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令嬢、指名手配される

村を出てしばらく歩いていた私は、ようやく森を抜けて遠くに小さな城壁と屋根の連なる街並みが見えたとき、思わず声を上げた。


「ついに着きましたわ!次の街ですの!アレン、聞いてる? 街ですわよ、街!」


やっと変わり映えのない景色からの脱出ですわ!

なんて清々しいのでしょう。自然も別に悪くは無いし、王都などどうでもいいですが、やっぱり街の景色が大好きですわ!


後ろで荷物を抱え直したアレンは、呆れ顔で私を見ている。


「……はいはい。だから無駄に声を張り上げんな」


この素晴らしさが分からないの?

やっぱり野生児にはこの街の素晴らしさが分からないのね。沢山教えて差し上げないといけないわ。


「だって!やっと森でも荒れ地でもない場所ですのよ? 商人も市場もカフェもあるわ!お菓子屋さんも絶対ありますわ!」


冒険で手に入れるフルーツも美味しいですけど、やっぱり加工食品も恋しいですもの。うちの屋敷のシェフも中々の腕を持っていたけど、ここの街のスイーツはどうかしら?

私はずんずん石畳を踏みしめて門を抜けると、通りを行き交う人々の香水やパンの匂いに鼻を膨らませる。

これは期待しても良さそうね。


「さぁアレン! 今日は街を観光して、素敵なスカーフを買って、美味しいパイを食べますわよ!」


「……観光って身分か? 逃亡中だろ。目立つぞ」


「いいの!息抜きは必要ですの!」


逆に街に来て観光をしない旅人が何処にいるの。全く分かっていませんわね、コレだから素人というものは。

私はアレンの袖を引っ張り、あっちの露店、こっちの香草屋と、右へ左へと振り回す。


「見てアレンこの香草、 いい香りね。 あ、このペンダント可愛い! ……ちょっとお高いけど、でも…」


「あのなぁ……お嬢様、財布の中身考えろって……」


私の笑顔を背に、アレンは荷物を抱えたままため息をつく。だって素敵じゃ無いの。買えなくても眺めるだけで買い物は楽しいのよ。


実に数日ぶりの文明との触れ合いに幸せを感じていた。





そんなときだった。


「……?」


通りの小さな掲示板の前で、人々が何やらざわめいている。


「ねえ、何かしらあれ」

「確かに随分と人が集まっているな」


気になった私たちは人の隙間を掻い潜って、人々の噂話を耳にした。


「行方不明の令嬢」――そんな言葉が耳に入った。




「……え?」


何気なく視線をやると、そこには


『王都の令嬢失踪 ― 情報求む』


と大きく書かれた張り紙と、その隣に、遠目なせいでよく見えないが妙な似顔絵がペタリと貼られていた。

王都で行方をくらませる様な真似をした令嬢なんて、少なくとも耳にした事は無いですわ…私以外に。


とても嫌な予感がする。

そして、張り紙の内容がハッキリ見える位置に来た。







「……何これ」


そこには確かに私の事が書かれている張り紙が出されていた。そして、それに気づいたアレンはすかさず私の腕を取り、路地裏へと身を隠した。







そして、2人きりになった空間で、私はあまりのショックに…ええ、本当にショックだわ。



見れば見るほど…腹が立つ。

髪はゴワゴワ、鼻は丸く、眉は太く、顎は妙に四角い――


「……誰ですのアレは!!!???」


私の叫びに、アレンは噴き出すのを堪えきれなかった。

本当に一体誰なの?私、いくら自分のことを美しいと思っていても、少なくともそこまで物の見え方は歪んでおりませんわよ!??


「ぶっ……! いや、似てたじゃねぇか。よく特徴出てる…ぞ?…ふっ…!」

「どこがですの!? 私の顔と今すぐ比べて見なさいな!!鼻が! 顎が! そして私の美しいアメジストの瞳も三白眼になって…私こんな凶悪顔じゃありませんわ!!…て、何笑ってるのよアレン!!」

 

一体何処の誰が私の顔をこんな酷いものにしたと言うの!!もしや夜会で私を罵ろうとして来たから逆に罵った方…、それか私の美貌を陰で恨んでいた誰かの陰謀でして…?


「あぁもう!……誰ですの、あんな瑣末な絵を依頼して描いたのは!!私の美しさのカケラも表現出来てない絵ですわ!!

これはもう直談判、私の顔をきちんと拝ませて差し上げないといけませんわ。アレン! 馬車を呼んで来なさい!!」


「は?」


「このままじゃ名誉毀損ですわ! 王都まで行きますわよ!絵師の顔を拝んで、私の顔の正しい描き方を叩き込んで差し上げますわ!!」


なのに、今すぐ王都に行く正当な理由と必要がある私を、アレンは肩を揺らして笑いながら片手で制した。


「ははっ……! まぁまぁお嬢様、落ち着けって。

馬車呼んだらすぐ足がつくし、そもそも追手から逃げてんだろ?」


「それにしたって、だって、こんな似てない絵で探されるなんて、屈辱ですわ……!私の面子に関わりますもの!!」


「似てないから助かってんだろが。いいじゃねぇか、誰もお嬢様だって気づかねぇんだからよ。」


「……うぐ……!」




どうしてそんな痛い所を…!

それにしたって、アレンもアレンよ。私がこんなに酷い仕打ちを受けて、怒りで手が震えているのに、もう完全に腹を抱えて笑っている。


「くく……ははっ……!なぁお嬢様……! 誰がどう見ても似てない……!いやむしろ……あれ描いた奴、逆に才能あるだろ……!」


「笑い事じゃありませんわ!! あんな粗末な絵で私が探されるなんて嫌よ!…どこの誰がこんな下手の横好きみたいな落書きをっ!」


「ははっ……あー……腹いてぇ……! お、落ち着けって……な、な……」



私の睨みつける顔を見ても、全然笑いが止まらないらしい。


こいつ、最低ですわ。


「……アレン……やっぱり貴方、今すぐ馬車を探して来なさい。いいですか? 王都に戻って、この絵を描いた輩の鼻っ柱をへし折りますわ!! 私の顔を直に見せて、描き直しさせて――!」


「待て待て待て!それはマズイ。ははっ……お嬢様、落ち着けっての……!」


笑いを必死に押し殺しながら、アレンは私の肩をぽんぽんと叩いてくる。


「せっかく街に着いたんだろ? な?ほら、パイだパイ!カフェも市場も見たいんだろ?そんな怒った顔で歩いてたら台無しだぞ?」


「だって、だって……!」


「いいじゃねぇか、あんな絵だからこそ気づかれねぇんだろ?ありがたく…思っとけって……くくっ……!」


私が睨むと、アレンは肩を震わせながら無理やり出会った頃の様な真顔を作る。

…でも口元は笑ってる。全然誠意がない。


「ほら、今日は観光するんだろ? スカーフ買って、甘いもん食って――機嫌直せ。な?」


私はぶすっとした顔で張り紙を握り潰しながらも、悔しいけど頷くしかない。


「ええ、今はいいですわ。今は……ですが絶対に絵師の顔はいつか必ず拝ませもらうわ……!」


「はいはい、んじゃまずは菓子屋だな?ほら、行くぞお嬢様。」


アレンは肩を揺らして笑いを堪えたまま、私の背中を押してくる。

確かに、この街にせっかく来たのに何もせず帰るなど勿体ないことをする訳には行かないものね。


ええ、…でもいつか必ず。アレを書いた絵師に私の完璧な御尊顔を見せつけてやるわ…!!



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