が少しだけ冷たくなっていて、
街灯の明かりが遠くに小さく残っているだけだった。
…さて、ここからが本番だ。
荷物を持ち直すと、後ろで小さく鼻を鳴らす音がした。
さっきまで不安そうにしてたくせに、また自信を取り戻して鼻を高くしていた。この能天気さは見習いたいもんだ。
全く……尻に敷かれるのも楽じゃねぇ。
思わず口の端が緩んだのを隠すように、
俺達は暗い山道へと足を踏み出した。
軋む門をギリギリで抜けた若い恋人達の背中を、門番はあくび混じりに見送っていた。
尻に引かれても文句も言わないとは、どうやら男は随分と彼女が可愛いんだな…と考えながら。
しかし、そのすぐ後。
「……おい、ちょっと来い。緊急の報告が入った。」
ぼんやりしていた門番の片割れに、別の兵士が駆け寄る。
「領主の一人娘が行方不明だってよ。年恰好は十代後半、金髪に紫の瞳……」
何処かで見たことのあるその特徴に、門番の顔色がみるみる青ざめた。
さっきすれ違った少女の顔を思い浮かべる。
「まさか……あのお嬢ちゃん……!」
さっきの二人の方へ振り返った門番の視線が、門の閉まる音に遮られた。
すでに夜の闇に飲まれ、結界の薄暗い光のみが伝わった。
「……追うのは無理だ。今開けたら次の結界を張るまでに時間がかかる」
「どうする!報告するしか……!」
ざわつく兵士たちの声が、冷たい夜風にかき消されていく。
どこかでフクロウの声が、ひどく遠く聞こえた。