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老貴族の怒り
「……何と愚かな娘だ……!」
書斎の空気は、老貴族の低い怒声に押し潰されていた。
せっかく自らが婚約を“許してやった”というのに。
それも娘のため、この国のため、そして我が家の繁栄のために―。
娘ごときが自分の隣に立てるなど、本来ならあり得ぬことだ。
それもあの女のために、どれだけの労力と金を割いてやったと思っている。
「どれほどの縁談だと思っている……!
あの娘一人の癇癪で台無しに……!」
杖が重々しく絨毯を叩く。
部屋に居並ぶ家人や使用人は、誰一人声を上げられない。
若い娘に婚約前に逃げられたなど、どれだけの泥を私の顔に塗りたくったと思っているのか。
そんな事が広まれば、夜会の場の的になるも同然だ。
「―いいか、必ず見つけ出せ。
どこに隠れようと、連れ戻せ……!」
握り締めた杖の先がわずかに軋んだ。
老貴族の目は怒りと執念で赤く燃えている。
「私のものだと、骨の髄まで思い知らせてやる……!」
老貴族の命を受けた影が、一斉に館から散っていった。