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村の恩人

集会所の真ん中、緊張で固まる村人たちを前に、私はなるべく意識してふんわりと微笑んだ。

村人達が私の微笑みに見惚れているのが分かるわ。


後ろではアレンが、袋に詰め込んだ魔物の残骸をそっと机の上に置く。


「皆さま、本当にご無事で何よりですわ」


私は椅子に腰かけながら、やさしく両手を胸の前で組む。そう、まるで教会に仕える聖女のように。


「おかげさまで、森の奥の魔物は――この通り、私とアレンで退治いたしましたの」


横でアレンも朗らかに笑っている。




…だがその手は、ガバッと麻袋を開いて容赦なく村人たちにしっかりと“証拠”を見せつけていた。

中から覗くのは、大きな牙、血に染まった毛皮、禍々しい爪。どれもコレも、大物だった事が伺えた。


横でアレンも、にこやかに笑っているけれど、

袋の中身を指し示すその手は完全にホラー演出。

村人たちの顔色がみるみる青くなるのを横目に、私はその滑稽さに思わず笑みが深くなる。


…やっぱりちょっと目に悪いですわね。私もあまり見たくないわ。こちらに向けないでちょうだい。


「見てください。こんなにも恐ろしい魔物がこの村を襲っていたのです…しかし、もう村を襲うことはありませんわ。安心して畑を耕し、夜もぐっすり眠れますわね?」



その言葉に村人たちは思わず涙ぐんで、中では小さく拍手を送る者もいた。村人達は、ようやく訪れた平穏に歓喜していた、


その様子に、アレンが優しく、しかし何処か影がある様な笑みを浮かべる。




「いやぁ、俺たちも命がけでした。皆さんを襲っていたモンスターがあんなに恐ろしいモノだったとは…

危うく貴女をお守りできないところでした。」


「ふふっ、でもアレンが頑張ってくれましたもの。

おかげで私はほんの少し魔力をお貸しするだけで済みましたのよ?」


2人は事前に行っていた打ち合わせ通りに、普段の罵り合いなど影を潜めて穏やかに会話していた。

そんな仲慎ましい姿は、村人達を何処かホッとさせ、とても親しみやすい印象を与えた。


「本当にお二人は、この何も無い村の為に…なんとお礼をしたら良いか」


村長は代表してそんな2人に声をかける。






…そう、私達はその言葉を待ってましたの。

「いいえ、私達はそんな…。ただ皆様のお力になりたいと思っただけですわ」


「お互い助け合うべきですからね」


アレンはそう言って村長の肩に、にこやかに手を置く。しかしその優しい手つきとは裏腹に、瞳には野心があった。


そして私は、穏やかな笑顔から一変して、とても悲しみに満ち溢れた表情にする。



「しかしこの戦いで、私達もあらゆる物資が駄目になってしまいまして…本当に恐ろしい相手でした」


私がそう嘆くと、村人たちの顔にみるみる同情の色が浮かぶ。私の様な、か弱く美しい乙女が胸を痛めているのですもの。当然ですわね。


アレンもその横で、小さく肩をすくめて苦笑した。


「食糧も、護符も……道具袋もほとんどズタズタでして…貴女がいなければ、俺などとても生きて戻れませんでしたよ」


「もう、アレンったら大げさですわ。

でも……本当に、帰り道で力尽きてしまっていたかもしれませんわね」


村人たちは一斉に「なんと……!」と声を上げる。

私の手はそっと胸元に添えられ、小さく震えている。

もちろん演技だが、ここで涙ぐめば完璧ね。


「ですから、どうか……ほんの少しで構いませんの。

私たちがここを離れても困らぬように、何かお恵みを頂けましたら……」


「そ、そんな!当然でございますとも!

