そして、罠に気づく
村の外れの獣道を、イリスとアレンは並んで歩いていた。モンスター退治のためである。
森の奥へと向かう道は木漏れ日が落ちていて、昼間だというのに薄暗い。
イリスは先頭を歩きながら、胸を張っていた。
「ふふん……アレン、見ていなさい!
私が化け物の一匹や二匹。一瞬で追い払って差し上げますわ!」
私のこと下手にみていたあの下々者どもに、私の有能さを示す素晴らしい機会ですもの、存分に力を発揮させてみせますわ。
そう意気込んで鼻を鳴らして笑うイリスを、
アレンは後ろで、ニヤニヤと見ていた。
「お嬢様、足元には気をつけろよ。化け物に躓く前に根っこで転ぶのは格好悪いからな」
「余計なお世話ですわ!」
私がそんなミスを犯す訳がないじゃ無いの。全く失礼な方ですわ。子供では無いのよ。
そう言い返しながらも、足元に絡みつく蔓をちょっとだけ避ける。まぁ、気を付けない事に越した事はないですものね。
そんな時だった。
木々の隙間からひんやりした風が吹き抜け、イリスの背筋を撫でた。
そこでふと、冷静になった。
「……あれ?」
足を止める。
アレンが訝しげに眉を上げた。
「どうした?怖気づいたか?」
「そ、そんなわけないでしょう!……ただ、ちょっと考え事をしただけですわ」
そう言いながら、イリスは自分の口を押さえて俯いた。
待って……冷静に考えなさい、イリス。
そもそも、どうして私が化け物退治なんて……
本来なら従者とか傭兵とか、そういう人に任せるべきお仕事ですわよ?なのにどうして私が……?
脳裏に浮かぶのは、自分の隣に立つこの男の言葉。
『冒険の醍醐味って知ってるか?』
『お嬢様の有能さを示す機会だ』
『さすがだな、お嬢様!』
思い返せばいつになく素直に私の素晴らしさを語っていたわ…ようやく奴隷としての自覚をお持ちになったのかと思ってたけど、まさか…
「……まさか……!」
ギリ、と思わず歯ぎしりする。
最悪な予感がするわ。
「貴方……私をハメたの……!?」
気づいてしまった。そもそも行くとしても、何で私が一緒に着いていく必要があるの?貴方1人で十分じゃないの。
そして、ようやく気がついたか、と言わんばかりに、アレンは口元を隠しながらも肩を振るわせ大きく笑っている。
「やっと気づいたかお嬢様。気づくのが遅いな。
でもまぁ、実際にモンスターを片付ければ、有能さは誰もが認めるさ…ふっ…フフッ…!!」
口を隠すぐらいならもっと徹底的に隠しなさいよ。
「ふざけないでくださいまし!!
何ですの、そのニヤけ顔は!!」
主人を騙した挙句に馬鹿にするとは…!
それが奴隷のすることですの!?
私の可愛い犬のアレンはそんなこと全くしなかったのに…まだ名前の効果が出てないようね。
「いやぁ。もしかして、あんなにデカい声で宣言してたのに村に戻るのか?いいのか?」
そこで思い出す。私は高らかに、村の修復にあたる村人達の前で宣言していたことを。
そんなことをして、今更無理でしたと戻ることは出来ない。そんな事をしては、私の面子に傷が…。
「~~~~っ……いいでしょう!
だったら絶対に、絶対に倒してみせますわ!!」
ここで逃げては私の偉大さに関わるもの。
イリスの足音が地面を蹴る音に変わる。
森の奥へ、ずんずんと進んでいく。
全く、主人を陥れるなんて
どんな教育をあの奴隷商人はなさってたの?
今度お会いしたらただじゃおかないわ。
アレンはその背中を追いながら、
「……面倒だけど、面白い奴だな」
と、嬉しそうに肩を竦めた。
そんな事を言っていたのは、プンプンしながら進んでいたイリスは知らない。