夜の山道
門を抜けてしばらくしても、まだ背中に生暖かい視線の残り香がまとわりついている気がした。
アレンにしては上手くやってくれたみたいね。
それにしても、何だったのかしら、あの門番。
変に笑ってた気がするけど…?
振り返っても、すでに門は見えなくなっていて、街の明かりも遠く霞んでいる。
重たそうな荷物を背負ったアレンが、黙ったまま先を行く。
「……アレン。さっきの門番、何か変じゃなかった?貴方何を話し込んでいたの?」
ふいに声をかけると、アレンは少しだけ肩を揺らしてから、顔を振り向けずに答えた。
「気にすんな。寝ぼけてたんじゃないのか?」
「……門番が寝てるってどうなのよ」
そんなことで街の警備をしてて良いのかしら?
まぁ、もうすぐ閉まるタイミングで来たのは私達ですけど…
そんな事を考えてたら、何故かアレンは小さく笑った気がしたが、すぐにいつもの仏頂面に戻った。
「細かいことは気にすんな。お嬢様にはこっちの山道の方が大事だろ?」
そう言って、ぐいっと先に足を進めるアレンの背中を、私は渋々追いかける。
何でそんなにスタスタ歩けるのよ…やっぱり馬車が恋しいわ。寝てたら着くんですもの。
「……それで、一体どこまで歩けばいいのかしら?」
気がつけば、舗装された街道なんてとっくに消えていて、足元は湿った落ち葉と小石だらけの獣道。
チュニックにズボンなんて、普段なら絶対に着ない格好だけど……歩きやすくはあった。
アレンの見立てが確かだった様で、さすがに今は文句も言えない。
…でも、私にこんな悔しい思いをさせるなんて、やっぱり不敬な男ね。
アレンは立ち止まると、肩からずり落ちそうになっていた荷物を背負い直し、懐からくしゃくしゃになった地図を引っ張り出した。
まあ、なんて乱雑な保管なの。地図だけは私がもっとけば良かったかしら…でも読めないし意味ないわね。
「……地図。ほら、ここから山を抜けた先に小さな村がある。今夜はそこまで行く。」
「村……?宿はあるのかしら?」
「確か一軒だけな。飯も食える。……歩くぞ。」
説明はそれだけ。
私が何か言う前に、またさっさと歩き出す。
「ちょっと、待ちなさい。速い、置いてくなんて不敬よ!」
「何で何も持ってねぇのに遅いんだよ」
チュニックの裾を手で払って、仕方なくアレンの背中を追いかける。
さっきまでは冷たいだけだった夜の空気が、いつの間にか少しずつ肌にまとわりついてきている。
……妙に、静かだ。
遠くでフクロウの声がした。
風が木々の間を抜けるたび、頭の上で枝葉が揺れて、不意に何かが落ちてくるんじゃないかと無意味に肩をすくめる。
「……アレン。なんか、音が……」
「ただの風だ。」
「けど……何か出ないでしょうね?」
「出るな。ここは確かウルフ系のモンスターがいる」
「ッ……!ふ、不安にさせるようなこと言わないでちょうだい!」
夜なんて、こんなに心細いものだったかしら。
結界の中なら、どこにいても誰かがいて、明かりがあって……。
「……怖いなら、もっと近くにいろ。」
そう言ってアレンが振り向く。
ほんのりと月明かりに浮かんだ横顔が、思ったより頼もしく見える。
…でも、何を勘違いなさってるのかしら。この私が怖がってると思ってるなんて。殿方ってどうしていつもこうなのかしら。ええ、全く。
「べ、別に怖くなんかないわ!」
そう、別に怖くなんてないわ。
だけど、そう。やっぱり殿方って私の様に麗しい乙女に頼られる事に喜びを感じる存在ですものね。
…ここは仕方ないので、頼っているフリをしてあげましょう。
私は空気を読める女ですもの。
なので、私はそっとアレンが背負う荷物の端を掴みながら、夜道を進むことにした。