何が必要でございましょう!?」


慌てる村長に、アレンがすかさず助け舟を出す。


「いえいえ、そんな大げさな。

食べられる物でしたら結構です……あっ、保存の利く干し肉などがあれば」


ちなみに質の確かな干し肉は中々のお値段がする。

味が良くて保存の効く、動物性の食品だからだ。

謙遜しながらも要求は大きく出た。


「干し肉か…」

「でも、村の恩人だし…」


まあ、この反応は予想内よ。

だから私は、村人達が喉から手が出る程に望んでいた提案をしてあげるの。


「それと、もし皆さまが安全に暮らせるならば……

この村の入口に簡単な結界石などを置いて差し上げたいのです」


そう、村を護る結界。

私が居たような街には結界が貼ってあるのが常だけど、この様な辺境にある村に結界を張れるようなお金の余裕も無い。

それにいまモンスターを退けて、一瞬の平穏を手に入れても、また同じような被害にあう可能性だってある。



「私の魔力で小さな結界を張れますわ。

そのための触媒に…ほんの少しの銀貨を数枚ほど……」


私はおずおずと指を揃え、申し訳なさそうに微笑んでみせる。そんな私の提案に、慌てて村人達は顔に笑顔を貼り付ける。


実際には銀貨など使わない。

宝石の換金で金貨は持ってるが、普段の買い物でそんな物を頻繁に使う訳にはいかないため、ここで細かい金を稼いでいた方が良いというアレンの提案だった。


知識の無さは仇となる。

結界に必要な物など知らない村人など、簡単に騙せた。



村人たちは口々に

「もちろんですとも!」

「ありがたや……!」と頷き、

それぞれ家に飛んで帰って行った。


その光景を見ながら、アレンは私の耳元で小さく囁く。


「……さすが、お嬢様。

本当に人心掌握だけはお得意だな」


「一言多いけど、当然ですわ。私の偉大さが皆さんにお分かり頂けるようにしただけですもの」


私が小さく鼻で笑うと、アレンも肩をすくめて笑った。これがワルという物なのね。

中々楽しかったわ。



そして、机の上の血塗れの牙と爪は、相変わらず堂々と証拠として輝いている。

私たちの“正義”を示す証として――そして、疑う者へのささやかな抑止として。




一晩休んだ後の早朝に、村の入口にて…ひび割れた門柱の前で、私はしゃがみ込み、アレンが村人から預かった銀貨の袋を手渡してくれた。


「あら皆さま、随分と奮発してくださったのね。」



その重さを確かめて袋の口をきゅっと縛り直すと、あらかじめ小石を詰めていた別の袋と取り替えて地面に埋めて、私は門柱の根元にしゃがみ込んだ。

しっかりと使っている感じを出しながら、回収しないと意味が無いですもの。


「さあ、始めますわ」


後ろでアレンが腕を組み、わざとらしくため息をつく。しかしその顔は村人に見えないようにニヤけており、中々の悪い顔をしていた。


「……結界を張るのに銀貨が要るなんて、誰が言い出したんだったかな?」


私は振り返らずに、指先で門柱をとんとんと叩く。

とにかく、それっぽいのはしとかないとね。


「言い出したのは貴方でしょうアレン」


「俺は『小銭を稼いだ方がいい』って言っただけだ」


小声のやりとりを聞き咎める者はもちろんいない。

だって表面上は真剣にしてるし、聞こえないように気をつけているもの。

ここで信用を崩すなど、私の努力を泡にするも同然よ。


そんな私達を、村人たちは十歩ほど後ろで、まるで神事でも見るように、息を潜めてこちらを見守っていた。


「まぁまぁ。どうせ本当に結界は張るんですもの。


……それに私は嘘は言ってませんわ。銀貨は本当に必要ですもの。私のお財布に。」


「……やっぱり性格悪いな、お嬢様。」


「失礼ね、貴方には負けますわ」


私は深く息を吸い、掌を土にかざす。

一応ここの村人達の生活がかかっていますものね。

真剣にはさせて貰いますわ。だって、私の魔術が三流などと思われてはいけないもの。

