信用を取る作戦
アレンは辺りを見渡し、人一倍大きな声で村人たちに指示を出している少し年を取った男を見つけた。
その男は、険しい顔つきで周囲の様子を気にしながらも、手際よく修繕作業を指揮している。
アレンはその男に近づき、声をかけた。
「すまないが、今ここはどういう状況なんだ?」
男はアレンの顔を見て、少し驚いた様子を見せたが、すぐに申し訳なさそうに口を開いた。
「あぁこれは!お客様でしたか…こちらこそ、申し訳ない。最近この山中にモンスターが頻繁に現れて村を荒らされているんだ。だからお客様を入れる余裕がなくてな……」
詳しく聞くと、村の腕が立つ男衆も怪我で動けず、被害は増大しているようだった。
アレンは男の話を聞き終えると、深く息を吐いて辺りを見回した。
「……そうか、ここは状況が厳しいな」
それからふと、イリスの耳元に近づき、低い声で囁いた。
「この村で物資の補充もしたいし、俺たちも少しは体を休める場所を確保したい…ここで、信用を勝ち取るのはどうだ?」
「信用…どうするのよ?」
信用だなんて…私に疑うような部分があると言うの?
一体何処にそんな部分が…。
もしかして、私のこの美貌があまりにも素晴らしいから、なにか魔術を使っていないか疑っているとか、そんな所かしら?なら仕方ないことだけど…?
私の瞳を見据えながら、アレンは真剣な表情で続ける。
「今は歓迎されてないが、協力できれば向こうも認めてくれるはずだ。俺たちの目的を果たすためにも、ここはまず信用を築くことが先決だろう」
まあ、そんな考えが…確かに、一理あるわね。
何事も取引をするときは有意義な情報や、その価値にあった品を用意して交渉するものだもの。
アレンにしては中々鋭い視点ね。
決めたわ、私。
「私…頑張ってあの木を運んでみせるわ」
「出来ないだろうが」
「私の覚悟にケチつけるんじゃ無いわよ」
何でちょっと笑ってくるのよ。
確かに私も無理があるとは思ったけど、不敬にも程があるわよ。
すると、アレンはなんて事ない様に提案する。
「もっと簡単な話がある。この村を荒らしたモンスターを狩り取ることだ」
その言葉に私は何を言ってるのか理解が出来ず、
少しの間を開けた後、驚きを隠せずに声を上げた。
「な、何ですって…? モンスター退治ですって?
そんな……私に、化け物の餌になれと言うの?」
「まだそのネタ引きずってたのか」
私があまりにも高級だからって…
なんて残忍な考えをなさるのかしら。
ひとりで頭を抱えて唸るイリスを見ながら、アレンは顎に手を当て考え…その顔にこっそりと不敵な笑みを浮かべた。
「そうだな…なぁ、ここでお嬢様の有能さを見せつけるのはどうだ?」
「…私の有能さ…?見たらわかるでしょ」
突然何をおっしゃるのかしら?
私はこの見た目の通り、中々有能な令嬢だったのよ?
「…そうか。いや、そうじゃなくてな…
あぁ、そうだ」
アレンはひとりごちると、唇の端をわずかに吊り上げた。
その顔には、いつものからかい混じりの悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。何かしら。また私に対して生意気なことを…?
「…なぁお嬢様。冒険の醍醐味って知ってるか?」
「――あら、何かしら、その面白そうな話。」
思わずぱっと顔を上げた。
さっきまで頭を抱えていたのが嘘のように、きらりと瞳が光る。
物凄く胸が高鳴る響きじゃないの。
「普通の人間には決してできないことを成し遂げる…それが冒険だ。
危険を払いのけて、他の誰もが恐れて手を出せない場所で力を示す――
つまり、この村を荒らすモンスターをお嬢様が片付ければ、
ここにいる誰よりも“有能”だってことを証明できるんじゃないか?」
「……!」
私は唇をきゅっと結び、ちらりと村人たちの様子を横目に見た。
瓦礫を運び、柵を直す人々――
確かに、自分がただ木を担いで泥だらけになるよりは、足手纏いにならないのが分かる。
化け物の一匹でも追い払ってみせたほうが、
ずっと“私の有能さ”を示せる気がする。
「ふふん……!なるほど。
つまり私がこの村を救えば、この人たちは皆、私のこの偉大さの価値に気づくと言うことね」
「まぁ、そういうことだ。」
アレンは肩をすくめ、わざとらしく大げさに同意した。
「さすがだな、お嬢様。そこまで考えがいくとはな」
「……っ!そ、そうかしら…!
そこまで言うなら……やってやりますわよ!!」
確かに、冒険には危険が付き物と言いますものね…ここで難所を乗り越えておくのも良いでしょう。
「見なさい!この私がモンスターの一匹や二匹……
あっという間に追い払って差し上げますわ!!」
それを見たアレンは小さく笑い、肩をすくめる。
「おお、頼もしいことだ。お嬢様、よろしく頼む。」
イリスの扱い方が少しわかったアレンだった。