門柱の根元に埋めたと思わせている銀貨を囲むように、柔らかな白光が滲んだ。


魔力の波が小さく地面を叩き、土に宿った微細な魔素が円を描いてゆらりと立ち上る。


貧しい村でも、自然は生きているし、街に比べて魔力に満ち溢れている。この土地の結界を継続して張るくらいの力は十分に引き出せる。

そうしたら私はただ、発動する為に少し注げば良いだけで、あとは自動的にこの結界は張られ続けるでしょう。


「……」


私の呟きに合わせるように、白い光の帯が門柱を包み込み、ゆっくりと上へと伸びていく。

やがて、目に見えぬ膜が門全体をすっぽりと覆った。


「おおっ……!」

「これが……!」


村人たちの驚きの声が背後から届く。

見えないとはいえ、確かな力を感じ取る事が出来たのでしょう。私はそっと目を開け、さっき作った聖女のような顔で振り返った。


「これで、この村の入口には結界が張られましたわ。

森の奥から魔物は二度と寄り付けません。……これからは安心して畑を耕してくださいませ。」


そしてわざと少し力なく膝をつくと、すぐにアレンが後ろから私の肩を支えてくれた。


「大丈夫ですか?」


「……ええ、大丈夫。少し疲れただけですわ。」


私の芝居に、村人たちは一斉に頭を下げる。

貧しい村人の為に自分を犠牲にしてまで力を尽くしてくれる乙女の誠実さが心を打ったのでしょうね。


結界を張り合えたと気づくや否や、干し肉や穀物を抱えた村人が次々と駆け寄ってくる。


「これで……どうか、お納めくださいませ……!」

「命の恩人に少しでも……!」


貰いすぎは逆に信用を失って良く無い。

追加の銀貨は丁寧に断らせて頂いて、事前に欲しがっていた干し肉と少しの物資をいただいた。アレンは私の代わりに品々を受け取り、私にしか聞こえない声で囁く。


「……結界張って銀貨回収して干し肉つき。上出来だな。流石だなお嬢様」


「ふふ、これがワルですのね」


二人だけの小さな悪巧みを口の端に隠し、私はにっこりと村人たちに手を振った。


私たちは気づかぬうちに村を離れた。

干し肉と銀貨の袋を背負う二人の背中を、村人たちの感謝の声がいつまでも追いかけていた。





「見ましたアレン!あの村人達の顔を、

特に私に切先を向けてきた者なんか、顔を真っ青にして震えていたわね。これだけでしばらく話題には困らないわね」


私が誇らしげに言うと、アレンは鼻で笑い、干し肉の袋を肩に持ち直す。


「中々面白かっただろ?」


村を遠く離れ、もう姿が見えなくなった頃。

私たちは人のない道で、さっきまでの“聖女と従者”の仮面を脱ぎ捨てていた。だっていつまでも必要の無いことをする意味など無いですもの。

私の女優泣かせの名演技が役に立ったわね。きっと私がいなかったらこんな事成し遂げれなかったわ。


「それにしても、まだ国境へは辿りつかないのかしら?私随分と歩いた様な気がしたのだけど」

「何言ってんだ、あの村はまだ街に1番近いとこだったんだぞ。お嬢様の夜逃げが本当なら追手が来るはずだ。急ぐぞ」

「ちょっと、私の話を嘘だと思ってるの?不敬よ」


先程の仲慎ましかった姿は影を潜め、すっかり2人は罵り合いをする仲に戻っている。

しかし、最初と違うのは少しではあるが、イリスが荷物を持っていたことだった。


「とりあえず、国境を目指すのはもっと後だ。次の目的は街に行くことにするぞ」

「あら、いい案ね。屋敷からあまり出た事が無かったから、他の街には行った事が無いの。楽しみだわ」


ならもっと早く動ける様に、私もアレンの荷物を少しは持ってあげないといけないわね。まあ、やらないよりはマシでしょう。




「…お嬢様にも人の心は芽生えれたんだな」

「急に何ですの?喧嘩なら割高で買うわよ」


2人が素直に会話する日はまだ遠い話のようだ。

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